Dropping Out 〜What if Liko drop out to our world? 作:vic.
【仮想世界・ブレイブアサギ号・倉庫】
現実世界でリコが眠りから覚め、真実に近づいていたその時――。
仮想世界に残されたフリード、ロイ、ドットの三人は、倉庫の奥底でさらなる絶望的な「歪み」を掘り起こしていた。
ドットが震える指先で、残された膨大なリストのコードを解読していく。
画面に浮かび上がる名前と図鑑ナンバーの対応表が、新たな戦慄となって彼らの胸を突き刺した。
471番:カイ(グレイシア)
813番:ゴウ(ヒバニー)
937番:アメジオ(ソウブレイズ)
959番:モリー(デカヌチャン)
ドット
「モリーさんはデカヌチャン……! アメジオはソウブレイズ……ゴウやカイって人たちまで……!
やっぱり、みんなその人の魂や運命に深く結びついたポケモンのナンバーが割り振られてるんだ……!」
ロイ
「モリーさんも、アメジオも……あっちの現実世界に落とされちゃうの……!?」
しかし、リストをどれだけスクロールしても、過去のログを遡っても、あるはずの名前が「どこにも」存在しなかった。
ライジングボルテッカーズのリーダーであり、誰よりもこの世界の謎を追っていた男――フリードの名が、1025組のリストのどこにも刻まれていなかったのだ。
ロイ
「あれ……? フリード……? フリードの名前がないよ! 探しても、どこにもないんだ!」
フリード
「……俺の名前が……ない……?」
フリードの目が見開かれる。
ドットが血眼になってリストの最下部へとカーソルを叩きつけると、そこには異様な余白とともに、赤く血のようなフォントで刻まれた「最後の警告文」が浮かび上がっていた。
『EVERYONE ELSE IN THIS WORLD WHO ISN’T ON THIS LIST DIES AT 07/22/27. THIS WORLD WOULD BE DESTROYED BY AURORA THAT DISINTEGRATES EVERYTHING』
(このリストに載っていないこの世界のすべての者は、2027年7月22日に死亡する。この世界はすべてを分解するオーロラによって破壊されるだろう)
――リストに載っていない者は、現実世界へ「回収」されない。
2027年7月22日、天空を覆い尽くす不可逆の解体オーロラによって、データごと、肉体ごと、存在のすべてを消滅させられる。
フリード
「俺は……選ばれなかったのか……。回収の対象から……漏れている……!?」
ロイ
「そんなの嘘だ!! フリードが消えちゃうなんて嘘だ!!」
ドット
「嫌だ……! ボクたちだけ現実世界に行かされて、フリードがここに残されて消えるなんて……そんなの認めないぞ!!」
ロイとドットがフリードの服にすがって叫ぶ。
しかし、預言者エクスの残した絶対のルールは無慈悲に宣告していた。
1025組に選ばれた者だけが、ポケモンの異形の姿を得て「現実世界」へと逃がされる。
選ばれなかったフリードや、残された大半の存在は、2027年7月22日、世界を呑み込む光のオーロラの中で、完全な「無」へと還走していくのだ。
フリード
「……くそっ……! なんだよそれ……! 俺は何のために……この船を動かしてきたんだ……!」
キャプテンピカチュウが悲痛な鳴き声を上げ、フリードの肩に飛び乗る。
あまりにも非情な世界の淘汰システム。
残り48時間で現実世界へと弾き飛ばされるロイ。
そして、仮想世界で残酷な滅びの刻限を突きつけられたフリード。
運命のギアは、仲間たちを容赦なく「生」と「消滅」の二つへと分断しながら、狂気的な速度で回転し続ける。
呆然と佇むフリードたちの前で、壁に貼り付けられた羊皮紙の余白に、まるで黒い血が滲み出すように新たな過去のテキストが浮かび上がってきた。
