災害との戦いは常に命懸けだ。それはワルキューレであっても変わりない。ワルキューレになった者はあくまで災害と同じ土俵に立てたと言うだけで、超えたという訳では決してない。
エーテルという力を扱えても、人であることに変わりはなかった。
(終わりが、みえない……。一体どれだけの災害が集まっているんだ。)
尤もリンドウを含め、シオンたちは愚かではない。堅実に自らの役割を理解して立ち回っている。
戦闘の余波で大地が抉れ、木々が倒れていく。リンドウは反射的にその場から飛び退く。一瞬遅れて災害の攻撃が地面を大きく貫いた。土埃が舞う。
「……っ!」
これまでの訓練で体力は多少はマシになったと思っていた。しかし、それでもまだ足りていないと思い知らされた。頬を伝った汗を拭う暇すらない。
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。戦闘は未だに続いている。損傷は最低限に抑えられているが、疲労は避けられない。
この状況は明らかにイレギュラーだ。討伐した災害の数は予測されていた数を優に超えている。しかし、次から次に森の奥から災害がやって来る。
(これも不運の影響か?)
災害がリンドウを狙ってやって来ているのは明白だった。これを不運と言わずして何というのだろう。リンドウの中に焦りが積もっていく。剣を握る手に自然と力が込もる。
限界ギリギリの所でシオン隊は何とか踏みとどまれていた。戦線が崩壊していないのは一重にシオンとルビアのおかげだろう。
二人が最適なフォローを行っている事で致命的な状況には至っていない。でなければ今頃、その屍を晒している事だろう。
「シオン、……隊長!どう、したら!」
「ええ、分かっているよ。もう少し、どうにか耐えて。」
災害の猛攻を掻い潜りながら、カルミアがシオンに指示を仰ぐが当の本人は歯切れ悪く言葉を濁した。シオンは何かを待っていた。
それでも、その瞬間が到来するより前に限界が訪れようとしている。
弾丸を生成して射出する戦闘の性質上、弓や銃を使うカルミアやエリカはエーテルの消耗が激しい。カートリッジ式の弾丸をあらかじめ用意しておくタイプもあるが、嵩張る上に数を確保するのも難しいものだ。
長時間の戦闘は状況をより悪化させていく。それは明白だった。けれどシオンは現状を打開する為の行動を起こさない。
「前には出ないで守りに徹して。ルビア、まだいけるだろうか。」
「……問題ない。」
「あと少しの間、フォローを頼むよ。」
余力を残しているのはシオンとルビアだ。次点でエリカだろう。二人は戦いながらも会話をする余裕がある。災害と入り乱れる乱戦の中で、戦闘は佳境に入っていた。
リンドウにとって戦場に出るのはこれが初めてではない。それでも災害との戦闘経験は圧倒的に少ない。それでも十分過ぎる働きをしていた。リンドウは今出来る100%を発揮できている。
しかし、今の現状はどうだろうか。全力を出せていることと、それに結果が伴うかどうかは別問題ということなのだろう。幾ら上位のワルキューレがいるとはいえ明らかに釣り合ったものではない、
(力が……足りない。)
リンドウに現状を変える程の力は無い。今だって襲い来る飛行型の災害を叩き切った。しかし、災害の数は減らない。視界を埋め尽す程に災害がいる。
リンドウはリンドウの出来る事をやれている。ただ、その奮闘を上回るスピードで災害が湧いて出て来るのだ。
災害はこちらの戦力に配慮してくれることはない。人類の存在を否定するかのように全力で殺しにやってくる。木々は轟音を響かせながら薙ぎ倒され、草花は踏み潰される。戦闘が続くほどに周囲の環境が様変わりしていく。その姿はまるで洪水のようであった。
「数が……多すぎるわよ!」
上空からの奇襲が厄介な飛行型の災害を撃ち落としながら、愚痴の言葉がエリカの口から思わず溢れる。
森から現れる災害の数は10や20ではきかず止まる事がない。明らかに異常自体であった。撤退しようにも囲まれている。
エリカは一瞬でも気を抜けばそれが命取りになると理解している。だから身体に蓄積されていく疲労も、エーテルの消耗も、そこから来る不安も、全て心の奥底に仕舞い込んで今だけを見て戦っている。
カルミアは既に肩で息をしており、疲れを隠せていない。ルビアのフォローが無ければ危うかっただろう。
リンドウは焦っていた。この原因は明らかだった。自分の不運が原因だ。想定し得る最悪の形でリンドウたちに牙を剥いていた。
(何を……、何をすればいい?)
