日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
「…………なん、で……わたし……しゃべ、って……」
彼が手をはらった瞬間、地面にも壁にも、私たちを取り囲む空間全体に、淡い光の魔法陣が浮かび上がった。
そして同時に、私の胸中には大きな波が広がっていく感覚が巡る。
──なぜ、
言葉が上手く繋がらない。さっきまでの感情の奔流とは違う、冷たい違和感が喉に絡みつく。
心臓が変な打ち方をして、呼吸が浅くなる。
「わたしに……なに、したの……!?」
途切れながらも、声を絞り出す。
「多分、普通に聞くだけだと、教えてくれないと思ったので……。【
「せい、しん……まほう?」
最初、その言葉の意味を理解できなかった。
精神魔法──それは、あまりに私たちの日常からは遠い存在。
本来は不可侵の領域であり、個々人の財産である〝心〟に、直接触れる魔法。
「精神魔法って、……そんな、勝手に……!?は、犯罪じゃん!」
戦争が教科書の存在になった現代。
数百年もの間平和な時代を維持しているこの国では、精神への干渉は最も厳しく管理されている。
特に、三級以上の精神魔法を、資格もなく他人に行使することは、他のどんな魔法を無断使用よりも、重く罰せられるはず。
それを、目の前の後輩は──。
「持ってますよ」
「…………は?」
「持ってます。【精神魔法士】の資格。……と言ってももちろん、三級だけですけど」
そう言いながら彼がポケットから取り出したのは、1枚の資格証だった。
衝撃が抜けきらないまま、それをひったくるように奪い取る。
視界が揺れる。
そこには確かに、【第三級精神魔法士】の文字と、彼の顔写真。
偽造には見えない。間違いなく、本物だった。
「なんで、どうして……どうやって!?」
「……三級なら、ですが。推薦を受ければ、未成年でも講義や試験を受けられるんです」
受けられるって言ったって。私たちは学生で。限度があるだろう。
それに、犯罪性が無いだけで、使われた側の気持ちは、わからないのか。やっぱり君は〝化け物〟じゃないか。
そう、叫びたかった。
「……ふざけ、ないでよ」
──しかし、実際に声に出たのは、弱弱しく、低い声。
認めたくないのに、ハッキリと証明されてしまった。
どれだけ仲の良い親友でも、他人に抱えてはいけない、自己中心的な愛執。
見ないふりをしてきた暗い感情が、水面に引きずり出された。
「私の気持ち、勝手に引きずり出して……それで『ありがとうございました』って……」
それ以上、言葉は続かない。
怒っているのか、後悔しているのか。それとも、ただ恥ずかしいだけなのか。もしくは、もっと別の何かなのか。
自分でも、分からなかった。
「本当に、すいません」
それでも、目の前の後輩は。
言い訳もせず、反論もせず。目を伏せたまま、ゆっくりと頭を下げ続けている。
再度開きかけた口が止まった。言葉が喉を震わせる前に行き場を失ってしまう。
まるでこちらの断罪をすべて受け入れるかのような、そんな雰囲気。
───こんなの、ズルいじゃん。
怒鳴りつけても、あの日みたいに言葉責めをしても、この子はもう揺れないのだろう。
そんな予感が、熱を少しずつ押し流し、彼方に飛んで行く感覚がした。
「……代わりに、質問されたことには、何でも喋ります」
この子を〝化け物〟と呼んで良いのか、もう、分からない。
ただ少なくとも、ヒマちゃんを傷つけようとしている人間には見えなかった。
「……それが、お詫びだって?」
「…………」
肩をすくめ、首を縦に振る。
表情はほとんど動いていないのに、その動きにすらどこか真摯さが滲んでいた。
でも、別に聞きたいことなんて──いや、一個あるか。
「じゃあ、一つ、聞かせてよ」
「はい」
視線が絡み合う。
変わらず表情を動かさないまま、彼は静かにこちらを見返してくる。
「なんで、君はここまでするの?」
「………………」
「……まだ、ヒマちゃんと出会ってから一ヶ月もないじゃん。やっぱり、ヒマちゃんが魔法を使えない理由を、解明したいから?」
それは、先週聞いたものと、ほとんど同じ質問。
あのとき、質問の仕方が悪くて、期待していた答えは聞けなかった。けど、今なら。
「そう、ですね……」
彼は言葉を一度区切り、喉を鳴らしてから、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「僕は、脇役ですから」
「……………………脇役?」
「はい。脇役は、先輩を……主人公を助ける舞台装置でしょう?」
何を言っているのか、抽象的すぎてまったく意味が分からない。
でも、その言葉は、不思議と嘘には聞こえなかった。
「それに」
「…………」
「嬉しいんですよ。脇役なりに、僕の魔法が、主人公の〝夢〟を叶える手助けになるの」
───……重くない?
