日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
「あんな見得を切ったのに、すいません……」
上体を起こし、地面に座り込みながら謝罪する。
無理に魔力を動かしてた影響で、指先の感覚も少し鈍い。
だけど、彼女の姿だけははっきりと見えた。
彼女は立ち上がって制服に付いた砂を払うと、座り込んでいる僕に手を差し出した。
「んーん……そんなこと、ないよ」
その言葉に、思わず目を見開いてしまう。
てっきり非難されると思っていた。結局、失敗したのだから。
「……ふふっ」
間の抜けた顔が、可笑しかったらしい。
「たしかに……正確に言えば、失敗かもしれない。でも」
僕の手を引き、起こしてから、視線をそっと手のひらに落とす。
先ほどまで魔法陣を展開していた掌を、両手で大切に包み込むように見つめながら──かすかに震える声で、言葉を紡ぐ。
「でも……魔法を、絶対使えないわけじゃ、無いって。私の魔力は、死んでないって、わかった!」
「それは……」
その言葉に、どれ程の思いが込められていたのか。
誰もが魔法を当たり前に使える世界で、ただ魔法を放出する、その最後の工程だけが成功しない。
きっと彼女にしか分からない、長い葛藤と、孤独と、諦めの中で過ごしてきた日々。
「何やっても、うんともすんとも言わななかったのに……。今日、君の手を借りてだけど……魔法が使える兆しは見えた!ちゃんと、私の魔力で!」
ゆっくりと、顔を上げる。
ほんの少しだけ、目元が赤い。汗のせいか、涙の跡か。それでも、はっきりとその顔は喜びで
「だから、ありがとう。……これで一歩、〝夢〟に、近づいた」
「ゆめ……」
彼女の〝夢〟とは、なんなのだろうか。
昨日僕がポロっとこぼした【魔換症】の情報だけで、見ず知らずの男子に助けを求めるぐらいだ。
たしかに、自身の力で魔法がまったく使えないというのは、この社会では不便かもしれない。だけど、生活に支障をきたすほど致命的なものでもない。
それでも彼女は、自分の魔力で魔法を使いたいと強く願っている。
ただの〝夢〟ではない。もっと深く、強く、切実な想い。
「ねっ」
普段は聞き慣れない、高い異性の声に、思考が引き戻される。
「これからも、魔法、教えてくれない……?」
言葉は静かだけれど、真剣な声だった。
その瞳には一切の迷いがない。冗談でも、適当でもないことはすぐにわかる。
「〝イメージ〟の説明なんて、初めて聞いたし」
夕方の風が吹き抜けて、彼女の少し乱れた金髪を揺らした。
先ほどまで張りつめていた緊張が、ふとした拍子にまた戻ってきたように、その肩が小さく震えていた。
もちろん、そのお願いを聞いた時点で、答えは決まっていた──が、冷静に今の状況を振り返る。
───あれ、これって定期的にこの人と会うってことか……?
その一瞬で、脳がフリーズする。
考えれば考えるほどパニックになる。
だって、僕はただの魔法オタクだぞ!?女の子、それもギャルとまともに喋れるわけがない!
