日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
『(ネコマル!)』
『(任せろにゃ!)』
大きく横に広げたネコマルの両手から、小さな黄色の魔法陣が展開される。
その魔法は、彼が独自にアレンジした【妖精ノ舞】改め、【
魔法陣から次々と飛び出した様々な小動物の形をした光の塊が、軌道を残しながら空中を走り出す。
「きゃーーー!可愛い!」
「見てアレ!ウサギ!あれハムスターかな!」
「ひ、光の動物ぅ?……おいこれ、オリジナルか!?」
「アイツ何個目のオリジナルだよ……。やっぱ葦谷も魔法変態組だったか……」
観客の視線が、一斉に動物たちへ流れる。
その隙に地面を蹴り、先輩のもとへ駆け寄った。
「先輩!」
「る、っきー……」
か細い声。額からは、大量の汗が流れ出ていた。
「大丈夫です、まだ、「ううん」……!」
その否定の言葉と共に、空に浮かんでいた魔法陣の一つが、音もなく消えていった。
割れたのではない。最初から存在しなかったかのように、消滅した。
それを引き金に、整然と並んでいた魔法陣が、次々と不安定に揺らぎ始める。
「もう……ダメ、だね……」
「そんなこと絶対無いです!この魔法は、〝願い〟を信じて、託す魔法なんです!だから、先輩の〝夢〟を信じる心があれば──」
「違うの……」
力が抜けるように、腕が垂れた。
足元の魔法陣は輝きを失い、右手に繋がっていた光も、空へとほどけていく。
「私が魔法使えるようになったら……キラちゃん、悲しいかな」
「それ、は」
「思っちゃってるの」
先輩の声が、大きく揺れる。
「上手くいかない方が……私、幸せなのかなって」
──『〝夢〟を追ってヒマちゃんが苦しむなら……私は、ヒマちゃんの〝夢〟を否定する!それが、あの子の幸せに繋がるって思うから!』
赤枝先輩の言葉が、蘇る。
たしかに、このまま魔法を使えなくても、先輩ほどの努力家なら、色んな道を選べるだろう。
その中に、幸せだと断じれる未来もあるかもしれない。
でも──
「そう考えた方が、もう、楽になれ──」
「その先の言葉は、無しです」
〝夢〟を失う結末は、主人公に、きっとふさわしくない。
だからその道筋は、認めない。
「そして、すいません」
「……え?」
「先輩だけ知ってるのは、不公平かなって思って」
指を、正面の観客席へ向ける。
何度でも言おう。僕は、脇役だ。主人公を脇役が助けることはないし、表舞台で導くこともない。
導くとしたら、そう──
『「がんばれぇーーーーー!ヒマちゃーーーーん!」』
──
「……!」
脳内に、鼓膜に、声が響く。
張り上げられた声は、最後だけかすかに掠れていた。
「ぁ……」
「【
その効果は、魔力を飛ばすことで意志を一方的に伝達すること。ただそれだけの魔法だ。
ただ、この魔法で相手に伝わるのは、紛れもない〝本心〟。
それが意味することは、つまり。
「ねぇ、るっきー。もし、かして……
「はい。【詠颯】と【念話】の応用です」
レクリエーションが始まった瞬間から、姫道先輩の声を、あの通路で別れる直前に繋げておいた赤枝先輩の魔力に向かって送っていた。
頬をかきながら答えると、姫道先輩は鼻で大きく深呼吸をする。
「……もー……やっぱりるっきーはズルいよ……ホントに」
「あいたっ」
軽く、でもしっかりとしたデコピンだった。
そのまま、魔法の効果が切れても変わらず声を出し続けている赤枝先輩を見ながら、姫道先輩は声を零す。
「キラちゃん、私の〝夢〟、応援してくれるのかな」
「はい。……今なら、きっと」
「…………そっかぁ」
先輩は、天を見上げ、両手で顔を隠す。
落ち着いた口調だが、手の隙間から見える頬は、間違いなく、真っ赤だった。
「なんだ~。結構単純なんだねぇ、私って」
手を離し、笑う。震えはもう、止まっていた。
「キラちゃんが応援してくれるなら、なんだって、信じられる」
瞬間。視界に映っていた魔力の動きが、変わる。
先ほどとは比べ物にならない、巨大な桃色の魔法陣が展開された。
込められている魔力は、先輩が出力できる、ほぼ最大だろう。
