昼行燈の女神は微笑む 作:匿名
「ヨル、しっかり水を飲め」
「ああー……」
ヨルが木陰で腰を下ろし、アガーテから手渡される水を受け取る。
亜麻色のポニーテールを揺らしながら水を飲み、ふぅ……と一息ついた。
ヨルが、目の前のラーゼン地区を眺める。
「なぁー、姉御。ここからあとどれくらいで見回り終わるんだ?」
「ん、そうだな……。旧市街から港で終わりといったところか。」
うへぇ、まだあんのか……。と、嘆くヨルに、アガーテが手を差し伸べる。
「さ、休憩は終わりだ。行くぞ」
「ああー……」
「ここでラストか……」
「ああ、感心したぞ。逃げ出さなかったな」
「逃げたら逃がしてくれるのか?」
「ネコナデ声出してもそれだけはないよ」
旧市街に足を踏み入れる。
ヨルはあたりを見渡しながら鼻を鳴らす。
「ここいらはやっぱ静かだな。」
「何世代か前だが、ラーゼンやボーデンに移った者が多かったらしいからな。」
「オモムキある話ドーモ、姉御」
「聞いといてお前というやつは……」
まったく……と、ため息をつき、路傍の石を眺めるヨルを引きずるように道を進む。
ヨルがほのかに香る潮風に、鼻を鳴らし、噴水のある広場から浜辺を一望する。
亜麻色のポニーテールが緩やかな風に揺れる。
「……まあ、平和そうだな。」
「……あれ?ヨル兄じゃない?」
「……おぉ、ほんとだな」
「よくここから見えたね、ライザ。」
バレンツ亭を後にしたライザの視界に、亜麻色のポニーテールが映り込んだ。
ライザが、おーい!と手を振ろうとする。
「……あれ?」
が、その手はピタッと止まる。
タオが首を傾げながら、口を開く。
「……アガーテ姉さんもいない?」
「どういう組み合わせだ?まあ、声かけてみようぜ。」
レントが歩き出そうとするが、ライザがそれを引き止める。
にやり、と笑い提案をする。
「ねぇ、後ろ……ついてってみない?」
「……なあ、やっぱやめようぜ。バレたらあとがこえーよ。」
「なにいってんのよ!あんな組み合わせで歩いてるの滅多に見ないじゃない!」
「あ、ちょっとまってよ!……行っちゃった……」
目をキラキラとさせながらスパイごっこのように後を追いかけるライザと、呆れながらその後を追うレントとタオ。
アガーテとヨルが柵に寄りかかる姿が見える。
亜麻色のポニーテールが潮風に舞う様子に、ふとタオが口を開いた。
「今日はポニーテールなんだね、ライザ」
「なんであたしなのよ」
「いやだって、あれしたのライザでしょ?」
「う、まあそうだけど。気分よ!キ・ブ・ン!」
「ふーん」
「にしても見慣れてるけどよ、パッと見ヨル兄ってほんと女にしか見えねーよな。」
「そうねえ。というか潮風にずっと吹かれてるはずなのにあんだけ髪の毛に艶があるの、なに?魔法?」
「アレさ、何言ってると思う?」
「腹減ったじゃない?」
「帰りたい、だろ?」
「僕は眠いだと思うなあ。」
好き勝手に何を話してそうか予想していると、伸びをしながらヨルが柵から体を起こしたのが見える。
「おっと、隠れようぜ。」
「なんでレントまでノリノリになってるの……」
そそくさと案内板の後ろに隠れ、三人が二人の様子を眺める。
そのまま階段を降り、浜辺まで行くようだ。
足を滑らせたヨルの首根っこを、アガーテが片手で掴み上げる。
「おぉ、さすが島一番の……」
「ヨル兄とはいえ、片手で支えるアガーテ姉さんはほんとになんなの?」
「……あ、ヨル兄もうそろそろしゃがみ込みそう。」
「わかるの?」
「歩くの遅くなってるし、疲れてそうじゃない?」
「いつも遅くね?」
「いつもより遅いの。」
「ほんとにしゃがみ込んだ……。」
「もうそろそろ手慰みにポニーテール弾きそう。」
「手慰みってなんだよ」
「なんかほら、アレよ。口元が寂しいー、みたいなノリの」
「手元が寂しいってこと……?」
「そうそう!……ほら!やっぱりした!」
「……」
「……」
「な、なによその目は」
「あ、なんかアガーテ姉さんが説明してる。」
「いやー、アレ聞いてねえだろ。」
「アレは聞いてないね。」
「そのうち石ころ蹴り始めるわよアレ。」
「ほんとに蹴った……」
「……ねえ、これ後を追うというより、ヨル兄さんの生態調査じゃない?」
「……まあ、言われてみれば確かにそうだな」
「クラウディアも誘えば良かった?」
「いやそういう話じゃ……あっ」
「え?なによ。どうかしたの?」
「あー、悪いことは言わん、ライザ。下手なことは口走らない方が……」
レントとタオがライザを見ながら青ざめ、口を閉じる。
正確に言えば、ライザの背後を、だが。
「随分と楽しんでるようだな。お前たち。」
「ひゃっ!」
思わず情けない声がでる。
ライザが、恐る恐る振り向くと、鬼のような形相をしたアガーテが立っていた。
「いつまで追ってくるつもりかと様子を見ていたが……随分と暇なようだな?」
「い、いやこれはそのっ……ご、ごめんなさい……」
腕を組んで仁王立ちするアガーテの後ろから、ひょこっと亜麻色の髪の毛を覗かせる。
「……なにしてんだ?お前ら。」
「私たちを尾行してたようだからな、泳がせていたんだ。」
「ヘー、オモシロ。……え、まじで?」
「気付いてなかったのか……」
ヨルがアガーテの脇をすり抜けるように、ライザたちの目の前に立つ。
どうしようもねーなこいつら……といった表情で、「まあ、腹減ったし帰ろうぜ。なんか作れよ」と腕を組みながら首を傾げた。
ライザがちらっとレント、タオの方を向き、「ね、言った通りでしょ」と言いたげに、にやりと笑った。