昼行燈の女神は微笑む 作:匿名
廃屋の裏からふわりと亜麻色の髪が覗く。
「……?」
少女はそれに気づき、思わず奏でていた手を止める。
続いてゆっくりと、亜麻色の髪の隙間から透き通るような白い頬、猫のようなくりっとした、赤い宝石のような瞳が現れた。
思わず息が止まる。
フルートを持っていた手がふと下がり、
そこで自分がいま、口を開けてポカーンとしていることに気が付き、慌てて表情を取り繕う。
「綺麗な音色だな。」
そんな様子の少女など気にも留めず、ヨルが感想を口にする。
大きく開けた広場に風が吹き、亜麻色の髪がふわっと広がる。
「あなたは……そこでなにを?」
「音楽を聴いていた。」
ヨルが「お前、名前は?」とぶっきらぼうに名前を聞いてくる。
少女は風に吹かれる自分の髪を抑えながら、答える。
「私はクラウディア……。クラウディア・バレンツ。……あなたは?」
「……ただのヨルだ。」
赤い瞳に見据えられながら、ふとあることに気が付く。
髪の毛はアホ毛が飛び跳ねまくり、足元は砂と土で汚れていた。
自分でもなぜこんなこと言うのだろう、と思いつつクラウディアは口を開く。
「髪……整えようか?」
「いらん。触れるな。」
ぴしゃりと断られてしまう。
そんな様子のヨルに、なぜかクラウディアは自分の頬が綻んでしまうのを感じる。
(なんだか猫みたいだな。)
「ヨルはどこからきたの?」
「……クーケン島だ。」
クーケン?と首をかしげる。
たしか、お父様と取引の一環で行く場所の名前だ。
「クーケン島の人がなぜ、ここに?」
「寝て覚めたら船着き場にいた。……音が聞こえたからここに来てみたんだ。」
悪いか?と顎をくいっと上げるようにしながら腕を組む。
そんな太々しい態度のヨルを気にも留めずに、頬に手を当てながら、話を続ける。
「じゃあ、迷子なの?」
ヨルは、無言で立ち尽くす。
「ああ、そうなんだね……」
「じゃあ船で寝てたら砂浜に流れ着いていた、ってことなんだ……」
広場から来た道を戻り、最初の船着場を目指すヨルとクラウディア。
「俺は戦えんから魔物に襲われたら俺を見捨てろ。俺も見捨てる。」と最低な言葉を吐きながら森を歩く。
「ふふ、逃げるの?」
「あ?悪いか?」
足元の石を蹴り飛ばしながら、クラウディアをキッと睨む。
そんな様子のヨルがなんだか可笑しくて、クラウディアはくすくすと笑う。
何がおかしいんだ…?と唸りながら歩くヨルを見ていると、左胸に垂れ下がるおさげに、きらりと何かが見えた。
「……?なんだか綺麗な髪飾りだね。贈り物?」
「……まあそんなとこだ。」
ミセモンジャネーゾ、とキッと睨みながら両手でおさげを隠す。
「……ふーん?」
なぜかヨルの睨み顔をニコニコと見ながら歩くクラウディア。しかし、さっきまでの表情豊かなヨルの顔が打って変わって、一瞬で目を見開きながらスンッとした顔になる。
「……?どうしたの?」
「……」
あたりを見渡すこともなく、黙り込む。
「…何か聞こえる。」
そう呟きながら、ゆっくりとクラウディアに顔を向け、腕を掴み走り出す。
「え!?」
「走れ!!!!」
その瞬間、クラウディアの背後の木の影から人型の魔物が飛び出してくる。
転けそうになるクラウディアの身体を無理やり起こしながら、一目散に船着場を目指して走った。
ーーー少し時間は遡る。
クーケン島・ライザの部屋。
「ヨル兄、どこ行ったのよ……」
せっかく面白そうな話があるのに…と、ライザがぷりぷりと怒る。
その様子を横目に、タオが呆れながら相槌を打つ。
「うーん、やっぱりトレッペの高台らへんで見かけた気がするんだけどなあ」
「トレッペの高台かぁ……」
ライザが腕を組んで考え込む。
あの日差しが弱点、を体現したようなヨルちゃんがトレッペの高台の、日陰のない道を歩ききるかな…?
うんうんと唸っていると、部屋のドアが開き、レントが入ってきた。
「おーすっ。……て、やっぱヨル兄はいねえか。」
「あ、レント」
いつも通り遠慮なく扉を開けて入ってくるレントを尻目に、
「ヨルちゃんもこんな風に遠慮なく入ってきたらいいのになあ」と考える。
そのとき、ふとレントが気になる言葉を口走っていたことに気が付く。
「やっぱ、てどういうこと?」
目を丸くしながら問うライザにレントが答える。
「あー。ちょっと野暮用で港のほうに行ってたんだけどよ。アガーテ姉さんが、『ヨルならさっきまで庇で休憩してたぞ』って言ってたんだよな。」
『唐突に私の背中に隠れるから様子が変だった』
と、アガーテの真似をしながら話す。
「アガーテ姉さんにはそんなことするんだ……」
唇を尖らせながら、うーんと唸る。
ライザがちらっとタオを見ると『……港に迂回したね』と呆れた表情をしていた。
「よし!そうと決まれば港に出発だ!」
そう高らかに宣言し、一人先走って扉を出ていくライザ。
その背中を見送りながら、レントとタオが顔を見合わせる。
「……なぁ、タオ」
「……なんとなく、言いたいことはわかるよ」
「これってつまり、そういうことか……?」
「まあ、そういうことじゃないかな……」
「ちょっと二人ともー!はやくー!」