箱入り聖女は劣等異端審問官に不貞を囁く 〜許嫁がいると告白を断ったら、聖女さまの表情が曇って倫理崩壊した〜 作:全部オレのモノォ!!
「――サイガさま!? サイガさまっ!!」
「い、いけません聖女様、お下がりを! ッぬぐぉ、身体強化!? おい、援護を!」
「あ、あぁ……! 聖女様、どうか落ち着き――グホァアッ!」
舞い上がる煙の向こうで、鈍い打撃音と痛そうな悲鳴が。エルシー様、暴れてるな?
とにかく俺は無事だと伝えねば、と。俺は力と魔力を込めて、強く腕を振るった。
すると、舞い上がった屑や埃はすぐに晴れる。
「――エルシー様。俺は無事だ。そちらは自分の警戒を」
「っサイガさま! よかった、無事だったんですねっ? お怪我は? とりあえず――【白光】、
「……無傷だけど」
「どこも痛くないですかっ? 一応もう一度……」
いらんいらん、もったいない。なんか明らかに高位の治癒魔術が飛んできたぞ。これ確か四肢の欠損とかまで治るやつ。
でも、エルシー様に怪我がなくて良かった。こっちに来ようともがいて神兵に取り押さえられてるくらい元気だ。大変そうだけど、危ないからちゃんと抑えといてよ……。
あとは……部屋の隅に逃げた司教が震えながら喚いてるな。
「ひぃぃい! 早く敵を始末しろッ。早く、サイガァ!」
はいはい。言われなくても。
さてそれじゃあエルシー様が神兵たちの拘束を解く前に――――うちの大事なお姫様を狙った不届き者を、確実に……。
俺は腰の剣を抜く。丹田、四肢、剣身へと魔力を流して循環。壁に空いた大穴の先を睨み、全方位へ警戒を残しつつ歩き出した。
直後、背後から聞こえる神兵の悪態。
「……聖職者のくせに剣なぞッ。自分自身が一番異端――――ッあぁいや! 違うのです聖女様! 今のは別に……うおわ!!」
気にしない気にしない。エルシー様がなにやったかなんて。……さ、早く片付けるぞ。
で、敵はと。俺が穴の側まで近寄った時だった。
「――らぁああ! 氷キックぅぅぅう!」
巨大な魔力の反応が俺に突っ込んでくる。ちょうど小柄な人間くらいのサイズで……というかまさに人間だった。
冷気をまとった足を先に、すごい勢いで横っ飛びに突っ込んでくる。
「ッまったく。魔族ってのはみんなこう、血の気の多い……!」
肉体派ばっかだほんと。教会みたいに権謀術数渦巻いてるよりはマシかもだけど。
ッと、着弾! ちっちゃいのに凄まじい重さだ……!
「ぉおお、止められてるぅ! ボクのサイキョーキックを……って、おわぁ!? 顔、怖あぃ!!」
えぇ。怖いか?
