日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う   作:宮原ワタル

7 / 9
第2章:対等の契約
7話:魔法オタク、お礼をされる。


 昨日、僕は魔法の師匠になった──その事実が、まだどこか現実味を帯びないまま、朝を迎えた。

 

 先輩が指定してくれた家の近くにある公園に、僕は予定時刻の10分前に到着。温かな空気の中で待っていると、発案者の姫道先輩は5分遅れで姿を現した。

 

 ゆるく巻かれた金色のロングヘアが、春の風にふわりと揺れる。ひと目でその人とわかる存在だった。

 身長は僕よりずっと小さいはずなのに、存在感のせいか、不思議と目立っている。派手なのに、どこかまとまっている、そんな雰囲気。

 目が合ったので、挨拶をしようと駆け寄った──のだが。

 

 

「ん~……なんか、ダサい」

「ダサっ!?」

 

 開口一番、昨夜寝る間も惜しんで考えた服装が、一言でバッサリと否定された。

 

 僕の恰好は、魔学語で〝なんとかなるさ〟と縫られたロゴ入りの赤いスウェットにジーンズ生地のズボン。

 靴は黒いスニーカー。無難な物を選んだつもりだし、鏡の前で十回は確認した。寝ぐせも完璧に直した。……なのに。

 

 

───兄貴、アクセントカラーがどうとか言ってたよな……?

 

 

 大学生になってからオシャレを覚えた(らしい)兄が、以前話していたポイントを再現したはずなのに、この評価である。

 

「ち、ちなみにどの辺が……?」

 

 恐る恐る聞いてみると、先輩は口元を手で隠して笑いをこらえながらも、容赦なく答えてくれた。

 

「……全部?」

「ぜっ、ぜんぶ!?」

「うん……全体的に〝そうじゃない感〟がすごいね~。家でくつろぐときの服。もしくは夜コンビニに行く恰好。その赤の使い方は超目立つし、胸のロゴはふっつーにダサいかな~」

「くっ……兄貴め……!」

 

 ボコボコである。

 

 理不尽だと分かってはいるものの、心の中で兄貴に飛び蹴りをかましておいた。

 現実でやったら確実に返り討ちだが、想像の中では勝っておく。

 

 

「ジーンズ系はたしかに無難なんだけど……デザインが古い。お父さん世代が好きそうだねぇ」

「……実際、父のおさがりです」

「やっぱり~。あと、色使いも、チグハグだし、全部が主張してて、まとまりも全くないのもマイナス~」

 

 一通り主張して満足したのか、先輩はふぅ、と息を整えた。

 

「これは……ご飯の前に、まず見に行こーう」

「え、どこに……」

「もちろん、服を買いに!このままじゃ、るっきーの尊厳危ういし~」

「そこまで言います!?」

 

 思っていたより、僕のファッションはひどいらしい。

 

***

 

 連れてこられたのは、駅前ショッピングモール内にある、ごく普通のアパレルチェーン店だった。

 先輩は迷いなくラックを物色し、服、服、そしてまた服を次々に手渡してくる。

 

 選ぶ時間も、意見を挟む隙も与えられず、僕は試着室と売り場をひたすら往復する羽目になった。

 

 

 

「……うん。かなり、マシだね~」

 

 先輩は、よし、と小さく頷いた。どうやら合格らしい。

 

 試着室の大きな鏡に映るのは、少しだけ垢抜けた自分がいた。

 白のシャツに、春らしいベージュのアウター。そしてゆったりとした黒色のパンツ(〝ズボン〟ではないらしい)。シンプルなのに、どこか整った印象がある。

 

 

 これまでは親が買ってくれたものか、兄の古着ばかりだった僕には、それだけで十二分に新鮮だった。

 支払いを終えた先輩は、さっさと財布をしまって店の外へ。

 

「お、お金払いますよ!結構値段しますよねコレ!?」

「別にいいよー。ご飯だけじゃお礼、足りないと思ってたしー」

「は、はあ……じゃあ、お言葉に甘えて?ありがとう、ございます……」

「いえいえ~」

 

 

───この服はずっと大事にしよう……!

 

 

 そう思い立ち、胸のあたりに小さく魔法陣を展開する。

 指先に微かな光が宿り、服全体にさらりと流れた。シャツの(しわ)も、目に見えない汚れも消え、より一層パリッと整った印象になる。

 

 

「ん~~?いま、なんの……」

 

 先輩は目を瞬かせて、僕の顔と服を交互に見つめる。

 

「あ、綺麗な状態を維持する魔法です。一般的には博物館とかでよく使われてるんですけど、服にも使えるんですよ」

「……それって、まさか【潔清(けっせい)】?お医者さんが使う、医療魔法の」

「あ、それは応用魔法で。今使ったのは、【潔清】のベースになってる【清浄(せいじょう)】っていう水属性の一級魔法です。こっちは割と一般的ですね」

 

