ナギサが茶葉の店へ。
ミカが紙細工の見える方へ。
セイアは二人を見送り、道具屋の通りへ入った。
◇
狭い通りでは、頭上にも品物が並んでいた。
ざる。
小さな蒸籠。
長い柄のついた道具。
丸い鍋の蓋が、いくつも重なって光っている。
セイアは足を止め、一つの蒸籠を見た。
昼食で見たものより、小さい。
「それは、一人分だよ」
店番の犬が言った。
「こちらは?」
「三人か四人。入れるものによるけどね」
セイアは二つを見比べた。
小さい方は、片手でも持てる。
大きい方には、底へ渡された竹の形がよく見えた。
午前中に話していた、展示する道具のことを思い出す。
机の上では、大きさを数字で見ていた。
ここでは、持った手と、食べる人数が一緒に分かる。
「使い方も、一緒に見られると面白そうだね」
「蓋を開けた時が一番だよ。あそこに湯気がないと、何をするものか分かりにくいから」
店番は笑った。
セイアも頷く。
買いはしなかったが、断ってから小さな方を持たせてもらった。
竹は軽い。
それなのに、昼にはずいぶん美味しいものが載っていた。
◇
その先には、乾物を扱う店があった。
袋の中に、きのこや、細く切られた何かが並んでいる。
瓶に入った皮のようなものもあった。
近づくと、乾いた香りがした。
甘いもの。
土に近いもの。
鼻の奥を少しくすぐるもの。
セイアは、店員の生徒へ一つ尋ねた。
「これは、何に使うんだい」
「煮込みにも使いますし、お茶に少し入れる方もいますよ」
乾かした柑橘の皮だという。
見せてもらったかけらは、表と裏で色が違った。
香りを確かめる。
生の果物とは、少し違う匂いがする。
「今日、友人が茶葉を買っているはずなのでね」
セイアが言うと、店員は笑った。
「では、相談してからの方がいいかもしれません」
「そうしよう。勝手に足して、驚かせるのもよくない」
店員は頷き、別の小瓶を示した。
「こちらなら、料理に少し振るものです。胡麻と塩と、香辛料を合わせています」
店先には、味を見るための小さな豆腐が用意されていた。
ひとつ勧められ、食べる。
最初は胡麻の香りだった。
そのあと、塩気と、少しだけ温かいような香りが残る。
辛いだけではない。
セイアは、もう一度瓶を見た。
「ご飯にも合いそうだね」
「はい。卵にも」
「……では、小さいものを一つ」
◇
路地を抜けると、小さな中庭があった。
店の裏口が幾つか面している。
木箱を積んだ台車があり、その横に、休憩用らしい腰掛けが置かれていた。
腰を下ろしてもよいかと尋ねると、店の奥から構わないという返事が来る。
セイアは座り、水を飲んだ。
見上げると、空は建物に囲まれて四角く見えた。
人の声は聞こえる。
けれど、通りの真ん中にいる時より少し遠い。
足元には、細かな紙片が落ちていた。
紙袋を作る時に切り落とした端のようだった。
奥から出てきた生徒が、それを箒で集める。
セイアは足を引いた。
「ああ、ありがとう」
「いや。こちらこそ、休ませてもらっているので」
生徒は、集めたものを捨ててから、台車の箱を数え始めた。
一つ。
二つ。
途中で扉の向こうから呼ばれ、顔を上げる。
短い返事をし、また数え直す。
セイアは、その様子を少し見ていた。
旅へ来た自分の午後と、店で働く生徒の午後が、ここで短く重なっていた。
◇
モモトークを開くと、三人の連絡欄に写真が届いていた。
ミカからだった。
紙で作られた、小さな鳥が並んでいる。
赤。
青。
黄色。
羽の形が少しずつ違った。
『これ、動くんだって』
ナギサからは、すぐに返事が来ていた。
『どのようにですか?』
セイアはそのやり取りを見て、少し笑った。
以前なら、何を買うつもりなのか、持って帰れる大きさなのか、と確かめていたかもしれない。
