「きゃー! 育先輩ー!」
「今日もかっこいいー!」
「あはは……。ありがとね」
学校のグラウンドを通りがかったら黄色い声援が飛んできた。育先輩は彼女たちに遠慮がちに手を振る。一層の喜びの声を上げる彼女たちを横目に、あたしは先輩の裾を引っ張った。
「……デート中なんだけど」
「ご、ごめんね。応えないのも悪いかなって……」
育先輩のそういうところは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。それでもこの場はあたしにとってつまらなすぎた。
「わっ! ど、どうしたの?」
腕を掴み、走って路地裏まで連れてきた。人目が切れればどこだって良かった。先輩と違ってあたしは息が上がっていたけど、構わず顔を引き寄せた。たった一回だけど、長い長いキスだった。お互い呼吸が苦しくなるくらいキツくなって、必然的に先輩はハート目になって悦んでいた。
「……ぷはっ」
いつも先に根を上げるのはあたしだ。もっともっと味わっていたいけど、この人は自分から離れないから、見極めを誤ると色々と危うい。
「きょ、今日は積極的だね……」
「……これでもさっき見せつけてやりたかったのを、我慢したんだよ」
「え……」
すると育先輩の顔が赤く染まっていった。恐らくこれはさっきまでの興奮とは違くて……
「そこまで真っ直ぐ妬かれちゃうと照れちゃうね」
「う……そんなの、ずるいよ」
先輩はちょっと困ったように頬をかいて、はにかんだ。この人は本当に……。普段は変態的なリアクションばかりなのに、時折乙女の顔を見せてきて、その度にこっちも照れてしまう。
「あははっ。胡桃は可愛いね」
「は、はあっ!? 可愛いのはあんただろ!」
「え? ボクは別に可愛いとかじゃないし……」
どれだけ自分に自信がないんだ。それともかっこいいって言われ続けてきたせいなのか。あたしは知っている。あの子たちも知らない、育先輩自身も自覚していない、可愛い部分をたくさん知っている!
「はむっ」
「ふわわっ……!?」
ほら、水餃子みたいにぷにぷにの耳を甘噛みしたら甘い声が漏れた。
「く、胡桃っ!? ボクの耳は食べ物じゃないよ……!?」
「ふぁふぁってるよ」
「咥えながら喋らないでぇ……。それとどうせならもっと強く噛むとか……!」
「ひゃだ」
今はいかつい魂出してくんな。
「ひゃああ……。わ、分かった! 分かったからぁ……」
ようやく認めてくれた。この辺で勘弁しておくか。そもそも今日はデートに来たんだ。こんな裏路地で一日を過ごすわけにはいかない。そう思って離れると——
「えいっ」
「えっ。……あ……」
不意を突かれて耳たぶにキスをされた。キスされた場所が熱でも持つかのように、顔が熱くなっていく。あたし今どんな顔してるんだろう。心を預けられるような誰かでなければ見せられない表情だということだけは分かった。
「ふふっ。やっぱり胡桃の方が可愛いよ」
本当にこの人はずるくて、そんなことされたらもっともっと——味わいたくなってしまった。
「あっ」
お腹がくるくる鳴り出して、育先輩がしまったという顔を浮かべたけど、もう遅かった。
……色々あってデートはまた後日ということになったけど、今日は久しぶりに満腹になれたとても良い日だった。