座して待てば死あるのみだ。リンドウ自身は死ぬ事を恐れてはいない。リンドウが本当に恐れているのは、何も出来ずに失うことだ。
シオン隊に入隊してたった一月に満たない関係、リンドウにはそれが十分過ぎる時間だった。
リンドウが無意識に人を避けていた理由を、彼自身が一番理解できていなかった。何もかも失うかもしれないという状況が目の前にまで迫ってきて、失うことへの恐怖を強く実感することとなった。
(どう、したら……?)
心臓の鼓動が無意識に早くなる。焦燥感だけが募って行く。今のリンドウには誰かを守れる程の力を持っていない。運命の女神に嘲笑われている気がした。
無意識にリンドウの視線がシオンへと向いた。
◆ ◆ ◆
【ver.シオン ルースト支部/支部長室】
その日、とある理由からシオンは早足に廊下を歩いていた。場所はルースト支部、目指しているのは支部長の座す部屋である。
ノックの後に入室する。部屋の主に促されソファに座ったシオンは、リンドウたちには普段見せないような気難しげな表情をあらわにしていた。
「シオン様こちらをどうぞ。」
「有難う、ヘリオ。」
そう言って、紅茶の注がれたカップがシオンの目の前へと置かれる。華やかな香りが室内に広がる。少しだけ場が和らいだ気がした。
カップを置いたのは秘書兼支部長補佐であるヘリオだ。彼女は配膳を済ませると静かに支部長の側に控えた。
「……スノウ。」
「君の言いたい事は分かっている。」
このルースト支部の支部長、スノーホワイト。シオンにとってスノウは十年来の友人だ。スノウがはっきりとした物言いをする女性だという事を良く知っている。二人の間に嫌悪な雰囲気は無い。
シオンの元に届いていた任務。エクサルス大森林外周での災害討伐任務だ。二人ともこの意味を考えているようであった。
任務決行日まで多少の猶予はあるとは言え、それでも到底足りるものではない。そもそも難易度の釣り合っていないものだ。
「君の所に新しく配属された彼、リンドウが狙いだろう。」
「えぇ、可能性としてはあるだろうね。」
「君が保護した子供がこんな厄介ごとを背負っているとは思わなかったよ。」
シオンがリンドウを引き取った事をスノウは聞かされていた。時間が流れるのは早いものであれから数年の月日が経っていた。
何の因果かリンドウがルースト支部へと配属されるとの事を聞いた時は、流石はシオンが見込んだ子供だと笑みを溢していた。冷静で落ち着いているように見えて、シオンもまた胸の内に激情を秘めていた。だからこそ、逸れ者を受け入れるルースト支部に在籍しているのだ。
「スノウ。」
「分かっているさ、別に責めている訳じゃない。さて、本題に入ろう。」
肩の力が入り過ぎているシオンを見て、スノーフレークは冗談を言って和ませようとしたようだ。シオンはジト目を向けているので結果的にみれば成功だろう。
二人は何故リンドウが起点となっているのか考えをまとめ始めた。
シオン隊の直近の変化といえばリンドウが入隊した事のみだ。だからこそタイミングからしてリンドウが目的なのではないかと二人は当たりをつけていた。
「特筆すべきは彼の体質だろうか。狙いがあるとすればそこなのだろう。」
「災害を引き寄せるというものだね。原因は分からず仕舞いなのがもどかしいよ。」
「そうだな。それに、聞いた話では彼のエーテルへの適性が特別高いそうだが、どうにもこの件と関係があるとは言い難いとのことだ。」
リンドウの不運について原因は不明と報告を受けている。
エーテル操作とは別に、特殊な能力を有しているワルキューレが本当に稀にいる事がある。その者たちは揃ってエーテルへの適応性が高い共通点がある。特異性と呼ばれたそれにリンドウも分類されるのではと認識していたが、検査結果は否であった。加えて情報の閲覧制限が厳しく、実質お手上げ状態だ。