『2026年1月、世界は滅びのラクリウムで危機に陥るが、回避されるだろう。しかし、地中にまだラクリウムが残っており、このままでは新たな首謀者が現れて2027年8月8日にポケモンを暴走させて人類が滅亡してしまうかもしれない。これを予知した『神』は、選ばれし1025組をこの世界から脱出させ、残されたポケモンや人類、そして世界諸共すべてを破壊する苦渋の決断を下した。よって、2027年にこの世界は破滅する、という噂は真実である 預言者エクス』
ドット
「2026年1月のラクリウムの危機……! それを越えても、地中に残ったラクリウムのせいで2027年8月にポケモンが暴走して、最悪の人類滅亡が起きるはずだったんだ……!」
ロイ
「人類滅亡……!? だから……だから『神』様は、世界が地獄になる前に、1025組を選んで現実世界へ逃がして、この世界ごと消し去ることにしたの……!?」
『神』――すなわち、この仮想世界のシステムを構築した創造主が下した、あまりにも残虐で、そして苦渋に満ちた絶対の救済措置。
2027年8月8日に訪れるはずだった「ポケモンの暴走による人類滅亡」という最悪の未来を未然に防ぐため、その手前の2027年7月22日に、世界そのものをオーロラで分解してリセットする。
そして、その壊滅的な運命から救い出されるのが、図鑑のコードを与えられて現実世界へと弾き出される「1025組」だったのだ。
フリード
「苦渋の決断……だと……!? ふざけるな! 残される俺たちやポケモンたちはどうなるんだ! 世界を消滅させて救うなんて、そんなのが救済と言えるかよ……っ!」
フリードの怒りの叫びが倉庫に響き渡る。
しかし、預言者エクスの刻んだ言葉は、これが覆しようのない決定事項であることを静かに突きつけていた。
リストに載っているロイやドット、そして現実世界にいるリコは「脱出対象」として生き延びる。
けれど、リストに名のなかったフリードや、残される無数の人々、そしてポケモンたちは、2027年7月22日、ラクリウムの暴走による滅亡を迎える前に、世界の崩壊と共に消えていく。
ロイ
「嫌だ……! フリードも、ホゲータも、ブレイブアサギ号もみんな一緒じゃなきゃ嫌だよ……!!」
ロイが溢れ出る涙を拭おうともせず叫ぶ。
世界の破滅の真実、そして「脱出」と「残される者」の分断。
現実世界で目覚め、ロイの到着を待つリコはまだ、この「苦渋の決断」の裏に秘められた恐ろしい理由を知らない。
逃れられない滅びのカウントダウンが、仮想世界と現実世界の両方に、容赦なく刻まれ続けていく。
古ぼけた羊皮紙の最下部、黒いインクの雫が垂れた跡のさらに下に、震えるような筆致で『神』の苦悩と真意を伝える最後の追記が刻み込まれていた。
『『神』は、何度考えても、残念ながら結局この方法しか思いつかなかったようだ。『神』も、これしか方法がないということを極めて遺憾に思っている。そして、その方法以外に解決策はないことを悟った『神』は諦めるしか方法がない事態になることもある、と結論を出してしまった。そして『神』は、自分の行いを身勝手だと言わないようにお願いしているようだ。』
その文字を目にした瞬間、ロイの感情が爆発した。幼い胸を裂くような怒りと理不尽さが、涙とともに喉を突いて飛び出す。
ロイ
「身勝手だよ……っ! そんなの、あまりにも身勝手すぎるよ! 自分の思い通りにいかないからって、僕たちの世界を壊して、みんなをバラバラにして逃がすなんて……っ! 神様なら、もっと別の方法を探してよ! 僕たちの旅を、僕たちの仲間をなんだと思ってるんだよ!!」
ロイは両拳を握りしめ、天を仰いで叫んだ。その叫びは、自分たちを置き去りにして世界のコードを書き換えようとする絶対者への、痛烈な抗議だった。
しかし、その叫びを制するように、フリードの肩から飛び降りたキャプテンピカチュウが、鋭い、だがどこか深く哀哀を帯びた瞳でロイの前に立ちはだかった。
キャップ
「ピカッ、ピカチュウ……!!」
