禁域から絶え間なく現れる災害をスノーフレークの援護を受け辛くも撃退したシオンたち。しかし、安堵するのも束の間デバイスが救援要請を受信したことで流れが変わった。
『……救援を求めます。1名負傷……意識は……せん。……の襲撃を受け……た。……を求め……。』
救援を求める通信によって任務の達成から来る安堵は再び緊張へと逆戻りする事となった。ノイズ混じりの通信からは事態が切迫している事が伺える。
「発信元は、エクサルス大森林。」
シオンがぽつりと呟いた。救援要請はエクサルス大森林内部からのものである。一息吐く間もなくシオンたちは新たな危機に直面する事となった。
『すまないシオン、この機体では禁域での活動に耐えられない。手助けはできそうにない。』
最初に口を開いたのはスノウであった。スノウは口惜し気に現状を伝える。そもそも武装の殆どを使い切っており、まともに支援することも難しいだろう。災害との戦闘でなぜ機械兵器が主流にならなかったのかがよくわかる。戦闘においても、コスト面でもワルキューレに及ばないからだ。
加えて禁域というエリアは、人だけでなく機械であっても活動が難しい場所だ。汚染は等しく蝕む。汚染エリアで活動するには、特殊なコーティングが必要なのだ。そのまま突っ込めば数分で鉄屑である。
『それに、支部から人を送るにも時間がかかる。』
「分かっているよスノウ。もう十分過ぎるくらい貴方には助けられた。ここからは任せて欲しい。」
スノウの手助けがなければシオンの体調は今より危ういものであっただろう。それを考えれば状況はまだ切迫していない。
想定外の状況に遭遇してなお、シオンがどんな選択をするかを考える余地があるのは彼女が作り出した数瞬の猶予のおかげでもある。これ以上を望むべきではないだろう。
言葉に表し難い、言いようの無い空気感が辺りに広がる。カルミアは心配そうにしながらシオンの言葉を待っている。この場にユリがいたら結果は違ったのだろうか。それは分からない。
考える猶予は無い。救援要請という事は危険から脱していないという事で、遅れれば遅れる程にその命は保証されない。
「私と……リンドウで行くよ。」
シオンが絞り出した言葉は意外なものであった。普通であれば選択肢に挙げられないだろう。
リンドウの不運の真偽がどんなものであれ、災害は確かにリンドウに引き寄せられていた。エクサルス大森林の内部に救援に行くというのであれば余計な危険が生まれる選択であるかもしれない。
「信号の発信元まで距離はそこまで離れてない。あれだけの災害を倒した今なら、災害がこれ以上現れる可能性は高くない。」
無茶な作戦ではあったがスノウの協力の元で、シオンは確かに付近の災害を倒し切っていた。
「シオン隊長、あたしが行くわ。その身体で禁域に行くなんて……。」
「隊長、わたしも一緒に行きます。どれだけ力になれるか、分からないですけど。」
珍しく焦った表情を見せるエリカ。普段のように素っ気ない態度を見せることなく、シオンが森に行くのを引き止めようとしている。
カルミアもエリカに続いて口を開いた。この場でただ待っている事を受け入れられる程、彼女たちは我が身可愛さで戦っている訳ではない。リンドウもまたどう口にすればいいかを迷っていた。
しかし、シオンは首を横に振った。
「心配してくれてありがとう。それでも、指示は変わらないよ。汚染を防ぐ装備が無い状態で禁域に入る以上は、エーテル適性で判断するべきだろう。この部隊でエーテル適性が最も高いのは、リンドウだからね。」
「だからって……。」
「それに複合的に考えた結果でもあるよ。不甲斐ない姿を見せてしまったけれど、隊長としての私を信じてほしい。」
禁域は汚染されている。本来であれば専用の装備が必要なのだ。
その中でも例外はある。エーテル適性の高いワルキューレであれば汚染エリアであっても、多少なら活動が可能だとされているのだ。シオン隊でエーテル適性が最も高いのはリンドウである。
付近の災害は一時的にとはいえ駆逐ができている今この瞬間に限るなら、確かにリンドウを連れて行ったとしても問題はないのかもしれない。
それに別の問題もあった。カルミアは消耗が激しく、エリカも見た目ほど余裕は無い。禁域にはとてもでないが連れていけない。
そうすると此処で待つ側にも指揮を取れる人間が必要だ。
「ルビア、エリカとカルミアと一緒に退路を確保しておいて。一時的に指揮を預けるよ。」
「……了解。」
「スノウ、こちらを頼めるだろうか。」
『勿論だ、最悪この子らを逃すくらいの時間は稼ごう。』
素直に頷いたルビアと、何かを言いたげに迷いを見せるエリカは対称的でリンドウの印象に残った。
「リンドウ、もう一仕事お願いするよ。」
「分かった、シオン……隊長。」
こうしてシオンとリンドウは二人で緊急要請のあった場所、エクサルス大森林内部へと進む事となった。
◆ ◆ ◆
ワルキューレの脚力を遺憾無く発揮して二人はかなりの速さで森を進んで行く。
奥へと進んで行く程にリンドウは不思議な感覚を覚えた。それを言語にするなら懐かしさや、はたまた後悔のような感情だ。
(気のせい、なのか。ここに来たのは初めてだよな……、なんでこんなにも懐かしく感じるんだ?)