「今手元にある情報だけでは何が狙いなのかは絞れない。この任務を取り止めさせる事は可能だ、だが……。」
「ただ、先延ばしにするだけだね。」
シオンは小さくため息を吐く。戦闘能力を短期間で開花させるのは難しい。それこそ年単位で育んでいくものだ。
今回の任務を断った所で、また新たに任務を言いつけられるだけだ。リンドウたちが強くなるまで、一体何回任務を拒否する事になるだろう。
そして、それが許されるような地位にいる訳でもない。
「取れる選択は結局一つだけ、か。」
すまないな、シオン。と、スノーフレークは心底申し訳なさそうに謝った。
こういった事を一番受け入れたくないのがスノウであるとシオンは知っている。彼女以上に犠牲を良しとしない人物をシオンは知らない。
「他に方法がないか探しておこう。何か進展があれば君に知らせる。」
「頼りにしているよ。」
二人は最善の可能性を見つける為に、最良を選べるように議論を続けた。気づけば短くない時間が経っていた。カップが空になった頃。シオンは席を立った。
「時間をとらせて悪かったね。」
「気にするな、次に来る時は心休まる時になる事を願っている。」
「そうだね、……私もそう思うよ。ヘリオ、紅茶美味しかったよ。」
紅茶へのお礼の言葉を口にしたシオンにヘリオは優雅な一礼で返した。
結局二人の間で結論が出ることはなかった。部屋から出ようとしたシオンをスノウは呼び止めた。
「シオン、……可能な限り手を打つ。だから一人で全てを背負おうなどと思わないでくれよ。」
「分かっているよ。一人で全部をこなせるなんて傲慢な考えは持っていないからね。」
「なら、いいんだ。」
これはシオンとスノウの選択。彼女たちの決意だ。
◆ ◆ ◆
【ver.シオン エクサルス大森林/外周】
災害はシオン隊を取り囲むように群がっている。地上も、空にも逃げ場は無い。包囲を破るでもしない限りは逃げる事もままならないだろう。
「いつ、まで耐えるつもりよ!」
「全ての災害がここに集まるまでだよ。」
「バッカじゃないの!」
軽口を叩けるならまだ大丈夫だとエリカから目を離す。レーダーには未だにエネルギー反応が多数近づいている事が示されている。まだだ、確実に付近の災害が集まった瞬間を狙う必要がある。
災害が無尽蔵に存在するとはいえ、瞬間的に見れば有限だ。限りはある。
シオンは災害を斬り倒しながらも部隊に目を配る。
(余裕があるのは、……ルビアだけみたいだね。)
現状ではルビアだけが余裕をもって災害の相手ができている。
他人のフォローをしているという点ではエリカもそうだが、彼女はルビアとは違い余裕があるとはいえない。
カルミアは限界間近であるが十分過ぎる働きだ。目まぐるしく戦況の変わる戦場で大きなミスを冒さずに戦えている。
リンドウは守りに徹している分、多少なりとも余裕がありそうだけど打って出られるほどの力は無い。
「カルミア、最低限でいい。今は自分の身だけ守って。」
「は……い!」
息も絶え絶えにカルミアは返事をする。現状では彼女が一番消耗が激しい。シオンは今を切り抜けられように指示を出した。
シオンは積極的にカルミアやリンドウの元へと行こうとする災害の数をできるだけ減らす。
(これでもう少しだけ時間を稼げるだろうか。)
シオンは撤退を考えていない。というのもこの状況が想定内であったからだ。
この場所に来る事は避けられないと分かった以上、どう切り抜けるのかを模索した。その為には天威の目的が何であるのかを理解する必要があった。
あの日、結論は出なかった。不運の原因は分からなかったが別の考えが浮かんだ。
発想の転換だ。何故リンドウでなければならないのか。原因は分からずとも目的は推測出来る筈だ。
(この任務の目的は恐らく災害の誘導、である確率が高い。)
