日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
「ぼ、僕が……君の魔力を使って、代わりに魔法を発動できたら……何か掴めるかもしれません!……なんて、言ってみたりぃ……」
一瞬の沈黙。
風の音だけが通り過ぎるなか、彼女はゆるく首を傾けて、問い返してくる。
「……【
「そ、そうです!」
──【魔力連結】
他人の魔力を自らの身に取り込むことで、その魔力を動かすだけの技術ではない。
それをやりたいと、やや食い気味に答えると、彼女の表情はさらにほんの少しだけ曇った。
「昔、先生たちに【魔力連結】してもらったけど、無理だったよ?……どの先生でも、失敗した」
語尾を落としながら、どこか諦めたような笑みを浮かべる。
その笑顔は明るさではなく、長く積み重ねた無力感に染まっていた。
「……でも、やる?」
「…………大丈夫です、多分!これでも魔法オタクなので……魔法には自信も、プライドも、ありますっ!」
最後だけ、少し強い口調で言い放った。
根拠なんて、どこにもない。でも、やってみなきゃ分からない。
だからこそ、ここで〝やらない〟なんて選択肢は、僕の中にはなかった。
僕の返事に、彼女はじっと僕の目を見つめたあと、ふっと表情を緩めて笑った。
「不安だなぁ。……でも、いいよ。お願い」
少しだけ明るくなった声に、安心する。
もう一度、彼女の魔力が静かに揺れ始めた。
「そ、それじゃあ……お手を、貸していただきたく……」
「緊張しないで~。ダメで元々だしー」
そう言って差し出された手は小刻みに震えていた。
ぐっと意識を集中させて、彼女の手の甲を下から包み込むように、両手で支える。
そのまま、魔力を観察し続ける。ほんの一瞬、吐きそうになるほど繊細な感覚だが、そんなことに構っている場合じゃない。
「何か、使ってみたい魔法とか……ありますか?」
「なんでも、いい?」
「はい」
即答すると、彼女は「んー」と、唇を尖らせながら軽く考える仕草を見せた。
「どうせなら、好きな魔法で……あ、【
「了解、しました」
──【妖精ノ舞】
使い手の技量によって世界で最も美しい魔法になるとまで言われる、三級に相当する光属性の魔法。特別な効果はまったく無いが、清廉で美しい光の線が舞い踊る姿は、文字通り妖精が踊っているかのようだと表現される。
彼女が体内から放出した魔力がふわふわと浮かび、規則性のないまま、揺れている。
「……いきます」
「うん」
返事を確認してから、僕は彼女の魔力を、肌越しに受け入れ始めた。
意識を集中させ、彼女の魔力の流れを自分の身体に溶かしこむ。重ねるのではなく、沿わせるように。
【魔力連結】は、単に他人の魔力を動かすだけの技術ではない。
千年以上も前。魔法は、人それぞれが持つ魔力の適正によって変わると考えられていた時代。〝魔法が使えない〟と断じられれば、それで可能性が潰えた時代にできた、執念の技術。
魔法を使いたいと、そう夢見た人たちの試行錯誤の末に生まれたのが、【魔力連結】。
その神髄は、他者の魔力を拒絶せず、自身の魔力と共に巡らせて魔法を成功させることで、その魔力の可能性を示すこと。
とある魔学研究者はこれを、人が魔法に抱いた飽くなき渇望を満たす技術──もしくは、〝夢〟を叶えるために作られた技術だと論じた。
ならば、彼女の可能性を証明するのに、これ以上ふさわしい術はないだろう。
───うん。やっぱり、魔力はちゃんと正常だ。
軽く彼女の魔力を放出してみると、自然に動かすことができた。
つまり、魔法が行使できない原因は、魔力ではない。
「違和感とか、ないですか?」
「ん!だいじょぶ~」
その言葉を聞いてから、【妖精ノ舞】の魔法式とイメージを頭の中で組み立てる。
僕の魔力で〝正しい〟道を示し、彼女の魔力をその道に沿って走らせることで、黄色の魔法陣を形成する。そうすると、空気の震えが明らかに変わった。
空間の温度がほんの僅かに上がり、淡く細かい光の粒が周囲に滲み出す。これは、【妖精ノ舞】が発動する直前に現れる、初期現象だ。
「これ、成功してっ!」
「いえ、まだです」
「……!」
彼女の喜び混じりの声を、僕はすぐに遮った。
まだ、初期現象を出せただけだ。
ただ少なくとも、僕が彼女自身の魔力を動かすだけでここまできた。
正直、彼女の魔力がなんで収束しないのか、魔法が発動しないのか、現状その理由はまったく分からない。
それでも、魔法を〝完成〟させるために伝えられることは、まだある。
「頭の中で、魔力の道を〝イメージ〟してください!」
少しだけ言葉が震えた。
「イ、イメージ?」
不安げな声が響く。だが、今は説明している時間はない。
「【妖精の舞】は、火を消さないぐらい慎重に、線香花火を振り回すイメージです!」
彼女は一瞬目を見開いたあと、きゅっと唇を結び、小さく頷く。
「……線香、花火……。う、ん……なんとなく?わかった」
その一言とともに、彼女が魔力の動く道をイメージした瞬間──同時に、空間にさらに大きな歪みが走る。
光の粒が急激に乱れ、魔法陣が少しずつ欠けていく。
収束しきれなかった魔力が空間にあふれ、柔らかな波紋となって膨張を始める。
「いまどうなってっ……る、の?」
魔力が見えない彼女は、何が起きているか正確には分からない。だからこそ、その声には不安と焦りが
対して、僕の目には、魔力がただ〝広がって〟いく様子が、残酷なまでに映っていた。
魔力を動かしているのは僕で、いつもなら魔法陣の中心に収束していくはずの魔力が、まるで逃げるように周囲を漂っていく。
───これは……世界が、この人の魔力を拒んでるみたいだ……!
