警報表示が紫へ遷移した。
UNKNOWN HOSTILE。
数秒の解析。
続いて、戦術表示器の中央に短い文字列が浮かぶ。
REVENANT
「……最悪だ」
誰かが通信回線の向こうで呟いた。
否定する者はいなかった。
前方、市街地跡を埋め尽くすように敵性反応が広がっている。
SWARM、一一三。
味方UNIT、九機。
一機が脚部駆動系損傷。二機が主兵装残弾四〇パーセント以下。
それだけなら、まだよかった。
敵集団の中央。
通常個体とは明らかに異なる反応が一つ。
黒い四脚型。
低く構えた細長い胴体の前方から、一対の刃状兵装が伸びている。
個体識別名、《HOUND》。
これまで三度確認され、そのたびに討伐部隊を壊滅させているREVENANTだった。
「撤退要求」
『もう出してる』
「返答は?」
『来た』
戦術表示に新しい命令が展開される。
HOLD POSITION
その下に数字。
00:47
「……四十七秒?」
新人は表示を見直した。
数字は変わらない。
「CONTROL、状況を再確認してください。敵一一三、REVENANT一。こちら九機です」
『確認している』
「撤退路も塞がれかけています」
『それも確認している』
「では撤退を――」
『却下。現位置を保持』
一拍。
『残り四十四秒』
「もう減ってるじゃないですか」
誰かが笑った。
新人はそちらの回線を睨む。
「何がおかしいんです?」
『いや。相変わらずだと思って』
「これが?」
『これが』
砲撃。
右後方の建造物が吹き飛んだ。
警告表示が重なる。
「敵、右から三――」
『二歩右』
司令の声。
「え?」
『右へ二歩。停止』
「今ですか?」
『今だ』
新人は操縦桿を倒した。
一歩。
二歩。
停止。
直後、視界を黒い影が横切った。
《HOUND》。
刃が、ほんの一瞬前までコックピットのあった空間を通過する。
「――っ!」
『動くな』
「いや、こいつこっち見てますけど」
『三』
「何のカウントです?」
『二』
《HOUND》が姿勢を反転。
「ちょっと待って」
『一』
轟音。
砲弾が二機の間を通過した。
《HOUND》が跳ぶ。
背後の道路が砕け散った。
「射線近すぎません!?」
『当ててない』
「当たったら死ぬんですが」
『当てない』
当然のように返された。
新人は一瞬、言葉を失う。
『残り二十九秒』
「……この人、いつもこんなんですか」
『大体』
古参のUNITがSWARMを撃ちながら答えた。
『今日はまだ優しい方だ』
「嘘でしょう」
『前は弾切れの機体に突撃させた』
「死ぬやつじゃないですか」
『生きてる』
「結果論……」
戦術表示が更新される。
索敵仕様のUNITが二機、左右へ散開していた。
一機は敵の外縁。
もう一機は――。
「待って。索敵機、中央に入りすぎです」
『意図的だ』
司令。
新しい命令が表示される。
ADVANCE
「そこ敵しかいませんよ」
索敵機から声。
『知ってる』
「なら戻った方が」
『私もそう思う』
『そのまま進め』
CONTROLが割り込む。
数秒の沈黙。
『……敵密度、高いけど』
『確認している』
『撃破される可能性は?』
『ある』
「あるんだ……」
新人が呟く。
司令は続けた。
『だが、死なせない。進め』
索敵機は一瞬だけ黙った。
『了解』
加速。
SWARMの群れへ突入する。
「なんで従えるんです?」
新人は思わず聞いた。
古参から返事。
『四十七秒って言っただろ』
「それが何なんです」
『あの人が四十七秒と言ったなら、四十七秒だ』
「理由になってません」
『なるんだよ』
残り一八秒。
敵の密度が増していく。
索敵機を追う一群。
左翼へ展開した二機へ向かう一群。
後退するUNITを追撃する一群。
新人は戦術図を見る。
そして、気づいた。
「……集まってる?」
SWARMは包囲しているのではない。
誘導されている。
いくつもの群れが、旧高速道路へ向かって収束している。
遠距離仕様の二機は、まだ一発も撃っていない。
残り九秒。
『全機、姿勢を下げろ』
司令。
『三』
遠距離UNITに射撃許可。
「三?」
『伏せろ、新人!』
