日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
突っ伏していた腕が重たい。ぼんやりしたまま顔を上げ、目をこすった。
視界はかすんでいて、まつ毛の隙間から見える教室の風景が、やけに遠く感じられる。
目の前には、寝ぼけた文字で書かれた魔法式が残されたノート。
「……ホームルーム終わってんじゃん」
頬に少し、枕代わりにしていた腕の跡がついていた。
いつものように魔法式を頭の中で反芻する……なんて余裕も今日は無く、朝からずっとぼんやりしたまま。
黒板の文字も、教師の声も、いつも以上にただの景色と環境音。
そんなホワホワとした感覚になっている理由、それはもちろん──。
「はぁ……」
───昨日は、テンパりすぎたかな。
未知の魔力異常で焦っているときに、自分が原因とは言えギャルに話しかけられるとは思ってもいなかった。頭がキャパオーバーしていたとさえ思う。
何度目か分からない昨日の反省を脳内で行っていると、小さな人影が僕の元まで近づいてきた。
「ハルキ~、部活行くにゃー」
そう言って僕の机にのそのそと顔を出したのは、クラスメイトであり、部活の仲間でもある身長120センチほどの同級生だった。
頭にある黒の獣耳と、腰から生えている黒の尻尾が特徴的な男子、名を
彼は、人間の身体に様々な獣の特徴を持つ種族である、獣人族。またその中でもネコの獣人族だ。
一緒に部活に行くときは大抵このようにネコマルが誘ってくれるのだが──。
「んぉ?おっけー」
今日は、思考を切り替える余裕もなく、条件反射で彼の誘いに返事をした。
「ハルキ、今日いつもよりトリップ長くにゃい?
「え、そうなの?……まぁ、そういう日もあるよ」
曖昧に笑ってごまかすと、ネコマルはん~?と不満げに目を細めた。
「にゃーんか怪しいんだよにゃあ……」
「……何を根拠に?」
「にゃっはっは、このケモミミセンサーが反応してるのにゃ!」
「ただの耳じゃねーか。あとその猫キャラ、男子校で意味ある?」
「キャラ言うにゃ!」
いつものやり取りをしながら、僕はまだ眠い目をこすりながら、ネコマルは尻尾をふにゃふにゃと揺らしながら、廊下を歩く。
「実技会の魔法、調子どうよ」
「まぁまぁって感じにゃ。昨日はバイトで行けなかったから、今日頑張るつもりにゃ~」
魔学室は校舎の北棟にある。普通教室よりも対魔法設備がしっかりとし過ぎているせいか、部屋近くの廊下になると、少し空気も冷たくなっているように感じる。
階段を上りきって、焦げ茶色の扉の前に到着した……のだが。
「「あぁ……」」
僕たちの目に入ったのは、扉に貼られた一枚の紙だった。
──『本日、顧問・仁志宮は退勤したため、部活動を休止します。各自安全に帰宅すること』
「
ネコマルが紙を指でぺしぺしと叩きながら、残念そうに呟く。
仁志宮先生は1ヶ月に数回、奥さんに変わってお子さんを幼稚園に迎えに行くことがある。つまり、顧問が不在だということだ。
じゃあ生徒だけで活動しろよ、なんて言われることもあるが、ときに危険な魔法を使うこともある魔学部は、顧問不在では活動が認められていない。
「帰る?」
「帰るしかないにゃ~。にしみんたらまったく、良いお父さん過ぎるのも考え物だにゃ」
「どういう目線の発言だよ」
2人で再び校舎を歩く。
途中、上階の窓から差し込む西陽が廊下の床を照らしていて、僕らの影を淡く伸ばしていた。歩くたびに、その影が床のタイルに沿って、静かに形を変える。
昇降口を出て、校門の方へと歩いていく。
「まだこの時期は涼しくて良いにゃ~ね~」
「それな」
夕方の風は涼しく、汗ばんだ首筋にちょうどいい冷たさだった。
門の近くでは、部活に行っていない生徒たちが何人か荷物を肩にかけて歩いており、目線の先からは笑い声が、背後からは部活の掛け声が、放課後の空気に溶け込んでいる。
──ふと、何かの視線を感じてその方向に顔を向けた。
校門のすぐ外、学校の石垣にもたれかかるようにして、隣の女子高の制服に身を包んだ女の子が一人立っている。
背中を壁にくっつけこちらを見るその姿は、まるで雑誌のワンカットである。──というか、昨日のギャルだった。
「いた~」
ギャルはまるで探し物を見つけたかのように、ゆる~い声でそう言って、こちらを指差している。
その表情は、笑っているようで、怒っているようで──要するに、よくわからない。……が、〝こちらを見ている〟という1点だけは、嫌でも伝わってきた。
「うぇ!?」
反射的に変な声が出た。周囲の視線が一斉にこちらへと向いてくる。どこからか「あ、真戸先輩やん」と、聞き馴染みがある声も聞こえてきた。
「にゃ……ハルキ、知り合い?」
「知らない人です」
隣のネコマルが、
ギャルは「ん?」と小首をかしげて、まばたきを二度。心なしか、口角だけがふっと上がったように見えた。
「えっと……ミーたちに何かご用ですか……?」
僕よりも(恐らく)対女子コミュニケーション力に長けているネコマルが、一歩前に出て、ギャルに質問を投げかける。
「……昨日、その子にナンパされたの~」
「おみゃーそれは本当かにゃ!?」
「してないが!?」
とんでも発言に、思わず声を張り上げた。昨日ちゃんと否定したよね!?
