500年前、世界では大きな戦争が起こった。
それが、ラプラス戦役。
魔神ラプラスは悪魔として有名なスペルド族やアトーフェを筆頭とした魔族たち、それだけでなく獣族や海族を説得し、仲間に引き入れた。
そして、アスラ王国とミリス神聖国以外の国家を滅ぼしたのだ。
しかし、これで黙っている人族ではない。
現在の甲龍王ペルギウス、龍神ウルペン、初代北神カールマンなどを筆頭とした7人の英雄と人族、寝返った獣族がラプラスの本陣を強襲。
ラプラスは倒され、世界には平和が戻った。
これが今に伝わる皆が知る昔話である。
そして、これは嘘であったらしい。
どうやら魔神ラプラスは滅ぼされたわけではなく、未来の世界に転生したのだ。
だから甲龍王ペルギウスは今も空を飛びまわっているのだ。
そう白い姿をした、ヒトガミという神様はそう教えた。
そして、私は頼まれた。
転生してくる魔神ラプラスを、大きくなるまで無事に育てなさい。
と。
というのが事の経緯である。
ヒトガミ様に言われるがまま最近まで様々な人たちのサポートに勤しんでいたのだが、最近になってようやくラプラスを発見できたようだ。
かなり時間がかかってしまったと言っていた。
ヒトガミ様が私に話してくれた能力は3つ。
1つ目、人の未来が見えること。
とはいってもこれは制限人数があるようで、神様の敵とやらのせいでたまに変わってしまうらしい。
ヒトガミ様の敵については長くなるので、また今度話そう。
2つ目、千里眼。
とはいっても千里眼という名ではあるものの世界中のどこでも見渡せるらしい。
人が見ている景色も自分で見ることができるようだ。
3つ目、夢の中で出会った対象人物の思考を読むこと。
私も最初に思考を読まれたときはビビったが、今では夢に現れてくるたびそういうものかと受け入れている。
この3つの能力を使って、ラプラスを生みそうな人の未来を見て、千里眼でどこにいるかを探し、夢に招いては質問してみたりいろいろしたそうだ。
しかし、結果は芳しくなかった。
なぜか?
それは、今世のラプラスの居場所がかなり秘匿されていたからだ。
どうやら、知っている人が片手で数えられるほどだったとか。
私は人目をさけつつ屋敷の中に入った。
屋敷は人がみな寝ている時間帯を教えてもらっていたため、人に会うことはなかった。
部屋がどこにあるのかもヒトガミ様からすでに指示されていたから、あとはもう廊下をたどるだけだった。
ああ、見つけた。
彼の部屋は、屋敷の隅の階段を下に行ったころにあった。
虐待されているのかと思ったが、案外そんなこともないらしい。
部屋の外にまでおかれた靴や服、ぬいぐるみ。
冷めきった料理。
どれもこれも手を付けられていなかった。
部屋のドアからは少し光が漏れていた。
こんな夜更けだというのに、まだ起きているのだろう。
私がばっとドアを開けると、飛び込んできたのは、緑色の髪だった。
ああ、本当に実在するのか。
手のひらがじんわりと汗ばんだ。
椅子に座っていたようだった。
あちらはドアが開けられたことに気付いたようで、ゆっくりとこちらを振り返った。
まるで爬虫類のような金色の目と視線が合った。
目は細められていた。
その容姿の特徴も相まってかラプラスはほかのどんな生き物も凌駕する神秘性を帯びていた。
私はその美しさに息を飲んだ。
「お前は、誰だ?」
問われたとき、私の答えは最初から決まっていた。
「初めまして、私はあなたを助けに来ました」
世界を、滅ぼすために。
言葉には出さずとも、私はその思いを胸に秘めながらにっこりとラプラスに笑いかけた。
ラプラスが生まれたのは、ここ50年ほど前から急速に力を失っていった魔術師の家系らしい。
アスラ王国の中で魔術師といえばこの家と代表されるような家だったという。
