箱入り聖女は劣等異端審問官に不貞を囁く 〜許嫁がいると告白を断ったら、聖女さまの表情が曇って倫理崩壊した〜   作:全部オレのモノォ!!

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第6話

 

 俺は、エルシー様ほどの善人は見たことがない。

 

 白神様の加護を受け、類まれな神聖魔術の才能を持って生まれた。あらゆる怪我や病を治す力があって、教会のバックアップで生活に困ることもない。

 

 ……でも。たぶんそれは、エルシー様にとっては嬉しいことじゃなかったと思う。

 

 加護持ちと分かってすぐに親元を離されて、聖女としての厳しい教育を受けて、自由に外も出歩けない。常に誰かの目があり、癒しの力が欲しいときだけ周囲の都合で連れまわされて。

 

 きっと、大聖堂の窓から見下ろす街の営みを、何度も羨ましいと思っただろうな。

 

 そんな、普通の人ならきっと酷い人生だと思うような目に遭ってなお…………エルシー様は善人だった。少なくとも善人であろうとしてた。

 

「――正しい人なんていないと思ってた教会の中枢で。俺と同じ地獄にいながら、唯一光を失っていなかった……救いだったと。そう、思ってたのに……ッ」

 

「あぁあ、ぁあ……っ。ちがうんです、わたくし……っ! ううううう!」

 

 なぁ、エルシー様。あなたはあの教会の豚どもとは違うと、そう言ってくれ。いつまでも俺の光で、憧れで…………たった一つのよすがなんだって。

 

 なぁ、エルシー様………………。

 

「ぁ、ぁ……ぅ……。い、イヤ、そんな目で……。そんな目で、見ないで、ぇ……――っ」

 

 正しくないなら、どんなに嫌でも正さなきゃ。……けど、ほんとにそうなのか? あのエルシー様が? いやでも、戦争の終結を遅らせるなんて、それは。

 

「――……おいロコ、なんだあいつらは? こんなところで仲間割れか?」

 

「うーん、わかんない」

 

「主人が泣いて護衛に縋り、護衛はなにやら物騒な気配を主人に向けている。意味が分からんぞ! ……やはり『鬼面』、あの男が我らの障害かッ!」

 

 外野がうるさい。クソ、お前たちのせいでこんなことになってるんだぞ。俺はただ、エルシー様を守っていられればそれで良かったのに――

 

「――おい。今度は僕の方へとてつもない威圧感が! もはやこれは怨念のレベルだぞ」

 

「謝ったらー?」

 

「王太子が簡単に頭を下げられるか……! しかしまあ、なんとも情緒不安定な男だッ。聖女殿め、理想のために己を危険に晒すだけでは飽き足らず、一の護衛として獅子身中の虫を飼っているのか?」

 

 ……理想のために、己を危険に晒す?

 

 王太子のセリフに、いくらか頭が冷える。

 

 もしかして、エルシー様の行動は俺が思ってるような理由じゃなく、誰かを思っての行動だった? ……これはやっぱり、一度エルシー様に詳しい話を、と。

 

 そう思って、俺に縋りついて何ごとかを繰り返し呟いてるエルシー様に視線を向ける。一度落ち着いて話を……お、落ち着いて、詳しく…………いやこれ、こんな状態じゃエルシー様が冷静に話せるとはとても……。

 

「ぁ、ぁぁ。ちがうちがうちがう、わたくし、ぁ、あぁぁぁ――」

 

 表情が抜け落ちて、光が消えた目から涙だけ流してる。とにかく一度落ち着かせないと……。

 

 そう、思った時だった。

 

 執務室の奥、テーブルの後ろで立ちあがる細身の男――王太子グリード・カルガリー。彼は難しそうに眉間にしわを寄せながら、俺たちに向かって言うのだ。

 

「あぁもうよい、僕から説明する! いま聖女殿を失うわけにはいかんのだ。この世界の平和のためにも、僕自身のためにも……」

 

 厳しい表情で首を振る王太子。

 

 彼は俺たちを順番に見てから、語り始めた――

 

 

 

 

 

「――少し前のことだ。ずっと書類上でやり取りしていたそこの聖女殿から、頭を抱える提案が来たのは」

 

 そう言って。王太子は語り始めた。

 

「内容は『終戦調停の合意を遅らせて、その間に魔国内の意思決定統一を図らないか』、だ。要は、魔国の穏健派筆頭の僕と、過激派筆頭の弟、第二王子で仲直りしろと言っているのだ」

 

 ……。それで?

