『そうですね——祭りと言えなくもないですね』
祭李は羽香里に吹き込まれた大人の祭りが頭から離れなかった。しかし彼女はまだ中一、しかも時期は未だ春。性知識には乏しいのが実情だった。
「いくら祭りでもあていには早いでい……」
「何をぶつぶつ言ってんだい?」
興味より恥ずかしさが上回り、調べることはせずに抱えているだけに、悶々とした日々を送っていた。こんな状態で恋太郎と会うのも気恥ずかしいため、今日は先と遊びに来ていた。
(先はこんなんでも高三だし、そういうこと知ってんのかねぃ。って、何を考えてんでい)
精神面が自分と同じくらいの先が性知識を持っていることなど想像もつかず、また想像したくもないことだったため、祭李は首を振って考えないようにした。
「いや……先と二人で出掛けんのなんて、こそばゆい気がしただけでい!」
「先輩ってつけな……! 今日はアタイがヘッドの駄菓子屋に連れて行くんだからさ」
「んなもんしゃらくせぃよ。がきんちょ共の集まりで見栄張ってどうすんでい」
相変わらず大人からは程遠い空気感に祭李は思わず安堵する。今日で気分も切り替えられる、そんな確信めいたものがあった。
「おばちゃん。ダチを連れてきたよ」
季鞠先生が加入した際にも連れて来られた駄菓子屋「いきつけ」。以前は大所帯でお邪魔したため、祭李が落ち着いた形で挨拶するのは初めてだった。
「今日は二人きりなのかい? 先ちゃんに似て可愛い子だねえ」
「へへ……照れんでい」
「ま、アタイは可愛いってよりカッコいいけどね!」
「そうそう。さくらんぼをいただいてねえ。一人じゃ食べきれないから、食べておくれ」
「お言葉に甘えます! ほら、祭李後輩も……」
「おぅ。ありがた山の寒がらすってねぃ!」
「ちゃんとお礼言いなっ!」
「粋じゃないねぃ。江戸っ子のシャレってやつでい」
二人の少女が仲良く言い合いする様子を微笑ましく見守りながら、駄菓子屋のおばちゃんはさくらんぼを出してくれた。
「これが大先輩のさくらんぼっ……!」
「貰いもんだって言ってただろぃ」
「粋じゃないね! 大先輩のお気持ちってやつだよ!」
意趣返しをしてドヤ顔を浮かべる先に祭李が心底悔しそうにしていると、調子づいた先は特技を披露してみせた。
「さらにアタイは大人だからこんなこともできちゃうのさ!」
「なんでい、やぶからぼうに」
すると突き出された舌の上では、手を使うことなく茎が結ばれていた。
「んなもんあていにだってできらぁ! ……あれ?」
「はっはっは! アタイの勝ちだね!」
負けじと祭李も挑戦してみるが、勢い任せではどうにもならなかった。
「軸結びかい。懐かしいねえ。昔デートの時に流行ったもんだよ」
「デート? そりゃまた不思議だねぃ」
「舌が器用じゃないとできないじゃろう? じゃからキスが上手いことのアピールになったもんじゃよ」
「つまりアタイは大人の女ってことさ!」
「へ、へぇ……」
(そういや昔胡桃がディープキス? ってぇのをしたとか言ってたねぃ。それじゃなんでい。先はこう……大人のキスってぇのがうめぃのかぃ?)
ほのぼのとした空気感に油断していた祭李はうっかり想像してしまった。先が自分に向かってじっくりキスをする光景を。
(あ、あていはなにを考えてっ……!?)
「……?」
突っ返されるのを待っていた先が首を傾げるのをよそに、祭李の顔は見る見るうちに赤くなっていた。
「ちょ、ちょっと! 体調でも悪いのかい?」
「なっ……!?」
すると心配された先におでこを合わされてしまい、祭李の心臓はうるさいくらい高鳴っていた。
(ラヴィニーの時もそうだったでい! 人の気も知らねぃでい……! ばーろちくしょっ!)
「熱はないか……」
「お、おぅ。わりぃねい」
(どうかしてんでい。心配してくれてんのに、このままキスしたら……とか考えたりなんて。……こういう時は)
普段とはかけ離れた情緒に陥っていることに気付き、深呼吸を挟んだ祭李は指先を突きつけた。
「こうなったら腕相撲で勝負でい!」
「どうなったら勝負なんだい……?」
「先に負けっぱなしでいられるわけねぃだろぃ。ばーろちくしょ!」
(こういう時は相撲をすりゃあいい。なぜならゴールデンカムイでもそうだったからでい!)
