破壊兵器と人神の使徒   作:かっぱえびせん 

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すいません、こちらの不手際で前回の話は冒頭を消したまま投稿してしまいました。
9月11日に修正はしていますが、それ以前に読んだ方はもう一度読み直していただけると幸いです。


クリスティーナ・アスラ・アネモイとボレアス家当主

馬車に乗り、着いたのは一家の屋敷だった。

中に案内され、私は一人の老人と握手を交わした。

 

「こんにちは、ドミニク・ボレアス・グレイラット様」

「ああ、よろしく」

 

白い髪をしているが、その中に赤の髪が少し混じるガタイのいい初老である。

彼はフィットア領を治めている、現ボレアス家の当主だ。

 

そして――――。

 

「先日、神様からお告げがありましたもので、貴方をご招待させていただきました」

「ええ、私もです」

 

彼もまた、ヒトガミ様の使徒である。

 

ヒトガミ様に従う理由は人によってさまざまだ。

 

ある者はヒトガミ様への恩義から、またある者は力が欲しいという欲望から、またある者はヒトガミ様自身に心酔しているがゆえに付き従っている。

 

私は最後の一つを除いた理由からヒトガミ様に従っている。

ヒトガミ様は他者から無条件で信頼されるという能力を持っている。

私にはそれは効かないし、むしろ逆効果ではあるものの、ヒトガミ様のお姿を見るだけで忠誠を誓う者もいるんだそうだ。

 

そして、今私が対面している相手、ドミニク・ボレアス・グレイラット。

彼はどうやら地位が欲しくてヒトガミ様に従っているようだ。

 

魔物の大量発生が起こる中、なぜか、たまたま私兵が近くで訓練をしていたために被害を迅速に抑えることができた。

 

飢饉が起こる年に、なぜか、多くためていた食料を民のために開放した。

 

また、領内のダンジョンにいち早く気が付き、なぜか、前もって備蓄していた資材で迅速な観光地化や冒険者ギルドの建設を行った。

 

ヒトガミ様の未来視で見た結果から実際にそれを実行する手腕はとても見事であると思う。

 

「ところで、今の情勢はどうなっているのですか」

「ああ、もちろん。大分優勢ですよ」

「そうですか」

 

彼は第一王子を支援している。

最初の方は劣勢だったようだが、今は違うみたいだ。

彼の口角はとても上がっていた。

 

「それもこれもヒトガミ様のおかげです。未来を見えるというのは便利なものですね。私はとても助けられてきました」

 

彼は紅茶をくるくるとかきまぜた。

最近さらにヒトガミ様に心酔するようになったように見える。

これで下手なことを起こさなければいいと思うが、私が言うことでもないだろう。

 

「それで、私を呼んだ理由はなんですか?」

「私の客人として今夜のパーティに招かれてほしいのです。もちろん、貴方の能力を頼ってのことです」

「分かりました。私にできる限りやりましょう」

 

私の能力はあまり使いたくないものの、ヒトガミ様のためには仕方がないだろう。

彼は私の返事にほっとしたような顔を浮かべた。

そして、ポリポリと頬を掻いて申し訳なさそうな顔をしながらもう一つ頼みごとをした。

 

「そして、その、申し訳ないのですが、パーティではなく商人としていってもらいたい場所もあるのです」

「商人として? パーティでは会えない人物なのですか?」

「ええ、なにぶん敵対勢力にいる人物なので」

「ああ」

 

彼の顔色は少し暗かった。

敵対勢力か。

もしかしたら、敵対勢力に嫁いでしまった血縁か何かなのだろうか。

 

まあパーティでないので自分から会いに行く必要はあるが、別にできないことではない。

商人として行く分には大丈夫だろう。

商人が貴族に良い品を買ってもらうために押し掛けることはよくある。

その中で敵かどうか確認すればいいだけだ。

 

「それで、相手はなんという名前なのですか?」

「申し上げにくいのですが」

 

彼は、一拍空けていった。

 

「――――クリスティーナ・アネモイ・アスラ王子妃です」

 

「…………なるほど」

 

私は震える手で飲んでいた紅茶を皿におろした。

 

彼女は、まごうことなき私たちの敵だ。

 

私はほっと一息つくどころかため息をつくことになった。

 

クリスティーナ・アネモイ・アスラ。

 

こう書くと、なんだ、ただのアスラ王族の一人じゃないかと思うだろう。

 