 

「表向きの理由は、一部勢力が納得できない形だけの調停ではなく、関係者全員が受け入れられるものにすること。確かに、我ら穏健派と過激派は未だ相容れず、僕が終戦を半ば強引に進めている。このまま進めたとて、魔国内で意見が割れるのは避けられんだろうな」

 

 その話はなんとなく聞いてる。……じゃあエルシー様は、終戦をより良い形にすべく、必要な期間を取ろうとしてるだけなのか? 俺の心配は杞憂?

 

 そう考えた瞬間だった。王太子は鋭い視線を僕達に向けて、「しかし」と続けるのだ。

 

「魔国一の頭脳と呼ばれるこの僕には分かるぞ。聖女殿の普段の行動、利害関係……そういった情報と繋ぎ合わせれば見えてくる――」

 

 そして。王太子は、その細く滑らかな指をビシッと俺たちに向けて言った。

 

 

 

「――――聖女殿は……この僕に、恋をしている!! 間違いない!」

 

 

 

 え。はっ?

 

「考えてみれば簡単なことだった。聖女殿にとってこの王城は敵地。調停が遅れるほど命の危険は増す。……確かに穏健派と過激派の意思を揃えた方がいいのは間違いないが、それは調停後に聖女殿が帰ってからできないことでもない」

 

 王太子は「だというのにッ」と、なぜか熱くなった様子で続ける。

 

「聖女殿は危険を承知でここに残る決断を下した! それは何故だ!? 本当に理想的な調停を成すためだけか!? ……否! そこには――――魔国を去って僕と離れることを厭った、愛があったのだッ!」

 

 ええ? でもエルシー様は俺に告白してくれて……。

 

「エルシー様、王太子は真実を言っているので……?」

 

 思わず、ぐずぐずと泣いているエルシー様に問いかける。返事があるとは期待してなかったけど、すぐ反応があった。

 

「――ちがいます……! わたくしが好きなのは、サイガさまだけ! っ信じて、くださいぃ……!」

 

 おぉ、もう、そんな泣かなくても。ああもう分かったから、涙拭いてほら、鼻水も。

 

「んっ、グズ、……あ、ありがとうございます、ぅ……」

 

 ごめんね俺のハンカチなんかで。

 

 で? 頓珍漢な王太子よ、なんか反論は? というか、それでなんで俺のこと狙ったんだよ。

 

「あちゃあ……ボス、おバカモードだったなー。いつもは頭良いのに、美人に目がないんだもん。あんまり気にしないでねえサイガ」

 

「……ただの色ボケか? 俺を狙ったのも私怨――」

 

「――私怨ではないッ! 僕には分かるぞ! お前は、お前も……ッ聖女殿のことを好きなのだろう! だからこそ、そうまで狂った忠誠を捧げられるのだ!」

 

「はッ……?」

 

 あ、いまエルシー様が一瞬ピクッと反応した。ちょっとあいつ止めてくれる?

 

「襲いくる過激派の刺客を千切っては投げ、千切っては投げ……しかも、打ち倒した後に命を奪う責任も果たさない! これでは彼らもコケにされたと意固地になり、我が穏健派の主張から遠ざかるばかりだッ。聖女殿の意思にも反していよう!」

 

 え? わざと殺さず帰してたのに、逆効果だったの!? どんな戦闘民族だよッ。

 

 とにかく誤解を解いてほしいとエルシー様に視線を向けるも、ずっと俺に縋りついてて顔が見えない。さっきちょっと反応してたよな? なんかいまの様子がわざとらしく思えてきたぞ……!

 

 俺はなんとかエルシー様に話を取りなしてもらうべく声を掛けようとする。

 

 しかし…………その時だった。

 

 視線を逸らしていた俺の正面から――――濃密な魔力が、勢いよく立ち昇った。

 

「構えろ、鬼面。聖女殿を泣かせるその悪辣さ……もう我慢ならんッ」

 

 そして。王太子は俺を鋭く睨み、言うのだ。

 

 

 

「聖女殿を賭けて――決闘だ……!」

 

 

 

 もう、いろいろメチャクチャなんだけどッ?

 

 

 




実は主人公、聖女様の厄介オタクだったりする。
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