箱入り聖女は劣等異端審問官に不貞を囁く 〜許嫁がいると告白を断ったら、聖女さまの表情が曇って倫理崩壊した〜 作:全部オレのモノォ!!
――決闘場の中央で、膨大な魔力と魔力がぶつかり合っている。
馬鹿げた規模のそれを見て、観戦者であるロコは思う。
「うちのボスはともかく。サイガって、ここまで強かったんだ……!」
本当に驚いている。まさか、人間がロコたち魔族に比肩……どころか上回るほどの魔力を持っているとは。
そしてその膨大な魔力量に見合った、凄まじいまでの出力が――
「――ぜんぶ、身体強化に……っ」
そう呟いた直後。
ボスが放った業火に向けて、サイガは魔力で輝く剣を振るった。すると――まるで炎を斬ったように。ボスの魔術があっという間に掻き消える。
「んな……ッ! この僕の【獄炎】を、ただの剣の一振りでだと!? 鬼面め、いったいどんな小細工を!」
「小細工? ――ただ力いっぱい剣を振っただけだ」
「バカな! 【獄炎】は対象を燃やし尽くすまで消えぬ炎だぞ!」
ボスが信じられないという顔で反論する。だが、目の前の光景が事実だ。
今のはおそらく……本当に、ただの剣風で炎を吹き飛ばしただけ。その証拠に、左右に分たれた炎は壁や床に着弾し延焼していた。
ボスはすぐに炎を消し、決闘場の術式を壊さないようにしたみたいだが、そうしなければ魔術の効果通り燃え続けていたのだろう。
実際、次々に炎を繰り出すボスに対して、サイガが剣を振るたびに炎が吹き飛ばされている。
「小細工使ってるのボスのほうなのに……ぜぇんぶ力で破壊、って感じ! ボクとやった時よりずっとすごい……!」
ロコが襲った時も、確かにすごい反応であらゆる魔術や近接技を潰された。ただ、いまのボスが見せる魔術は、決闘場の付与術式のおかげもあって、ロコのものより数段上だ。それこそ普段はともかく、今は一派閥の長に相応しいだけの力量を見せているのに。
「これが……聖女を守る最後にして最強の防衛線――鬼面のサイガ!」
ロコと戦った時や、過激派の刺客を撃退した時は、まだ実力を隠していたのだ……!
ロコは普段のおちゃらけた態度も忘れ、サイガへ警戒の視線を向けるとともに、ごくりと喉を鳴らした。
これは厄介だ。サイガを排除するという目的がどれだけ難しいか、いまになってよく分かってきた。
……実は、今回サイガを襲ったのは、ボスの勘違いによる命令という理由だけでなく、ロコなりに考えた結果だった。
穏健派の重要戦力であるロコは、その自覚を持って他勢力の偵察に余念がない。当然教会勢力のことも調べていた。
あの、一見穏やかそうな聖女がサイガに向ける、ドロドロした欲に満ちた視線。
同じ女として気づいていた。――聖女はきっと、サイガのことが好きなんだと。そして、最近の聖女はどこか様子がおかしく、その原因がサイガとの関係にあるだろうことも。
だからロコはボスの頓珍漢な命令をこれ幸いと、上司とは別の考えのもとサイガを排除しようとした。
その別の考えとはつまり――――恋に狂った聖女が、サイガのために魔と人の和平を蔑ろにすることを未然に防ぐべく……だ。
「ボクだって、
これは……サイガを倒すことなど可能なのか?