「っ失礼な方ですね……! サイガさまはそこがいいんですよ。そのギャップが、こう――」
「……」
後ろから聞こえた熱弁は知らないふり。
それよりも俺が集中するのは、いまもなお蹴り足を剣身に押し付けてくる小柄な少女だ。紺色の髪の下には薄青い肌、そして……額から伸びる小さな角が見える。
そんな彼女は俺の顔を見て慄き、あからさまに蹴りの威力を減衰させた。
「……複雑だけど、好都合」
剣を握る手にさらなる力を込める。剣越しに体を冷凍せしめんとする冷気は魔力でレジストして。
俺は思い切り剣を振って、襲撃者をエルシー様たちと反対側へ飛ばす。
しかし、その青鬼はクルクルと回転しながら飛んでいき、地面へと上手く着地した。そのまま俺たちは視線をぶつけ合って膠着状態に。
うーむ。すばしっこそうかやつだし、こうなると面倒だなあ。とりあえず、再度の交錯の前にできるだけ情報を。
「――お前はいったい、誰の指図でここへ? なぜエルシー様を狙う」
「うおぉ、めちゃ怖い。……えっ、いまボクに言ったぁ? えっとなー、ボスの名前は言えないけど……目的くらいなら」
ほう。まあ、目的なんて正直分かりきってるけどな。
これまでの刺客も全員そうだったけど、信じられないことに、人魔大戦が終わることを望まないやつは多い。ならどうするかというと、人と魔の橋渡し役であるエルシー様を消せばいいって。
これ以上泥沼の争いを続けたいなんて、本当に碌でもないことだと思う。だから俺は……この命にかえてもエルシー様を守らなきゃいけないんだ。
それじゃあまあ、いつも通りに殺さず捕らえて、と思ったその時だった。
視線の先の青鬼が、意外なことを言ったのだ。
「ボクのターゲットはねえ。聖女じゃないよ」
「なに……?」
「ボクが狙ってるのはぁ……」
耳を澄ませる俺の前で、青鬼は小さな体をさらに屈めて前傾姿勢に。そして――
「――――難攻不落の護衛、『鬼面』のサイガ……アンタだよっ!」
まるで魔弾の魔術がごとく、目にも止まらぬ速さで地を駆ける青鬼。
俺はそれをただ驚愕とともに見るだけ。
「俺をッ? なぜ……!」
というか「鬼面」ってなんだ。もしかして、さっき俺の顔が怖いとか言ってたことと関係してる? ふざけたあだ名つけるなよ、鬼はお前だろッ。
そう不満に思えども、もはや言葉を交わす時間はない。
辺りを強力な冷気が包んでいく。そして瞬きの間もなく、俺だけに向かって高速で飛来する青鬼。
気づけばすでに、彼女の拳は俺の眼前へと迫り……――――
そうして――――俺の目の前で、床に横たわる少女がひとり。
「……うお〜、強すぎだろぉ。えっ、ほんとにすごい、なにされたかわからんかった……」
目をまんまるに開いて、青鬼の少女がそう感嘆する。
悔しさとか悲壮感とか全然ない……。むしろ、どこかやり切った感とか、俺に対する尊敬みたいな感情すらありそう。
魔族って基本脳筋だから憎めないんだよなあ。エルシー様を狙ったわけじゃないと言うからなおさら。
俺に悪感情向けてるのはどっちかっていうと――
「――ど、どうなっているのだあの男……。なにも見えなんだ……」
「そ、それは…………ッですが司教! 見てください! あの男、相手は下賎な魔族とはいえ幼い少女を一方的に打ち据えるなど、聖職者にあるまじきッ」
「まさに狂人。やはりか弱い聖女様に近づけるべきじゃないんだ……!」
神兵複数人がかりじゃないと拘束できない聖女様ってか弱いかな?
「サイガさまお強い、かっこいい……。なのに、もう他の方のものだなんて――恨めしい。どうやったら永遠にわたくしと一緒に……?」
ちょおお、それ司教たちの前で言わないで! 俺殺されちゃうからッ。
ああもう。エルシー様から目を離すのはひやひやするからさっさと終わらせよう。
俺は下から見上げてくる少女に向かって問いかける。
「――おい。もう一度聞くぞ。なぜ、俺がお前のターゲットに? 誰に命令された」
そう尋ねたはいいものの。俺も、青鬼の少女がすぐ吐くとは考えていなかった。
だが、あまり後ろめたいと思っていないのか、それとも勝者には従うという価値観からか。少女は存外素直に口を開く。
そして、返ってきた衝撃的な言葉に……俺は目を見開くのだ。
「――――殿下が。王太子殿下が言うんだもーん。和平の邪魔するアンタを消せって。……ぃつつ」
「……は?」
穏健派筆頭の王太子が!? それに、俺が和平の邪魔だとッ?
予想だにしない黒幕から、知らぬ間に大罪人にされている俺。周囲の視線が痛い。
さすがに人類平和の敵扱いは心外だ。王太子の誤解を解いて、無事和平を成立させることに全力を注がねば。
そんな、思わず緊張感が増す返答を受けて。真剣度を数段上げた俺は、なんだか緩い刺客へ質問を繰り返すのだ。
少し前から、背後のエルシー様が妙に静かになったことに……気が付かないまま――――