キャップは前足でロイの脚を押し止め、力強く首を横に振った。その横では、ホゲータもクワッスも、さらには船の片隅に佇んでいたリザードンやほかのポケモンたちまでもが、静かに、けれど固い決意を秘めた眼差しでロイを見つめていた。
ポケモンたちの瞳に宿っていたのは、神に対する憤りではなかった。
それは、幾千、幾万もの「世界の可能性」を観測し、模索し続けた果てに辿りついた、残酷なまでの理解と諦念――そして『神』への同情だった。
ロイ
「キャップ……? なんで……? なんで神様を庇うの……!?」
ドット
「ロイ……待って。ポケモンたちの言う通りなのかもしれない……」
ドットが震える手で、預言者エクスの羊皮紙に隠されていたバックアップデータと、世界の観測記録(ログ)の残骸をスクリーンに映し出した。そこに表示されていたのは、無限に分岐し、そしてその全てが崩壊へと至った「パラレルライン(破滅のシミュレーション結果)」の山だった。
ドット
「『神』は……何千回も、何万回も試したんだ。ラクリウムの残留エネルギーを完全に消去するプログラムを作ろうとしたり、首謀者を事前に排除しようとしたり、ポケモンの暴走を抑える波長を全土に流そうとしたり……。でも、どのルートを選んでも……2027年8月8日、ラクリウムは地底から噴出して、ポケモンたちは狂気に呑まれ、人類もポケモンも、互いを破壊し尽くして地獄のような滅びを迎えた……」
どんなにシステムを書き換えても、どれほど奇跡を祈っても、ラクリウムという「滅びの因子」が世界に存在する限り、結末は変わらなかった。
『神』は決して身勝手などではなかった。幾度となく絶望的な敗北を重ね、自らが創り出した世界が最悪の地獄絵図へと変貌する未来を誰よりも恐れ、血を吐くような苦渋の決断として、「1025組の脱出」と「世界の初期化(破滅)」という唯一の生存プランを選び取ったのだ。
「これ以上、神を責めてはならない」
言葉にせずとも、キャプテンピカチュウたちの静謐な佇まいがそれを物語っていた。責めるべきは神ではなく、世界のシステムそのものに刻まれた逃れられぬ悲劇の構造なのだと。
フリード
「……そうか。試して……『ダメだった』んだな。神様も……限界まであがいてくれたんだ……」
フリードは力なく壁に背を預け、自らの無力さに深く吐息を漏らした。
ロイは溢れ出る涙を腕で何度も拭いながら、自分の前で小さく鳴くホゲータを固く抱きしめた。
ロイ
「ごめんなさい……神様……。僕……何も知らなくて……っ」
【現実世界・都内 青空家】
その頃、現実世界の青空家で目を覚ましていたリコは、仮想世界で仲間たちが直面しているこの過酷な真実を、何一つ知る由もなかった。
自分の頭上に生えた緑の猫耳を気遣うようにそっと撫で、腰の後ろのフワフワとした短い尻尾を落ち着かせる。
リコ
「ロイ……あと何時間かで、ここに来るんだよね……」
彼女の頭の中にあるのは、「48時間後にロイがこの世界に落ちてくる」という事実と、夢で見たトウヤとトウコの暴走の恐怖、そして「みんなで再会する」という希望だけだった。
仮想世界に残されたブレイブアサギ号が、ラクリウムの影と『神』の苦渋の決断によって、2027年7月22日に消滅する運命にあることも。
そして、自分たちが「世界を見捨てて逃がされた選ばれし存在」であるという、あまりにも重い贖罪の真相も――。
窓の外に広がる現実世界の青空を見つめながら、リコはただ一人、迫り来るロイとの再会の瞬間に向けて、静かに息を整える。
仲間たちが仮想世界で突きつけられた「神の苦渋の決断」の真実を未だ知る由もないリコ。
静まり返った部屋の中で、彼女は迫り来るロイとの再会の刻限に胸を痛めていた。
その時、
窓から差し込む午後の光をぼんやりと見つめていたリコは、ふと自らの足元に異様な寒気を覚えた。
部屋のエアコンが入っているわけでもないのに、足先から冷気がじんわりと這い上がってくる。
リコ
「え……なに……?」
