え、何この能力 作:闇次元の解放
「くっ…………!!」
喉の奥から吐き出されたのは、大量の血と掠れた叫びだった。
右半身を強烈な激痛が焼き尽くす。
ジョゼが解き放った『死の大鎌(デスサイズ・ルイン)』——その禍々しい暗黒の刃が、ルーシィを庇うように押し込んだ俺の右肩から肋骨にかけて容赦なく深く肉を切り裂き、骨を削ぎ落としていた。
ドサリ、と肉が裂ける嫌な音とともに、大量の血が石畳を黒く染めていく。
「ハルト……!? やだ、ハルトっ!!」
俺の左腕のなかで、ルーシィが金縛りに遭ったように悲鳴を上げる。
俺の右半身から噴き出した血が、彼女の金髪や頬に容赦なく飛び散っていた。
数秒前——俺の自傷によって極限まで引き上げられたベエルゼの打点と重爆の一撃は、確かにジョゼの肩口を捉え、その身体を吹き飛ばすダメージを与えていた。
だが、聖テンの怪物は、その程度の負傷で倒れるどころか、冷徹な殺意をさらに研ぎ澄ませたのだ。
『——小賢しいドブネズミが』
自分を傷つけられた屈辱に瞳を細めたジョゼは、俺ではなく、後ろですくんでいたルーシィへと一直線に『死の大鎌』の凶刃を向けた。
俺のカウンターを警戒し、あえて「回避できない弱点」を狙い撃つという、冷酷きわまる判断。
背を向けて逃げる暇などない。俺はとっさにルーシィの身体を左腕で押し込み、自らの右半身を「肉の盾」として突き出すことで、彼女への一撃を強引に受け止めたのだ。
右腕の感覚が麻痺し、骨が軋む音が脳裏に響く。
だが俺は右半身を血で染めながらも、倒れ込まずにジョゼをギラついた眼光で睨み返していた。
「……ハルト……なんで……あたしの代わりに……っ!」
しがみつくルーシィの身体が、恐怖とショックでガタガタと激しく震えている。
右半身の巨大な傷口からベエルゼの暗黒魔力が血とともに噴き出し、空間をどす黒く侵食していく。
そんな俺たちの凄惨な姿を、肩から血を流したジョゼが、冷ややかな嘲笑を浮かべながら見下ろしていた。
「……クク、クハハハハ……!! 素晴らしい、実に見事な盾だ」
ジョゼが鎌の血を払い、死霊の影を纏いながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「……ですが、実に滑稽ですねぇ、フェアリーテイルの異物さん。傷を負ったこの私の一撃をその身で食らい……そこまでボロボロになりながら、なぜその傍らにいる小さな娘という『枷』を引きずって戦うのですか?」
ジョゼの影のような指先が、絶望に目を見開くルーシィを嘲笑うように指さす。
「そんな枷など切り捨てて私に差し出せば、貴様一人が生き残る道などいくらでもあるというのに。自ら腕足を縛って死地へ向かうとは……仲間ごっこのつもりですかな?」
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数十分前…
路地裏の空気を塗りつぶすように、どす黒く、重苦しい魔力が押し寄せていた。
エレメント4のジュビアやソルが放っていた魔力とは次元が違う。物理的な圧力となって肌を削り、呼吸することすら困難にさせるほどの、膨大でドロドロとした邪悪な魔力。
その密度の高い闇の渦の中から、一人の男が優雅に歩み出てくる。
「……初めまして、名乗るのが遅れましたね。私は偉大なるファントムロードのマスター……ジョゼ・ポーラと申します」
紳士的なお辞儀を見せるジョゼに対し、俺の背後ろで息を呑んだルーシィが、絞り出すような声を上げた。
「貴方が……敵のマスター……! よくもレビィちゃんたちを……あんな目にあわせたわね!!」
「フフっ……その件ですが、あれは使えない鉄屑(ガジル)が勝手にやったこと。私の命令ではありませんよ。……我々は元より、とある『依頼』のもと動いているのです」
ジョゼの冷ややかな視線が、俺の背後ろに隠れるルーシィへと注がれる。
「家出したハートフィリア家の令嬢の連れ戻し……」
「……それって……」
「貴方を連れ戻しに来たんですよ、ルーシィ・ハートフィリアさん」
「……どういう意味……!?」
「フェアリーテイルを襲ったのもついでです。貴方を連れ戻したいのに、ハエのように周りをうろちょろされては邪魔ですからね」
ルーシィの顔から一気に血の気が引いていく。
己の存在がギルドの災いの元凶になっているという事実に絶望しかける彼女の前に、俺は左腕を突き出し、強引にその耳を塞ぎながら背後へ押しやった。
