昼行燈の女神は微笑む 作:匿名
「できたー!!」
やや傾きかけた日差しが窓から差し込む。
釜の前で、額の汗を拭うライザが、できた資材を抱えて振り返る。
「おー!すげぇ!ほんとにできたのか!」
「すごいよライザ!しっかり加工された木材になってるよ!」
「うわぁ、実際にできるところを見るとすごいね……」
「マジで建築資材になったのかよ……ん?」
「ふふん。そうでしょ!!……ってボオス、どうしたの?」
ボオスは、床に置かれている資材の近くに膝をつき、神妙な顔をしていた。
「……おい、ライザ。これ、どこに使うんだ?」
「え?」
ライザに見せるようにボオスが木材の一本を持ち上げる。
「床の資材と一概に括っても、下地に使うものと床材に使うものが一緒の形だとダメじゃないのか?」
「……あっ。」
ボオスの指摘に、黙り込む。
クラウディアがその様子をオロオロと眺めていたが、ヨルが眠たげに「喧嘩してるわけじゃない。気にすんな」と口を挟む。
「……ごめん、あたしちょっとアンペルさんのとこいってくる!」
そう言うと、資材をいくつか抱え、ライザが部屋を飛び出す。
レントがニヤニヤしながら、「黙ってた割には意外といい指摘するじゃねえか」と肘で突き、「うるせえ」とボオスに殴られる。
「……ま、錬金術のことは錬金術に長けたやつに聞くしかないだろ。」
ボオスが腕を組みながらそう言い、部屋を出ていく。
「ま、もう日も傾いてるし一旦お開きにしとくか。」
「そうだね。僕もちょっと本の解読進めたいし」
そう言いながら、各々がライザの部屋を後にする。
最後に残ったクラウディアが、ベッドのヨルに視線を向ける。
「……スゥ……」
つい先ほどまで起きていたというのに、すでにライザのベッドで惰眠を貪るヨルがそこにいた。
「……ふふっ。まあ、ライザの部屋だしいっか。」
毛布の下から聞こえる寝息に微笑みながら、クラウディアが部屋を後にした。
「アン!ペル!さぁーーーーん!!!」
旧市街にライザの声が響く。
バン!と勢いよく扉が開けられる。
「うわっ!?……む?なんだライザ、その抱えてるものは……?」
ソファに座り、どぎついピンクの毒のような色でコーティングされたドーナツを落としそうになりながら、アンペルが驚く。
「えぇ、アンペルさん何食べてるの……?じゃなかった!実はーーーー」
「……ふむ。家に使う資材を錬金してみたはいいものの、実物がおおよそ使えるレベルに達していなかった、というわけか。」
「うん……。資材を作るまでは良かったと思うんだけどなー。」
ライザがうーんと唸りながら首を傾げる。
部屋の隅では、リラが静かにそのやりとりを眺めていた。
アンペルがドーナツを皿に置き、ライザの持ってきた木材の一本を手に取る。
「資材を作る、というところまではいい線はいっていたろうな。だがなライザ。これ一つを取ってもそうだが……お前さんは木材が作りたかったのか?それとも家が作りたかったのか?」
「……え?」
「過程の問題だ。ただ資材を作るのと、家に使うための資材を錬金するのでは訳が違う、だろう?」
そう言いながら、立ち上がり、ライザに背を向けるように釜の前に行く。
「柱ならば柱。壁ならば壁。家丸ごとすらも調合の結果と捉え、そこからレシピを想像する。」
「レシピを想像……錬金術で作る……他の道具みたいに?」
目を瞑り、昼間に見た廃屋を思い出す。
人の手から離れた、崩れた屋根に歪んだ窓の枠。
そこに、どのような資材を錬金……いや、その崩れた屋根や歪んだ窓枠を、どのように『錬金』すればいいかを考える。
「うん……うん。なんとなくわかってきたかも……?」
パッと目を開き、アンペルに手を振りながら扉に向かう。
「ありがとうアンペルさん!きっとすっごい隠れ家を作って、二人を招待するからね!」
ばたん!ときた時と同じように閉められた扉を眺めながら、リラがくくっ、と笑う。
その様子に、アンペルがなんだ、と顔を向ける。
「いやなに。」
いつもの仏頂面からは想像できないような、優しい表情をしたリラが、アンペルに目を向けながら口を開く。
「錬金術師というのは、どいつもこいつもかわいい……と思っただけだ。」
その言葉に、一瞬呆気をとられ、ふん、とアンペルは鼻を鳴らしながら背中を向けた。
夕暮れの緩やかな日差しが、ボーデン地区の建物の合間に差される。
赤髪に長身の少年ーーーレントは一人、帰路についていた。
「にしても何度見ても錬金術はすげぇなあ……。」
昼間に見たライザの錬金術ーーー結果としては惜しいところまで行った、というところだった。
それでもなお採取した資材の形が変わるのはとても新鮮なものだった。
「ーーーなんで酒が売れねぇんだ!」
少し眩しげな夕日を手で遮りつつ歩いていると、道を曲がった先ーーーフレッサの雑貨店からなにやら罵声が響いている。
「……まさか、な。」
ゆっくりと角から顔を覗かせると、フレッサに詰め寄る大柄の男性ーーーレントの父、ザムエル・マルスリンクの姿があった。
「金ならあるだろうが!!!」
「これ以上酔ってる人に売れる訳ないでしょう?」
顔は赤らみ、足取りは少しおぼつかなくなっている。
その背中に思わずレントは強く拳を握り、ギリっ、と歯を食い締める。
「くそっ。またかよ……」
そう言いながら深呼吸を一度し、角から出ようとするとーーーふと、肩を掴まれた。
「……え?べ、ベリルさん?」
自分より頭半分大きなベリルが、にこっと無言で笑いかけ、手に持っていた網カゴをレントに渡す。
「え、ちょ……」
そうして、悠然と角を曲がって歩いていく。
フレッサがベリルに気付き、ハッとしたその瞬間。
「ザムエル。」
と低く、静かな声で名前を呼ぶ。
そして、「あぁ?」と振り返るザムエルの脇に、鋭く右腕が差しこまれーーー投げ飛ばされた。
背中から地面に落ち、「ぐはぁ」と呻きながら、ザムエルが顔を上げる。
そして、すぐさま体を起こしながら吠える。
「っ!?ベリル、テメェなんのつもりだ!!」
「君こそ一体なにをしてるんだ。」
フレッサがベリルの影からおろおろと事態を眺めている。
キッとベリルを睨むザムエルに、一歩ずつ地面を踏みしめ、近づきながらベリルが口を開く。
「子供の頃からよく殴り合っていたね、私たちは。」
そして、少し手を伸ばせば簡単に相手に触れれる距離まで近づきーーー
「酔っ払った状態でやりあえると思うほど、バカにはなってないだろ」
「……ちっ。」
黙って踵を返し、歩いていく。
「……まったく。昔から不器用なヤツだよ。」
ベリルは大柄な背中を眺めながら、困ったように小さく零した。
「……やべっ」
角から少しだけのぞいていたレントが建物の影に隠れる。
ザムエルの足音が離れていくのを聞きながら、はぁ、と疲れたようにため息をつく。
「……ベリルさんって、もしかしてめっちゃ強いのか」