Dropping Out 〜What if Liko drop out to our world?   作:vic.

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第1話「私、こぼれ落ちちゃった…。」

【ブレイブアサギ号・リコの部屋】

 

朝のやわらかな光が、船室の窓から差し込んでいた。

ベッドの上でゆっくりと目を覚ましたリコは、大きく伸びをする。

 

リコ

「ん……ふぁぁ……。もう朝、かな……」

 

枕元に置いたモンスターボールに視線を送る。

いつものようにそこにある相棒の温もりを感じながら、リコは微笑んだ。

 

リコ

「おはよう、ニャオハ」

 

胸元に触れると、テラパゴスが眠るペンダントが静かに冷たい感触を返してくる。

いつもと変わらない、愛おしい日常の始まりだった。

身支度を整えたリコは、部屋のドアを開けて食堂へと向かった。

 

【ブレイブアサギ号・食堂】

 

食堂からは、すでに香ばしい朝食の匂いが漂っていた。

テーブルの席では、ロイが元気いっぱいにパンを口へ運んでいる。

 

ロイ

「あ! リコ、おはよう!

今日のマードックさんの朝ごはん、すっごく美味しいよ!」

 

リコ

「ふふ、おはようロイ。相変わらず朝から元気だね」

 

ドット

「……声が大きい、ロイ」

 

モニターを覗き込んでいたドットが、呆れたようにため息をつきながら言葉を挟む。

 

ドット

「まあ、リコ。おはよう。

今日の風の勢いなら、予定通りのルートで次の街に着けそうだよ」

 

リコ

「本当? よかった!

また新しい街で、いろんなポケモンや人に出会えるといいな」

 

みんなでテーブルを囲み、他愛もない会話を交わしながら朝食を食べる時間。

風を切って飛ぶブレイブアサギ号の揺れと、仲間の笑い声。

リコにとって、これ以上ないほど安心できる温かな居場所だった。

 

【ブレイブアサギ号・甲板】

 

食事を終えたリコは、風を感じるために甲板へと出ていた。

青く広がる空と、どこまでも続く雲の海。

 

リコ

「(私、ライジングボルテッカーズのみんなと一緒にいられて、本当に幸せだな……)」

 

ペンダントをそっと手に握りしめ、遠くの地平線を見つめる。

ロイやドット、そして大切なポケモンたちと共に歩む旅。

この穏やかな時間が、ずっと続いていくのだと誰もが信じて疑わなかった。

 

――異変が起きるまで、あとわずか。

日常が終わりを告げるカウントダウンは、すでに始まっている。

 

【ブレイブアサギ号・甲板】

 

青空を眺めていたリコの手元で、急に影が落とされた。

雲が遮ったわけではない。甲板の床――リコの足元だけが、まるで底の抜けた沼のように、濃密な漆黒へと変質し始めていた。

 

リコ

「え……? 何、これ……足が……抜けない……!?」

 

足首から先が、甲板の木目をすり抜けて謎の闇へと沈んでいく。

冷気とも温もりともつかない、不気味な浮遊感が脚を伝って這い上がってきた。

 

ロイ

「リコー! マードックさんがおやつ出来たって――って、ええっ!? リコ!?」

 

ドット

「なになに、今の揺れ……って、何あれ! 天井も壁もないのに、空間が歪んで……!?」

 

異変に気づいたロイとドットが、顔色を変えて甲板を駆け抜けてくる。

ロイが必死に手を伸ばし、ドットが叫びながらモニター端末を叩くが、黒い渦はそれを嘲笑うかのように急激に広がり、リコの腰、そして胸元までを呑み込んでいった。

 

ロイ

「リコ! 手を伸ばして! 早く!!」

 

ドット

「ダメだ、物理的な引っ張り合いじゃない……! 空間の数値が完全にバグってる……っ! リコ、ペンダントは!?」

 

リコ

「ロイ……! ドット……! ポケモンたちが、ボールが……っ!

