日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
通路の出口に近づくにつれて、観客の声が押し寄せてくる。
——『涼葉学院魔学部顧問、仁志宮だ。今から──』
そこに、拡声された仁志宮先生の声が重なり、一度落ち着いたはずの鼓動が、また速くなった。
普段、魔法実践の授業で身につける体操服よりも、さらに魔法耐性を高めた白のローブ。涼葉学院魔学部の証でもあるそれを身にまとった僕とネコマルは、並んで通路を進む。
肩を動かすたび、布が少し遅れてついてくる。
「ハルキ、そろそろ精神魔法の
「消えなかったけど……もう一回使っておいたから大丈夫。今度は弱めに長ーくね」
「……後で後悔しても知らないにゃー」
「まぁ何とかなるでしょ」
通路を抜けた瞬間、強い風が吹き抜け、ローブの裾が大きくはためいた。
ネコマルは「にゃっ」と目を細め、耳をぺたりと伏せるも、そのまま左肘で、ぐいっと僕の腰を突いた。
「んにゃ、失敗しても言い訳は無しにゃよ?」
「当たり前。ネコマルも、調子乗って失敗すんなよ?」
「言ってろにゃ」
軽口を叩き合い、そのままそれぞれの持ち場へ向かった。
会場の雰囲気は、悪くない。
三方に設置した観客席の一角。涼葉の同級生たちは、早くも野次を飛ばしてきていた。
「かましてけよー!」
「よっ、涼葉の問題児コンビ!」
「「やかましい(にゃ)!」」
反射的にネコマルと声を揃えて反論する。
いやまぁ、覚えが無い訳じゃないけど。同級生に言われるのはなんかこう、ムカつくじゃんね。
ただ、声を上げているのは、涼葉の同級生だけではなかった。
「猫耳の子可愛い!」
「獣人族だからだろうけど、ちっちゃいねー」
「ちっちゃい猫耳くんもがんばれ~!」
野次というより、普通に声援だったが。
流石に声が届く距離からは既に離れていたので、慣れた手順で、ネコマルに【念話】を繋ぐ。
『(月葉の人たちから応援されてんじゃん。モテ期、来たんじゃない?)』
『(あれはマスコット的なモテだにゃ……)』
ニヤニヤしながら眼鏡のフレームを触りながらネコマルを見ると、口角は少し上がっているがどこか複雑そうな顔をしていた。
なお、同級生たちはさらに野次のボリュームを一段階上げている。
「おいこら葦谷ァ!お前ふざけんな!」
「あの猫野郎!真の裏切り者じゃねーか!」
『おーいそこの涼葉1年生、野次は別にいいが節度は守れよー』
「「「すんませーん!」」」
しかしそこは仁志宮先生の一声。
普段、僕たち魔学部が魔法で折檻されている姿を見ているせいか、同級生たちは一瞬で声量を大きく落とした。
その姿にネコマルはニャハハと笑うが、仁志宮先生の視線が向いた瞬間、すっと表情を引き締める。
『……よし。それじゃあ、ここから先は魔学部員2人に進行を任せる。3年ぶりの魔学部レク、楽しんでくれ』
そう言うと先生はマイクをしまい、静かに後ろへ下がっていった。
会場が数秒だけ静まり返る。しかし、ネコマルが足元に半径5メートルほどの白い魔法陣を展開すると、次第に観客席がざわつき始めた。
呼応するように、白ガラスのように薄く透き通った結界が、音もなく会場全体を覆っていく。
そしてすぐに、聞き馴染みのある声が響き始めた。
『任されましたにゃ!涼葉学院魔学部所属、葦谷ネコマルですにゃ!』
『同じく、真戸ハルキです。今日は、よろしくお願いします』
『ますにゃー!』
ネコマルは元気よく両腕を突き上げ、僕は首を少しだけ縦に曲げて自己紹介をする。
ネコマルの二級風属性魔法【
それに応えるように、ざわめきは大きな拍手へと変わっていく。
『普段はミーたち2人と、もう1人中等部の後輩、計3人で活動してますにゃ~』
『その後輩は中等部なので、今日はいませんが……』
『──その代わり、このレクに参加してくれる人がいますにゃ!』
『今から、その方を呼びたいと思います』
期待と好奇心が、会場の空気をじわじわと熱し始める。
その中心で、僕はネコマルとの間に空色の魔法陣を展開した。
人1人を収められる大きさの魔法陣。その上に幾重もの円環が重なり、空間そのものが淡く発光し始める。
『これは一級空間魔法【
一級という響きが引き金になったのか、あるいはその効果を理解したからか。再度会場に大きな喧騒が膨れ上がった。
拍手は止み、観客の集中がさらに僕たちに集まっていくのを感じる。
誰なんだ、どんな魔法なんだ、という視線が、無数に届いてくる。
『──では、ご紹介します。月葉学院の二年生、姫道ヒマリ先輩です』
魔法陣の上に展開されていた円形の光が、1つの塊に収束していく。
その光が収まると、少し気まずそうに両腕を体の横に引き寄せている、姫道先輩の姿が現れた。
「ど、どうも~姫道でーす」
先輩がぎこちなく手を振った瞬間、会場のあちこちで——それは全て月葉の人間の——動揺が弾けた。
そちらへ視線を向けると、口をあんぐりと開けたまま固まっている者までいる。
今、眼鏡は外せば、そこには同一の感情が多くを占めているのが視えるのだろう。
『姫道先輩、今日はよろしくお願いしますにゃー』
『はーい。お願いしまーす』
先輩は【詠颯】を使えないため、その声はマイク越しに、わずかな遅延を伴って会場へ届く。
『(つかみは、バッチリですね)』
『(だね)』
【念話】で言葉を交わしながら目を合わせる。
先輩はマイクをポケットにしまいながら頷き返し、すぐに目を閉じ、浅く深呼吸をした。