彼女はアスラ王族の一人に嫁入りしているため、結婚前の苗字は違う。

 

クリスティーナ・グレイラット。

 

こう書いても、なんだ、アスラ王国内で有名な四大貴族、グレイラット家から嫁いだ人なんだなとしか思わないだろう。

 

なら、ここに親の情報も足してみよう。

ついでに肩書もトッピングだ。

 

『龍神の右腕』ルーデウス・グレイラットと『狂犬王』エリス・グレイラットの娘、クリスティーナ・グレイラット。

 

ほら、これで危機感もわかっていただけただろうか。

要は、ヒトガミ様の敵陣の幹部の子供なのである。

これは警戒しないほうがおかしいだろう。

彼女の親はすでに故人であるが、もしかしたら血族ということで裏のつながりがあるのかもしれない。

 

だが、もっと言えば彼女は第三王子エドワード・アスラ・アネモイという、彼の担ぎあげる第一王子の対抗馬の妻である。

わざわざ接触する必要はあるのだろうか。

 

ヒトガミ様は前に言っていた。

 

ルーデウスの子孫たちにはうかつに何もしないこと、させないこと。

彼らのやることなすことすべてが龍神の利になってしまうから、と。

 

「ええ、わかりました」

 

ドミニクさんは何を考えているのだろうか。

 

これでクリスティーナが味方陣営だったら、どうするのだろう。

これで敵陣営なら、彼女を殺してしまうのだろうか。

 

私は真意の見えないまま、情報を得るべくその依頼を受け入れることにした。

 

パーティの方はつつがなく行った。

美味しいものを食べて機嫌のよくなった貴族の方々に近づき、今のボレアス家についてどう思いますかとそれとなく話しかけ、反応を見る。

これを何回も繰り返すだけで、情報は難なく集まった。

 

なんといえばいいのだろうか。

当主だから、ボレアス家だから従うというか、ボレアス家に従っていれば他の家より甘い汁を吸えるから集まっているといった感じだ。

しかし、甘い汁を吸えるから付き従っているという人が多いのもまた事実。

 

アリエル女王は他家にも魔導部隊の整備を勧めていたが、他国からの輸入品が多く占められている魔導部隊は平時では金食い虫だ。

甘い汁を吸えるからというと人聞きが悪いが、恐らくどこも経営第一なのだろう。

 

この情報を渡すと、ドミニクさんは眉間を抑えた。

「はあ、なり手がいなかったため私が当主になりましたが、いやはや……」

「まあそんなものでしょう」

「だといいのですが……」

 

問題の内部の敵のあぶり出しだが、口の悪い人が何人か見受けられただけで、別にあちらに情報を売ったり寝返ろうとしている人はほとんどいなかった。

恐らく派閥の中でも中枢にいる者たちをパーティに呼んだのだろう。

 

第一王子の優位がこれから揺らぐことはないと思う。

 

「さて、クリスティーナ様にはどう行った方がよいでしょうか。本当になんの伝手もない商人として尋ねればよいのか、それとも、ボレアス家の紹介として行けばよろしいですか」

「そうですな、ボレアス家の紹介で行ってもらってよろしいでしょうか」

「わかりました」

 

ボレアス家の紹介でもいいということは、断られない確証があるのだろうか。

実は裏切ったりしてないのかと疑いをかけつつ、ヒトガミ様が何も言わないので実際そんなことはないのだろう。

 

事情を知れないことをもどかしく思った。

 

パーティから3か月程度たち、私は王城の近くに建てられている屋敷に赴いた。

 

「こんにちは。はじめまして、クリスティーナ・アスラ・アネモイ様」

「こんにちは、はじめまして」

 

クリスティーナはそう言うと笑って返事を返した。

ボレアス家の紹介だから警戒していると思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。

むしろこちらに好意的であるように見える。

 

「座りながら挨拶をして申し訳ありません。何分、腰を今悪くしているのです」

「ああ、話は伺っています」

 

クリスティーナ様も、だいぶお年を召されている。

確か、54歳だっただろうか。

 

アスラ王国は基本的に王様、女王様が死んでから後継者決めを行う。

アリエル女王が長寿であってしまったために、今の王女、王子もまたそれなりに年を取っており、下手すると孫までいる人も多い。

 

「最近はどうでしょうか。司法大臣としての活躍が目覚ましいのだとか」

「いえいえ、私は全然。貴族の皆さんを納得させるのが難しくて……」

 