リンドウの不運は結果として災害を引き寄せている。普通に考えるなら災害を殲滅するのが目的となるかもしれないが、此処は禁域だ。災害を倒したところで一時的なものにすぎず、時間が経てば災害がまた生み出されてしまう。これでは意味が無い。
であれば、自ずと他の目的があるはずだ。
(この情報を探してきてくれたスノウには感謝しないと。)
リンドウの不運によって一時的にでも災害を禁域から引き離す。結果的に起こり得る事象だ。それが目的なのであれば、その瞬間にこそ注目するべきだ。
ただの推測であったがスノウは本気でこの考えを元に探してきてくれた。
そしてスノウはある情報を見つけてくれた。
シオン隊とは別部隊が今この瞬間にエクサルス大森林にて任務を行っている。大災害の際に紛失した『とある物』を探しているそうだ。
内容は何であれ、これはシオンが求めていた情報だった。
(リンドウの不運で災害を誘き出している間に、あちらは探しものをするつもりみたいだ。)
その目論見は成功していると言えるだろう。これだけの災害がシオンたちの元へとやって来ている。エクサルス大森林に向かった部隊はかなり安全に事を進められている筈だ。
であれば、リンドウをこの場所に呼び寄せたかった理由にも納得出来る。これはその為の任務なのだろう。
エクサルス大森林外周でリンドウの特殊な体質を利用して災害を誘き出し、その探し物を円滑に進めようとしている。それが最終的な結論だった。
だからこそ、任務を放棄する事がより難しくなった。任務を放棄すれば別行動中のワルキューレが被害を受ける。
この事をリンドウたちに伝えなかったのは一重に不安を煽りたくはなかったからだ。
これでは捨て駒ではないかと、そう思われてしまってもおかしくはない。そんな事をしてしまえば、ただでさえ薄い生存の道を更に細くしてしまう。それでは意味がない。
だから、取れる選択肢は一つだけ。
任務を完遂する。エクサルス大森林からリンドウによって誘き出された災害を全て討伐するのだ。
(引き寄せられた災害を全て倒す、それも後続がやってこないくらいに。)
災害を倒す為の奥の手がシオンにはある。伊達に上位ワルキューレではないのだ。大災害を生き延びた経験は彼女の中に根付いている。
ただし問題が一つあった。シオンが全力を出していられる時間には限りがある。
エーテル操作には常にリスクが付き纏っている。シオンが行おうとしているそれは限界というハードルを突き破って無理やり押し進もうというものだ。長時間の使用は身体に莫大な負荷をかける事となる。
だから、可能な限り災害を引き付けた後で無ければならない。
もし災害を倒し切れなければ、後続の災害との戦闘で壊滅的な状況に追い込まれる事だろう。
(守ると口にしたのに、負担を強いてしまった。)
時間を掛け過ぎればリンドウたちが無事ではすまないだろう。しかし、ギリギリまで耐えなければ勝ち目は更に薄くなってしまう。シオンは天秤の揺れ動く中でジレンマを感じていた。
リンドウが自身を見ている事に気がついた。一瞬の視線の交差。あの子にも辛い思いをさせてしまっただろうかと心配が頭を過ぎる。これは既に決断したこと、後悔は後だと集中する。
その瞬間はまだやって来ない。
「リンドウ、どうかもう暫くの間耐えて。」
「分かっ、た。」
リンドウもまた限界が近く返事をするのもキツそうだ。
一番攻撃が集中しているのはリンドウだ。逆に考えればリンドウ以外はある程度フォローに回る事が出来る。
カルミアは防ぐ事に手一杯で死角からの攻撃に反応が遅れそうになっている。エリカの銃弾が災害を貫き、その隙にルビアが災害にとどめをさす。綱渡が続いていた。
レーダーが捉えている災害のエネルギー反応が徐々に減って来ている。待ち望んでいた瞬間がすぐ目前にまで迫っている。
シオンは体内で生成されたエーテルを操り循環させていく。限界を超えるには溜めが必要だ。大きく跳ぶには助走が必要なように。
(あと、……少し!)
