箱入り聖女は劣等異端審問官に不貞を囁く 〜許嫁がいると告白を断ったら、聖女さまの表情が曇って倫理崩壊した〜 作:全部オレのモノォ!!
しん、と。耳に痛いほどの沈黙。
エルシー様は目を見開き、口を半開きにして、固まったように俺から視線を外さない。
気まずい……と思っていると。
「――ぁ、はは………そ、そうだったのです、ね。いいなずけ、奥さん……。そっか、わたくしが大好きなサイガさんなら、他の方からだって好かれて……」
そう呟いたエルシー様は、なんとか無理して笑顔を作ろうとしたみたいに見えた。けど、出来上がったのは笑顔の成り損ない。
「……っふ、……く、ぅ……! そう、ですよね……っ。サイガさんなら、わたくしみたいな世間知らずじゃなくって……。もっとちゃんとした方に想われているに、決まってるのに……!」
エルシー様の瞳からボロボロと涙がこぼれる。くしくしと目を擦りながら、「わたくし一人で舞い上がって……っ」なんて涙声で呟いて。
………………いや、心が痛すぎるわッ。え、そこまで好かれてたの?
申し訳ないと同時に、ちょっと嬉しい。俺のこと好きになってくれる人なんて初めてだし。いやでも、やっぱり申し訳なさが勝つわ。
と、とりあえずどうにか泣き止んでもらわないと。
俺はそう考えて、とりあえず背中でもさすろうかとエルシー様のそばに寄って。
そして…………その時だった。
「!?」
差し出しかけた手を、エルシー様に掴まれる。柔らかくて小さな手。
「なにを……」
そう問いかけて彼女の顔を見て。俺は、目を見開いた。
――目元を赤くしたエルシー様が、どこかマズい決意に固めたように濁った瞳で、俺を睨むように見ている。
えっ、怒ってる? ま、まさか権力で無理やり……いやいや、まさに人格もリアル聖女と呼ばれるエルシー様がそんな。
そう内心であたふたしていると。――――現実は、俺の想像のさらに上を行った。
エルシー様は、握った俺の手を導く。その行く先は…………彼女の、なだらかに膨らんだ胸。
「ぁ!?」
「んっ」
ふにょん。手のひらに、柔らかく心地よい体温。
……いやヤバいって! これ、俺、誰かに見られたら殺されるんだけど!?
大焦りで反射的に手を引こうとして。
ぬ、抜けない。エルシー様、こんなことに身体強化まで使って!
「ッ手を、離して――」
そう口にしながらもう一度エルシー様を見て、俺はまた言葉を失った。
「ッッッ!」
彼女がなぜか、空いた片手で法衣を脱ごうと手をかけている。
あっ、白い下着が見えた。最悪の状況だ。
反射で服を脱ぐ手を抑えてせめぎ合う。なんか互いに両手を合わせて取っ組み合いしてるみたいになってる。
エルシー様は、ギリっと歯を鳴らして言った。
「っわたくしの、体でもなんでも。好きにしていいんですよ……? こういうの好きなんですよね、男のひとはっ」
「な、なんてことをッ。やめるんだ……!」
「止めないでください。べつにわたくし、無理をしてるわけじゃないですから。……むしろ、サイガさまになら初めてを……っ」
それ男なら一度は憧れるセリフだけども。全力で取っ組み合ってる時に言うもんじゃないんだよな!
「わたくしだって……っ好きなひととそういうことをするの、憧れたりするんです……。でも、いいひとなんて誰もいなかったから……。そこにサイガさまが現れてしまったんですから、責任をとってください――」
「せ、責任って」
「大丈夫です。最初は痛いと聞きましたけど、すぐ終わりますから……」
それ、本来は俺が言うやつね! というか……。
「ほんとに誰に聞いたそれ……! 教会の修道女たちか? 清純な聖女様になんてことをッ」
そう思わず口にしてしまって。一瞬エルシー様の力が弱まったと思うと、直後。
エルシー様は爆発するみたいに――――「もおおおおお」と大声を出した。
「!?」
「っみんな、そう言いますよね!! 純粋無垢な聖女様、みなに分け隔てなく愛を注ぎ、癒しを振り撒く。……――――わたくしがどうしたいかなんて、誰も気にもせずに!」
「!」
そ、それは。
「でも、サイガさまだけは違ったんです。ずっと諦めて、ただ期待される振る舞いを続けていたわたくしに――無理をしないでと言ってくれたのは、貴方だけでした……!」
いつもとまったく違う、どろどろと渦巻く感情のままに言葉を紡ぐエルシー様。
圧倒される俺に、彼女は続ける。
「教義ではなく! いつでもわたくし個人のために動いてくれて! それにどこか…………わたくしに似た諦観を抱くその心にも、それでもあるべき正しさを自分で考えるその姿に! ――どうしようもなく惹かれたんです……!!」
エルシー様……。そこまで、俺のことを見て。
そう、ちょっと感動したのに。
はぁはぁと息の荒いエルシー様は、目を血走らせ、明らかに興奮した様子で。
大きな声で、欲望のままに叫んだのだ。
「もう、一緒にいられるなら二番目の女でもいいですからぁ……っ。いいから、黙って…………っ抱いてください――」
……。
ッいやいかんよそれは! もはやキャラが……!
周りが、俺たちがそういうことばっか言うから鬱憤が溜まってた? にしても酷い! こんな状態のエルシー様を放置したら、このあとどんな酷いことになるかッ。
俺は自身の行いを深く反省した。しかし今はと、この危機的状況を切り抜けるために頭を回す。
ギリギリと、俺の手を掴むエルシー様の両手はどんどん力が強くなっていく。俺も身体強化を発動すればどうとでもなるけど、護衛対象を傷つけるわけには……。
とはいえ、すでに許嫁のいる俺がエルシー様の愛に応えるわけにもいかない。
……そうして、数瞬の睨み合いが続いて。
俺は言った。
「……司教にッ、俺から伝える。――恋人は無理でも、仕事として今後エルシー様のそばに居させてほしいと。国に帰ったあとも……!」
こっちに来てから……というか、異端審問官になってから、一番多く話したかもしれない。それくらいの熱量を込めて、じっとエルシー様の目を見て伝えた想いは――
「……………………っもう、あと少しだったのに。でも、その申し出がほんとうに通るのなら。――わたくしはそれでも、十分に幸せです」
そう言ってもらえて、俺はほっと息を吐く。
エルシー様から魔力の気配が霧散して、そっと名残惜しげに手も離れていった。
ただし。最後に、どこか影を孕んだ紫紺の瞳で俺を射抜いたエルシー様は。
「……でも、それでダメだったら。わたくし、もう手段は選ばないですからね――――?」
そう呟くように言って。赤金の髪を、湿った風にたなびかせる。
そんな彼女を見て、俺は理解するとともに決意したのだ。
この旅における俺の役割は、停戦調停が成るまでの間、ただエルシー様の身を守ることだって思ってた。でも、違ったんだ。
きっとこれから俺は、エルシー様の安全だけじゃなく――――名誉を守ることに奔走しなくちゃいけない。