日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
「……できた方が、良くない?」
僕からの疑問に、先輩は特に口調を変えなかった。
それでも、ほんの少しだけ言葉が重い。
「もちろん、そうなんですけど……先輩が言ってた、〝夢〟って、なんだろう……って思って」
問いかけるように目を向けると、先輩は「あー」と言葉にしながら少しだけ視線を落とした。
その様子に何か重い事情があるのかと、ワタワタと慌てて弁明する。
「あ、あぁいや!言いたくないなら全然大丈夫なんですけど……!」
しかし、先輩は首を横に振った。
「んーん。るっきーには、言っておいた方が良いと思うから、大丈夫」
先輩は水を一口飲んで、一息つき、そのまま視線を落としたまま、口を開いた。
「私ね、教育学部に行って、学校の先生になりたいんだー」
「先生……」
「うん」
先輩の声が、ふっと震えた。ゆっくりと自分の手のひらを見つめながら、吐き出すように言う。
「先生になるには……魔法の技術が、絶対にいるの。……知ってる?教員試験を受けるには、ニ級魔法資格が六つ以上、もしくは一級魔法資格がニつ……どっちかは必須なんだよね~」
「それは……」
息を飲む。元々学校の先生という職業がエリートであることは知っていたが、そんな条件があることまでは知らなかった。
正直……かなりハードルの高い条件だ。教育学部が文系最高峰と呼ばれるのも、これが理由なのだろうか。
「担任の先生も……もう、諦めた方が良いって、言ってた」
それでも、と言わんばかりに、先輩は微かに笑ってみせた。
「私……夢を諦めたくないんだ。……たとえ無理だったとしても、最後まで、立ち止まりたくないの」
だけど、その笑顔の奥には、強がりと悔しさが滲んでいるのが、はっきりとわかる。
どうやって励まそうかと頭を悩ませた瞬間、真っ直ぐに僕を見る先輩と目が合った。
「そんなときに、るっきーと会えた。……希望が、見えたの」
「……!」
その言葉の響きに、胸の奥が少しだけ熱くなる。その視線に込められた期待に、何かを返したくなる。
───何か、今できることは……あっ。……いや、流石にか……?
心の中で何度も問いかける。
もしかしたら、驚かれるかもしれない。もしかしたら、嫌がられるかもしれない。
どうしても人間関係の経験が足りない僕には、
深く息を吸い、覚悟を決める。まっすぐ先輩を見つめ、考えを声に出す。
「やっぱり先輩は、運が良いですよ」
「……え?」
「これでも、魔法オタクを自負してるので──」
軽く息を整え、手の甲に魔法陣を浮かび上がらせながら片腕を伸ばす。
空気が一瞬きゅっと引き締まり、何もない空間が波打つように揺らいだ。手首から先が光の膜にすっと吸い込まれていく。
そのまま目的のものを掴んで、腕を引き抜いた。取り出したものを、先輩に手渡す。
「これ、見てください」
「ファイル?……って、これ」
中身を見た瞬間、先輩の表情が、目に見えて固まった。
薄手のファイルが開かれると、そこには去年取得した【一級属性魔法士】と、一昨年取得した【一級空間魔法士】の証明書。
「これ、全部るっきーの?」
「は、はい」
そのまま無言でページを捲る先輩。数ページに渡って、二級以下の魔法士の資格証明書が十数枚ほど並んでいる。
「えっと……先輩?」
「……自慢?」
「あ……ち、違います!」
思わず声が裏返った。
───マズった!やっぱり、コレを見せるのは違ったか!?
「言いたかったのは、その……!先輩が言ってた条件、全部……もう、満たしてる人が、目の前にいるっていうか……!」
言い訳する僕を見て、先輩は「ぷっ」と小さく噴き出して笑った。
その笑みは、さっきまでの固い顔をそっと溶かすような、柔らかな笑顔だった。
「んっ……ごめん。からかっちゃった」
「んなぁ……」
そのまま、そっと視線を落として。ぽつりと、呟くように言った。
「私の師匠は、とっても、頼りになるってことだね~」
「そ、そういうことです!はい!」
セーーーーーーーフ!