シオンが待ち望んでいた瞬間が目と鼻の先までやって来ていた。しかしだ、致命的なミスというのは唐突に訪れるものだ。
「……ぐッ!!!」
「ダメっ!!」
「このっ、待ちなさいカルミア!」
それは一瞬の出来事であった。遂に災害の猛攻に耐えきれなくなったリンドウが大きくのけぞり膝をついてしまい無防備になる。
それを目にしてリンドウを助けようとカルミアが前へと出ようとする。エリカは身を乗り出したカルミアを静止しようと声を張り上げている。
「絶対にやらせないから!!」
「……ッ!!」
後衛のカルミアが前へと出た場合どうなるかは目に見えているだろう。リンドウに追撃をいれようとした災害の前へと躍り出たカルミアが一矢を放つ。
リンドウは危うい状況を一時的に脱した。しかし、視界には既に次の災害が映っている。
ルビアは崩れた戦線を維持しようと複数の災害をたった一人で抑え込んでいる。援護には間に合わない。エリカも災害を牽制し押し留める事で精一杯だ。
カルミアの瞳に怯えは無かった。例え、目前の災害を倒し、直ぐ目の前に巨椀を振り上げた災害が新しく現れていたとしてもその選択に迷いは無かった。
思わずリンドウがカルミアへと手を伸ばす。しかし、体勢の崩れたリンドウでは間に合わない。
(もう、待っていられる時間は無い……。なら、賭けるべきなのは自分の命。)
まるでスローモーションのようにゆっくりと進む時間の中でシオンは剣を握る手に力を込める。
かつての自分が救われたように、シオンは選択をしようとした。彼女たちに誇れる自分であれるように。災害が集まり切るより前に、シオンは手札を切ろうとした。それが隊長の責務であると。
『シオン、堪えろ。』
聞こえる筈の無い声。ハッと視線を向ける。瞬間、シオンたちを取り囲んでいた災害を爆撃が襲う。エーテルを介さない武器では災害に有効打足り得ないが、爆撃のような純粋な熱エネルギーは別だ。倒せはしなくとも足止めくらいにはなる。
その一打は、一瞬とはいえシオンたちに立て直すための猶予を与えた。
空より降り立つ金属の塊。シオンが向けた顔の先に舞い降りたのは一機の人型戦術機甲だった。
『始末書ものだな、……まったく。無事かシオン。』
「スノウ!」
最悪の想定をしていたスノーホワイトが救援に駆けつけて来てくれた。シオンを信頼しているスノウだからこそ、必ず無茶をすると考えてスノウ個人として手を貸してくれたのだ。
リンクを繋げたのかデバイスを介してスノウの声が流れる。スノウの個人所有である人型無人機だ。24連装ポッドを切り離し、ガトリング砲を構え災害へと掃射を始める。凄まじい射撃音が響き渡る。
一秒でも多くの時間を稼ぐようにスノウは惜しみなくカードを切っていく。ベアリングが壊れて使い物にならなくなれば、それを投げ捨てブレード主体の近接戦に切り替えた。
「ありがとう、スノウ。」
レーダーには周囲のエネルギー反応が集まり切った事を示している。スノウによる時間稼ぎは成功したのだ。
「リミッター解除。」
『音声認証クリア。ーーーリミッター解除。
体内エーテル濃度上昇ーーー推定活動限界時間/残り10秒。』
シオンの声に呼応するようにデバイスから無機質な音声が流れ出す。シオンの身体を巡るエーテルが増大する。淡い粒子となってシオンを纏うように煌めく。