ロコはもはや呆れた視線を主人とその敵へと向ける。
そこには、運動が得意でないボスが、固定砲台よろしく膨大な炎を撒き散らし続ける様が。そして対するサイガは……その全てを律儀に剣で切り裂いて、情けなく悲鳴を上げるボスに吶喊する。
「ひいいぃ! こ、こちらへ来るな……!」
「ッく……!」
その度、ボスは全方位隙間なく分厚い炎を放出する。さすがにアレはサイガといえど破れないようだが、どう見ても消耗が大きすぎる。身体強化しか使っていないサイガより魔力切れが早いだろうことは明白だった。
なにか、外野からでもボスの助けに……と。苦し紛れに、ロコは隣の聖女から情報収集できればと口を開く。
「ねえ、聖女さまー。ちょっとサイガ強すぎだよぉ。ボス可哀想だし、もっと手加減とか――」
「……も……です」
「え? なんて……」
「――――わたくしも、知らなかったんです。サイガさまがここまで強かったなんてぇ……っ! ううう〜!」
そう、絞り出すように言った聖女は。好いた男に隠し事をされていた女のように。彼のことなら何でも知っていたかったと言うかのように。ドロドロとした感情をもはや隠そうともせず、その紫苑の瞳を見開いてサイガを見つめる。
……ダメだこれは。下手に外からつついたら、聖女は聖女で暴発しそうな危うさがある。
これのどこが「理想の聖女」だ。ただの男に狂ったメスじゃないか。
サイガはサイガで権力者にも媚びず、それどころか場合によっては堂々と逆らう、聖女・教義至上主義者だし。そういう利害で動かない人間が一番厄介なのだ。
「もー……怖すぎるぅ、サイガぁ……」
しかし、そうも言っていられない。この厄介な二人に魔国の平和が懸っているのだ。できることはしなければ。
ため息を吐きたくなるのを堪えて。ロコはとうとう佳境に入ってきたボスたちの戦いを見ながら次の一手を考える。
と、その時だった。
ボスが、勝負に出たのは。
「――く、この……ッ! 僕の攻撃が一つも当たらないというのならば、もう仕方があるまい!」
ボスは炎を操りながらサイガを睨む。そして言った。
「今から発動する魔術は! この決闘場に備えられたものの中でも、使うことはないと思っていたものだ……! 相手が僕と同じ魔族であるなら使う意味がなかったッ。だが、人族である鬼面、お前が相手なら話は違う!」
そう言いながら、炎を消したボスは指先に魔力を灯す。そして叫んだ。
「――抗魔力結界、起動……!!」
その瞬間。
この決闘場の中から――あらゆる魔力が霧散した。
「なッ」
それは当然、いま発動していた魔術の消失という結果に繋がる。すなわち、決闘場のそこかしこで燃える炎も、サイガがまとう身体強化の光もだ。
「フゥハハハ、どうだァ! 我がご先祖の手による高等結界はァ! こうなっては、素の肉体性能だけがものを言う勝負だ! 勿体ぶって他の魔術を使わなかったのは失策だったな鬼面よ! 種族としての強度の差でお前などボコボコに――」
そう得意になって笑うボスに対して。「あっ」と声を出すロコの視線の先で、サイガがボスへと突進する姿が。
身体強化が解けたとは俄かに信じられない。そんな訳はないのに、先ほどまでと遜色ないように見える凄まじい速度。
「ッひゅ……」
当のボスはというと、迫る鬼面を見て声も出せず鋭く息を吸うのみ。
そうしてサイガが、地を駆けながら綺麗なフォームで、弓に矢を番えるように拳を引いて――
「――まあ、死ななければいいか」
「ッま……!」
まるでお手本のように綺麗に。サイガは右のストレートを、ボスの頬に向かって振り抜いた。
くるくると宙を舞い飛んでいくボス。
こうして。ボスの嫉妬から始まった醜い決闘は、呆気なく幕を閉じた。
「――きゃーっ!! サイガさまぁ!」
黄色い悲鳴を上げる聖女をよそに、頭を抱えるロコは呟いた。
「こ、ここまで姑息なことして負けるとかぁ。フォローのしようもないなーボスぅ……。……………………ただ」
――気のせいだったろうか? 最後、生身とは思えない速度で駆けたサイガの足に……なにか、黒い光のようなものが見えたのは。