だが、50年ほど前に出されたロキシーラノア魔法大学学長やサイレント・セブンスターによる無詠唱魔術や短縮魔術をはじめとした最先端の技術を受け入れない保守派であったことで、アリエル女王の陛下の不興を買った。
断絶とまではいかないが、だんだん要職を失い、力をなくしていったそうだ。
そして、家の復権を目指すために最近では家全体で教育に力を入れていたらしい。
幼少期に魔力を消費すれば魔力容量が増えるという論文がでたことで、子どもに幼いころから魔術を使わせればよいと分かった。
普通の家はならともかく、ここは魔術師の家系。
生まれてくる子供はどれもこれも魔力の多い子供であった。
そして、たくさん生まれた子供の中に、ラプラスはいたらしい。
しかし、忌み嫌われる緑髪の子供だ。
家の名誉のためにも秘匿せざるおえず、他の場所に隠そうにも本人がそれを嫌がった。
そのため、妥協として地下に部屋を与えて半ば監禁のような扱いをしたようだった。
ヒトガミ様はそう言っていた。
さて、経緯があらかじめわかっていればこの対応もうなづける。
「助ける? 何を助けるというんだ。助けなどいらない!」
ラプラスの言葉は文というよりも威嚇に近かった。
肌がびりびりとする。
しかし、
「いいえ、私は家の者から話を聞いてやってきましたが、その目、その髪、300年前に死んだとされたラプラスに相違ないでしょう」
「……なぜ私の正体を知っている?」
「その髪色と魔力量、普段の態度も聞き及んでいたので、それを突き詰めれば正体はラプラスに違いない、と。思い至ったのはきっと私だけでしょう」
流石に緑髪の子供だとして、それがラプラスであると生んだ者たちは考えなかったのだろう。
300年前に倒された人物の生まれ変わりだとはだれも考えまい。
「本当にその情報だけでそのことにたどり着いたのか?」
「ええ、もとよりラプラスが転生するという話は聞き及んでいたので」
ラプラスの目が見開かれた気がする。
ちなみに、ラプラスにヒトガミ様のことを言ってはいけないらしい。
なぜかといえば人族と人族の神様とを天秤にかけたときに人族の神を殺す方に傾いてはいけないからだと言っていた。
私も人族の絶滅に力を入れてほしいため特にいうことはない。
「それで、何を手伝ってくれるというんだ?」
「もちろん、人族の殲滅を」
「殲滅? お前は人族だというのに同族の殲滅を願うのか?」
ああ、さすがにバレるのか。
私は耳長族にしては少し短い自分の耳を触る。
ラプラスが言った通り、私は人族と耳長族のハーフだ。
さっきから態度がすでにとげとげしかったのはそれもあるのかもしれない。
ラプラスは人族を殺すために戦争を始めたのは有名な話だ。
「同族だからこそです。私は人族が許せない。それだけです」
「そうか」
ラプラスはそれだけ言って押し黙った。
私がラプラスが人族を滅ぼそうとする理由をどうでもいいと思っているのと同じように、ラプラスも私の事情には特段興味がないのだろう。
正直人族だけではなく他の種族も、魔族も含めてみんなみんな壊してほしいのだが、今打ち明けるべきことではないのは明白だ。
私もまた自分の思いをそれ以上は述べなかった。
ラプラスもそれ以降話すこともないのか、特に何も言わなかった。
これ以上この屋敷にいるのはまずい。
そろそろ朝の早い使用人が起きてくる時間だ。
私は結論を出してもらおうとラプラスに話しかける。
「それで、どうするのですか? 私についていくか、いかないか」
「……」
おや、目が少し揺れた。
もしかしたら、それを熟考していたのかもしれない。
判断に迷っているように見える、あと少しだ。