年齢がわからないほど、姿かたちは美しく、圧倒的な品位こそあるように見えるが、その声は疲れているように見えた。

私は王城内での今持ちきりの話題を振ってみる。

 

「そういえば、たまたま平民の中で貴族を殺す不届き者が出たとか」

「ええ、そうですわ。やっと平民に対する刑罰を軽くできる法ができたという矢先に……」

 

クリスティーナが足に添える手にぎゅっと力を込めた。

彼女はどちらかと言えば貴族派というより平民派だ。

ルーデウス・グレイラットが興した家が爵位を持っていないことも理由の一つであると思うが、心の優しいお方だと聞く。

おそらく平民の置かれている現状に納得のいかなかったのだろう。

 

この世界の平民の人権はひどく軽い。

貴族が黒と言えば黒で、白と言えば白だ。

全員とはいかないが、強権を振りかざす貴族はいる。

私は過去に問題が起こりそうなときは金を払うことで黒を白にしていたが、普通の平民はそうはいかないだろう。

黒をひっくり返せる力はなく、命は吹けば飛ぶようなものであった。

 

彼女は司法大臣としてその現状を変えようと奔走していたと聞く。

しかし、法律の決定直前になったタイミングで、なぜか、平民が貴族を殺すという事件が発生。

しかも、死ぬ貴族は毎回多くの貴族に名の知れている人物であり、平民は毎回自死してしまっているため事情を聴くことさえままならない。

 

結果として、法律は多くの貴族に否決された。

 

彼女はそれ以外にもいろいろなことに積極的に取り組んだというが、なぜか、いつもタイミングが悪くことごとく失敗している。

エドワード王子も同じ感じであるようだ。

 

正直に言って、貴族社会である彼らはどちらかと言えば大臣という立場ではあるが本来よりも軽く扱われてしまっている。

 

そのため、アリエル女王が代替わりを頑なにせず、今の年齢まで王位を保っている。

 

紅茶も半分まで減ったところで、私はメイドに頼んで今日持ってきたものをここまで運んでもらうことにした。

布をかぶせられた魔道具が到着したところで、待ちきれなくなったのかクリスティーナが質問してくる。

 

「ドミニク様に依頼されたと聞いていますが、今日はどんな品を持ってこられたのですか?」

「それはもちろん、魔道具を」

「魔道具?」

 

少し警戒をしたような気がするが、それよりも好奇心で心が動いているのではないかと思う。

クリスティーナは笑っているように見えた。

 

「ええ、クリスティーナ様のために作られた一品になります」

 

私はそう言って魔道具を取り出した。

その手にあったのは、一本のペンだった。

クリスティーナは困惑したように見えた。

 

「ザノバ商店に発注されたクリスティーナ様専用のペンとなります。私が今日は説明に参りました」

「私、ペンは重いからあまり好きではなくて」

「はい、承知しております。しかし、これで紙に文字を書いていただけますか?」

 

クリスティーナに持たせると近くにあったメモ用紙に文字を書き始める。

徐々に慣れてきたのだろう。

クリスティーナは一心不乱に文字を連ねていた。

メモ一枚分程度埋まると、気が済んだのかこちらを見た。

 

「この魔道具は、いったい……」

「これは、『無重力』のペン。重力魔術に優れていたという『王竜王』カジャクトの骨を外側に使い、内側に魔法陣を刻むことで、ペン自体を質量を感じさせないほど軽くしました」

 

私はペンの上を指さす。

その上には宝石のようなものが使われているように見えるが、実際には魔石だ。

 

「ペンの上に吸魔石を付けることによって、空中の魔力を吸収し、魔力を補い、だれが使っても軽いものに仕上げました」

「なるほど」

 

金の装飾が丁寧に施されていて、見るだけで高価なものであると分かる。

クリスティーナにペンを渡すとペンをまじまじと見ていた。

 

「製作者は、ラノア王国随一の魔道具師として名高い、リリ・グレイラット」

 

何か高価な魔道具、できればいつも使いやすいものをということで、魔道具をどこかに作ってもらうように私は依頼されていた。

貴族向けの装飾を丁寧にしてくれたりするなど他のところもあったのだが、反応を見るために彼女の兄であるリリ・グレイラットに依頼を出してみた。

勿論ドミニク様の許可はとってある。

ペンにしたというと、彼は少し驚いていたようだった。

もう少し映えるものが良かっただろうかとも思ったが、時間がないのでそれで進めさせていただいた。

 