違和感を覚えてベッドの掛け布団をそっと捲り上げると、そこには頭から毛布を被り、膝を抱えて小さく丸まっている人物の姿があった。
リコ
「きゃっ……!?」
リコが思わず声を上げると、毛布の隙間から、グレイシアのひんやりとした冷気を帯びた二本の長い耳と、先端がひし形になった長い尾がのぞいた。
そこにいたのは、シンオウ(ヒスイ)の地にゆかりを持つ女性――カイだった。
カイは固く目を閉じ、額に冷や汗を浮かべながら、うわ言のように小さく呟いていた。
カイ
「お願い……変な記憶を見させるのやめて……っ! う、ううん……東京駅……人が……いっぱいで……こわい……っ!」
彼女もまた、この世界へ引き摺り込まれた時の恐ろしい「夢」にうなされていたのだ。
過剰な高度技術が渦巻く巨大なガラル・ゲートブリッジが崩落し、次元の亀裂へ呑み込まれた記憶。そして吐き出された先は、見たこともない無数の人間と建造物がひしめく現実世界の「東京駅前」。異形の姿となった恐怖と人波の狂乱の中でパニックに陥り、身を隠すようにここまで逃げてきたのだ。
幸いにも、精神的な錯乱による「ダイヤモンドダスト」の暴走現象までは起きていない。けれど、震える彼女の姿に胸を痛めたリコは、その緊張を少しでも和らげようと、自分から力強く抱きついた。
リコ
「カイさん! 大丈夫……大丈夫ですよ!」
カイ
「っ……!?」
抱きしめた瞬間、リコは思わず息をのんだ。
カイの身体は、まるで氷そのものを抱きかかえたかのように、氷点下近くまで冷え切っていたのだ。凍りついてしまうほどではないものの、肌を通してきた冷気がリコの体温を急速に奪っていく。
それでもリコは腕を緩めず、自分の胸元でカイをそっと温めるように抱きしめ続けた。
自身の緑の猫耳を伏せ、フワフワとした短い尻尾でカイの冷たい脚を包み込むようにしながら、背中を優しく撫でる。
リコ
「怖かったですよね……急に知らない場所に投げ出されて……。でも、もう大丈夫です。ここは安全な場所ですから……っ」
リコの温もりと声が届いたのか、カイの荒い呼吸が少しずつ穏やかなものへと変わっていく。
冷気を帯びた長い耳が弱々しく垂れ下がり、カイはリコの肩に顔を埋めながら、静かにまぶたを閉じた。
広大な現実世界のどこかで、仲間たちが恐怖と孤立に震えている。
48時間後にやってくるロイを待つ間に、この冷たい世界へ投げ出された「1025組」の苦しみを、リコはまた一つ、肌で知ることとなる。
リコの胸の中で、カイの瞳からぽろぽろとこぼれ落ちたのは、まるで小さな雪の結晶のように儚く光る透明な涙だった。
カイ
「ありがとう……リコ……。急に見たこともない世界へ落とされて……大きな機械やたくさんの人たちに囲まれて……私、どうしたらいいか分からなくて……っ」
冷たかったカイの身体に、リコの体温がゆっくりと伝わっていく。
雪の結晶のような涙は、リコの服に触れるとスッと小さな水滴となって滲み込んでいった。
リコ
「分かります……。私も最初はすごく怖かったから。でも、カイさんだけじゃないんです。私やトウヤさん、トウコさん……それに、これからもっとたくさんの仲間がこの世界にやってきます」
リコはカイの冷気を帯びた長い耳を優しく撫で、抱きしめる力を少し強めた。
カイ
「仲間が……? そうか……私だけじゃ、ないんだね……」
冷気を纏っていたカイの肩からすっと力が抜け、安堵の表情が浮かぶ。
ダイヤモンドダストの暴走を呼ぶはずだった冷気は、穏やかな風となって部屋の空気を優しく包み込んだ。
(ロイ……ドット……フリードさん……)
リコは自らの緑の猫耳をそっと動かし、短くフワフワとした尻尾でカイを寄り添わせながら、遠く仮想世界に残された仲間たちを想う。
現実世界に引き摺り込まれ、孤独と恐怖に震える仲間たちを一人ずつ受け止め、守っていくこと。
それが、この世界で最初に目を覚ました自分にできることなのだと、リコはカイの流した涙の温もりを通じて深く心に誓っている。