一度読んだ方でもぜひもう一度読み直してほしいです。
ゆっくりと目を開けると、そこは一面白の世界であった。
水平線の先まで白のみが続く景色は、無機質さといくばくかの不安を掻き立てるには十分だ。
なんどこの世界に来ても、目を開ける瞬間だけはなんとなく慣れない。
「やあ、久しぶり」
そして、全身から不快感を醸し出す神様と対峙する瞬間が最も嫌いだ。
私は表情を極力平静に保ちつつ、顔を対面させないように下を向く。
「……お久しぶりです。1か月ぶりでしょうか」
「ああ、そうだね。君にラプラスの場所を予言したぶりだから、大体それくらいだよ」
私は早く会話を終わらせるために、手早く要件を聞き出そうとする。
「何か用でしょうか」
「うん、君は察しがいいね。そろそろアリエルが死ぬらしいんだよね。だから、次の段階に移ってくれよ」
アリエル。
私はその名前を頭の中で瞬時にその人物を思い出す。
アスラ王国、アリエル女王陛下のことで違いないだろう。
アリエル女王陛下。
その在位期間は50年以上にもわたり、近年ご体調を崩すようになったことで表舞台に出る機会は少なくなったものの、今もなおアスラ王国の最高権力者として君臨し続ける名君である。
挙げられた功績としては、ラノア王国に留学していた時のコネクションを利用した外交。
特に最先端魔術理論の技術を国内の教育に取り入れ、王竜王国にも負けない軍事力を持ち、かつてないほどアスラ王国を繁栄させた。
歴史上例を見ないほどの女傑であり――強くヒトガミ様にあだなす組織に協力する敵である。
だから機会をうかがっていたらしいのだが、どうにも期は満ちたようだ。
「それで、私は何をすればよいのでしょうか」
「近々、君の方にもう一人の僕の使徒から使いを出す。そのときに、君に手伝ってもらいたいんだ」
「……わかりました」
話は終わったのか、ヒトガミ様は私の返事にうんうんと頷いているような感じがした。
なら話は終わりだ。
「必要なことは以上でしょうか」
「うん、そうだよ。君の考えくらい見通せるよ。言われなくてもすぐ返してあげるから」
「ああ、申し訳ありません」
この神様の、わざわざ自分の考えていることにまで言及してくるところが、やはり好きにはなれない。
私は薄れゆく意識のなか、そう思った。
誰もいなくなった白い空間のなか、ヒトガミはぽつりとつぶやいた。
「彼女も可哀そうだね。僕だったらあんな呪い、嫌だよ絶対」
ああ、あんなへんてこな呪い、自分が持ってなくてよかった。
ヒトガミはそう言って嗤った。
夜だというのにもかかわらず、私は布団から何かに急かされるように起きてしまった。
「は、はーっ、はっ」
私は深呼吸を何回もするが、なかなか呼吸が戻らない。
顔を手で覆うが、汗が手を伝って布団に染み込んでいく。
最初の頃より慣れたとはいえ、ヒトガミ様にはやはり会いたいとは思わない。
生きた心地がしないとでもいえばいいのか、とにかく私にとってヒトガミ様とは、逆らえない暴力の化身のような姿をしている。
せめて次に会うことはありませんようにと、できもしないことを願う。
私はせめて布団から出ようと頑張るが、そんな気力もなかったようで、ずるずると壁にもたれかかる。
まだ駄目だったみたいだ。
私は早く落ち着こうと棚の上をがさがさと触る。
何個かそれらしきものがある感触がわかるが、腕力も狂ってしまったのかうまくつかめない。
横の棚に置いてあった火のついていないランタンが倒れる。
やがて何枚かの封筒をつかんだ。
上に書いてある名前をぼんやりと眺め、口ずさむ。
「ロディ、エルマー、リズ、ミリィ…………」
手紙を額にくっつける。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
私は、今も大丈夫です。
毎日、頑張っています。
だから、心配しないでください。
そこまで唱え終えて、やっと手の震えが止まった。
いつの間にか息も戻り、私は先ほどまで自分が寝ていたことを思い出した。
私は手紙を片手で抱きしめ、布団をずるずるとベッドの上から降ろす。
再び襲い来る睡魔の中、私はそのまどろみに身をゆだねた。
ああ、寝るというのは本来楽しい行為だ。
夢なら美味しいパンケーキだって食べれるし、どれだけ歩いても疲れないし、海族に邪魔されずに一人で海を堪能できる。
ああ、今日の夢はなんてったって海の中みたいだ。
水中に町ができていて綺麗。
酸素も海中なのに吸え……。
あれ、私今息できてない。
「ご、ごほっ。げほっ」
私は一気に夢から現実へと引き戻される。
どうやら顔に水が大量にかかったようだった。
なんなんだ、今日はもう厄日なのか。
手紙は、私と布団の下にもぐっていたため無事みたいだ。
棚も直撃は避けられている。
その代わり私の髪と布団は犠牲になった。
私は火魔術を唱えて手早く乾かしておく。
本当は髪や綿が痛むため、あまりしたくはなかった。