古参の声。
『二』
九機が一斉に姿勢を落とす。
『一』
四発。
ほぼ同時だった。
砲弾が旧高速道路の支柱へ着弾する。
一本。
二本。
三本。
四本。
老朽化し、これまでの戦闘で損傷を蓄積していた構造物が耐えられるはずもなかった。
高架道路が沈む。
一瞬遅れて、崩壊。
SWARMの大半を載せたまま、数百メートルにわたって道路が落下した。
鋼材。
コンクリート。
敵機。
全てが押し潰される。
表示上の敵性反応が急激に減少した。
一一三。
八二。
五一。
二七。
一四。
長距離砲撃が続く。
九。
五。
二。
一。
最後の反応が、瓦礫から高速で飛び出した。
「……あれで生きてるのかよ」
《HOUND》。
『高機動機、追撃』
女性の声が返る。
『私?』
『君以外に誰がいる』
『こっちも結構ボロボロなんだけど』
『十四秒だけ付き合え』
『十四秒?』
『そうだ』
少し間。
『……絶対?』
『絶対』
『分かった』
『残り十三秒』
『本当に性格悪いわね』
『知ってる』
高機動UNITが加速した。
瓦礫を蹴り、《HOUND》へ迫る。
黒い機体が反応。
二機が崩壊した市街地を駆ける。
射撃。
回避。
接触。
一瞬だけ刃が交錯し、装甲表面に火花が走る。
『北西』
『了解』
高機動機が進路を変える。
《HOUND》が追う。
『次、西』
『はいはい』
もう一度。
新人はようやく理解した。
撃破しようとしているのではない。
追わせている。
誘導している。
視線を先へ向ける。
その先。
瓦礫の隙間。
砲身。
「あ……」
司令から最後の指示。
『そこから先は任せる』
それだけ。
座標もない。
攻撃方向もない。
高機動機は迷わなかった。
『了解』
《HOUND》の前へ出る。
一度だけ速度を落とす。
黒い機体が食いつく。
高機動機は右へ跳んだ。
射線が開く。
砲声。
《HOUND》の中央構造体が砕けた。
黒い装甲片が宙を舞う。
敵性反応、消失。
静寂。
数秒後、司令の声が戻った。
『全機、被害報告』
一機ずつ応答する。
『機動可能』
『左腕損傷』
『残弾六パーセント』
『センサー一部死んだ』
『帰ったら整備班に怒られる』
『それは状態報告ではない』
『需要な精神状態で〜す』
笑い声。
新人も通信を開いた。
「……生存。機動可能です」
九機目まで確認。
全員。
ほんのわずか。
司令が息を吐く音が聞こえた。
新人は瞬きをした。
「……安心するんですね」
『何が?』
古参。
「あの人」
『そりゃするだろ』
「でも、こんな無茶ばっかり言うのに」
『無茶は言う』
「死ぬようなところにも行かせる」
『行かせるな』
「じゃあ、なんで評判いいんです?」
少し間があった。
古参機が帰投方向へ向きを変える。
『適切に使ってくれるからだ』
「……」
『必要なら死ぬかもしれない場所にも送る。俺たちだって、それは分かってる』
遠くに防壁が見えた。
そのさらに向こう。
生存圏の灯り。
『でも、必要のない死に方は絶対にさせない』
「それで?」
『それで十分だ』
高機動機が個別回線を開く。
『司令』
『何だ』
『今回も無茶苦茶』
『必要だった』
『そう言うと思った』
『全員帰れる』
一瞬の沈黙。
『……そうね』
女性の声が少しだけ柔らかくなる。
『昔から、そういうところは変わらない』
『何が?』
『なんでもない』
『気になる言い方をするな』
『そのままでいて』
『意味が分からない』
『知ってる』
通信が切れた。
新人は隣を歩く古参機へ通信を繋ぐ。
「……あの二人、知り合いなんですか?」
『さあな』
「絶対何かありますよね」
『本人に聞け』
「嫌ですよ」
防壁の向こうでは、今日も街の灯りが点いている。
水が出る。
電車が走る。
誰かが仕事から帰り、誰かが夕食を作る。
明日の予定を立てる人間がいる。
そんな、戦場から見れば冗談みたいに普通の日常。
『全機、帰投』
司令から最後の命令。
九機のUNITが生存圏へ向かう。
損傷、あり。
機体損耗、あり。
死者、ゼロ。
少なくとも今日。
この座標が誰かの LAST CONTACT として記録されることはなかった。