日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
5分ほど歩くと、ギャルはふと立ち止まる。
学校近くにある美術館の隣。木々に囲まれた、広場のような比較的大きな公園だ。
整備はされているが、どこか
「ここなら、みんな来ないよ~」
「みたい……ですね」
僕は周囲を見回す。散歩帰りらしき老夫婦が一組ベンチに座っているだけで、他には誰の姿もない。
静かで、風の音だけが耳に残る。
そんな心持ちのなか、「それじゃ、」という声と共にギャルはこちらを向いて真剣な表情を浮かべた。
「昨日言ってたこと、教えて」
これまでのゆったりとした口調は無く、目はどこまでもまっすぐだった。
視線をぶつけられるたび、身を固くしてしまう。
「えっと、その、魔力の流れが……ってやつですか?」
「もっちろん」
声のトーンは柔らかいが、目線は外されない。
真剣に聞かれているのが伝わってくる。
「……き、昨日言ったことはそのまんまです」
「ふーん……じゃあさ、つまりー」
彼女はそこで少し言葉を切って、僕の目をじっと見つめた。
その目は、さっきまでの緩さを隠し、知識の光を宿している。
「──君は……魔法に変換される前の〝魔力〟が、見えてるってことー?」
「は、はい。【魔力変換性症候群】……って聞いたことありますか?」
「……!あるよ~。魔力を五感のどこかで認識しちゃう体質……で、合ってる?」
「合ってます……通称【魔換症】なんて言います」
──【魔力変換性症候群】
本来、自身が生み出した以外の魔力は、魔法に変換されてはじめて知覚されるもので、生身の人間にとっては〝認識できない〟エネルギーだ。
しかし、この症状を持つ人間は、生まれつき魔力に過敏な感覚を持っている。
それは嗅覚だったり、聴覚だったり、人によって現れ方はまちまちだ。
アレルギー反応に近いと言えば分かりやすいかもしれない。魔力に敏感すぎるあまり、日常生活に支障をきたす人だって多い。
魔力の色や形が〝匂ってくる〟せいで集中力を欠いたり、常に魔力の音が〝聞こえてしまう〟せいで眠れなくなったり──。
便利どころか、本人にとっては厄介な体質であることも多い。
「ぼ、僕はそれが……目に出てるんですよ」
眼鏡を外しながら続けるが、言い終わってから自分の声の震えに気づく。
全てを見透かそうとするような、彼女の真剣な視線に、鼓動が段々と早まっていた。
視線と顔面のダブルパンチで、頭が真っ白になってしまう。
こっちは男子校四年目の魔法オタク。ギャルなんて、テレビと夢の中でしか見たことないのに、まともに見れる訳がない。
やはり強すぎる。色んな意味で、刺激が強すぎる。
そんな僕の動揺をまったく気にする様子もなく、このギャルは、目の前で顎に手を当てて考え込んでいた。
「いちおー、試そっか~」
彼女は柔らかな笑顔を引っ込め、代わりにどこか真剣な表情でそう言った。
「そ、それが終わったら帰っても……?」
「ダメ」
「ひん」
可愛い顔で即答される非情な否定だった。結構心にくるからやめてほしい。
そのまま彼女はスッと目を細めて、軽く息を吸う。
「……今から魔法を使おうとしてみるから……それが何か、当ててみて」
その言葉をきっかけに、空気がわずかに歪み始めた。
彼女から放たれた魔力は、淡い青色の〝泡〟を数個浮かび上がらせる。そのまま、不規則に回転しながら、滑らかな流れを描き始めた。
魔力の色と特徴、構造は、間違いなく自分の知識にある水属性の魔法と一致している。
「【
「……!」
ギャルは目を見開いた。驚きと、確信がその瞳に宿る。
「ほんとに……分かるんだねぇ」
彼女が魔力の放出を止めると、やはり昨日と同じく、歪んでいた空気中の魔力もスッと消え失せる。
「じゃ、今の、そのまま魔法使ったら……発動すると思う?」
「え?ま、まぁ……見たことある感じの魔力でしたし、問題無く発動するかと……」
あの歪んだ魔力への疑問点はあるが、それ以外特に問題は無かった。
僕の返答を聞いた彼女は目を閉じ、小さく息を吐く。
「……ん。今度は、ちゃんと魔法陣も出して魔法にしてみるね……見てて」
「は、はい……」
再度魔力が歪み、彼女の身体に、魔力が集まってくる。
さっきとは違い、しっかりと魔力を収束して、魔法を使おうとしている。
正直、既視感の無いこの魔力のうねりは少し怖い。しかしもちろん、彼女はまったく特に気にする様子がない。
「ここから」
彼女の言葉と同時に、魔法を魔法たらしめる象徴──魔法陣が、掌上に浮かび上がる。当然、その模様には、正確な魔法式が描かれていた。
「……あれ?」
魔力が、魔法陣に集まろうとしていない。撫でるように、中心に向かっていない。
そして、次の瞬間。
パリィィンッ──!