いや……来ないで! 引き摺り込まれちゃう……っ!!」

 

リコが差し伸ばそうとした手は、空をを切った。

腰に下げていたはずのモンスターボールも、胸元で光っていたペンダントも、粒子のように解けてブレイブアサギ号の甲板へと取り残されていく。

 

ドット

「リコ―――っ!!」

 

ロイ

「リコ―――!!」

 

二人の悲痛な叫び声が、遠ざかる。

視界が反転し、光も音も奪われた絶対的な無の世界へ、リコは真っ逆さまに落下していった。

 

(…………。)

 

思考が途切れ、感覚が麻痺する。

自分が誰なのか、どこへ向かっているのかすら、深い闇の中に溶けて消えていった。

 

 

【現実世界・渋谷スクランブル交差点】

 

――ガタゴト、と地響きのような音が鼓膜を揺らす。

巨大な街頭ビジョンから流れ出る高音量の音楽、クラクションの音、何千人もの話し声が混ざり合った狂騒。

 

リコ

「ハッ……ッ!?」

 

跳ね起きるように目を覚ましたリコは、荒い息を吐きながら冷たいアスファルトの上に崩れ落ちていた。

頭が割れるように痛む。胸を押さえようとしても、そこにはもうあのペンダントの感触はない。腰に手をやっても、相棒のボールすら固い床に滑り落ちる感覚はなかった。

 

しかし、パニックになる間もなく、彼女を取り囲む視線と声が押し寄せてきた。

 

通行人A(男子高校生)

「うわっ、急に人が倒れてきたんだけど!? 大丈夫かよ……ってか、あのコスプレ凄くね?」

 

通行人B(女子高生)

「ヤバ、アニポケのリコじゃん! え、超リアル……っていうかあの猫耳、どうなってんの?」

 

通行人C(ビジネスマン)

「なんだなんだ、何かのイベントか? 人混みの真ん中で座り込まれると困るんだが……」

 

通行人D(観光客・外国人)

「Oh! Anime cosplay! Very realistic... Wait, are those cat ears moving?」

 

通行人E(買い物客の女性)

「本物の動物の毛並みみたい……どうやって動かしてるのかしら。最近の猫耳ってあんなに精巧なの?」

 

通行人F(大学生)

「おいおい、TikTokに上がってたバズり中のやつか? 写真撮っていいのかな……」

 

無数のスマートフォンが向けられ、フラッシュや電子音がリコの周囲で弾ける。

混乱する頭の中で、リコは通行人たちの会話から、聞き覚えのない不自然な単語を拾い上げた。

 

リコ

「え……ねこ……みみ……?」

 

自分の頭の上に手を伸ばす。

元々そこにあったはずの、自分の耳の感触がない。

代わりに指先が触れたのは、頭頂部近くから生えている、やわらかく温かい毛並みと、ピクピクと音に反応して動く三角形の「何か」だった。

**【現実世界・渋谷スクランブル交差点】**

 

眩い街路灯や大型ビジョンの光、絶え間なく交差する人々の波。

あまりの音量と視線の渦に息を詰まらせながら、リコは必死の思いで立ち上がった。

膝はガクガクと震え、足元もおぼつかない。すれ違う人々が口々に発する「コスプレ」「リアル」「猫耳」という言葉が、頭の中で意味を結ばずにリフレインしていた。

 

リコ

「ハァ……ハァ……っ、何……ここ……?

ロイ……? ドット……? みんなどこ……っ!?」

 

周囲を見回すが、そこに広がるのは見慣れたブレイブアサギ号の甲板でも、パルデアの豊かな大自然でもない。

見上げるほど高い巨大なビル群と、見たこともない複雑な文字が躍る看板、そして自分を奇怪なものを見る目で見つめる群衆だけだった。

 

混乱する頭を抱え、逃げるように数歩後退りしたリコは、近くの商業ビルのショーウィンドウ――暗いガラス面に自分の姿が映り込んでいることに気づく。

 

リコ

「……ひっ……!?」

 

ガラスに映る「自分」の姿を見た瞬間、リコの喉から掠れた短い悲鳴が漏れた。

 

いつも着ている青いパーカーと見慣れた服のままではある。

しかし、胸元にあったはずの輝くペンダントは消え去り、腰のポケットにあった大切なモンスターボールの重みも一切なくなっていた。

 

そして何より――彼女の頭部にあったはずの「人間の耳」が、影も形もなく消え去っていた。

 