未だ興奮状態にあった祭李は決して冷静な判断はできていなかった。
「望むところだよっ!」
売り言葉に買い言葉とはこのことで、先は迷わず挑発に乗っていた。自分のホームでの戦いということもあり、負けるわけにはいかないと奮起して上着を脱ぎ捨てる。
「しっかし……本当にがりがりだねぃ。ちゃんと飯食ってんのかぃ?」
「食べてるけど、あんまり食べるとお腹壊しちゃうんだよ……」
「そうなのかぃ。ふーん……」
(普段は色気の欠片もねぃのに、なんかこう……)
いつもは身の丈に合わない特攻服を羽織っていて目立たないが、肩出し・ヘソ出しルックと露出度の高い格好が祭李の琴線に触れた。そして腕相撲のために骨のラインが浮き彫りになった細腕を目の前に差し出された。すると落ち着かせたかったはずの心拍数がさらに高鳴ってしまった。
(こ、こんなちんちくりんに興奮なんて変だろいっ……!)
腕相撲のために至近距離に近づく必然性が生まれたことが仇となり、ただただ興奮を募らせる結果になってしまう。
「行くよっ! ぐぬぬ……」
こうして始まった腕相撲。先は歯を食いしばり、顔を紅潮させ、腕をぷるぷるとさせ、なんとか力を込めようと息が漏れ出ている。しかし全くもって牙城を崩せなかった。
(簡単に押し倒せちまうねぃ。ってことは……)
「ぐうぅ……! ふっ……!」
目の前で悶えられながら、中一の自分に高三の先が力で勝てない現実をまざまざと見せつけられ、祭李は倒錯感を覚えていた。しかしここで彼女に救世主が現れた。
「さきせんぱいだー!」
「来たねっ……! アタイが勝ったら皆に奢ってやるよっ……!」
「やったー!」
近所の子供達がわらわらと現れ、祭李の情緒も次第に落ち着きを取り戻していった。
(こういう所は素直に尊敬できるねぃ。ま、なんだかんだいい先輩なのかもしれなぃねぃ)
「てやんでい! これ以上はもたねえでぃ……」
「えっ?」
仕方なく彼女の面子を立てて、祭李はあえて自分が負けるように仕向けた。唐突に訪れた祭李への初勝利に先は唖然としていた。
「さきせんぱいつよーい!」
「お、おお! 当たり前だよっ! ほら、好きなの食べなっ!」
子供達が我先にとなだれ込んでいくと、二人きりになって先は頬をかいていた。
「わ、悪いね。気を遣わせちゃって」
「さすがに分かってたかぃ」
「まあね。アタイ腕相撲で勝てたこと一回しかないし。ま! アタイを先輩として認めてくれたからこそ、立ててくれたってことだね!」
(出会ったばかりの先にならこんなことしなかっただろうねぃ……。力がねぃのに先輩を貫く根性に惚れちまったのかもしんねぃな。ま、今はまだ……)
「いや、んなこたぁ言ってねぃよ。むしろあていの勝ちでい」
「あん? どういうことだい」
「本当の大人の女ってぇのはさくらんぼを結べるかどうかじゃなくて、腕相撲で手を抜けるかどうかってことでい!」
「なにっ!? ……そ、そうだったのかい!?」
祭李が鼻高々に言い放つと、真に受けた先は心底悔しそうに拳を握りしめた。
(柄にもなく考えすぎちまったでい。お互い子供だからねぃ。やっぱり大人の祭りはまだ早いってことでい)
そういった知識に触れてから気ばかりが逸っていたが、自分だけでなく先もまだまだ子供であると確認した祭李は、大人の関係に進むのはもう少し後でも良いように思えていた。
「さきせんぱいこれたべてー!」
「お、サンキューな」
すると先は子供にガムを渡され、迷わず口にした。
「あははっ! ひっかかったー」
「えっ、祭李後輩! アタイの舌どうなってる!?」
「でいっ……!?」
赤く染まった舌を伸ばして見せつけられた祭李は負けじと顔を赤らめた。
(子供だからこそ考えなしってぇのも問題かもしんねぃな!)
大人の関係に進むのはもう少し後。しかし興味が出てしまった以上、案外遠くない未来なのかもしれない……そんな風に思いながら、祭李はもうしばらく悶々とする日々を過ごす羽目になったのだった。