日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
実技会の翌々日。
丸1日寝ていたせいでまだ重たい体を引きずりながら、僕は1枚の書類を手に、仁志宮先生のもとを訪れていた。
「これ、お願いします」
「んー?……精神魔法の、使用報告書?……いつ使ったんだよ、仕事増やすなよ、お前ぇ」
「えぇ……いやでも、推薦者兼監督者の先生に渡さないと、資格失効しちゃうんで……」
「はぁ…………」
大きくため息をつき、椅子に背を預ける。
そのまま書類をひらひらと仰ぎ、軽く眺める。
「……放課後までに目通しとくわ。部活のとき返す」
「あ、今日僕部活休むんで……。明日でも大丈夫ですか?」
「あぁ?……あ、魔力切れ明けか」
納得したように頷くと、先生は書類を机の上に置いた。
「んじゃ、もう今日から部活休みな。葦屋と板見にも伝えとけ」
「了解です……今日から?」
なぜ〝今日〟ではなく〝今日から〟なのだろう、と眉をひそめていると。
「ん?ちゃんと勉強しろよ?」
「え?」
先生は呆れた顔になり、再度、大きなため息。
「いやいや……中間考査、来週からだぞ?」
「え?……………………うぇ?」
放課後、いつものカフェ。テーブルの上には、飲み物が2つ。
第二級風属性魔法【
姫道先輩は、紙を握りしめたまま、ぷるぷると肩を震わせていた。
「るっきぃー~~~~~!」
「ひゃい!ごめんなさぁい!」
目を細くしながら勢いよく顔を上げた先輩に、思わず背筋が伸びる。
その紙は、先輩が作ってくれた社会の確認テスト。結果は、
「ほとんど空白じゃん!んで0点だし!何してたのー!?」
「妖精魔法の調整してましたぁ~!」
「のめり込み過ぎだよ!しかも私は怒りにくいじゃん……!」
ぐぬぬ、と悔しそうに唇を噛む先輩。
しかし、「あっ」と、何かを思いついたように、小さく声を漏らす。
次の瞬間、にっこりと笑顔を作って、僕にとっての絶望を告げた。
「とりま、今日からテスト終わるまで……私との練習以外で魔法使うの、禁止ね~」
「そ、それだけはご勘弁を!?」
「勘弁しないよ~!」
ビシッと僕を指差す先輩。
「るっきーは容赦なく私の【念話】をキラちゃんに【詠颯】で伝えてたもんねー」
「それを言われると、何も言えません……!」
頭を抱えて机に額を打ちつける。
先輩はくすくすと笑いながらグラスに手を伸ばし、一口飲んだ。
顔を上げると、先輩は両肘をつき、顎に手を添えたまま、こちらを見つめていた。
「……でも、おかげでキラちゃんと仲直りできたからさ。改めて、本当にありがと」
「い、いえ……赤枝先輩も、ちゃんと〝夢〟を応援してくれそう、なんですよね?」
「うん。飛んでるときに言ってくれたけど……キラちゃんは、『やりたいことやってるヒマちゃんを、パートナーの私が支えるから!』だってさー」
言葉を思い出しているのか、先輩は少しだけ目を細めて、柔らかく笑った。
そのままグラスの淵をしなやかに指先でなぞる。
「あのときの先輩は……本当に、物語の主人公みたいでしたね」
「……待って。結局、その主人公とかパートナーとかって……なーに?」
「あー……これは、ですね──」
体を起こし、兄から聞いた話をかいつまんで説明する。
先輩はストローをくるくると回しながら、相槌を打った。
「お父さん、中々カッコいいこと言うねぇ……何やってる人なの~?」
「大学で、魔学部の教授してます……」
「……すんごい失礼だけど、なるほど、って思っちゃった……」
「魔学教授には変人が多いって、言いますからね」
小さく笑い合う。
グラスに口をつけ、一息ついてから、あのときのことを思い出す。
「……でも、おかげで先輩の脇役になれる決心が付きました」
「脇役……」
先輩は、ほんの少しだけ視線を落とした。
氷の溶けかけたグラスの中で、光が揺れる。
「るっきーは……脇役のままで……〝夢〟がないまま、ずっといるの?」
「え?はい。」
視線を落とすと、グラスの中に映った自分と目が合う。
「先輩を見てると、〝夢〟の力って、すごいんだなとは、思うんですけど……本当に、やりたいことが特にないので」
自嘲するでもなく、ただ事実を口にする。
「だからまあ、僕は脇役でいいかなって」
「……」
「先輩みたいに、やりたいことが見つかったら、そのとき考えればいいですし」
肩をすくめる。
「それまでは、先輩の近くで色々見てるほうが楽しそうですから」
僕の言葉に、「そっかぁ」と小さく頷くと、先輩は頬に指先を当て、すぐにぱちん、と軽く指を鳴らす。
「じゃ、これも〝契約〟に入れよ?」
「……と、言うと?」
「るっきーが、〝夢〟を見つけるお手伝い」
指で輪を作り、レンズのように目に当てる先輩。
「で、でも……もう、僕が先輩に教えられるモノなんて何も……」
「んーん。簡単なことで良いよー」
すっと、こちらに身を乗り出してくる。
お互いの距離がグッと近くなり、心臓の鼓動が強くなった。
「名前で呼んでよ~」
「な、名前ですか!?」
「そ!私だけあだ名で呼んでるの、ちょっと悲しいし~」
わざとらしく肩を落としながら、こちらを見てくる先輩。
逃げ場なんて、最初からなかったが──断ろうとも、思わない。
「で、では……ひ、ひひひ……ひ、ヒマリ先輩……?」
「……ん。いーねそれ~。初めての呼ばれ方だ~」
なお、自然に呼べるかは、別問題だった。
にひり、満足そうに頷かれ、僕自身の顔もほころんだ。
師匠で弟子。生徒で先生。先輩は主人公で、僕はその脇役。
これぐらいの関係性が、丁度良いと思う。
……まあ、それはそれとして。
机の上に置かれたテスト用紙に再度目を向ける。
「……今は、テストの方が、ヤバいかもです……」
「それはそう」
普通に勉強しないと赤点で留年なのだ。
「……先輩」
「んー?」
「本当に魔法の勉強するの、ダメなんですか?」
「ダメだよ~?」
にっこり。
「……ですよねぇ」
がっくし。
脇役以前に、まずは学生としての役目を果たさなければならないらしい。
そんな悲しい現実を噛み締めていると──
「……?」
「今、何か聞こえた?」
「はい……しゅっ、って……」
音は、本当に僅かだった。
でも、たしかに。
糸が緩むような、結び目が解けるような。
そんな、微かな音がした。
これにて第1部完結──。
第2部開始までは少々お待ちくださいませ!