代わりに頭頂部から生えていたのは、鮮やかな緑色を帯びた、相棒のニャオハと瓜二つの毛並みを持つ二つの三角耳。

さらには腰の後ろから、ふわふわとした一本の長い尻尾が垂れ下がり、彼女の動揺に合わせて不安そうにゆらゆらと揺れていた。

 

リコ

「なに……これ……嘘……嘘でしょ……!?」

 

自分の体に起きた信じがたい変貌。

受け入れられない現実を確かめようと、震える右手をおそるおそる頭上へと伸ばす。

 

指先が、頭頂部のやわらかな毛並みにそっと触れた。

 

――ゾクッ。

 

その瞬間、頭のてっぺんから全身の神経へと、これまで経験したこともない未知の感覚が突き抜けた。

ただ「物に触れている」だけではない。触れられた部分の毛皮の感覚、指の温もり、空気の揺れまでが直接脳内に流れ込んでくるような、生々しく鮮烈な触覚。

 

リコ

「きゃあぁぁぁぁぁっっ!?!?」

 

自分の耳に触れただけで、リコは耳を激しく倒しながら甲高い悲鳴をあげ、弾かれたようにその場にしゃがみ込んでしまった。

 

通行人G(通りすがりの女性)

「えっ、大丈夫!? なんか急に悲鳴あげてしゃがみ込んじゃったけど……」

 

通行人H(動画撮影中の若者)

「演技? え、マジでパニックになってね? リアクションがガチすぎるんだけど……」

 

頭を強く抱え込み、小さく丸まるリコ。

指先で触れたときのゾクゾクとする生々しい感触が、自分の頭の上にある「それ」が偽物の飾りなどではなく、紛れもなく自分の身体の一部になってしまっていることを容赦なく突きつけていた。

 

リコ

「嫌……嫌だ……っ!

ニャオハ……どこにいるの……助けて……っ!!」

 

耳を硬く伏せ、尻尾を身体に巻き付けながら、リコは渋谷の喧騒の真ん中でひとり、声にならぬ震える息を漏らすことしかできない。

**【現実世界・渋谷スクランブル交差点】**

 

街の狂騒と人々の無遠慮な視線、そして頭上に生えた「異物」への恐怖でしゃがみ込むリコ。

周囲の人だかりがさらに膨らみかけたその時、人混みを押し分けるようにして重い足音が近づいてきた。

 

警察官A

「はいはい、立ち止まらないで移動してくださいー! 何かありましたか? ……ん? 君、大丈夫?」

 

警察官B

「ちょっとこっちに! 人目が多いから、一旦あっちの交番まで移動しようか」

 

制服を着た二人組の警察官だった。

一人が周囲の野次馬を手で散らし、もう一人が優しく、しかし毅然とした態度でリコの肩を叩く。

見知らぬ大人の威厳ある声に、リコは肩を跳ねさせながら顔を上げた。

 

リコ

「け、警察……さん……? あ、あの、私……ここがどこなのか、全然分からなくて……っ」

 

警察官A

「落ち着いて。怪我はない? 迷子かな……それとも気分の悪化? とりあえず立ち上がれるかい?」

 

立ち上がろうとしたリコの背後で、不安げにゆらりと揺れる一本の大きな尻尾。

そして、声に反応してパタパタと倒れる頭の上の緑色の猫耳。

警察官たちの視線が、一瞬でリコの頭部と腰元に釘付けになった。

 

警察官B

「……ん? 君、その耳と尻尾は……いや、今はとにかく場所を移そう。ほら、手を出して」

 

リコは警察官に支えられながら、逃げるようにスクランブル交差点の脇にあるハチ公前交番へと案内された。

自動ドアが閉まり、外の喧騒がふっと遠のく。

 

---

 

**【ハチ公前交番・取調室(相談スペース)】**

 

室内に入り、パイプ椅子に腰掛けさせられたリコ。

温かいお茶の入った紙コップを渡されたものの、手は震えてお茶を口に運ぶことすらできない。

机を挟んだ向かい側には、ノートを開いた警察官Aが困惑と疑問の入り交じった表情で座っていた。

 

