日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
7話:魔法オタク、お礼をされる。
昨日、僕は魔法の師匠になった──その事実が、まだどこか現実味を帯びないまま、朝を迎えた。
先輩が指定してくれた家の近くにある公園に、僕は予定時刻の10分前に到着。温かな空気の中で待っていると、発案者の姫道先輩は5分遅れで姿を現した。
ゆるく巻かれた金色のロングヘアが、春の風にふわりと揺れる。ひと目でその人とわかる存在だった。
身長は僕よりずっと小さいはずなのに、存在感のせいか、不思議と目立っている。派手なのに、どこかまとまっている、そんな雰囲気。
目が合ったので、挨拶をしようと駆け寄った──のだが。
「ん~……なんか、ダサい」
「ダサっ!?」
開口一番、昨夜寝る間も惜しんで考えた服装が、一言でバッサリと否定された。
僕の恰好は、魔学語で〝なんとかなるさ〟と縫られたロゴ入りの赤いスウェットにジーンズ生地のズボン。
靴は黒いスニーカー。無難な物を選んだつもりだし、鏡の前で十回は確認した。寝ぐせも完璧に直した。……なのに。
───兄貴、アクセントカラーがどうとか言ってたよな……?
大学生になってからオシャレを覚えた(らしい)兄が、以前話していたポイントを再現したはずなのに、この評価である。
「ち、ちなみにどの辺が……?」
恐る恐る聞いてみると、先輩は口元を手で隠して笑いをこらえながらも、容赦なく答えてくれた。
「……全部?」
「ぜっ、ぜんぶ!?」
「うん……全体的に〝そうじゃない感〟がすごいね~。家でくつろぐときの服。もしくは夜コンビニに行く恰好。その赤の使い方は超目立つし、胸のロゴはふっつーにダサいかな~」
「くっ……兄貴め……!」
ボコボコである。
理不尽だと分かってはいるものの、心の中で兄貴に飛び蹴りをかましておいた。
現実でやったら確実に返り討ちだが、想像の中では勝っておく。
「ジーンズ系はたしかに無難なんだけど……デザインが古い。お父さん世代が好きそうだねぇ」
「……実際、父のおさがりです」
「やっぱり~。あと、色使いも、チグハグだし、全部が主張してて、まとまりも全くないのもマイナス~」
一通り主張して満足したのか、先輩はふぅ、と息を整えた。
「これは……ご飯の前に、まず見に行こーう」
「え、どこに……」
「もちろん、服を買いに!このままじゃ、るっきーの尊厳危ういし~」
「そこまで言います!?」
思っていたより、僕のファッションはひどいらしい。
***
連れてこられたのは、駅前ショッピングモール内にある、ごく普通のアパレルチェーン店だった。
先輩は迷いなくラックを物色し、服、服、そしてまた服を次々に手渡してくる。
選ぶ時間も、意見を挟む隙も与えられず、僕は試着室と売り場をひたすら往復する羽目になった。
「……うん。かなり、マシだね~」
先輩は、よし、と小さく頷いた。どうやら合格らしい。
試着室の大きな鏡に映るのは、少しだけ垢抜けた自分がいた。
白のシャツに、春らしいベージュのアウター。そしてゆったりとした黒色のパンツ(〝ズボン〟ではないらしい)。シンプルなのに、どこか整った印象がある。
これまでは親が買ってくれたものか、兄の古着ばかりだった僕には、それだけで十二分に新鮮だった。
支払いを終えた先輩は、さっさと財布をしまって店の外へ。
「お、お金払いますよ!結構値段しますよねコレ!?」
「別にいいよー。ご飯だけじゃお礼、足りないと思ってたしー」
「は、はあ……じゃあ、お言葉に甘えて?ありがとう、ございます……」
「いえいえ~」
───この服はずっと大事にしよう……!