いや私が言えた台詞じゃないかもしれないが、重い。どう考えても出会って1ヶ月の異性に向ける重さじゃないでしょ。
声にならない呻きを上げながら目を細め、思わず天井を見上げる。
「……なんか、頭痛くなってきた……男の子って、皆こんな感じなの?」
「そりゃ男の行動理由なんて、単純なもんじゃないですか?」
「いや知らない……女子高だからいまいち男の子のこと知らないし」
いつの間にか、日常会話みたいな雰囲気になってしまった。
先程彼方に飛んで行った感情は、呆れという一本の線に収束してゆっくり戻ってくる。
──『それではただ今より15分の休憩を挟み、その後、涼葉学院魔学部によるレクリエーションを執り行います』
そして思考に余裕が生まれた瞬間、まるでテレビの音量を上げたみたいに、少しずつアナウンスの音が耳に入ってきた。
背後から流れてくる声に、現実を思い出す。
今まで全然、人の声聞こえてこなかったが、これも、この子の仕業なのだろうか。
もう何度目か分からないが、再び息を大きく吐く。
「あ、そうだ」
「……今度はなに」
「赤枝先輩、今から僕たちのレクリエーションがあるので、見てくださいね」
「……いやさっき聞こえたけど……普通、こんな状況で誘う?」
「大事なこと、な、ので……」
言葉の勢いがみるみると弱まっていく。
彼の顔が急激に真っ赤に染まっていた。
2、3歩、後ずさって、距離を測りかねているみたいに、足の置き場まで迷っている。
「……ちょ、急になに、どしたの」
さっきまで平然としていた彼の顔が、まるで別人みたいに固まっていた。
視線は泳ぎ、私の顔に向いたかと思えば、すぐ床へ逃げる。
どう見ても、先ほどまでの自信ある姿とは、まったく違う。
──でも、その様子には、少し見覚えがあった。それは、以前公園で話した時の。明らかに私にビビっていた、あの感じ。
「あぁ、あ、あの……ま、魔法の効果時間が……切れて……」
「…………魔法?」
さっきまで真っ直ぐに私を貫いていた視線は、今はコンマ1秒も合わない。
「そ、その……あ、赤枝先輩に、使った精神魔法の他に……自分にも、強めの精神魔法使ってて、【
言葉は途切れ途切れ。
説明している間も、彼の呼吸は浅く、指先が落ち着かなく動く。
落としどころを探すように、袖をぎゅっと握った。
「……つまり、ホントはめっちゃ緊張してた……?」
「そ、そういう、こと、ですねはい……」
即答だった。
──この子、もしかしなくても。魔法の実力以外のところは結構、抜けてる子なんじゃない?
「はぁ~~~~~~……」
「すっすすすみませんっ!」
これまでで一番大きなため息を吐くと、彼の肩が跳ねた。
「もういーや……んで、レクリエーション?見とくから、さっさと行きなー」
「はい!それでは」
ぺこりと頭を下げ、彼は逃げるように奥へ──
「あっ」
──行かなかった。つんのめるようにして、急停止する。
「……まだ何かあるの?」
「ちゃ、ちゃんと、見てくださいね」
「だから見るってば」
「いえ、僕たちじゃなくて……主人公を、です」
「………………は?」
「あ、赤枝先輩は!パ、パートナーだと思うので!……し、失礼しまぁす!」
今度こそ、完全に姿が見えなくなった。──最後にまた転びかけていたのは、見なかったことにしておく。
「………………はぁ」
ここ数年で1番の大声を出して、人生で1番ため息を吐いた時間だった気がする。
いつの間にか飛んできていた2匹の妖精がじゃれついている姿を横目に、先ほどまでの魔法を思い出していく。
一体、あの子はいくつ魔法を、どんな魔法使ってたんだろうか。
そもそも、あんなにいっぱい同時に魔法を使える人なんて、ウチの学校の先生でもいないのに。
「あっ」
もしかして、あの時の魔法も?
頭の中で、先週の運動場での光景が浮かび上がった。
「うわぁ……あの子が止めてくれたのか……」
確証はまったく無いけど。でも、どうせ
思わず両手で顔を隠し、上を見上げてしまった。
そして、同時に思う。
なんと言うか、あの子に似合う評価は〝化け物〟というより──。
後ろで束ねていた髪を解くと、ほどけた髪がさらりと肩に落ちた。
指先で絡まりを一つひとつほどき、整ったところで、もう一度静かにまとめ直す。
「……パートナー、ね」