加えて、リンドウは森の奥からこれまで感じたことのない存在感のようなものを感じ取っていた。
この地に来てからずっと感じている違和感。本当に何か忘れてしまっているような、そんな感覚だ。思い出そうとはするが、やっぱり何も見覚えはない。
あらぬ方向へと逸れた思考がシオンの声で引き戻される。
「リンドウ、ごめんなさい。厄介な任務に巻き込んでしまって。」
「大丈夫だよシオン姉さん。」
リンドウにとって危険があるかどうかは二の次であり、考慮するべき部分ではなかった。
そんな事よりもリンドウはシオンの体調の方が気になっていた。元を辿れば自身の不運が招いた状況である。前を走るシオンの表情を見ることはできない。リンドウにはシオンがどんなことを考えているのかを知る方法もない。
迷惑ばかりをかけてしまっている自分がそばに居ていいのか。そのことを考えるとどうしてか胸の奥がきゅっと握られたかのように冷たくなる。
(……今は、任務に集中しないと。これ以上、迷惑はかけたくない。)
森を進んで行くと、より重苦しい空気感が身体を纏わりついて来るように感じた。所々に大きな結晶のようなものが存在し、異様な雰囲気を漂わせ始めている。ここは特殊な装備が無ければ一般人には活動すらままならない死地のような場所だ。
救援要請のあったポイントに着くまでに災害が現れることはなかった。
リンドウが引き寄せた災害はかなり広範囲だったのだろう。不幸中の幸いとでも言うべきか、そもそも不幸でなければこうはならなかったのか反応に困るところだ。
「場所はこの先だね。」
指定されたポイントは禁域内部ではあるもののシオンたちが戦っていた任務地とそれ程離れてはいなかった。
その場所に近づくにつれて木々がへし折れていたり、切り倒されていたりと戦闘の痕跡が目立ち始める。
一帯の木々が大きく切り開かれた場所。戦闘の激しさが窺える場所に三人の人影があるのが見える。
森の更に奥を向いていた一人のワルキューレが、シオンたちに気づいたのか視線を向ける。シオンは近づくと言葉を投げかけた。
「ルースト支部所属のシオン、此方は同じ隊のリンドウ。要請を受けて救援に来たよ。」
「救援に感謝しますシオンさん、リンドウさん。イミルナ支部所属アルメリアと申します。」
彼女への第一印象は穏やかで落ち着いた女性といった感じだ。
(あのバッジは、確か……最上位ワルキューレの証?)
ただ一つ、彼女には他のワルキューレとは違う箇所があった。
胸元にあるバッジの意匠は最上位のワルキューレである事を示している。この位についている人物は片手で数えられるくらいしかいない、強者の証である。それなのにエリカと同じくらいの年齢に見える。リンドウと数歳くらいしか変わらないのに、彼女はそれだけの実力を持つに至っているということだ。
「そちらの二人は……。」
シオンが視線を向けた先には、地面に寝かされているワルキューレと、その傍らで機材をまとめているもう一人の姿があった。
「リベリオンによる襲撃の際に守り切れず、一人は気絶させられてしまいました。二人とも非戦闘員で傷自体は大したものではありません。」
シオンは倒れているワルキューレの様子を確かめる。確かに、目立った外傷は見当たらない。呼吸にも異常はなく、ひとまず命に関わるような状態ではなさそうだった。
(想像していたよりも状況は悪くはないのか……?)