当然、体内魔力が尽きると気絶するので、普通なら止めるべきかもしれないが──
「ごめん、るっきー。もう一回、
「もちろんです」
──活き活きと、子供のようにはしゃいで動く魔力を見て、止められるわけが無かった。
光を束ね、再度先輩の両手に光の先端を集める。
『(ネコマル、ありがと)』
『(どうにかなったにゃ?)』
『(うん。見立ては、間違ってなかったみたい)』
『(にゃはは、友情の勝利にゃ~)』
そう笑うと、ネコマルは【獣の踊】を解除する。
観客の悲嘆の声が上がるも、空に浮かんだ魔法陣の数を見て、喧騒が膨れ上がる。
その数は、100を超えていた。
星空を駆け巡る光は淀みなく流れ、展開された桃色の魔法陣はまるで星座のように連なっている。
両手を星空に掲げながら、その〝願い〟は言葉となる。
「私は、魔法を使いたい!〝夢〟を叶えたい!だから──」
その言葉を聞いて、改めて先輩が使おうとしている魔法のことについて思い返す。
この数週間、先輩に魔法を教えていて、僕の中には1つの仮説が生まれていた。
理由は不明だが、世界が、先輩のことを魔法を行使する〝主体〟として認識していないのではないか。あくまで〝客体〟なら、魔法を使えるんじゃないか。そんな、突拍子もない仮説。
ならば、魔法を使っていると世界が認識する対象を、先輩じゃなくて、別の誰かにすればいい。ただ、その対象に人間は多分ダメだ。普通の【魔力連結】では、世界の認識を誤魔化せなかった。
でも、存在した。魔力と意志を純粋な形で別の存在へと委ねる術が。そのうえで魔法の行使を、代替してもらう技術が。
魔法陣に魔力を収束する必要性も、自分の意志で魔法陣を使う必要性もない。つまり、問題点を〝解決〟するのではなく、〝無視〟できる方法。古の時代の、魔法が。
その魔法の名は──妖精魔法。先輩の願いを、〝夢〟を、妖精に委ねる魔法だ。
「だからお願い、力を貸して!」
やがて、魔法陣に誘われるように、妖精たちが結界を超えて現れる。
1匹2匹ではない。魔法陣の数と同じ、百を優に超える光が、鱗粉のように舞い上がる。
星空そのものが、生きているかのように。
「え、ちょ、身体が……」
「と、飛んだー!」
「待ってこれ酔う……酔わない!?なんで!?」
妖精が妖精たちが観客一人ひとりの手を取り、空へと導いていく。気づけば、会場の星空は妖精と人の輝きに包まれ、煌びやかな舞踏会へと変わっていた。
悲鳴は、今日1番の歓声になる。
「おめでとう、ございます」
「…………これが」
「はい。間違いなく、妖精魔法【
天を見上げ、断言する。
「少し、特殊ですが……先輩の魔力で生み出した──正真正銘、先輩の魔法ですよ」
「……魔法」
その一言が、震える。
目に涙を溜めながら。信じるように、噛み締めるように。
「……やった」
変わらず震えながら、1度。
「やったやった……!」
力強く、2度。
「やったやったやっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁ!」
自分自身を抱きしめ、何度も、歓喜の言葉を叫ぶ。
声は、空に溶けるように、それでも確かに、どこまでも響いていく。
そして──
「ヒマちゃぁぁぁぁぁん!」
「どぅわぁぁぁ!」
赤枝先輩が突っ込んできて、姫道先輩に抱き着いた。
その顔は、涙やら鼻水やらでベショベショである。
「やっど、やっどぜいごうじだんだねぇ!」
「ちょ、ちょっとキラちゃん泣きすぎだって~」
「だっでぇ……なんがっ、うれじぐで!」
首元に顔を埋め、さらに強く抱きつく。
姫道先輩は赤枝先輩の頭を撫でながら、涙の残る目で空を見上げ、ゆっくりと瞬きをする。
「中1の頃見に行ったコンテストの……あのときの、【妖精ノ舞】みたい」
「ぐずっ……わかる。……でも、この魔法は、それ以上だよ!」
袖で乱暴に涙を拭いながら、赤枝先輩が顔を上げて言い切る。
抱き付き合いながら宙を見上げる2人を見て、思いついたことがあった。気づかれないように、魔法陣に自身の魔力を繋げ、魔法の制御を受け持つ。
「姫道先輩と赤枝先輩も。踊ってきてください」
「…………いいの?」