さっきまで会話できてたのは、アレだ、多分アドレナリンとかそういうヤツだ。
「ぜ、ぜんぜんおっけーですぅ……」
だから、出てきた声はそんな有様だった。
なっっっさけなく、しどろもどろな返答。視線もレンズ越しですら合わせられず、全力で目を逸らす。
「ほんと!」
僕の心の動揺など微塵も気に留めず、またその頼りない返事の仕方にも一切ツッコまず──目の前の女の子は、表情を華やがせた。
ついさっきまでの不安と緊張の面影は、もうどこにもない。「よかった~」と、口にしながらふにゃっとした安心の笑みを浮かべて、心の底から安堵しているようだった。
その顔は、反則だ。笑顔を目の前で見せられて、気づけば、そんな言葉が頭に浮かんでいた。
なんと言うか、女の子ってこういうことなのか?最近はテレビや夢でしか見たことのなかったあの感覚が、現実に押し寄せてくる。
【妖精ノ舞】で生み出される光のように、夕日が彼女を優しく揺らした。
「あ、自己紹介してなかったねぇ」
突然、ぱちんと手を叩き彼女が言った。
そういえばそうだ。
僕たちは、お互いがどこの学校に通っているかぐらいしか、まだ知らない。
「私、
───……先輩だったのか。
「えっと……真戸ハルキです。
「あ、後輩……」
ちょっとだけ驚いたように声が跳ねて、彼女がくすくすと笑った。
その笑い声に、つられるように僕の頬も熱を帯びていく。
眼鏡をかけながら熱を誤魔化す、そんなときだった。
「明日、空いてる?」
思いがけない言葉に、瞬時に心臓が跳ねた。
「えっ、あ、明日ですか?……空いて、ます」
「ひとまず、今日のお礼、さーせて」
にへら、と少し照れたように笑うその表情は、今までで一番柔らかかった。
心なしか、彼女の髪の色も、ほんの少しだけ明るくなった気がする。
あれほど重く垂れていた髪が、今は風を受けて軽やかに踊っているようだった。
「……と言っても、ご飯奢るだけなんだけどね~」
「い、いやいやぜんぜん!あ、ありがとうございます!」
「お礼言うのはこっちだって!んじゃ、私の連絡先渡すから、携帯だして~」
彼女が携帯を取り出したので、僕も慌ててポケットから自分の携帯を取り出し、連絡先を交換した。
───女の子の連絡先、ゲットしちゃった……!
正直、心の中はウキウキだ。
だけど、それを顔に出すとどう思われるか分からないので、必死に表情を保つ。
「……もしかして、女子と連絡先交換するの……初めて?」
「ぐふっ!」
「あ、図星」
……お見通しだったようだ。
「たしかに、るっきーは男子校だし、女の子慣れできなさそうだもんね~」
「る、るっきー……?」
あまりに馴染みの無い呼ばれ方に思わず困惑してしまう。
もしかして、女の子は誰かを呼ぶときにあだ名を付けるものなんだろうか。
「るっきーって呼びやすくない?……あ、もしかして嫌だったー!?」
「め、滅相もございません!」
「なら、るっきーで」
そう言って柔らかく笑った彼女は地面に置いていたスクールバッグを手に取り、公園の出口へと向かう。
そして途中でくるりと身体を捻ってこちらを振り返り、大きく手を振った。
「……じゃ、また明日~」
「は、はい!ひ、姫道先輩も、お気をつけて!」
僕の言葉に満足したのか、今度こそ先輩は公園の出口へと走り出した。
妖精みたいな、人だった。
ふわっと現れて、気づいたらすぐにどこかへ行ってしまう。
その儚さも、楽しげな笑顔も、どこか夢みたいで。
当然、可愛い、という意味でも。
僕もゆっくりと歩き出す。
公園を出て、駅へ向かう帰り道。ピポーンと軽やかな通知音が鳴り、携帯を取り出す。
画面には、早速先輩からのメッセージが届いていた。
『〈姫道ヒマリ〉12時に昨日の公園集合でよろしく!』
そんな文言のすぐ下には、敬礼ポーズをしているカピバラの可愛いスタンプ。
改札をくぐりながら、『了解です』という文言と、とりあえずアプリに元々入っていたスタンプを選び、返信する。
メッセージが正常に送信されたのを確認してから、携帯を再度ポケットにしまう。
───なんか、すごい時間だったなぁ……。
昨日今日で数年ぶりに女の子と喋ったかと思ったら、魔法の手伝いをして、連絡先も貰って、そして明日は……あれ。
明日、デートってことか!?
いやいや、落ち着け落ち着くんだ真戸ハルキ。
ただのお礼だ。ご飯を奢ってくれるだけ。それだけ。
「念のため、明日の服と荷物はしっかり準備しとこう……」
そう決めてすぐ。再度、軽やかな通知音が鳴ったため、携帯を取り出す。
画面には同じく先輩からのメッセージ。
『〈姫道ヒマリ〉これからよろしくです、ししょー』
「師匠……」
今日は夜更かししても、魔法について考える余裕なんて、無さそうだった。