リンドウは最初、救援を求める通信の内容から、もっと深刻な事態を想像していた。少なくとも、現時点で命の危険に瀕している者はいないようだ。
もっとも、ここが禁域であることに変わりはない。安心するにはまだ早いだろう。どう見たって本調子でないシオンが長居するべきではないのだから。
「……シオンさん、少しお顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「え?ああ、心配はいらないよ。」
「そうですか、あまり無理はなさらないでくださいね。……どうやら救援を呼んだタイミングが悪かったのですね、重ねて来てくださったことに感謝します。」
そう言ってから、アルメリアはリンドウへと視線を移した。その目が、ほんの僅かに細められる。
「何にせよあまり長居するべきではないですね、リンドウさんが先ほどからずっとシオンさんのことを心配そうに見ていらっしゃいますし。ふふ、とても慕われているのですね、シオンさんは。」
リンドウは慌てて視線を逸らした。そんなに顔に出ていただろうか。自分では普段通りにしていたつもりだったのだが、どうやらそうでもなかったらしい。
シオンも一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに優しげな瞳でリンドウを見つめた。
「ありがとう、リンドウ。心配してくれているのは分かっているよ。」
「……あ、いや。」
その言葉が嬉しい反面、面映ゆさもあって、リンドウはそれ以上何も言えなくなってしまった。そんな二人の様子を見て、アルメリアは静かに微笑む。
そうしていると作業をしていた一人がこちらへとやって来てアルメリアへと声をかけた。
「アルメリア様お待たせして申し訳ありません、機材の準備が整いました。」
「はい、ご苦労様です。さて、詳しいお話はここを離れながらにしましょう。」
「そうだね。私も賛成だよ。」
「では、撤退しましょう。そちらの二人をお任せしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、その為に来たからね。こちらは任せてほしい。」
シオンの指示でリンドウは倒れている人を背負った。シオンは機材の運搬を手伝いながら辺りの警戒をしている。
こうしてエクサルス大森林からの撤退を開始しようとしたその時、森の奥の方から、地面を震わせるような音が響いてきた。空気が一瞬にして張り詰める。
「……来るね。」
「ええ。ですが、お二人はそのままで。道中の災害の相手はお任せください。」
シオンとリンドウは即座に武器へ手を伸ばそうとしたが、アルメリアは二人を制し、前へと歩み出た。
その口調は、まるで普段通りの散歩にでも出かけるかのように気楽なものだった。木々の隙間から飛び出してきたのは、複数の災害。獲物を見つけた獣のように、真っ直ぐアルメリアたちへと襲いかかる。
だが、彼女が慌てる様子もなく、手首を僅かに動かしただけだった。
次の瞬間、災害たちの身体が一斉に崩れ落ちた。まるで積み木がバラバラになるみたいに。
「……え?」
リンドウは思わず目を見開いた。何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
よく目を凝らしてみると、何もないと思っていた空間に光が不自然に反射している。そうして初めて、エーテルで構成された極小のワイヤーが張り巡らされていることに気がついた。
しかし、それがいつ展開されたのかは分からない。少なくとも、リンドウには視認できなかった。
残されたのは、消えゆく災害の残骸と静寂だけだった。
(……強い。)
明らかに規格外の強さだ。エーテル操作の技術もさることながら、災害の行動を把握しているかのような立ち回り。これが最上位ワルキューレの実力というものなのだろう。
「お待たせしました。では、参りましょうか。」
アルメリアは何事もなかったかのようにシオンたちへと振り返った。
◆ ◆ ◆
待機しているルビアたちの方へと誘導していく際、シオンはアルメリアへと問いかけた。
「リベリオンの襲撃を受けたとのことだったけど……、アルメリアさんでも止められなかったのかい?」
「お恥ずかしながら、災害を警戒するあまりリベリオンの不意打ちに対応が遅れてしまいました。反撃する間もなく、直ぐに撤退されてしまい、してやられました。」
シオンの疑問ももっともだろう。あれだけの強さがあると敗北する姿が想像できない。
ただ、アルメリアの口ぶりからして直接対峙したという訳ではなさそうであった。
「最上位のワルキューレを相手にそんな事ができるなんて。」
「随分と戦い慣れているようでした。守り切れず不甲斐ないばかりです。お二人ももし遭遇することがあればお気をつけて。」
調査員の一人を気絶させた後に直ぐに撤退した所を見るに目的は達成したという事だろう。相手の目論見通りアルメリアはこれ以上の調査ができないでいたのだから。
森を抜けるまで、アルメリアは幾度か現れた災害を容易く退けた。
やがて、禁域の重苦しい空気が薄れ始める。しばらくして、待機地点に残っていたルビアたちの姿が見えてきた。
「シオン隊長!」
「心配をかけたね、カルミア。」