 

 僕の説明を聞いた先輩は、ゆっくり頭を抱えて、ぽつりと呟いた。

 

「いやいやいやいや……。【清浄】は、そんな簡単に覚えれる魔法じゃないはず……」

「ま、魔法には自信があるので……」

 

 先輩はしばらく黙って僕を見つめていたが、やがて大きく溜息を吐くと、僕の背中を押しながら歩き始めた。

 

「ま、いーや。るっきーは非常識ってことで~」

「これだけで!?」

 

 ちょっとした抗議にも、先輩はどこ吹く風。

 そのままエスカレーターの方向へとスタスタ歩き出したので、慌ててその後を追う。

 しかし、ふと彼女の口からこぼれた言葉に、僕の足は止まりかけた。

 

 

「でも、だから多分。魔法使えそうになったんだよね……。私は、とってもラッキー」

 

 

 その声音は、先程よりほんの少しだけ柔らかい。

 まるで、自分自身に言い聞かせるような、そんな色だった。

 

 

 

 

 そんな一言が耳に残ったまま、僕たちは並んで歩き、到着したのはフードコート。

 広い空間に多くの店が軒を連ねていて、休日の昼時とあってどこも賑わっている。

 

 

 

「ここにしよー」

 

 先輩が指差したのは、パスタや丼もの、パンケーキなど軽食系の店が並ぶ一角。

 

「るっきーは?何食べたい?」

「え、えっと……先輩は?」

「私は……オムライスかな~。卵がとろとろなの~」

 

 そう言って口元を少しだけ緩めた先輩は、さっきまでとは違う印象で。

 

 

───なんか、かわいいな……。

 

 

 思わず心の声が漏れそうになり、慌てて咳払いで誤魔化した。

 

「じゃ、じゃあ僕も同じので!」

「ん、おっけーい」

 

 先輩はそう言って、レジに向かうと自分の分と、僕の分まで注文してしまった。

 少々申し訳ない気持ちになりつつも、昨日のお礼という名目だったため、おとなしく商品受け取り口のほうへ移動する。

 

 数分後、レジを終えた先輩がレシートを手にこちらへ戻ってくる。

 

「ありがとうございます……」

「ぜんぜ~ん。ずっと言ってるけど、昨日のお礼だからね~」

 

 素っ気ない声だったが、本当に気にしていなさそうだ。

 受け取りカウンターにすぐに運ばれてきたトレーの上には、聞いていたとおり、とろとろの卵がとろけたオムライスが二皿。

 ふわりと漂ってきたソースの香りに、僕のお腹が素直に反応する。

 何気なくカウンター後ろの厨房に目をやると、鉄鍋の下に火属性の魔法陣が浮かんでいるのが見えた。

 

 

───この店、業務用の魔道具使ってないんだ。

 

 

 通常こういった店は、調整が簡単な火属性の魔道具か、一般的な電気コンロを使いそうなものだが、このお店はそうでは無いらしい。

 

 気になって、思わず身を乗り出して厨房を覗き込もうとした瞬間、隣から怪訝(けげん)な視線が突き刺さった。

 

「……るっきー?なに、してるの?」

「あ、いやこれはですね──」

 

 事情を説明すると、先輩の視線はさらに一段ジトッ……としたものになる。

 

「……不審者?」

「ちがっ……いや、普通に不審者でしたねすいません……」

「るっきーって本当に魔法オタクなんだねぇ」

 

 先輩の呆れたような視線を全身に受けながら、商品を受け取って店舗のすぐ近くの席に対面で腰を下ろす。

 

 

 

「「いただきます」」

 

 その一言と共に食べ始めると、予想外の美味しさに声が漏れた。

 

「……本当にこれ美味しいですね……!?」

「でしょー」

 

 髪をひとつに束ねた先輩は、淡々と答えながらもどこか嬉しそうだった。

 

 頬にかかる髪が光を受けて揺れる。その姿を見ていると、昨日の言葉が自然と蘇る。

 

 

 ──『だから、ありがとう。……これで一歩、夢に、近づいた』

 

 

 あのときの先輩の声と魔力には、色々な感情が乗っていた。

 

 正直、僕の魔法を的確に分析してみせた、あの頭の良さがあるなら。魔法が使えなくても、進学に影響するほど魔学で困ることなんてほぼ無いはずだ。

 じゃあ、どうして?魔法をまったく使えない先輩が、それでも使えるようになりたい〝夢〟って、なんなんだろう。

 

 

「あの、先輩」

「ん?」

 

 声をかけると、先輩は口を拭きながら、こちらを向いた。

 

 

 

「昨日の、ことなんですけど」

「……うん」

「なんで、あそこまでして、魔法を……?」

 

 スプーンを止めた先輩の手が、ほんのわずかに揺れる。

 間がしばし流れて、フードコートのざわめきが、すうっと遠のいていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。