そして、それは正解だったらしい。

 

「そうなのね。道理で……」

 

そういうクリスティーナの顔は何かを懐かしんでいるような顔だった。

ルーデウス・グレイラットが没してから家督も変わり、家族とも疎遠になっていると聞いた。

それも影響しているのかもしれない。

 

「ドミニク様は、なぜ私にこれを?」

「最近のご様子がすぐれないようだと」

「そう」

 

そういったクリスティーナ様の表情はわからなかった。

怒っているようにも見えた、喜んでいるようにも見えた。

 

やがてクリスティーナはペンから目を離し、ふぅっと息を吐いた。

 

「ボレアス様にはありがとうと伝えて頂戴。大切に使わせていただくわ」

 

ただ、その言葉だけは優しさから来ているような気がした。

 

私は部屋を出て家に戻った後、話の流れを書類にまとめた。

 

そして、最後の項目でピタッと手を止めた。

 

彼女はボレアス家に敵対するつもりはないという真実を書くか、それとも最初から最後まで敵であったと嘘をつくか。

迷いに迷って、私はどちらにするか決めた。

 

ドミニク・ボレアス・グレイラット。

四大貴族、ボレアス家の現当主だ。

 

当主と言えば、出世コースと言えるかもしれない。

ただ、ボレアス家とつくなら、それは一気に貧乏くじに成り下がる。

 

彼の祖父の代で、今まで築き上げてきたものはすべて転移事件により消え去った。

残ったのは広大な広い広い草原だけ。

首都アルスに構える大きな屋敷は手放し、宝石を売り払い、他の貴族に頭を下げた。

 

当然、そんな姿を見た父の兄弟たちは、我先にと財産を持ち出して逃げたようだ。

当主として残ったのは当時最年少であった父だけであった。

 

そんな父も、これまた大変な苦労をしたらしい。

領民を他領から呼び寄せ、他の貴族や王家から金を借り、なんとかして立て直そうと頑張ったようだ。

 

父はいつも自分に言った。

 

『強い人物につきなさい。私たちボレアス家を再興できる力を貸してくれるような、そんな人物に』

 

自身は、父や上の世代の言うかつての栄えていたボレアスに興味はなかった。

それでも、肯定的な返事をすれば、父はいつも上機嫌になると知っていたのだった。

 

アスラ王国に、自身の従兄弟が入学してくるらしいという噂を聞いたのは、果たしていつだったであろうか。

従兄弟という言い方も変であるかもしれない。

従兄弟らの父や母はすでに家系図から抹消されたようであるから、そもそもボレアス家とは関係ないだろう。

でも、家系図に載る自身の従兄弟と言えば、逃げるように他家に嫁いだ人物か、あるいはお金を貯めて当主とならずともボレアス家として悠々自適に王都で暮らしている人物の子供だけである。

そのどれでもない従兄弟は、自身の興味を掻き立てるには充分であった。

 

その中で見つけたのだ。

カリスマの原石と呼ぶべき子。

 

クリスティーナ・グレイラットを。

 

政治に興味の見えず、まるで通過点の一つのように学校へ通っていたクリスティーナの兄弟たちと違って、クリスティーナは学校そのものを楽しんでいるようだった。

 

クリスティーナは、不思議な子だった。

大きな声は一瞬でみんなの注目を集め、流れるような赤く美しい髪はみんなの視線を釘付けにした。

彼女の善性は魅了を忠誠に変えていくには十分だった。

 

自分も人を集める力があると思うが、それは利益からだけだ。

彼女のそれは天性のものであった。

 

そのうえ、上級貴族相手に喧嘩を売ったと来た。

これには腹を抱えるしかなかった。

 

本当は見ているだけで済ませたかった。

図書室で貴族に関する本をたくさん読んでいる彼女がいた。

どうやら、上級貴族や中級貴族、その違いや立場について悩んでいたようであった。

彼女は座学は得意ではないと聞き及んでいたから、あれだけの本を理解するには相当な時間がいるだろうと思った。

自分ならそれをもっとわかりやすくできる、とも。

 

「僕でよければ、教えてあげるよ」

「本当ですか!?」

 

いつの間にか、自身はクリスティーナに声をかけていたようだった。

そして、うっかり発した声に、クリスティーナが嬉しそうにするから、断れなくなってしまった。

その日は上級貴族についてだけ教えたが、疑問はそれだけでは解決しないようだった。

 

