日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
翌週の月曜日。駅から歩いていると、後ろから背中をポンと押される感触がした。
振り返ると、先週末僕を置いて帰ったネコマルだった。
「にゃっほ~ハルキ~」
「おぉ、おはよ」
「先週のギャルとはどうなったにゃ?」
「……色々あった」
「その色々を聞いてるんにゃけど」
ネコマルが首を傾げながら、尻尾をゆらりと揺らす。
その目がやけにキラキラしていて、どうも嫌な予感しかしない。
「あー……契約を結んだ」
「けっ、契約!?にゃーんだねその怪しい響きは!?」
「いや別に、そういう意味じゃなくて!」
慌てて手を振る僕を見て、ネコマルはわざとらしくニヤリと笑った。
「やっぱり、ハルキはああいう小さい子に弱かったのにゃあ……」
「風評被害すぎるな!?違うわ!しかも先輩だし!」
「にゃーん?」
ネコマルは悪戯っぽく舌をチロリと出すと、尻尾をぴんと立てた。
──次の瞬間、獣人族特有の脚力で地面を蹴り、そのまま軽やかに駆け出していく。
「先に学校行ってハルキはちっちゃい子が好きだって言っとくにゃ~~!」
「おい待てゴラァ!」
反射的に【身体強化】を発動し、全力で追いかける。
通学路の学生たちがギョッとした目で僕たちを見ていたが、そんなのは気にしていられない。
人混みを縫うように、僕とネコマルは全力で走り回る。
「にゃはははっ、追いつけるもんなら来てみるにゃ~!」
「おう言ったな駄猫が!」
そんな小学生みたいな追いかけっこを学校の校門をくぐる直前までしていると──。
「おいこら」
「うにゃっ!?」「ふごっ!」
次の瞬間、身体がぐんっと重くなり、そのまま地面に叩きつけられた。
全身が地面に貼りついたように動かない。
───この魔法……【
空間魔法の一級に属する、周囲の重力を操作する魔法だ。
この学校でそれを自在に扱える人間は、僕を除けば──たった1人。
「にしみ~~ん……!」
「朝から手間かけさせんな」
そう、毎度お馴染み仁志宮先生である。
先生は魔法陣を展開している手を軽く上げたまま、心底面倒臭そうにため息を吐く。
首根っこを物理的に掴まれ、僕たちは生徒指導室へと連行された。
──10数分後。
「「失礼しました(にゃ)~……」」
生徒指導室前で頭を下げたあと、僕とネコマルは揃って肩を落としながら廊下を歩いていた。
「……お前と一緒に怒られるの、これで入学してから十八回目なんだけど」
「涼葉の恒例行事にゃ」
「誇らしげに言うな駄猫」
「駄猫言うにゃ!」
ため息をつきながら階段を上り、教室の前に立つ。
既にホームルームが始まる直前で、廊下には多くの生徒たちの話し声が響いていた。
しかし、教室のドアを開けた瞬間、空気が一変した。教室内の全視線が一斉にこちらへ突き刺さっている。
「お、おはよ……?」
「真戸ェ!」
「なに!?」
いきなり名前を叫びながら、クラスメイトが十人程どっと押し寄せてきた。
最前列にいたバスケ部の男が腕を組み、勢いよく捲し立てる。
「聞いたぞ!お前、女の子と!デートしてたらしいじゃねぇか!!」
「ちょっと待て、どこ情報だ!?」
「駅前のショッピングモールで目撃報告多数!証言者六名!」
「記者会見レベルだにゃ!」
「何シレっと混ざってんだお前!」
教室がざわつく中、誰かが机を叩いて叫んだ。
「涼葉学院の裏切り者がここにいるぞォォ!!!」
「「「うおおおおおお!!!!」」」
「うるせぇ!?」
さっき怒られたばかりなのに、また別件で怒られるのは勘弁だった。
騒いでいるクラスメイトの足元に、魔法陣をそっと展開する。
「させるかよ!」
僕の行動に気づいた数名が慌てて対抗する魔法を使おうとした──しかし。
「魔法で僕に勝てるわけないだろ!」
新しく展開した僕の魔法が一足どころか三足ほど早く完成し、全員の魔法行使をあっさり阻害した。
対抗手段を失ったクラスメイトたちのガヤガヤと騒がしかった声は一瞬でしぼみ、教室は奇妙な静寂に包まれる。
「いやぁ静かになったわ~!」
身体を固定されている哀れな男たちの目の前で、思わずガッハッハと高笑いをあげる。
彼らは大声で抗議しようとしているのだろうが、聞こえてくるのはか細い声ばかり。
かすかに聞こえてくる文句も、どこか滑稽だ。
─「おみゃーこれ全部一級魔法だにゃ!?」
─「一級はズルいだろ一級は!手加減しろ!」
─「デートについて教えろ~!」
─「俺何も言ってないんですけど!?」
……おっと。
