日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う   作:宮原ワタル

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6話:魔法オタク、師匠になる。

 

 

「あんな見得を切ったのに、すいません……」

 

 上体を起こし、地面に座り込みながら謝罪する。

 無理に魔力を動かしてた影響で、指先の感覚も少し鈍い。

 

 だけど、彼女の姿だけははっきりと見えた。

 彼女は立ち上がって制服に付いた砂を払うと、座り込んでいる僕に手を差し出した。

 

 

「んーん……そんなこと、ないよ」

 

 その言葉に、思わず目を見開いてしまう。

 てっきり非難されると思っていた。結局、失敗したのだから。

 

「……ふふっ」

 

 間の抜けた顔が、可笑しかったらしい。

 

 

「たしかに……正確に言えば、失敗かもしれない。でも」

 

 僕の手を引き、起こしてから、視線をそっと手のひらに落とす。

 先ほどまで魔法陣を展開していた掌を、両手で大切に包み込むように見つめながら──かすかに震える声で、言葉を紡ぐ。

 

「でも……魔法を、絶対使えないわけじゃ、無いって。私の魔力は、死んでないって、わかった!」

「それは……」

 

 

 その言葉に、どれ程の思いが込められていたのか。

 

 誰もが魔法を当たり前に使える世界で、ただ魔法を放出する、その最後の工程だけが成功しない。

 きっと彼女にしか分からない、長い葛藤と、孤独と、諦めの中で過ごしてきた日々。

 

 

「何やっても、うんともすんとも言わななかったのに……。今日、君の手を借りてだけど……魔法が使える兆しは見えた!ちゃんと、私の魔力で!」

 

 ゆっくりと、顔を上げる。

 ほんの少しだけ、目元が赤い。汗のせいか、涙の跡か。それでも、はっきりとその顔は喜びで(あふ)れていた。

 

「だから、ありがとう。……これで一歩、〝夢〟に、近づいた」

「ゆめ……」

 

 彼女の〝夢〟とは、なんなのだろうか。

 昨日僕がポロっとこぼした【魔換症】の情報だけで、見ず知らずの男子に助けを求めるぐらいだ。

 

 たしかに、自身の力で魔法がまったく使えないというのは、この社会では不便かもしれない。だけど、生活に支障をきたすほど致命的なものでもない。

 

 それでも彼女は、自分の魔力で魔法を使いたいと強く願っている。

 ただの〝夢〟ではない。もっと深く、強く、切実な想い。

 

 

「ねっ」

 

 普段は聞き慣れない、高い異性の声に、思考が引き戻される。

 

「これからも、魔法、教えてくれない……?」

 

 言葉は静かだけれど、真剣な声だった。

 その瞳には一切の迷いがない。冗談でも、適当でもないことはすぐにわかる。

 

「〝イメージ〟の説明なんて、初めて聞いたし」

 

 夕方の風が吹き抜けて、彼女の少し乱れた金髪を揺らした。

 先ほどまで張りつめていた緊張が、ふとした拍子にまた戻ってきたように、その肩が小さく震えていた。

 

 もちろん、そのお願いを聞いた時点で、答えは決まっていた──が、冷静に今の状況を振り返る。

 

 

───あれ、これって定期的にこの人と会うってことか……?

 

 

 その一瞬で、脳がフリーズする。

 考えれば考えるほどパニックになる。

 

 だって、僕はただの魔法オタクだぞ!?女の子、それもギャルとまともに喋れるわけがない!

 さっきまで会話できてたのは、アレだ、多分アドレナリンとかそういうヤツだ。

 

 

「ぜ、ぜんぜんおっけーですぅ……」

 

 だから、出てきた声はそんな有様だった。

 なっっっさけなく、しどろもどろな返答。視線もレンズ越しですら合わせられず、全力で目を逸らす。

 

「ほんと!」

 

 僕の心の動揺など微塵も気に留めず、またその頼りない返事の仕方にも一切ツッコまず──目の前の女の子は、表情を華やがせた。

 

 ついさっきまでの不安と緊張の面影は、もうどこにもない。「よかった~」と、口にしながらふにゃっとした安心の笑みを浮かべて、心の底から安堵しているようだった。

 

 その顔は、反則だ。笑顔を目の前で見せられて、気づけば、そんな言葉が頭に浮かんでいた。

 なんと言うか、女の子ってこういうことなのか?最近はテレビや夢でしか見たことのなかったあの感覚が、現実に押し寄せてくる。

 【妖精ノ舞】で生み出される光のように、夕日が彼女を優しく揺らした。

 

 