「ここに残っていてもあなたはきっと力を蓄えることはできない。知っていますか? あなたがそろそろ復活するという噂はすでに各地の国に広められていて、今のこの国ではそのための軍隊も編成されているのですよ」
「……何?」
流石にこれは知らなかったのか、再び目が見開かれた。
そうだろう。
これはラプラスを殺そうとヒトガミ様の敵でもある龍神オルステッドやその配下が画策したことであり、内密に内密に行われているそうだ。
一般には知る由もない。ましてこんな地下に閉じこもっているならなおさら。
「それは本当なのか?」
「ええ、ここの家族は自らの名誉のためにあなたの存在を内外に秘密にしていますが、本当ならあなたは死んでいてもおかしくないのですよ」
そういうとラプラスは黙りこくった。目もつむっているようだった。
カンテラの火がとろとろと揺れる。
私にとっては数分だったが、彼にとってはそれはそれは長い時間なのかもしれないと思った。
やがてゆっくりと目が見開かれた。
「わかった。お前の誘いに乗ってやる」
私はラプラスと合意を得られてほっとする。
「ありがとう、ございます」
手を差し出すと、あちらもゆっくりと握り返してきた。
手はあちらのほうがややひんやりしていた。
ああ、ここから始まるのだ。
それが良いことか悪いことかはわからないが、私はそう漠然と思った。
ラプラスさえ手に入ってしまえばこっちのものだ。
もうこんな家に用はない。
ラプラスの荷物はどうやら少なく、魔導書を数冊持っただけだった。
ラプラスは部屋を出る扉に向き直って言った。
「ちょっと待て。痕跡は消さねばならない」
「いったい、何を?」
そういうと彼は火の玉を1つ放った。
彼の部屋の前にあったぬいぐるみへ音もなく当たると、めらめらと少しずつ燃え始めた。
やがてそれは本へ、服へ、カチカチになったパンへ燃え移っていく。
ラプラスの顔は火の光で赤らんでいたが、何を考えているのかその表情までは読み取れなかった。
ただ、その人外的な美しさは芸術作品にでもできそうだと思った。
家自体は石造りであるが、燃えるものはいくらでもある。
そのため、時間はかかるがラプラスのいた痕跡はすべて焼けてなくなるのだろう。
しかし、一緒に歩いて路地裏を転々としながら私の馬車を目指した。
そして、歩きながら分かったことが1つある。
私はさすがに人に見つかりたくないので半ば走るように歩いていたのだが、どうにもそれに対してラプラスが置いて行かれる場面が多々あった。
よくよく見れば、ラプラスの身長は私の胎ほどの背丈しかないのだ。
「ラプラス、あなた何歳ですか?」
「あまり年齢を数えてはいないが、おそらく6、7歳だ」
次々とその身体能力で敵を倒したといわれるラプラスだが、さすがにこの年では身体能力も年相応なのだろう。
ところで、商人をやっているものの子どもの服は取り扱ってはいない。
というか魔道具商人を中心にやっている私にその手の類は求めないでほしい。
子供服を他から仕入れると足もついてしまうだろう。
意外と人をよく見ている商人はいる。
「なんだ?」
「いいえ、すいません。なんでもありません」
「そうか」
私に早く歩くことを急かされて不機嫌そうなラプラスが横で反応する。
流石に体格に合わない服を着させることも却下だ。
変なところで不興を買ってはたまったものではない。
「裁縫をすればなんとか、か?」
選択肢はやはり子供服を作ることになる。
できないわけではない。
幸いにして、品質はそこそこいい私の昔の服が何着かある。
仕立て直せば行けるだろう。
しかし、世界滅亡の一歩にやることが子ども服作り。
まじで?
「……とりあえず拠点についたら生活基盤を整えるところから始めましょうか」
私はため息をつきながらそう言った。
恐らくやることはこれだけではないだろう。
人族絶滅には時間がかかりそうだと、私は頭を抱えた。