警察官A

「よし、それじゃあ落ち着いたら教えてくれるかな。まず、君のお名前は?」

 

リコ

「リコ……です。ライジングボルテッカーズの……リコです……」

 

警察官A

「ライジング……? ああ、グループの名前かな? フルネームは分かる? 苗字は?」

 

リコ

「苗字……? 私は、リコです。パルデア地方の……ボウルタウン出身の……」

 

警察官Aがペンを握ったままぴたりと手を止めた。

隣で書類を整理していた警察官Bも手を止め、顔を上げる。

 

警察官A

「パルデア……? ボウルタウン……? えーっと、海外の都市かな? パルデアっていう国があるのかな……」

 

警察官B

「待て……パルデアって、確か子どもがやってるあのゲームの……」

 

警察官Aは怪訝な顔をしながら、手元の警察用端末(タブレット)を操作し始めた。

 

警察官A

「君、身分証明書はあるかい? マイナンバーカードとか、学生証とか、パスポートとか。ポケットやカバンの中に何か入っていないかな?」

 

リコ

「身分……証明書……? えと、スマホ……あ、スマホがない……! モンスターボールも、スマホロトムも、全部……ブレイブアサギ号に置いてきちゃって……っ!」

 

パニックになりかけるリコを見て、警察官たちは顔を見合わせた。

警察官Aは言葉を選びながら、慎重に問いかける。

 

警察官A

「あのね、リコちゃん。君の言っている『ブレイブアサギ号』とか『スマホロトム』っていうのは、何かのアニメやゲームの設定だよね? 君、どこから来たの? お父さんやお母さんの電話番号は分かる?」

 

リコ

「設定……? 違います! 私は本当にパルデアから……ロイやドットと一緒に、空を飛ぶ船に乗っていて……! 突然足元が真っ黒になって、ここへ落とされたんです!」

 

必死に訴えるリコの頭上で、猫耳が感情に合わせてピンと立ち上がり、不機嫌そうに後ろへ倒れた。

警察官Bがじっとその耳を見つめ、ゴクリと唾を呑み込む。

 

警察官B

「なあ……先輩。さっきからあの耳、本当に動いてません? ウィッグのメカとかじゃなくて……皮膚と一体化してるように見えますけど……」

 

警察官A

「バカ言え、そんなわけ……おい、ちょっと失礼するよ」

 

警察官Aが身を乗り出し、リコの頭の耳にそっと手を伸ばそうとした。

 

リコ

「っ……! や、やめてくださいっ!!」

 

耳に触れられることへの恐怖から、リコは思わず頭を抱えて身を縮こまらせた。

感情の昂ぶりに反応し、耳の毛皮が逆立ち、微かに甘い、草木のような香りが交番の中にふわりと広がる。

 

警察官A

「うおっ……!? い、今、なんか甘い匂いが……っていうか、耳が本当に感情で動いて……!?」

 

警察官B

「先輩! タブレットで検索しました! 『リコ』『パルデア』『スマホロトム』……これ、現在放送中のアニメ『ポケットモンスター』の主人公ですよ!!」

 

警察官Bが提示したタブレットの画面には、アニメの公式サイトと、そこに描かれた青いパーカーを着た少女――「リコ」の姿がはっきりと映し出されていた。

 

リコ

「え……? ポケット……モンスター……? アニメ……?」

 

自分の名前と姿が、見知らぬ四角い板の中に「絵」として飾られている。

その事実を目にした瞬間、リコの思考は完全に凍りついた。

 

警察官A

「おいおい……じゃあ何かい? この子はアニポケのコスプレをしてる……いや、でもこの耳と尻尾は本物に見えるぞ!? 迷子捜索届にもこんな該当者は出てないし、照会をかけても『リコ』なんて名前の該当データがない……!」

 

警察官B

「身元不明……それどころか、戸籍すら存在しない……!? どういうことだ、この子、どこから現れたんだ……!?」

 

現実世界の警察のシステムでは、リコの存在を証明するデータは「ゼロ」だった。

警察官たちの困惑と混乱の視線が集中する中、リコは画面の中の自分の姿を見つめたまま、全身の血が引いていくような絶望感に包まれている。

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