 

「あ、自己紹介してなかったねぇ」

 

 突然、ぱちんと手を叩き彼女が言った。

 そういえばそうだ。

 僕たちは、お互いがどこの学校に通っているかぐらいしか、まだ知らない。

 

 

「私、姫道(ひめみち)ヒマリ。月葉(つきよう)学院高等部の二年生!」

 

 

───……先輩だったのか。

 

 

「えっと……真戸ハルキです。涼葉(すずは)学院高等部の、一年、です……」

「あ、後輩……」

 

 ちょっとだけ驚いたように声が跳ねて、彼女がくすくすと笑った。

 その笑い声に、つられるように僕の頬も熱を帯びていく。

 

 

 眼鏡をかけながら熱を誤魔化す、そんなときだった。

 

「明日、空いてる?」

 

 思いがけない言葉に、瞬時に心臓が跳ねた。

 

「えっ、あ、明日ですか?……空いて、ます」

「ひとまず、今日のお礼、さーせて」

 

 にへら、と少し照れたように笑うその表情は、今までで一番柔らかかった。

 心なしか、彼女の髪の色も、ほんの少しだけ明るくなった気がする。

 あれほど重く垂れていた髪が、今は風を受けて軽やかに踊っているようだった。

 

 

「……と言っても、ご飯奢るだけなんだけどね~」

「い、いやいやぜんぜん!あ、ありがとうございます!」

「お礼言うのはこっちだって!んじゃ、私の連絡先渡すから、携帯だして~」

 

 彼女が携帯を取り出したので、僕も慌ててポケットから自分の携帯を取り出し、連絡先を交換した。

 

 

───女の子の連絡先、ゲットしちゃった……!

 

 

 正直、心の中はウキウキだ。

 だけど、それを顔に出すとどう思われるか分からないので、必死に表情を保つ。

 

「……もしかして、女子と連絡先交換するの……初めて?」

「ぐふっ!」

「あ、図星」

 

 ……お見通しだったようだ。

 

 

「たしかに、るっきーは男子校だし、女の子慣れできなさそうだもんね~」

「る、るっきー……?」

 

 あまりに馴染みの無い呼ばれ方に思わず困惑してしまう。

 

 もしかして、女の子は誰かを呼ぶときにあだ名を付けるものなんだろうか。

 

 

「るっきーって呼びやすくない?……あ、もしかして嫌だったー!?」

「め、滅相もございません!」

「なら、るっきーで」

 

 そう言って柔らかく笑った彼女は地面に置いていたスクールバッグを手に取り、公園の出口へと向かう。

 

 そして途中でくるりと身体を捻ってこちらを振り返り、大きく手を振った。

 

「……じゃ、また明日~」

「は、はい!ひ、姫道先輩も、お気をつけて!」

 

 

 僕の言葉に満足したのか、今度こそ先輩は公園の出口へと走り出した。

 

 妖精みたいな、人だった。

 

 ふわっと現れて、気づいたらすぐにどこかへ行ってしまう。

 その儚さも、楽しげな笑顔も、どこか夢みたいで。

 当然、可愛い、という意味でも。

 

 僕もゆっくりと歩き出す。

 公園を出て、駅へ向かう帰り道。ピポーンと軽やかな通知音が鳴り、携帯を取り出す。

 画面には、早速先輩からのメッセージが届いていた。

 

『〈姫道ヒマリ〉12時に昨日の公園集合でよろしく!』

 

 そんな文言のすぐ下には、敬礼ポーズをしているカピバラの可愛いスタンプ。

 改札をくぐりながら、『了解です』という文言と、とりあえずアプリに元々入っていたスタンプを選び、返信する。

 メッセージが正常に送信されたのを確認してから、携帯を再度ポケットにしまう。

 

───なんか、すごい時間だったなぁ……。

 

 昨日今日で数年ぶりに女の子と喋ったかと思ったら、魔法の手伝いをして、連絡先も貰って、そして明日は……あれ。

 

 明日、デートってことか!?

 いやいや、落ち着け落ち着くんだ真戸ハルキ。

 ただのお礼だ。ご飯を奢ってくれるだけ。それだけ。

 

「念のため、明日の服と荷物はしっかり準備しとこう……」

 

 そう決めてすぐ。再度、軽やかな通知音が鳴ったため、携帯を取り出す。

 画面には同じく先輩からのメッセージ。

 

 

『〈姫道ヒマリ〉これからよろしくです、ししょー』

 

 

「師匠……」

 

 今日は夜更かししても、魔法について考える余裕なんて、無さそうだった。

 

 

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