昼行燈の女神は微笑む 作:匿名
「じゃあ、ライザは少しここで座って待ってておくれ。」
低く静かな声が、頭の上から降り注ぐ。
ライザの父親であるカールは、部屋の端に寄せられている椅子に
大人たちが話し合っている机に歩いていく背中を見届けながら、視界の端に少女が映った。
「……」
絹のような亜麻色の髪の毛は女の子にしては短めに切り揃えられ、猫を思わせるくりっとした瞼からは、クーケンフルーツを思わせる瞳。
そして、人間とは思えないような彫刻のような白い肌の少女。
今まで見たこともないほどの美少女に思わずわぁ…と息を呑み、ライザはその瞳に見入ってしまう。
話してみたいな。
子供の頃からそうと決めれば一直線であったライザは、とてとてと短い足で少女の元へ歩いていく。
「ね、ねえ!あたしらいざっていうの。あなたは…?」
「…だれだ、おめー。おれはいまおこってる。あっちいけ。」
玉砕であった。
女の子とは思えない口調で、拒否されてしまった。
「え、あ…」
そんなふうに話される覚えのない、強い口調に思わず泣きそうになるが、そこで後ろから声がかかった。
「こら、ヨル。なんてことを言うんだい。女の子に向かって。」
そういいながら、床に膝をつき、ごめんね、大丈夫かい?と顔をのぞいてくる男性ーーーベリル・シャーロット。
ヨルの父親がいた。
さらにその後ろから、カールまでやってくる。
「おやおや、喧嘩かい…?」
「すまない、カール。うちの倅が…」
「人見知りだからね、ヨルくんは。仕方ないさ」
そう言いながら、ライザの手を引っ張り、カールはライザを抱き上げて歩いていく。
ライザは、父親の腕の中からもう一度振り返ると、まるでさっきの無愛想が嘘のように、蕾が咲いてしまうかのような笑顔で父親と話すヨルの姿が映った。
「ねえ、パパ。」
帰り道。
カールの手に引かれるライザは、問いかけた。
「なんであのこ、おこってたのかな」
夕陽を背に、帰る2人の影は長く伸びている。
カールは「ああ、ヨル君のことか」と納得したように答える。
「彼は、人見知りなだけさ。ベリル…シャーロット家とは畑のことでよく話すが、俺も最初はあっちいけって怒られてしまったよ」
俺も話しかけるのには随分時間がかかった。と、笑いながら話すカール。
そのまま、でもね、と続ける。
「だから、別に彼はライザのことを嫌ってるわけではないよ。気になるなら話かけてみなさい。」
そう言いながら、ライザを見るカールの目は暖かなものだった。
ライザは、ふーん。わかった!といいながら、続ける。
「でもパパ。かれっていうけどおかしいよ。あのこ、女の子だったじゃん」
その言葉に、カールは目を丸くしながらーーーーー
「ねえねえヨルちゃん!探検しよーよ!」
数週間後。なぜか幼きヨルは幼きライザに付き纏われていた。
「いやだ。おれはいまからひるねするんだ。あっちいけ」
背中からとことことついてくるライザに、ヨルは背中を向けながら突き放すように拒否する。
初対面での顔合わせから、数日単位に顔を見かけては話しかけてくる。
いまでは、あったばかりの頃はこの程度で泣きそうになっていたにも関わらず、いまやアヒルのヒナのようにヨルの後ろをついてくる。
「おひるね!じゃああたしもいっしょにする!」
「しない。おれはひとりでねる。あっちいけ。カールのてつだいでもしとけ」
幼い歩幅では振り切れず、ライザはどこまでもついてくる。
しまいには家に入りすぐ扉を閉めたのにもかかわらずーーー
「ヨル、ライザちゃんとおひるねするんだろう?いつの間に仲良くなったんだい?」
「……なってない」
にへらー。とベリルに連れられて自室にまで上がり込んでくる始末。
2人きりの部屋で、ベッドに潜り込もうとするライザを、寝ながら蹴り落とそうとはするが非力なヨルではその抵抗も虚しく、最後はライザにホールドされる形で力尽きていた。
「おやすみヨルちゃん!!!ねて、いーよ!」
「ねさせろ、じゃあ……」
そう呟きながら、ベッドに入ったヨルは先ほどまでの口の悪さはどこへやら。
船を漕いで行ってしまった。
夕陽が顔にかかり、徐々に目を覚ます。
もぞもぞとベッドから顔を出し、ふと隣にいた少女を思い出す。
ーーーいた。
亜麻色の髪の毛が夕陽に照らされる。
白磁の肌もそのきめ細やかな肌を強調するように淡く反射する。
よほど同じ人間とは思えぬ存在に、思わず目を輝かせるライザ。
ふと、白い瞼がゆっくりと開き、猫のようにくりっとしたクーケンフルーツのような瞳がライザを見据えた。
「…なんでいるんだ。おまえ」
「あ!ヨルちゃんおきたんだ!」
いっしょにねるって、いったじゃん!と足をばたつかせるライザを尻目に、ヨルはむくりと起き上がり窓の景色を眺める。
「…おまえ、もうゆうがた、だぞ。さすがにかえれ」
深い赤の瞳が夕陽に照らされて、宝石なように反射する。
お別れの時間がくるのを感じ、少し寂しそうにしながら、ライザは尋ねる。
「またきても、いい?」
ヨルの横顔は、何も物語っておらず心ここに在らず、と言った様子だった。
拒否、されたかな。
そう思い,落ち込みかける。
「…すきにしろ」
「…!」
うん!じゃあ、あしたもくるね!!
そう言いながら飛び跳ねるようにベッドから飛び降りた。