周囲の視線がさらに刺さってくる気がする。空気がざわつき始めた。
一旦誤解を解くため、ネコマルの肩を引き寄せて、そっと耳打ちする。
「僕がナンパなんて出来る男だと思うか……?」
「にゃっ……ごめん」
「だろ?」
しゃがんで小さく頷き合ういながら会議していると、その輪に何の
「ね」
その一文字と共にギャルも一緒にしゃがみこんでくる。さっきまで壁にもたれていたはずなのに、もう目の前だ。距離が近い。なんかいい匂いもする。
「この子、借りていーい?」
僕の同意なんてどこ吹く風。ギャルは当然のようにそう言った。
「いくらでもどうぞー」
「えっ」
「幸運を祈っておくにゃ!」
「おい!?」
ネコマルがまるでバトンタッチでもするように僕をポンと押し出して、すたすたと帰路に身体を向けた。
「それじゃ、失礼するにゃ~」
尻尾がやけに楽し気に揺れていたのが腹立たしい。
「ばいばーい。……じゃ、こっちこっち~」
ギャルは僕の背中をぐいっと押し、駅とは違う方向に歩き出す。
言葉の調子は軽いままだが、足取りには迷いがない。ついさっきまで帰ろうとしていたはずなのに、気づけば言われるがままに歩いている。
「ち、ちなみに、どこに、向かってるんですか……?」
このまま黙ってついていくのも妙な話だと思い、勇気を出して行き先を聞いてみたが、自分でも分かるくらい、声が裏返っていた。
声こそ笑ってはいたものの「すぐそこのこーえんだよ~」と振り返りもせず返された。
「あ、逃げたら昨日のこと警察に言うよ~。『一級魔法、無断で使用してた』って」
「…………」
声はすごくゆったりしているのに、内容が物騒すぎる。思わず言葉を詰まらせた。
「使えるのは、すごいんだけどー……でも、高校生で【風翔】を使っていい資格、持ってるわけないし~」
その声からは、悪意らしきものは一切読み取れない。からかってるようにも聞こえるし、本気で脅しているようにも聞こえる。
実際のところ、僕は昨年【一級属性魔法士】の資格を取得済みだ。法律上は何も問題はないし、通報されたところで学生の言い分なんて重く取り合ってもらえるはずもない。
ただ──圧が凄い。昨日よりもさらに〝絶対に逃がさない〟というプレッシャーをひしひしと感じる。
───というか、あの一瞬見ただけで、どの魔法使ったのか分析したのか……?
まさか僕と
だから、この人はシンプルに知識と洞察だけでどの魔法を使ったのか導き出したということになる。
僕の怪訝な視線に気づいたのか、ギャルは振り返って自慢げに言う。
「私、勉強は得意なんだ~」
ふふん、と胸を張っているが、並大抵の勉強量ではないし、洞察力も凄まじいと思う。
大体の高校生が三年生になるまでに授業で学ぶのは、二級が最高だ。一級の魔法を知ろうなんて人は、大学に上がってから勉強する。
それに、魔法オタクでもどの魔法を使ったのかを一瞬で見極めるのは難しいのに、それをこのギャルは言い切ったのだ。……え、何者?怖い。
一応、鎌をかけてみることにする。
「あ、あの……二級の【
「ん~……【烈風】はもうちょい風が緩くない?あと範囲も広いよねぇ~。昨日のは、一点に集まってたよー」
「ソ、ソウデスネ……」
完全に見抜かれていた。思わず片言になってしまう。
たまたま知っていたとか、勘が鋭いとか、そんなレベルじゃない。
僕がまだ軽く混乱しているうちに、向こうはひょいひょいと歩を進める。こっちはついていくしかない雰囲気になっていた。