流石に1対1で話し合っているところを見られると外聞が悪いので、主に手紙でやり取りは行われた。

 

自分には妹はいないからだろうか、同じ赤い髪色も相まってずいぶん世話を焼いてしまったと思う。

本人には言わなかったが、本当の妹のように思っていた。

 

授業ではアスラ王国の歴史は教えても、現在の貴族同士の対立などを教えてくれはしない。

他国から来た人物、それも新興の貴族の家のような所から来た人物ならなおさら今の貴族社会についてはわかりにくいだろう。

 

現在の貴族の派閥、学院での貴族の派閥、今の王位継承候補者たち、王城内の機関やその権力者。

敵対者を陥れる方法はクリスティーナは好まなかったが、覚えておいた方がいいとは思った。

 

彼女はスポンジのように何でも覚えた。

自分もまたクリスティーナに惜しみなく知識を与えたつもりだ。

 

いや、嘘だ。

一つだけ、黙っていたことがあった。

彼女の近くには、平民や下級貴族、諸外国の人物が多いから、黙っておいた情報がある。

そして、それは正解だった。

卒業して何年かたった後、彼女は第三王子と婚約を結んだという話を聞いた。

 

今の王族は、平民の権利向上を目指しており、特にアリエル女王からの寵愛がすさまじい第三王子もその一人、女王を擁する派閥であるため王族派と呼ばれている。

対して、自分は貴族たちの協力を得るために、貴族派に所属している。

 

いつの日か対立することは明白であった。

 

久しぶりに会ったとき、クリスティーナの身長はずいぶん伸びて、お転婆な印象は影も形もなくなっていた。

 

「ドミニク様! お元気でしたか?」

 

その姿に瞠目したあと、笑みを作って見せた。

 

「おお、これはこれはクリスティーナ様、初めまして」

「ボレアス家長男、ドミニク・ボレアス・グレイラットと申します。本日の討論会では、よろしくお願いいたします」

 

お辞儀をするときに下を向いていたから、そのときクリスティーナがどんな表情をしていたかはよくわからなかった。

 

「はい、よろしくお願いいたします」

 

ただ、何拍か遅れて他の人物と同じような挨拶が返ってきただけだった。

 

それからさらに年月が経ち、自身は王国内でも5本指に入るほどの権力者になった。

それはすべて、今、彼の目の前にいる神様の助力と助言に他ならない。

ただ、そうだと分かっていても譲れないものがある。

たとえ自分がクリスティーナの邪魔をし、一番の政敵となっていたとしてもだ。

 

いつもは自分に優しいヒトガミ様が今日に限っては不機嫌だ。

当然だろう、敵として指示したルーデウス・グレイラットの子供の一人を助けるような提案をしているのはこっちなのだから。

 

頭を地面にこすりつける。

しかし、そうでもしなければ御方の許しを乞うことはできないと思う。

 

『で、だからクリスティーナを助けてあげたいって?』

 

「いいえ、助けるというわけではありません。暗殺を行えば、こちらが不利になります。彼女の人気は高いですから、ノトス辺りの平民が反乱を起こす可能性があります」

 

今暗殺を行うと疑われるのは貴族派に決まっている。

第一王子への王位継承が決まるというときにその政権を揺るがしかねないことは避けた方がいい。

 

「生かしておくならば、他の貴族にとられるよりはこちらで管理した方がいいのではないでしょうか」

 

嘘ではない。

彼女を慕う平民や下級貴族たちはたくさんいて、別の貴族の領地に送るとその危険性を見抜けず、また力を持たれる可能性がある。

だから自分の下で管理するだけだ。

 

『都合のいいことを言うね。こちらの気も知らないで』

 

「しかし、クリスティーナはこちらに好意を抱いています。それは貴方の使徒のお墨付きのはずです。王座が決まった後に私たちに背いてまで動かないでしょう」

 

いつからかヒトガミ様の使徒のひとりであるからと支援をするように頼まれたエルフ。

命令か、それとも本人の性格か、あちこちを動き回っていて信頼がおけなかったが、今は違う。

 

つい先日その能力で敵も味方も看破してもらったばかりだ。

自身が敵だと睨んでいたものには黒をつけ、絶対的な信頼がおける味方だと思ってパーティに出したものは全員白と断じてくれた。

 

あの能力がまやかしではない。

クリスティーナは白なのだ。

 

『んー、でもこっちにメリットがないよね』

 

