昼行燈の女神は微笑む 作:匿名
「おい。なんで俺を簀巻きにしてやがる。」
「うーん、心当たりない?ヨル兄」
「この顔を見ろよ。悩みが似合う面か?」
深く青い空が見渡せる砂浜。
ライザが笑顔を顔に張り付かせているが、その裏に怒りの感情が見え隠れしている。
「そんなことより、おい」
簀巻きにされながらも器用に太々しい態度を取るヨルが、ライザに左胸に垂れさがる、形が崩れたおさげを見せつける。
ライザはため息をつきつつ、しょうがないんだから、と慣れた手つきでヨルのぼさぼさの髪を解いていく。
「もう、ほらじっとして?」
「変なとこ引っ張んなよ」
ライザの指が、絹のように滑らかな亜麻色の髪をするすると梳かす。
さらりと揺れた髪ーーーあるいは、その間を通る指先が白い頬をくすぐった。
その瞬間だけ、ヨルがこそばゆそうに小さく笑う。
そして、最後に左胸に垂れさがる髪の毛を三つ編みにし、ライザはキラリと光る、見慣れた髪留めでヨルの髪を整えた。
少し遠巻きに、タオ、レント、クラウディアが呆れながら簀巻きにされた亜麻色の髪の毛を眺めていた。
「まったく、肝が冷えたぜ……」
「なんでヨル兄さんはたまに頑なに前に出るんだろ……」
「あ、見て。ヨルがライザにまたチョップされてる」
「まあ、残当だね……」
レント、ライザ、タオの3人でも歯が立たなかった魔物に襲われたところを、二人の男女ーーーアンペルとリラに救われ、船着き場へと無事に着いていた。
アガーテに4人(特にヨル)がしこたま絞られたのち、クラウディアの父親ーーーバレンツさんの荷運びが終わるまで、砂浜で待機していた。
「はぁ、まったく初の冒険がこんな風になるとはな……」
「レントは不服だったの?」
「バカ言え、そりゃ……まあ、ヨル兄の世話なんていつものことだしな。……悪くはなかったな。」
「悪くなかったって、もう少し違えばヨル兄さんも僕たちも危なかったんだよ?」
「わかってるって。」と言いながらその場に座り込み、レントは何かを考えこむ。
タオもまた、その表情を見て思わず押し黙った。
「……」
その様子に一瞬、クラウディアが口を開こうとするがーーー
「クラウディア!」
父親ーーールベルト・バレンツに呼び止められる。
荷積みが終わり、いよいよヨル達の故郷ーーークーケン島へと向かう。
夏の空は、まだまだ傾きそうにはなかった。
「まったく、ほんとにもう少し危機感をもってよ、ヨル兄!」
「わかった。わかったから簀巻きをやめてくれ。石畳が、骨の節々に響く……」
「うん。というかいい加減ヨル兄さんはちゃんと自分の身くらいは守れるようになる気とかさ……」
「……?お前たちがいるのにか?」
「変なこと口にするなよ、疲れてんのか?」と簀巻きにされているヨルが赤い瞳で3人を見上げる。
「こういうことを平然というんだから……」と、タオがため息をついた。
クーケン島に何事もなくたどり着き、クラウディア、ルベルト、そして村の顔役であるモリッツがなにやら話している。
簀巻きにされたヨルが、その様子を眺める。
ライザが「ちょっとヨル兄、聞いてるの?」と騒いでるのを右から左に聞き流していると、話し合いが終わったのか、クラウディアが走り寄ってきた。
「ライザー!」
「!クラウディア!」
ヨルの頭付近にしゃがみ込み、険しい顔でうなっていたのが嘘のように、花が咲いたような笑顔を向けるライザがヨルの目に映る。
「話、長かったねえ。もういいの?」
「うん。とりあえずはひと段落ついたかな。」
そう言いながら、クラウディアの目は足元のヨルへ行ったり来たりする。
「……ミセモンジャネエゾ、テメー」
「威嚇しないの。まったく。」
キッと下から睨み、犬歯を見せるヨルの目を、ライザが手で隠す。
ふう、と一息つき、ライザがクラウディアに向き直る。
「ルベルトさんに言われたからじゃないけど……」
「これからヨル兄共々、よろしくね?」と手を差し出す。
その手に思わず、笑顔になりながらクラウディアが両手でその手を握り返した。
「うん。こちらこそ!ライザ!」