「……聞くな、ルーシィ……ギルドに戻れ。こいつは……俺が相手する」
「な……なんで……っ!? あたしを捕まえるために……レビィちゃんたちを傷つけたっていうの……!?」
ルーシィの叫びに、ジョゼは困ったように肩をすくめてみせる。
「フッ、言ったでしょう。それはガジルが勝手にやったことだと。……ま、このままだと隣の彼はもちろん、貴方のギルドメンバー全員が地に伏せることになります。……どうです? これを機に我々と交渉しましょう、ルーシィ・ハートフィリア。貴方次第で、隣の彼もお仲間も皆生きて帰ることができますよ」
ジョゼは影のような手を差し出し、甘く残酷な悪魔の提案を投げかけた。
「大人しく我々のファントムロードに来るが良い、ルーシィ・ハートフィリア。それだけで、少なくとも隣の彼には手を出さないと誓いましょう」
ルーシィの身体がグラリと揺れ、交渉に応じようと一歩踏み出しそうになる。
だが——俺は原作の知識で、この男の本性を知っていた。
「……聞くな、ルーシィ……! こいつはきっと……お前を地下施設に拘束して、父親への引き渡しを餌にハートフィリア家から金を毟り取る気だ。行っては駄目だ……!!」
「っ……!? そんな……あたし、行かない! 貴方たちの奴隷になんて絶対にならない!!」
俺の看破とルーシィの拒絶を聞いたジョゼの顔から、優雅な笑みが失われた。
「……そうですか。……なら、隣の彼を潰せば考えも変わるでしょう」
「っ……!?」
一瞬の静寂。
次の瞬間、空間を透過するように放たれた暗黒の波——『ゴースト波』が、俺の右肩を容赦なく撃ち抜いた。
「っ……!!」
肉が弾け、骨が軋む激痛。だが、俺は倒れなかった。
右肩から血を撒き散らしながらも痛みを強引にねじ伏せ、体内の暗黒の器を開放する。
【ベエルゼモード】——発動。
自傷の激痛をトリガーに、身体から吐き出された殺人的な黒い瘴気が、路地裏の石畳を丸ごと侵食して爆発した。
「……ハルト……!?」
「……クク、面白い魔力だ……」
血と瘴気を纏った俺は、巨大な肉体の壁となってジョゼへと肉迫する——。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そんな枷など切り捨てて私に差し出せば、貴様一人が生き残る道などいくらでもあるというのに。自ら腕足を縛って死地へ向かうとは……仲間ごっこのつもりですかな?」
「枷」という言葉が、俺の脳の奥でプツリと弾けた。
「……彼女は……枷じゃない……!!」
俺の喉から、獣のような低い掠れ声が漏れ出す。ベエルゼの暗黒魔力が体内で暴れ狂い、右半身の傷口から血と混ざり合った黒い瘴気が激しく吹き荒れた。
「俺のものだ……! 誰にも……渡さない……!!」
仲間だから庇うのではない。正義感でもない。
自分の暗闇を「嫌いじゃない」と言ってくれた存在への、病的なまでの執着と独占欲。自分でも歪んでいると分かっている衝動が、身体を突き動かす。
だが、ジョゼは取り乱すこともなく、憐れむような嘲笑を浮かべた。
「おや……『俺のもの』、ですか。随分と一方的な執着だ。ですが、目の前の少女の顔をご覧になりなさい。彼女は……本当は貴方のその禍々しい力に怯えてますよ?」
「!? ち、違う! あたしは怖がってなんか……っ!」
ルーシィが必死に叫び、俺の腕のなかで身をよじる。
しかし、ジョゼの冷酷な観察眼からは逃げられなかった。
「……その足。ずっと震えてますよ、娘さん? この私が怖いのですか? それとも……隣で血を流しながら化け物の魔力を撒き散らす、その男ですか?」
「っ……あ……」
ルーシィの息が詰まる。
確かに、彼女の膝は小刻みに震えていた。それはジョゼの聖テン級の魔力に対する本能的な恐怖であり、同時に、目の前で怪物の如く変貌していく俺の背中に対する、無意識の生理的拒絶でもあった。
図星を突かれたルーシィの手が、俺の服の裾から力無く滑り落ちかける。
「クク……ほらご覧なさい。貴様が命を懸けて守ろうとしているものは、貴様の存在そのものを拒絶している。悲しいではありませんか。そんな脆弱な絆のために命を散らすなど……」
ジョゼが『死の大鎌』をゆっくりと持ち上げ、嘲笑を深めた——その時だった。
……俺の中で、何かが音を立てて崩壊した。
トリガーはジョゼの言葉なんかじゃなかった。
俺を見上げて、ガタガタと震えているルーシィの姿だった。
違う。この娘は俺を拒絶なんてしない。するはずがない!