「え……」
魔法陣が、割れた。ガラス細工のような破片が、空中に弾けて消える。
それは、魔法が上手く発動しなかったときに起こる典型的な失敗の現象の1つ。
「なんで……?」
思わず、考えが口から零れ落ちてしまう。
魔法式は正しかった。
魔力の色も、動き方も、何もおかしくはなかったはずだ。
強いて言うならやっぱり──
「魔力が魔法陣に収束しきれてなかった、から……?」
──でも、そこだけに問題があるなら、魔法陣はこんな風に壊れない。弱々しいけど、魔法自体は放出されるはずだ。
じゃあ、彼女自身の魔力に問題があった?いや違う。そんな様子は視えない。
なら、失敗の原因は一体どこに……?
「……やっぱり、出ないなぁ」
彼女の声でハッと思考の渦から引き戻される。
「いつも、なんですか?」
遠慮がちに尋ねると、彼女は今まで見せていたふんわりとした笑みではない、乾いた笑みを浮かべて答えた。
「うん……。魔法を使う直前で、急に魔法陣が割れるの……。初めて、魔法を使った日から……ずっとこう」
その言葉と同時に彼女は俯く。耳にかかっていた髪がはらりと落ちる。
太陽が雲に隠れ、両者の影が地面に溶けていく。
「昨日、〝魔力が見える〟って聞いたから。もしかしたら、私が魔法を使えない理由、分かるかな~って」
「なる、ほど……」
フッと彼女は小さく息を吐く。
俯いた彼女を見ていると、ぞわぞわとした曖昧な感覚が身体を走った。
僕の取り柄なんて、魔法くらいだ。でも、それが今、役に立つかもしれない。未知の現象であっても、何かきっかけにはなるかもしれない。
そんな期待と、タイプの女の子を助けられるかもしれないという高揚が、胸をくすぐっている。
単純と言われても仕方ない。それでも、なんとか、どうにかしたいと思ってしまった。
頭の中で、今までに見てきた魔法理論や資格試験で培ってきた経験を高速で洗い直す。
彼女の魔力自体に異常は無かった。魔法式も、間違っていなかった。
なら、なぜ?何が原因で、魔法陣に魔力が収束しない?最後に発動だけができない?
───……いや、そうじゃない。〝今〟はもっと単純に考えろ。複雑な理屈よりも、目の前の現実を!
「そ、それなら!」
「んー?」
反射的に口をついて出た言葉に、彼女がゆっくりと顔を上げる。
落ちかけていた髪が頬から離れ、少しだけ、本当に少しだけ、瞳に光が戻っていた。
「ぼ、僕が……君の魔力を使って、代わりに魔法を発動できたら……何か掴めるかもしれません!……なんて、言ってみたりぃ……」