「巻き込んじゃった人は普通にすまん」
手を挙げ、騒いでいなかった男子だけ魔法を解除した。軽く肩パンされるも、流石に僕が悪いので大人しく喰らっておく。
そのまま魔法を解除しなかったクラスメイトを横目に自分の席へと向かい、鞄を置く。
丁度椅子に座ったタイミングで教室のドアが開き、担任の佐々山先生が入ってきた。
自然と先生の視線は、身体を固定されたままの十数名のクラスメイトに向かう。
「おはよう。……君ら、何をしてるんですか…?」
─「真戸にやられました!」
─「ミーたちは何もしてないですにゃ!」
「……とりあえず、真戸くんは魔法を解除してあげてください。ホームルーム始めますよ」
先生の指示に従い、渋々ながら魔法を解除する。
何人かはよろけながらも、全員自分の席へ戻った。
「「「「「絶対に教えてもらうぞ……!」」」」」
僕の席の近くを通る者たちから、すれ違いざまにそんな声がかかり、思わず身震いしてしまう。
「真戸くん、後で職員室に来なさい」
「えぇ!?」
「当たり前です」
佐々山先生の声色から、結局また怒られそうな気配がして、両手で頭を抱えることとなった。
「ザマぁみろにゃ!」
とりあえず、手を叩いて高笑いしているあの駄猫には、後でもう一度魔法を喰らわせることに決めた。
***
クラスメイトから問い詰められた日の翌日。
休み時間になるたびアレコレと質問攻めに遭ってしまったが、何とか全てを誤魔化し通して事なきを得た。……ネコマルには結局話すことになってしまったが。
放課後。今日は部活を休んで、先輩と会う約束をしている。
待ち合わせ場所は、前と同じ公園──に隣接したカフェだ。
「お待たせしました」
「んーん。私も着いたとこだから大丈夫だよ~」
夕方の柔らかな光がガラス越しに差し込み、カップの縁を淡く照らしていた。
店内は落ち着いた静けさに包まれ、他の客の声が小さく響く。
窓際の席に案内され、僕は手前側の席に、先輩は奥側に腰を下ろした。
それぞれの飲み物を頼み、店員さんが席から離れて数秒後、先輩が口を開く。
「んで、ちゃんと持ってきたかーい?」
「は、はい。……あの……」
「ん~?」
視線をそらしながら、鞄の中に手を伸ばす。
紙の束を取り出しながら、目をギュッと細め、苦虫を嚙み潰したような顔で尋ねる。
「ホントに、見せないとダメですかね……?」
「あたりまえ~。実際のテスト見ないと、どこ教えるべきかわかんないもーん」
「ですよねぇ……」
その紙の束は、先日行われた進級テストの答案だった。
白い紙に、赤いバツが無数に散っている。
僕からその答案を受け取った先輩は、ジッと視線を落とす。
無言のまま見つめて数秒後、紙をテーブルに置き、大きく息を吐いた。
「ヤバいね」
「おうふ……」
その言い方は驚くほどあっさりしていて、呆れというより苦笑まじりだった。
「とりあえず、どうすれば良いか考えるからー……ちょっと待ってて」
そう言うと先輩は、答案を軽く整え、再度静かにページをめくり始めた。
1枚目、2枚目──赤いバツの上を、真剣な目が滑っていく。
数分も経たないうちに、先輩は小さく息をついた。
「……うん、これは──」
再度紙をテーブルの上に置き、腕を組みながら口を開く。
「るっきー、〝覚えてる〟んじゃなくて、〝詰め込んで〟テスト解いてるよね」
「詰め込む?」
先輩は人差し指を一枚の答案に迷いなく合わせた。
その動きに、普段のふわっとした雰囲気は無い。
「そ。多分、前日に公式とか名前とか……分かりやすい単語だけ頭に入れてるでしょー」
「うっ……」
ゆったりしているのに淡々ともしている、言葉に表すと矛盾したような声で、言葉の一つ一つが胸に刺さった。身に覚えがありすぎて、言い訳の余地がない。
「数学とか、ちょ~わかりやすい。ほらここー」
紙の上で指を滑らせ、僕の回答──ベクトルの問題を指で示す。
「とりあえず内積の公式使っとけ、って感じ~。基礎が抜けてるんだろーね~」
その言い方は冷静だったけれど、不思議と突き放す感じはない。
「てことで理系科目は、一から教えるとして……国語と社会は、今度私のノート持ってくるから、覚えて」
「は、はい。ありがとうございます」
「テストも作ってくるからね~」
「そ、そこまでしていただくのは……!」
「いーの!……私にとって、魔法を教えて貰うことはそれぐらい大事なの~。だから、もっと頼ってくれて、だいじょうぶ~い!」
───頼る、かぁ……。
不意に、2日前ネコマルに先輩との関係を説明したときの情景が蘇ってくる。