斜め前を見ると、私の少し前に穴が開いている。
相当派手にやったようだ。
原因がおそらくこっちに向かってやってくる。
「ああ、なんだ、死んでなかったみたいだな」
「ええ、おかげさまで。なんでこんな日に死にかけるのかもわかりませんが」
ラプラスに向かってやけくそで言ってみたが、どうやら聞く耳をもたないようだ。
私の言葉が終わる前に駆け足でどこかへ行ってしまった。
生存を確認しに来ただけであるようだ。
耳を澄ませると、どこかから水が落ちる音が聞こえる。
恐らく水魔術を使って威力調節をミスしてしまったのだろう。
最初は今からでも人に危害を加えようとしていたのだけれど、力を蓄えることが優先だということと、現状について説明すると、それに納得したようだった。
それからというもの、ラプラスはずっとこうだ。
魔術を使い、倒れたところを私が布団に投げ入れて、起き上がっては魔術を使う。
それ自体は最近提唱された魔力量の増強の理論にのっとっており、とても効率的だと思う。
それだけではない。
なんでも本人が言うには、幼少期にでしか魔術の感覚というのは磨けないらしく、それをやることで魔術の反射速度とでもいえばいいのか、発動の速さを上げているようだ。
「はあ、まったく」
私はため息をつく。
ここは旧貴族の屋敷を買い取ったものだ。
それなりに大きく、貴族街や平民のいる場所、果てはいざというときの脱出経路まで近くにあるため重宝している。
他のヒトガミの使徒から安く回してもらっているし、ラプラスを回収するまでにすでに金策をしているため、100年程度なら平民が生活に困らないくらいの財産は持ってはいる。
しかし、物は大切に使ってほしいと思う。
だが。
外で魔術を使うことも、私たちはままならない。
「……」
私は窓に手をあて、外を見上げた。
今日は飛んでいないが、まれに空が巨大な人工物に覆われるときがある。
空中要塞ケイオスブレイカーだ。
彼の城主、ペルギウスは、今もラプラスが生まれていないか虎視眈々と地上を睥睨しているようだ。
なんの遮蔽物もない外で大規模な魔術をやってみろ、使い魔がやってきてなすすべもなくやられてしまう。
私たちが外を堂々と歩くことは、きっと許されない。
そこまで考えて、私はぶんぶんと頭を振り払う。
いけないいけない、後ろ向きになりすぎていた。
他の前向きになれることを考えよう。
人族滅亡計画の内容とか。
さて、ヒトガミ様の情報は未来視とだけあってとても頼りになる。
怖い神様ではあるが、その能力は本物だ。
今まで大体の情報は外したことがない。
さて、昨晩、ヒトガミ様はアリエル女王陛下がそろそろ崩御すると言った。
この情報が事実なら、そろそろ次の後継者争いも決着がつくだろう。
これでヒトガミ様にあだなす龍神陣営の戦力ももげる上、魔術部隊の力までそっくりそのまま使えるようになるため、だいぶ有利になるだろう。
ちなみに、私の望みが人族の滅亡だということは、ラプラスとヒトガミ様以外誰にも言っていない。
しかし、ラプラスも自身の願いは人族の滅亡だというし、ヒトガミ様も敵の龍神さえ殺せるならほかのことはかまわないと言っている。
そう、龍神だ。
ヒトガミ様の敵はどうやら龍神とその仲間たちであるらしい。
このままでいくとなすすべもなく殺されてしまうのだと、ヒトガミ様は言っていた。
私自身にとっても、ラプラスを殺しかねない龍神という存在は、他のどんなものよりもとびぬけて危険だ。
だから、私は龍神陣営の力をできる限り削いで、ラプラスが勝てるようにしなければならない。
そして、それが終わればこの世界に事実上ラプラスよりも強い生物など存在せず、たとえどんな強靭な人物がいたとしても、人が束になってもラプラスには敵うことがないはずだ。
そして、龍神を倒した勢いのまま、他のヒトガミ様の使徒も含めた人族たちをすべて平らげると。
私のなかではこんな感じの計画である。
そして、これをかなえるためにはどんな手段も使っていかねばならない。
それから何日か経った頃、家に一通の手紙が届いた。
宛先は知り合いの人神の使徒からだった。
どうやら準備が整ったらしい。
本当は人のいるところは本当に苦手なのだけれど、目的をかなえるためだ。仕方ない。
私はその言葉を頭の中で何回も何回もつぶやきながら、指定された日を待った。
王城で私は私の役目を果たさなければならない。
しかし、心配なことが一つ。
水魔法を十分に習得し、風魔法を十分に習得したラプラスの次の目標は火魔法であるらしい。
そして、それに伴ってカーテンや服が燃える事態が続出している。
「ラプラス、家は燃やさないでね」
「心配するな。家を水魔法で覆えば大丈夫だ」
そういうことじゃない。
私はなにかの笑みを浮かべることしかできなかった。
帰ってきて家がなくなってたらどうしよう。
私はそんな心配を抱えつつ、馬車に乗った。