だって彼女は……俺に向かって確かに言葉をかけてくれたんだ。
『嫌いじゃないよ』って……。
あの温もりは嘘じゃなかったはずだ。だから俺は、骨が削れる激痛にだって耐えて、こうしてジョゼと戦ってるんだ。そうだろ……!?
……………。
駄目……なのか……?
この娘にとっても……俺は……。
彼女は決して口には出さない。けれど……本当は俺を仲間として受け入れてなんて、いないのか……?
この瞳から見ても、俺は……ただの恐ろしい化け物に過ぎないのか……?
そんな……そんなわけない……!
俺は化け物じゃない!!
その目はなんだ!? ルーシィ、そんな目で俺を見るな!!
俺は……俺は……っ!!
「……あ……、……。」
思考が真っ黒な泥に塗りつぶされていく。
潰す。
ルーシィと俺の繋がりを、その汚い口で踏みにじったこの男を……ただで許しておけるわけがない……!!
——ズオオオオオオッッ!!!!
俺の胸の奥から、破滅的な密度の「闇の瘴気」が一気に炸裂した。
波浪のような衝撃波が空間そのものを歪め、立ちふさがっていたジョゼの身体を力任せに弾き飛ばす。聖十の魔導士たる男が、吹き飛んで路地裏のレンガ建物へ激しく激突し、瓦礫を散らして転がった。
身体が熱い。痛みが消え、代わりに異物感が全身を膨張させていく。
右半身を削ぎ落とした傷口から吐き出された黒血が、禍々しい粘性を帯びて硬化し——赤黒い龍の外骨格が、倍以上の巨大さへと膨れ上がっていった。
みしみし、と皮膚が裂ける音。骨が組み換わる異音。
視界が刺すような黄金色に染まる。自分の目が、禍々しい金色の輝きを放ち始めたのが分かった。
「……ぐ……ぬ……っ!?」
瓦礫を押しのけて体を起こしたジョゼが、初めてその表情から余裕を消失させていた。
肩口を血で染めた聖十のマスターが、地面に膝をついたまま、呆然と俺を見上げる。
その視線の先にあるのは——もはや人間の青年ではない。
路地裏の狭い空を覆い尽くすほど巨大化し、圧倒的な殺傷力と闇の瘴気を垂れ流す、純粋な「災害」そのものだった。
「……馬鹿な……。なんだこの魔力の跳ね上がりは……! 傷を負うごとに……打点が際限なく跳ね上がっているだと……!?」
ジョゼの額を、冷や汗がすっと伝い落ちる。
彼の得意とする『ゴースト化』は、物理や通常の魔法攻撃を透過する無敵の回避術だ。……だが、今俺の巨躯から撒き散らされている瘴気は、防御や透過という概念すら超えて「存在している空間そのものを腐食し、削り取っている」。
これ以上付き合えば、ゴースト化の隙間を瘴気で侵され、本気で死に瀕する。
何より、手負いになったところでマカロフと戦う羽目になれば、ファントムロードの敗北は決定的だ。
「……ちっ! 狂ったバケモノめ……!!」
冷徹な計算が、ジョゼの脳内を駆け巡った。
ジョゼは忌々しそうに吐き捨てると、死霊の影を渦巻かせ、空間へ溶け込むように後方へ大きく跳躍する。
「命拾いしたな、ルーシィ・ハートフィリア……! だが、これで終わったと思うなよ! 本隊とギルド城郭兵器『ジュピター』で、フェアリーテイルごとすり潰してやる!!」
吐き捨てられた捨て台詞とともに、ジョゼの気配が急速に遠ざかっていく。
撤退——聖十大魔導の一角が、危機感を察知して自ら引いたのだ。
直後——張り詰めていた糸がプツリと切れた。
「ガ……ッ……、……あ……」
黄金色に輝いていた視界が、急速に暗転していく。
巨大化した外骨格が収縮し、激痛と血の海を残して、俺の意識は深い闇の底へと落ちていった。
倒れ込む俺の体を、ルーシィが泣き叫びながら抱きかかえる声が、遠くでかすかに聞こえた気がした——。