『無事でよかったシオン。……ほう、救援要請は彼女だったのか。』
「そうだね、おかげで道中は安全に戻ってこれたよ。」
『そうか、何にせよ安心した。』
真っ先に声を上げたのはカルミアだった。シオンとリンドウの無事を確認すると、張り詰めていた表情がようやく和らいだ。
ルビアは落ち着いており、待機組も問題はなさそうだった。
シオンたちが無事に戻ってきたことに、ほっとした表情を一瞬だけ見せたエリカだったが、シオンたちの後ろへと視線が移るとエリカの表情が僅かに強張った。
「……アルメリア。」
エリカの呟いた言葉は誰にも届かなかったが、アルメリアはエリカを見つけると、柔らかく微笑んだ。
「お久しぶりですね、エリカ。」
「……そうね。」
どこか他人行儀なやり取りだった。その場にいた者たちの中で、二人の間に流れる空気の意味を正確に理解している者はいない。ただ、以前からの知り合いなのだろうということだけは察せられた。
二人の会話はそれ以上続くことはなかった。エリカはすぐに視線を逸らし、アルメリアはシオン隊の面々に向き直った。
「今回は救援に来ていただき、本当にありがとうございました。」
アルメリアの言葉に、リンドウは依頼を無事に乗り切ったことを実感したのだった。
◆ ◆ ◆
【ver. アルメリア】
「……今回の一件、確実に情報が漏れていたと見るべきでしょうね。」
任務を終えたアルメリアは思考を整理しながら、目的地に向かって本部を歩いていた。
エクサルス大森林はその名の通り深い森である。木々が生い茂っており、視界もいいとは言い難い。特定の対象を見つける技術が無い訳ではないが、少なくともあの場にいつやって来るかを予測するのは不可能に近いだろう。
それこそ、ワルキューレの誰かがリベリオン側に情報を流しでもしない限りは。
それに、他にも不可解な点はあった。アルメリアがリベリオンと相対した際に、一番に狙われたのは調査員たちだったのだ。偶然である可能性はなくもないが、こちらの動向を知っていたとなれば話は変わってくる。
襲ってきたリベリオンの人型戦術機甲とは一言も言葉を交わすことはなかったけれどその動きには見覚えがあった。
喧嘩別れの口火となったあの出来事。かつてエリカと同じ部隊に所属していた際に相対した敵。
とはいえ、今重要なのはそこではないと思考を振り払った。
「これも全てあの人の手のひらの上なのでしょうか。」
アルメリアに予測出来る事であれば彼女にも当然考えつく事だろう。むしろこの状況を利用しているように感じた。
(……彼女の考えだけは、未だに読み切れませんね。一体、どこまで先を見据えているのでしょう。)
アルメリアにとって今回の任務は多くの制約とハンデに縛られたものであった。自身の特異性が十分に発揮出来ない状況にわざとしたのだろうと今になって理解した。
「まったく……、調査員の方々を危険に晒したことに加えてルースト支部にも迷惑をかけてしまいました。」
アルメリアはほんの少しだけ怒ったように言う。
ただ、邪魔されたとはいえ調査に関しては進展があった。取り付けるのに成功した発信機から得られた情報も合わせて解析すれば十分だろう。それで相手の目的も予測できる。
(彼女の隠蔽癖は、……今に始まった事ではないですね。)
前方から人が歩いて来る。思考に耽っていたアルメリアは反応が遅れた。呼び止められて少し驚きながらも相手を見る。
「アルメリアさんが本部にいらっしゃるなんて珍しいですね。」
「……!スターチスさん。はい、任務の報告がありますから。」
にこやかな表情でアルメリアに声をかけたのはスターチスという名の女性であった。お嬢様然としたワルキューレでは珍しい温和そうな性格だ。
「お時間があれば是非私の隊の訓練に手を貸して頂きたかったのですが、任務の最中でしたら此処で足止めしてしまうのはよくないですね。」
「すみません、またの機会に。」
「お気になさらずに、ではまた。」
食い下がることもなくスターチスは離れて行った。
物言いはとても穏やかではあるがその内に秘めているものをアルメリアはよく知っていた。そこに存在する強烈な感情からか、アルメリアは少しだけ、ほんの少しだけスターチスの事が苦手であった。
スターチスの所属している部隊は特殊であり、あそこの雰囲気もアルメリアには苦手なものであった。ルースト支部がはみ出し者を受け入れているのと近いが、彼女の部隊は犯罪を犯した荒くれ者たちだけで構成されている特殊な独立部隊だ。
とはいえ、同じワルキューレとして活動している以上は他のワルキューレと同じように接すると決めていた。
(しかし、あの森の奥から感じた感情は、一体なんだったのでしょう。)
リベリオンの不意打ちに一手遅れた原因。それはより厄介な存在に気取られていたからだった。
複数の想いが混濁したように内在する森に潜む何か。エーテルへの適性が極めて高いアルメリアに発現した特異性が、その存在を捉えていた。
(本当に何処までが彼女の手のひらの上なのでしょうか。)
ただ、ちょっとしたサプライズもあった。一緒にいられた時間は短いものだったけれど、久しぶりにエリカと会えたのは悪いものではなかった。
アルメリアはいずれやって来る未来を想像し、小さく憂いを見せた。