箱入り聖女は劣等異端審問官に不貞を囁く 〜許嫁がいると告白を断ったら、聖女さまの目が濁って倫理崩壊した〜 作:全部オレのモノォ!!
今日は朝から天気が悪く、空には厚い雲がかかっていた。
ここ――魔国の王城に来る前に、仲間たちが想像した景色そのものだな。
やれ「悪しき魔族のねぐらなんだから常に暗雲立ちこめてる」だ、「魔王の一挙一動に合わせて空から雷が落ちてくる」だ。
ほんとテキトーなんだから。実際は、こっちに来てから今日までだいたいずっと晴れてたよ。人間の国となにも変わりやしない。
だいたいの人間はただ魔族ってだけで毛嫌いして、全員が悪魔かのように言うけども……なんて、そんな思索を巡らせそうになったその時。
ここ、王城の庭園に僕を連れ出した張本人――聖女エルシー様が、僕の正面で口を開いた。
「――……っあ、ぁの! サイガさま……!」
「はい。なんでしょう?」
エルシー様、なんだかずいぶん緊張してるな。ここに来るまでずうっと黙ってたし、落ち着かなさげにピンクゴールドの長髪を指でイジったりしてたし。
用事も告げずに僕だけ呼び出して、いったいなにを……と。そうエルシー様の言葉を待つと。
エルシー様は、その優しげな顔を朱に染めて。困ったように眉と目尻を下げて。
「あの、そのう………………えっと……っそう! とうとう明日ですねっ」
「……」
なんか別のこと言おうとしたの誤魔化したな。
エルシー様、まだ若いのに優秀でいい子なんだけど……ちょっといい子過ぎるんだよな。ほんとに言いたいことを飲み込んじゃうようなこと、この度の護衛である僕にはしないでって口をすっぱくして――
「――あ、の! だいじょうぶ、大丈夫ですから。今のは……っ我慢じゃないです」
「……ほんとうに?」
「はい。ただちょっと、すぐには勇気が出なかっただけで。でも、ぜったい後でちゃんとお伝えしますっ。わたくし、サイガさまにだけはなんでも……ほんとうに全部、包み隠さず言えるんですから――」
噛み締めるように、珍しく真正面から見つめられる。照れも衒いもないその視線は、確かに旅が始まってすぐには見られなかったもので。
うん。この子みたいな人が報われない世界は間違ってるからな。そうやってどんどん、僕以外にもワガママ言えるようになってほしい。
……で、なんだっけ? エルシー様が勇気を出す前の小休止に選んだ話題は――
「ええっと、そう。とうとう明日と、そう言いましたね? ……ですねえ。この長い旅にもとうとう終わりが来そうです。明日の、人魔停戦調停で」
「はい……。ほんとうに長くて――夢のような時間でした……」
ほぅ……と夢見るように息をつくエルシー様。
確かに後半の方はだいぶリラックスしてたもんなー。教会じゃこんな自由はなかったって、自分の足でいろんなところに赴いて、好きなものを食べて、城下の観光だって。
サイガさまサイガさまと懐いてくれるのが可愛くって、僕もずいぶん付き合った……。
そして。そんな旅の目的は、百年続く人魔大戦の終結。それがいま果たされる目前となれば、エルシー様だって感傷的にもなるか。
「………………明日で、終わってしまいます。大変だけど、人生でいちばん楽しかった日々。誰よりもわたくしを想って、何度も救ってくれた、愛しいお人……」
ん、なんて? 声ちっちゃ――
「このまま教会へ帰って、またサイガさまとは別々の道を行くなんて――――死んでもイヤです」
「えっ」
いきなり暗い顔で、でもどこか深い覚悟を感じる言葉。これまでエルシー様からあまり感じたことのない、どこかネガティブで湿り気を帯びた雰囲気だ。
というか、エルシー様が「死んでもイヤ」なんて強い言葉使うの初めて聞いたわ。基本いつもニコニコで、誰にも文句なんて言わない娘だったから……。
そう、僕がすこし驚いていると。
「できました、覚悟」
「!」
「考えてみれば簡単ですものね。わたくしにとっていちばん大切なものはなにか。それを思えば、他のすべては取るにたらない些事――」
またエルシー様が言わなそうなセリフ……。でも、口とは裏腹に体は強張って、息も少し早い。
いったいなに言われるのか恐々としていると、とうとう。
「っわたくしは――」
エルシー様は気合を入れるように大きく息を吸い、そして……言ったのだ。
「サイガさまのことを、――――っお慕い、しているのです……!」
ん……? 僕を慕ってる? それは例えば、頼りになるお兄ちゃんに懐く的な……。
「ですので! その、わたくしと……こ、――恋仲になっていただけませんか……!?」
はっ? 恋?
え、それは――
「エルシー様は僕を好き……愛してるってこと!?」
「あ、あああ、愛っ? ……っいえ、でも、えっと――――ぅその通りです! 好きなんですぅう!」
そう、ギュッと目をつむって顔を赤く染め、俯きがちに叫ぶエルシー様。
……エルシー様が、あの多くの信徒に慕われる聖女様が、僕なんかのことを好きだって? 嫌われ者の異端審問官、その中でも落ちこぼれのこの僕をッ?
頭が混乱する。なんで? あり得ない。でも嬉しい……。そんな思いがグルグルと巡って。
そして、呆然とエルシー様を眺めていると、やがて顔を上げた彼女がまた僕を見つめているのに気づいた。
恥ずかしげに、そして不安そうに眉根を下げつつも、確かに僕の返事を待つその様子。
僕はそんなエルシー様に、申し訳なさでいっぱいになりながらも…………ただ事実を告げるしかなかった。
「僕には…………許嫁が、いるんです。だから――――ごめんなさい……」
「…………………………。ぁ、――……ぇ……?」