正解の道を通ろうとすると、魔力が勝手に逸れていく。
見たことが無い挙動だが、このままでは魔法陣はまた壊れてしまうと、根拠は無くとも分かってしまった。
「───まだっ!」
自分の声が、熱を帯びて跳ね返った。
諦めたくなかった。ここまできて、彼女にまた「ダメだった」なんて、言わせたくなかった。
【魔力連結】を維持しながら僕自身の魔力を放出し、足元に新たな魔法陣を展開する。
「!この魔法陣は……?」
「魔法陣が崩れていくなら──それを外側から守ります!」
「意外と、力技~!」
既に脳は疲弊しきっていた。
魔法行使のための〝感覚〟を研ぎ澄まし、〝イメージ〟に沿って魔力を動かし、二つの魔法を成立させるために全神経を張り詰める。
歯を食いしばる。痛みではなく、集中に全てを捧げるために。気を抜いたらすぐに、制御は崩壊する。それほどの、極限の状態だった。
彼女は震える右手を左手で強く支えながら、自分の魔力を放出し続けている。浮かび上がった光の粒子が、壊れかけの魔法陣の上でかろうじて舞っているのを見れば、必死にイメージに意識を集中させているのが分かる。
「ッッ……まだ、いける……!」
また崩れかけた魔法陣を、僕の魔法で包み、強引に形を保たせる。
ギリギリの力加減で、収束しきれなかった魔力を無理矢理魔法陣に押し戻し、巻き取ろうとする。
「今日、こそ……!」
かすれた声が聞こえた。だけど、その言葉と同時に──
限界を超えたのか、魔法陣に無数の亀裂が走り始めた。
「あ、やば──」
直感が、全身に警鐘を鳴らす。これは、暴発する!
「伏せてっ!」
迷うことなく手を掴み、そのまま力いっぱい引き寄せた。
驚いたように目を見開く彼女を抱えるようにして、地面へと飛び込む。
ドンッ!
次の瞬間、魔力の
地面に倒れ込んだ僕らの頭上を、光の粒が弾けるように飛び散っていく。
「いって……」
仰向けの彼女を庇うようにして倒れた。顔が近い。息がかかる距離だ。
一瞬、時が止まったかのように見つめ合って──彼女がはっとしたように目をそらし、顔を赤らめて身をずらす。
「っ……ご、ごごっごごごごめんな、さああい!」
謝罪の言葉と共に慌てて体をひねり、半ば転がるように横にズレる。
瞬間、白く澄んだ光が、弾けるように一斉に放たれているのが視界に入った。
無数の妖精が羽ばたいたかのような、大量の光の粒子。輝き、瞬く、刹那的な光景。
魔法陣は裂けるように砕け散り、込められていた魔力が波紋となり、空に溶けていく。
暴発の余波は、静かに、そして確実に、魔法の余韻をさらっていった。
「せ、いこう……?」
彼女がぽつりと呟く声は、驚きと戸惑い、そして微かな希望が混じっている。
「いえ、残念ながら……」
「……そっ、かー」
短く、でもどこか納得したような返事だった。
最後の瞬間、魔力が暴発すると感じた僕は、魔力供給を強引に遮断した。
無理な状態で放出された魔法は、光の粒は放出されたものの、それは軌道を描かず、霧のように散る結果となった。
優美さも、淡麗さも、【妖精ノ舞】の真髄には到底届いていない。──失敗だ。