それは一定の実力が認められたワルキューレに許される技術だ。
枷が解かれる。口から血が溢れ出る。多大な負荷がシオンに重たくのしかかる。それでも、まるで不安などないかのように笑みを浮かべる。
帯電しているかのように、身体に纏わりつく淡い光が閃光のように光輝く。
リンドウを注視していた災害たちがシオンに向く。しかし、視線の先には既にシオンはいない。シオンの姿が掻き消えていた。
「これがヴァイツ式剣術、刹那の幻想曲だよ。貴方たちには勿体ないかな。」
リンドウにはシオンが何をしたのか把握できなかった。ただ、彼女の残像の軌跡を見て全ての災害を切り伏せたという事を遅れて理解した。
ワルキューレの扱う剣術とは違う、これはシオンが受け継いだものだ。
たったの数秒という時間の中で災害の身体が無数の斬撃によって崩れ、霧散し空へと登っていく。神秘的な光景に先程まであった危機的な状況を忘れてしまうほど。
「……これでも最年少エースなんて言われていた時期も、あるんだよ。」
全ての災害を倒し切ったシオンが地面に片膝をつき呻く。リンドウはそこで初めてシオンが口から血を流している事に気づく。
シオンは注射器のような何かを素早く自身に刺す。シオンが纏っていた淡い粒子が散る。
リンドウの視線に気づいたのかシオンは口元の血を拭い去り。まるで疲労など感じていないかのように明るく伝える。
「はぁ……ふぅ。付近の災害の反応は消えたことを確認したよ。無事に……任務完了だね、みんなお疲れさま。」
「良かった……、生きた心地がしなかったな……。」
「隊長も、カルミアも、もう少し自分の命を大切にしたらどうなの?」
カルミアがその場に座り込む。エリカは彼らの行動が不満なようで呆れた視線を向けている。
リンドウはそんな中でシオンの体調の変化に目が離せないでいた。立ち上がろうとする様子もなくシオンは片膝をついたままだ。明らかに正常な状態には見えない。
エーテルは決して人類にとってメリットだけを与えるものではない。無理な使い方をすれば身体に負荷がかかり続ける。これは当然の成り行きであった。
リンドウの脳裏にとある考えが浮かぶ。
(……シオンもいつか、いつの日か……死んでしまう?)
カルミアの行動も、シオンの姿もリンドウに現実を直視させるには十分過ぎるものだった。
当然の摂理であっても、こうして今にも消えてしまいそうなシオンを見て、リンドウの胸に何か重たいものがのしかかったようであった。
カルミアがシオンに駆け寄り任務の成功を喜ぶ。ルビアは災害が再び現れないか警戒を解いていない。エリカはそれを遠巻きに見ている。
急に現実が追いついて来たようにリンドウは感じた。
「……シオン、姉さん。」
小さく口元から溢れた言葉は容易く掻き消された。
『……救援を求めます。1名負傷……意識は……せん。……の襲撃を受け……た。……を求め……。』
救援を求める通信がデバイスから流れ始めた。
ノイズによって聞き取りにくいが楽観出来る状況ではないだろう。シオンが端末を確認すると緊急要請と共に座標が記されていた。
「発信元は、エクサルス大森林。」
シオンがそう一言呟いた。