心の中で盛大にガッツポーズを決めた。安心した瞬間、肩の力がすっと抜け、どっと疲れが降りてくる。
安心できたところで食べ進めようとスプーンを持つと、楽しそうにファイルを見る先輩の肩に、キラキラとした光が浮いているのが視界に入った。
「妖精……」
「……?どこ~?」
「あ、先輩の肩に……」
先輩が肩に手を持っていくと、妖精はその手にぴょんっと飛び乗り、じっと先輩のオムライスを見つめていた。
「もしかして、これ食べたい?」
「……!」
妖精が全身を使って頷くのを見て、先輩は微笑みながら手ごとお皿に持っていった。そのまま、夢中でバクバクと食べ始める。
「……オムライス食べる妖精なんて、初めて見たよ~」
「まぁ……〝世界で一番自由な生き物〟なんて言われてるぐらいですし……」
「千年前の人たちが見たら、ビックリしちゃうねぇ~」
「たしかに」
相槌を打ちながら、改めて妖精を見つめる。
たしかに、口の端に米粒をつけて、もぐもぐと食べ続けるその姿は、千年前に神聖視されていた存在には、とても思えなかった。
「そもそもさ~。こんなに人がいっぱいいるところに妖精がいるのも、珍しいね~」
すると、妖精の頭を指先でちょんちょん、とつついていた先輩が、ふと思い出したように口を開く。
「あ、多分……僕のせいかもです」
「るっきーの?」
「はい……。僕の魔力の動かし方ってちょっと特殊なんですけど……それが、妖精的には好きな波長ぽくて」
「はぇぇー」
「虫が花に寄ってくるみたいな感じで、気づいたら結構近くに寄って来てるんです」
「なるほどー……?」
少し考えたあと、先輩は遠くを見る目になり、ぽつりと結論づけた。
「……やっぱり、るっきーの魔法は非常識、ってことはわかったかも~」
くすくす笑いながら、先輩は再び妖精へ視線を戻す。
しばらくその様子を眺めていると──
「よーせーさんがオムライスたべてる!」
突如、横から元気な声が聞こえてきた。
思わず振り向くと、そこには幼稚園児くらいの女の子。
左隣には女の子と手を繋いだ女性、その反対側にはトレーにソフトクリームを三つ乗せた男性がどこか困った顔で立っていた。
その男性の顔にはどこか見覚えがあり──というか、仁志宮先生である。
「……仁志宮先生?」
「げっ……」
思いきり露骨に面倒くさそうな顔をして、じり、と一歩後ずさった。
「なんでこんなところに……」
「俺の台詞だよ。こっちは家族でお出かけ中。ほら、どう見ても休日のパパだろ」
先生はトレーを奥さんに渡しながら、苦笑まじりに肩をすくめる。
娘さんは目をキラキラさせてこちらを見ていたが、奥さんに
「お前が魔学関係以外で休日に家出てるなんて思わねぇって……ん?」
そう言って、ふと先生の視線が僕の目の前──つまり先輩のほうに向かい、そして固まった。
一瞬だけ沈黙が流れるも、次の瞬間、ニヤッと口元を緩めて耳打ちしてきた。
「な~~るほどぉ……これは、デート中に邪魔しちまったか?」
「ち、ちがいまっ!?」
慌てて否定すると、今度は先輩のほうが少し首を傾げた。
「…………えっと……?」
「あ、すまんすまん。俺はこいつが入ってる魔学部の顧問の仁志宮だ。邪魔しちまってすまないな」
「いえ……。あ、姫道です。月葉の、二年です」
先輩が礼儀正しくぺこりと頭を下げると、先生は軽く右手を挙げた。
「……そういや、真戸」
ふいに先生の声のトーンが一段下がる。
「お前、そろそろ本気でヤバいっぽいぞ?昨日、佐々山先生にまた言われた」
「えっ」
「『真戸くん、進級ギリギリですよ』、だってよ」
「……え、赤点はギリギリ切ってないですよ?」
「だからだよ。高等部は一教科でも赤点取ったら、その時点で留年確定なんだって」
「……最小限、努力はします」
「最大限頑張るんだよ!よく教師の前でそれ言えたなおい」
苦い顔でため息をつきつつ、僕の頭をガシガシと掴む。
「ま、邪魔したな。そっちも楽しんでくれ。──ほんと、頼むぞ」
最後にもう一度視線をこちらに向けて、やや意味深に言い残すと、先生は家族の元へと戻っていった。
その背中を見送って、僕はそっと息をつく。
「……るっきー」
「あ、すいません先輩……急に先生と話しちゃって」
「それはいいんだけどー。……それより、赤点ギリギリってほんとー?」
「うっ……魔学関係以外はまぁ、はい。マシな教科もあるんですが……」
僕が頷くと、先輩は手を顎に当てながら、「んー」と小さく唸りながら思案顔になる。
「丁度、いーね」
「……はい?」
先輩が小さく笑いながら、すっと僕のほうを見た。
「私、勉強……教えれるよ」
「え?」
「魔法は出来ないけど……これでも、他の成績は結構良い」
そう言いながら先輩は、自分の前髪を指でくるくると巻いた。
誇らしげというより、少しだけ照れ隠しのような仕草だった。
「るっきーは魔法、私は勉強。お互い、教え合うの……丁度よくない?」
そう言いながら先輩は、どこか自分に言い聞かせるような声音だった。
「なんでもいいから、対等にしたい。貰いっぱなしは、やだ」
僕は少しだけ息を飲んだ。
昨日も思ったことだが、見た目とのギャップに、心臓の奥が少しざわつくのを感じる。
だからこそ、否定するのはなんとなく違う気がして。そのうえで、なにか言わなきゃいけないような気もして、僕は口を開いた。
「……わかりました。じゃあ、〝契約〟ってことで」
「契約?」
「お互い、得意なことを出し合う、見返りありの関係です」
ちょっとだけ冗談っぽく言ったつもりだったけど、先輩は真面目に頷いた。
「ん、いーじゃん。そっちの方が、気楽だし~」
「気楽なんですか……?」
「多分、私がお願いしたらるっきーは何でもおっけーしてくれそうだから」
「そんなことも無いと思いますが……」
僕の言葉は意に介さず、先輩はこちらの顔をじっと覗き込んでくる。
いつの間にか距離が近くて、香水ではなく、シャンプーのような柔らかな香りがした。
「……ちょっと、ずるいよね」
その言葉の意味を、僕はうまく掴めないまま、会話は終わってしまう。
しかし不思議と気まずさはなく、むしろ澄んだ空気が流れている気さえする。
昨日までの、一方通行の〝お願い〟とは違う、お互いにとっての〝契約〟。その小さな言葉のやり取りだけで、たしかに何かが動き出した──そんな気もした。
妖精は満腹になったのか、いつの間にかお皿の上でグッスリと眠っている。
その寝息は、昼下がりの喧騒の中で、やけに穏やかに響いていた。