「でもるっきー……私、割と魔力量が限界だからもう妖精呼べないよ?」
「あ、魔法の制御は僕に移したので、そこは大丈夫です」
「い、いつの間に……」
「せっかくの舞踏会なんです。それに、赤枝先輩が踊るなら、やっぱり姫道先輩がいないと」
「「…………」」
2人は一瞬きょとんとしたあと、同時に視線を合わせ、どちらからともなく、肩の力を抜くように小さく笑う。
その隙に、2人の足元へ新たな魔法陣を展開した。
ふわりと浮かび上がった光に導かれた妖精たちが、手を差し出すと、二人の身体が、ゆっくりと宙へ持ち上がっていく。
「いってらっしゃいです」
手を軽く振りながら見送る。
2人は最初はぎこちなかったが、やがて当たり前のように身体は舞い始める。
ふぅ、と息を吐くと同時に、腰を軽く叩かれる感覚がした。
「良かったのかにゃ?混ざらにゃくて」
そう言ってネコマルが指差した先では、先輩たちがお互いに涙を流しながらも、笑顔で踊っているのが見える。
「……そりゃね。あの友情に混ざるほど、野暮な男じゃないよ僕は」
「魔法オタクがよく言うにゃ」
「キャラ付け駄猫に言われたくねー」
「誰がキャラ付け駄猫にゃ!喧嘩なら買うにゃあ!?」
「おうやってやんよ!」
そんな風にネコマルとガヤガヤと騒いでいると、宙に浮かんでいた人々が、ゆっくりと降り始めていく。
くるくると回りながら、名残惜しそうに手を伸ばす人もいた。
足先が、順に地面へ触れていく。妖精魔法の時間は、終わりを迎えた。
『あー、一旦皆さんが席に戻るの待ちますにゃ~』
ネコマルが【詠颯】で場を収める中、先輩たちも同様に地上に降りてきた。
赤枝先輩はそのまま、姫道先輩に手を引かれ、まっすぐこちらへ歩いてくる。
「その……〝化け物〟って言って、ごめんなさい」
立ち止まるなり、頭を下げた。
「い、いえ。ホントに、言われ慣れてるんでお気になさらず……」
唐突な謝罪の言葉に少し面食らうも、ひらひらと手を振りながら、軽く笑って受け流す。
「……君は〝化け物〟じゃなくて……〝魔法バカ〟ってやつだね!」
「んがっ」
「キラちゃん?」
結局、いつも通りの評価を下されたことに、足元から力が抜けそうになる。
「魔法も練度も意味わかんないし、なんであんな資格持ってるのとか、聞きたいことは沢山ある。正直、〝化け物〟って評価も間違ってない気はする……でも」
言葉を切り、赤枝先輩は一歩だけこちらに近づく。さっきまでの勢いを少しだけ落とし、真っ直ぐこちらを見た。
「ヒマちゃんの魔法を見つけてくれて、ありがと。ハルキ君」
視線を逸らさないまま、もう一度、今度はさっきよりも丁寧に頭を下げる。
繋いだままの手に、ぎゅっと力が入るのが見えた。
「たーだーし!」
「……?」
「ヒマちゃんのパートナーの座は、譲らないからね!」
「え?はい、そのつもりですが……」
僕の返答が何か予想外だったのか、「あれぇ……?」と声を漏らす赤枝先輩。
え、別に間違ったこと言ってないよね?と考えるうちに──
ドクン、と。
心臓が跳ね、今までの自分の言動が、洪水みたいに脳内へ押し寄せてくる。
一つひとつの言葉が、遅れてきた羞恥となって全身を焼く。
耐えきれず、背中から崩れ落ちた。
「あばっばばばっばあばばばば」
「「ええぇぇぇぇええ!?」」
「気にしないで下さいにゃ、ただ精神魔法の副作用で苦しんでるだけにゃので」
「これ副作用なの!?」
「え精神魔法!?るっきー精神魔法使ってたの!?」
姫道先輩が「大丈夫なのそれ!?」と言いながら地面に沈んだ僕の肩を揺らす。
その衝撃に合わせるように、全身を細い電流が走り抜けた。
あぁ、そう言えば。1日中、魔法を使いっぱなしだった。
「ついでに……魔力切れ、デス……うっ」
「るっきぃぃぃぃぃぃ!」
「この子ホント、魔法以外はポンコツだね!?」
「締まらないヤツにゃマジで……」
遠ざかっていく声を、どこか他人事みたいに聞きながら、意識は暗闇に沈んでいく。
──まぁ、なんだかんだ丸く収まった。脇役なりに、先輩の物語の、序章ぐらいは彩れたと思いたい。
もし先輩がそう考えてくれたなら、魔力を使い切るなんて、安いものだ。