それでもこのお方を説得するには弱いだろう。

 

「でしたら、私がより最上の忠誠を誓います! 今まで以上に働き、他のどの使徒よりも忠実に貴方様に尽くします!」

 

その言葉に、ヒトガミ様からの返答はなかった。

 

怒らせただろうか。

頭から汗が流れ、頭はぐつぐつと煮えたぎっているのに、指先が冷えていく感覚に陥る。

 

ゆっくりとヒトガミ様からぽんぽんと肩をたたかれた。

 

『言ったね』

 

『わかった。君の今までの働きとその努力に免じてクリスティーナは助けてあげるよ』

 

『でも、裏切ったときは容赦しない』

 

『君の子供や孫や妻や妾、メイドの一人に至るまで全員生まれてきたことを後悔させてあげる』

 

「はい、もちろんです」

 

この方の能力はすでにほとんど知っている。

きっと自分に向けばひとたまりもないということも。

 

大丈夫、この先裏切らなければいいだけだ。

今までも裏切ったことはないし、この先もそれが起こるはずがない。

 

『なら、いいよ』

『これからも、頑張ろうね』

 

「はい」

 

裂けるような笑みを浮かべていたのは見なかったことにした。

 

目を開けると、そこは執務室だった。

時間を確認するとまだ寝てから10分もたっていなかったようだった。

 

先ほど、あんな話をしたからだろう。

椅子を引き、三段目の棚を開ける。

 

そこにあったのは、一本のペンだった。

 

卒業の時に、クリスティーナから感謝の印として送られたものだ。

自分も卒業の暁には何か上げようとしたが、結局上げる機会はなかった。

 

貴族たることが自分たちの宿命といえど、命まではとられなくてよかったと思う。

 

ペンを自身のハンカチで磨き上げると、昔と変わらない光沢を放った。

 

ペンの伸びはよく、柔らかな文字を書いた。

 

パーティから1年とちょっとが経っただろうか。

アリエル女王は崩御が近く、予定通り第一王子の即位が決まりそうだ。

クリスティーナに関しては、左遷先としてボレアス領ロアの街の代理町長ということで内密に決まったようだ。

ボレアス家はどうも転移事件から親族が減って、回復しつつあるとは言ってもまだまだ少ない。

親族は王都の要職に就けさせることが多いようだ。

 

その点左遷と言ってもクリスティーナとエドワード元王子は有能だ。

領地の空いた枠を有能な人材で埋めるとともに、なにもできないように領地に閉じ込めておくのだろう。

 

ただ、当人たちにしてみれば不幸かもしれないが、頑張ってほしい。

 

あそこは私が生まれ育った町であるから。

 

そして、こちらの近況について話そう。

つい先日、ラプラスは魔術の主属性はすべて覚えなおしたようだ。

ただ、このままでは足りないと思っているらしい。

 

「なるほど。家庭教師が欲しいのか」

「ああ、この時代の魔術がどうであるか知りたい」

 

もっともだ。

私は魔術に関する論文は集められても、今の時代の魔術について詳しいかと聞かれるとそうでもない。

餅は餅屋だ。

幼いうちに魔術の専門家から教わった方がいいだろう。

 

「わかった。知り合いに頼んでおくよ」

 

ドミニクさんは今年度に行われる戴冠式に向けて忙しいそうなので、頼むわけにはいかない。

下手にラプラスの存在がばれるとまずいので、ヒトガミ様にこちらは頼んでおくことにする。

 

もう一つ、進展がある。

ヒトガミ様からの助言もあったが、どうやらアリエル様の崩御が近いこともあり、ペルギウス様が気に入った職人と個人的に友誼を結んでいるそうだ。

今度大規模なその集まりがあるので、それに潜り込んで敵情視察をした方がいいとのことだった。

敵陣は怖いとはいえ、それを避けるわけにはいかないだろう。

 

いざ、ケーオスブレイカー。

 




ドミニクさんの立ち位置はあれです。
乙女ゲーの面倒見のいい先輩です。
もっと接触が多ければルートが開けたかもしれませんが、やっぱり同世代で正統派の王子様は強いですね。

あとヒトガミは別にクリスティーナに関しては怒っていません。
彼女に関しては運命力が強すぎてどんなルートであれ生存するので、なんならドミニクの謀に乗った方がいいというのはわかっています。
ドミニクを完全にこちら側につけたいがためのブラフです。

龍神陣営の動きも章末で書こうとは思っています。
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