箱入り聖女は劣等異端審問官に不貞を囁く 〜許嫁がいると告白を断ったら、聖女さまの目が濁って倫理崩壊した〜 作:全部オレのモノォ!!
しん、と。耳に痛いほどの沈黙。
ごめんなさい。告白自体はすごい嬉しかったんだよ。誰かに好いてもらうなんて人生で初めてだったから。
でも、許嫁がいるんだよ俺……。
エルシー様は目を見開き、口を半開きにして、固まったように俺から視線を外さない。
気まずい……と思っていると。
「――ぁ、はは………そ、そうだったのです、ね。いいなずけ、奥さん……。そっか、わたくしが大好きなサイガさんなら、とうぜん他の方からだって好かれて……」
そう呟いたエルシー様は、なんとか無理して笑顔を作ろうとしたみたいに見えた。けど、出来上がったのは笑顔の成り損ない。
「……っふ、……く、ぅ……! そう、ですよね……っ。サイガさんなら、わたくしみたいな世間知らずじゃなくって……。もっとちゃんとした方に想われているに、決まってるのに……!」
エルシー様の瞳からボロボロと涙がこぼれる。くしくしと目を擦りながら、「わたくし一人で舞い上がって……っ」なんて涙声で呟いて。
………………いや、心が痛すぎるわッ。
俺に謝りながら必死に涙を止めようとして、それでも止まらず手から雫がこぼれ落ちる。引きつけを起こしたみたいにヒュッと息を吸って、ついには――――堰を切ったように泣き声を上げた。
「……ぅ、くぅ、うぁあああ……っ。好き、好きなんですう……! ほかの方と違って、ちゃんと心からわたくしを想ってぐれて! こんな危険な旅でもずっと! わたくしを守ってぐれてぇ!」
「え、エルシーさ――」
「生まれて初めて……! こん、っなに! ――だいずきに、なっだのにぃい! ぅぁああん……!!」
あぁ。そんな、涙と鼻水で可愛い顔をぐちゃぐちゃにして。
俺のこと好きになるなんて、そんな人エルシー様しかいない。確かにエルシー様はちょっとその、箱入りなところあるから。俺のことをきっとなにか勘違いしてるんだ。
だいたいね、許嫁ったって別に俺を好きなわけじゃない。上の言うがままにしたことで。だからこそ、相手の立場もあって俺の意思で解消できんのだけども。
と、そんなことを思っている間にも。エルシー様はズビズビ鼻を鳴らし、とうとう地面に崩れ落ちて泣き始める。
「ぅ、うう……。来週の調停のあとはぁ……っ、教会に戻って、ぐずっ。もうわたくしたち、きっとお喋りすることもなぐなっちゃうんでず……っ!」
「そんなことは…………いや」
あながちないとも言えないな。
そもそも俺の立場で聖女たるエルシー様と会話なんて、この特殊な状況だからできることだ。国に帰れば、特大の功績を挙げた人物として、エルシー様の周囲はこれまで以上に固められるはず。
それを思うと……。
俺は子どものように泣きじゃくるエルシー様に胸が痛くなる。
そもそも、悲しいのはエルシー様だけじゃない。俺だってその……恐れ多いことだけど、エルシー様のことは妹みたいに思ってたんだ。
仲間殺しだって疎まれることも多い異端審問官の身分にあって、周囲と分け隔てなく接したくれた。純粋で、善良で、本当に可愛らしい女の子だ。
そんなの好きにならない方が……なんて。そんなことを思ってしまったからだろうか。それとも、せっかく親しくなれたのに嫌われたくなかったからか。
俺はつい、本音を言ったんだ。
「俺だって。――エルシー様から、離れたくないですよ……」
言って直後、やっちゃったと思った。
世の中、望んだって叶わないことの方が多い。変に期待を持たせるよりもキッパリ断った方が良かったんだ。
それができなかったから、こんな……――
「! ……っぁ、はぁ……――。ほんとに? わたくしのこと……好きですかぁ……?」
涙で頬を濡らしてたエルシー様に、瞳孔の開いた紫苑の瞳を向けられる。
息が荒い。目元も頬も赤くって、心配になるくらいだ。でも一番気にかかるのは、今まで一度も感じたことのないその…………どこか圧力を感じる雰囲気。
ちょっと不穏な……。というか、今の誤解されたか? 確かに好きだけど、恋愛的なそれとは違うからッ。
「ッあの、エルシー様。さっき言ったことは事実ですけど、俺はその……エルシー様を恋人にしたいとかじゃなくって、どっちかというと妹みたいに思ってるというか――」
「っいえ、いえ、いいんです……! それでも……サイガさまがわたくしのこと、大事に思ってくれているだけで!」
あ、ちゃんと伝わってた? 良かった。……でも、にしてはどうも、やっぱり不穏な気配が。
ちょっと心配になる俺に対して、エルシー様は涙で光る顔を笑みの形に変える。
「帰ってからも仲良くしていられる方法……いっしょに考えましょうっ?」
そう、どこかいつもの無邪気さを感じる言葉に、ひとまず安心したのに――
――それは、翌日のことだった。
魔王城の、聖十字教会一行に与えられた応接室前にて。
交代で中にいるエルシー様たちの護衛をしていると、突然扉が開いた。中から出てきたのは、この度で聖十字教会側を統括する司教で――
「おいッ、貴様! サイガ! いったい聖女様になにをした!? ッこんな――」
後ろからひょこっとエルシー様が出てきた直後……司教は言うのだ。
「――――聖女様が、貴様と! ッち、ちち、契りを交わしたなどと……!!」
は? え!?
混乱する俺は、勢いよくエルシー様に顔を向ける。そして、彼女の表情を見て、俺はなんとなく察するのだ。
すごい剣幕の司教を気にもせずに。
いつも純粋、良い子だったエルシー様は。
――どこか陶然とした微笑を浮かべて、俺のことをじぃっと見つめていた。