そう思い立ち、胸のあたりに小さく魔法陣を展開する。
指先に微かな光が宿り、服全体にさらりと流れた。シャツの
「ん~~?いま、なんの……」
先輩は目を瞬かせて、僕の顔と服を交互に見つめる。
「あ、綺麗な状態を維持する魔法です。一般的には博物館とかでよく使われてるんですけど、服にも使えるんですよ」
「……それって、まさか【
「あ、それは応用魔法で。今使ったのは、【潔清】のベースになってる【
僕の説明を聞いた先輩は、ゆっくり頭を抱えて、ぽつりと呟いた。
「いやいやいやいや……。【清浄】は、そんな簡単に覚えれる魔法じゃないはず……」
「ま、魔法には自信があるので……」
先輩はしばらく黙って僕を見つめていたが、やがて大きく溜息を吐くと、僕の背中を押しながら歩き始めた。
「ま、いーや。るっきーは非常識ってことで~」
「これだけで!?」
ちょっとした抗議にも、先輩はどこ吹く風。
そのままエスカレーターの方向へとスタスタ歩き出したので、慌ててその後を追う。
しかし、ふと彼女の口からこぼれた言葉に、僕の足は止まりかけた。
「でも、だから多分。魔法使えそうになったんだよね……。私は、とってもラッキー」
その声音は、先程よりほんの少しだけ柔らかい。
まるで、自分自身に言い聞かせるような、そんな色だった。
そんな一言が耳に残ったまま、僕たちは並んで歩き、到着したのはフードコート。
広い空間に多くの店が軒を連ねていて、休日の昼時とあってどこも賑わっている。
「ここにしよー」
先輩が指差したのは、パスタや丼もの、パンケーキなど軽食系の店が並ぶ一角。
「るっきーは?何食べたい?」
「え、えっと……先輩は?」
「私は……オムライスかな~。卵がとろとろなの~」
そう言って口元を少しだけ緩めた先輩は、さっきまでとは違う印象で。
───なんか、かわいいな……。
思わず心の声が漏れそうになり、慌てて咳払いで誤魔化した。
「じゃ、じゃあ僕も同じので!」
「ん、おっけーい」
先輩はそう言って、レジに向かうと自分の分と、僕の分まで注文してしまった。
少々申し訳ない気持ちになりつつも、昨日のお礼という名目だったため、おとなしく商品受け取り口のほうへ移動する。
数分後、レジを終えた先輩がレシートを手にこちらへ戻ってくる。
「ありがとうございます……」
「ぜんぜ~ん。ずっと言ってるけど、昨日のお礼だからね~」
素っ気ない声だったが、本当に気にしていなさそうだ。
受け取りカウンターにすぐに運ばれてきたトレーの上には、聞いていたとおり、とろとろの卵がとろけたオムライスが二皿。
ふわりと漂ってきたソースの香りに、僕のお腹が素直に反応する。
何気なくカウンター後ろの厨房に目をやると、鉄鍋の下に火属性の魔法陣が浮かんでいるのが見えた。
───この店、業務用の魔道具使ってないんだ。
通常こういった店は、調整が簡単な火属性の魔道具か、一般的な電気コンロを使いそうなものだが、このお店はそうでは無いらしい。
気になって、思わず身を乗り出して厨房を覗き込もうとした瞬間、隣から
「……るっきー?なに、してるの?」
「あ、いやこれはですね──」
事情を説明すると、先輩の視線はさらに一段ジトッ……としたものになる。
「……不審者?」
「ちがっ……いや、普通に不審者でしたねすいません……」
「るっきーって本当に魔法オタクなんだねぇ」
先輩の呆れたような視線を全身に受けながら、商品を受け取って店舗のすぐ近くの席に対面で腰を下ろす。
「「いただきます」」
その一言と共に食べ始めると、予想外の美味しさに声が漏れた。
「……本当にこれ美味しいですね……!?」
「でしょー」
髪をひとつに束ねた先輩は、淡々と答えながらもどこか嬉しそうだった。
頬にかかる髪が光を受けて揺れる。その姿を見ていると、昨日の言葉が自然と蘇る。
──『だから、ありがとう。……これで一歩、夢に、近づいた』
あのときの先輩の声と魔力には、色々な感情が乗っていた。
正直、僕の魔法を的確に分析してみせた、あの頭の良さがあるなら。魔法が使えなくても、進学に影響するほど魔学で困ることなんてほぼ無いはずだ。
じゃあ、どうして?魔法をまったく使えない先輩が、それでも使えるようになりたい〝夢〟って、なんなんだろう。
「あの、先輩」
「ん?」
声をかけると、先輩は口を拭きながら、こちらを向いた。
「昨日の、ことなんですけど」
「……うん」
「なんで、あそこまでして、魔法を……?」
スプーンを止めた先輩の手が、ほんのわずかに揺れる。
間がしばし流れて、フードコートのざわめきが、すうっと遠のいていった。