昼行燈の女神は微笑む 作:匿名
亜麻色の髪が踊るように、麦わら帽子の下から流れる。
庇から庇へと渡り歩きながら、ヨルはアンペルの家を後にしていた。
ラーゼン地区へと向かう道すがら、幾人かの子供に「ヨルちゃーん!」と手を振られ、ヒラヒラと見向きもせずに手を振る。
白い足の甲が日差しの熱を蓄えていくのを感じつつ、あることを思い出した。
「……あ、買い物。」
ため息をつきながら、道を引き返す。
「ガキに小遣い渡したら、代わりにいってくんねーかな。」と呟きながら、髪止めをくるくると指でいじった。
「おや、ヨルくん。久しぶりに顔を見た気がするね、何か用かい?」
ボーデン地区にある、ライザたちもよく顔を見せる雑貨屋。
店を営む青年、フレッサがヨルの顔を見て、爽やかな笑顔を見せた。
「あぁーー……。この紙に書いてるものを……この……紙……」
ヨルが、やる気のなさそうな雰囲気でポケットに入れていた紙を手渡そうとする。が、入れていたはずの紙は見当たらない。
ひとしきりワタワタと探し終え、ふぅ、とため息をつき、澄まし顔で言い切る。
「紙が家出したようだから、帰るわ。」
「あ、うん……」
「平常運転のようで安心したけど、また顔は出してね……」と寂しそうな顔をするフレッサを背に、何事もなかったかのように帰路につく。
気がつけば徐々に日は傾き、空はうっすらとオレンジがかる。
深い青と焼けるような橙色の境目の空を眺めながら、歩いていると、そのうち外でなにやら作業をしているクラウが目に入った。
「……」
無言で横を通り過ぎて、部屋に戻ろうとする。すると、クラウがおっとりとした口調で話しかける。
「あら、遅かったわね〜。どこかで居眠りでもしてたのかしら〜。」
「それで、頼んでたものは?」と首を傾げながらクラウが手を差し出す。
そんなものはない。なぜなら何を買うかわからなくなっていたのだから。
ヨルは、無表情で手を見下ろしながら、背中に冷や汗がつたるのを感じる。
「……わす、れた。」
バキッ。と、持っていた箒をぶち折るクラウ。
ヨルにどこか似た面影がある顔には、明らかに青筋が浮き上がっていた。
クラウにひとしきり怒られた後、「まあ、過ぎたものは仕方ないわね〜」と言いながら、果物とワインボトルが入ったカゴを押し付けられる。
「なんだこれ」と疑問の顔をしていると、「いいお酒が入ったからミオさんにお裾分けよ〜」と、ミオーーーライザの母親へ持っていけ、と言う。
「……行くわよね?」
「……はい」
わかればいいのよ〜。わかれば。と、穏やかな口調の裏に、「そのワインボトル、無くしたら殺すわよ」という言葉が見え隠れするのを感じながら、黙って家を後にした。
橋を渡り、木の柵を眺め、緩い坂を登り、
空はすっかり青紫になり、あと数刻のうちに完全に暗くなるだろう、という予感を静かな草むらに響く虫の音が教える。
「麦わら帽子、もう必要なかったか?」
と呟きながら扉の前に立つ。
あたりはすでに暗くなり、シュタウト家から漏れる光がヨルの白い顔をうっすらと照らしていた。
コンコンコン、とノックをし、クァ……とあくびをしていると、「はーい」という言葉と共に扉が開く。
「俺だ。」
「あら!ヨルちゃん!珍しいわねえ。ライザはいないわよ?」
「そうなんだ」とだけ返しながら、|クラウから頼まれたカゴを見せる。
「これ、いいお酒がはいったからって。」
「持ってけって脅された。」とぶっきらぼうに言い切るヨルを、ミオさんは笑いながら、「久しぶりだし上がっていって!カール、ヨルちゃんよ!」とカールーーーライザのお父さんに声をかける。
「おや、ヨルちゃんか。また身長伸びたかい?」
「気のせいだな。」
麦わら帽子を取りながら、家に通されカールと話す。
ミオが「果実水好きでしょう?出してあげるから待ってなさいね」と、ポットの水を注ぐ音を聞きながら、カールの向かいの席に着く。
借りてきた猫のように、きっちりとした態度で、ミオとカールの話に耳を傾けていた。
「全くあの子ったら、全然畑の仕事も手伝わずに、こんな暗い時間まで帰ってこないなんて、何してるのやら」
「まあ、そう言うものでもないさ。きっといつか楽しさをわかってくれるさ」
「畑のね。」と、落ち着いた声でカールが続ける。
「そんな日はこないんじゃないかな」と考えながら「ソウデスネー」と返すヨルを見て、ミオが話す。
「最近は冒険やらなにやらって、対岸の島まで足を運んだって言うし……。親としてはもう少し落ち着いてほしいわ……。」
(あぁ、なんか俺を探すついでに船をパクってきた時の……)
事の発端であることには口を噤み、とりあえず微笑みながら話を聞く。
「レントやタオも昔から振り回されてるしねぇ……。ヨルちゃんは大丈夫かい?あんまり無茶に付き合っちゃダメよ?」
「……」
シュタウト家の明かりに照らされ、亜麻色の髪が穏やかに光を反射する。
右側の髪を耳にかけながら「楽しくやってるし問題ない。」と答え、少しだけ沈黙し、果実水の入ったコップを見ながら続ける。
「そんなに心配なら、俺がついていこうか?」
(……え!?どういうこと!?なんでヨル兄がついていく、になるの!?)
思い返せど思い返せど、いつも昼寝のためにライザから逃げるヨルしか思い浮かばず、ライザは扉の取手を握ったまま硬直し、混乱していた。
『ははは。ヨルちゃんがそう言ってくれるなら、安心だね。』
扉を一枚隔てた、くぐもったカールの声が聞こえてくる。
(そ、そもそも全然あたしの前と態度違い過ぎない!?ほんとにヨルちゃん……!?)
『……もうそろそろ帰ろうかな。果実水、美味しかった。』
ヨルの声と共に、椅子を引く音が聞こえる。
ライザが「は、鉢合わせしちゃう!」とワタワタと階段を降りて柵の裏に屈む。
「じゃあ、また。」
と言いながら、ヨルが階段を降りていく。
「……何してんだ、ライザ。」
「へぇっ!?」
顔はかろうじて見えないものの、体がほとんど隠れてないライザがヨルの目に映った。
「アホか?」と見下ろしながら素通りし、クァ……と手で口を覆う。
あくびをしながら遠ざかる背中を眺め、絹のような亜麻色の髪を見て思い出す。
(今日、全然話してないな)