今日はまず、動くところが気になったらしい。
ほどなく短い動画が届く。
紙の鳥が、紐を引くと羽を動かした。
机の上で、小さく羽ばたく。
セイアも返信した。
『飛んでいかないのなら、安心だね』
ミカから、すぐに返ってくる。
『ミレニアムじゃないんだから』
セイアは、声を出して笑ってしまった。
中庭の生徒がこちらを見る。
セイアは軽く会釈し、端末をしまった。
◇
待ち合わせの門へ戻った時、ミカが先に来ていた。
手にしている袋は、一つだけだった。
しかも、大きくはない。
「早かったね」
「さっき来たところ」
セイアは隣へ立った。
ミカが、こちらの小さな包みを見る。
「それ何?」
「料理に使うものだよ」
「セイアちゃん、作る側にも行くんだ」
「振りかけるところまでは、私にもできそうだった」
「そこからなんだね」
二人で笑う。
ミカは自分の袋を、少しだけ開いた。
中には、小さな紙の鳥があった。
色は、見せてくれたものよりも淡い。
羽に、細い模様が描かれている。
「これにした」
「一つだけ?」
「うん。いっぱいあると、どれ動かすか迷うし」
ミカは、壊さないよう袋を閉じた。
「あと、作ってるところ見せてもらってた。思ったより、ずっと細かいんだよ」
「楽しかった?」
「うん」
返事に、迷いはなかった。
買ったものの数を増やす代わりに、見ていた時間が長くなったらしい。
セイアは、それ以上、確かめなかった。
◇
ナギサは、約束の時刻の少し前に戻ってきた。
手には細長い箱と、小さな茶葉の袋。
二人を見つけると、少し足を速めた。
「お待たせしました」
「私たちも、今、何を買ったか話していたところだよ」
「ナギちゃんは?」
ナギサは茶葉の袋を持ち上げた。
「先ほどとは、別のお茶です。試してみたら、気に入ってしまって」
「二回目のお茶、してきたんだ」
ミカが言った。
「……試飲です」
「美味しかった?」
「ええ」
ナギサは、否定を続けなかった。
代わりに、箱を少し開ける。
中には、薄い焼き菓子が並んでいた。
「こちらも。お茶と合わせて出していただいたものが、とてもよくて」
ミカが覗き込む。
「ナギちゃんも、お菓子買ってる」
「私も、食べますので」
セイアは小さく笑った。
それから、それぞれの袋を一度見た。
同じ町で過ごしてきたのに、戻ってきたものは三人とも違っている。
それを順番に聞くだけで、まだ少し時間が欲しくなった。
◇
駅へ向かう道を確かめようとして、ナギサが端末を開いた。
セイアも、帰りの時刻を思い出す。
今から歩けば、余裕を持って予定の列車に乗れる。
朝に決めた通りだった。
ミカは鞄から、店の写真が載った紙を出した。
一度開き、また閉じる。
「……あっちの通り、もう準備してるね」
夕方からの店が、台を外へ出し始めていた。
薄い生地を重ねた盆。
大きな鉄板。
まだ火の入っていない鍋。
ナギサは端末を見たまま、しばらく動かなかった。
セイアが声をかける前に、彼女が顔を上げる。
「帰りの列車を、一本遅らせませんか」
ミカが止まった。
セイアも、ナギサを見た。
「後の便も、三人で座れそうです。戻りは少し遅くなりますが、今夜の予定は調整できます」
「……ナギちゃんが言うんだ」
ミカの声が、少し弾んだ。
ナギサは視線を逸らしかけ、やめた。
「朝の写真が、気になっていたので」
「葱のやつ?」
「はい。それと、暗くなってからの通りも、少し見てみたいです」
セイアは頷いた。
「私も、まだ歩けるよ」
「私も!」
ミカが、すぐに続く。
ナギサは二人の返事を聞いてから、変更の画面へ指を置いた。
そこまでの間に、長い相談は必要なかった。
◇
切符の変更を済ませ、帰宅時刻も連絡した。
それが終わると、三人は駅とは反対へ歩き出した。
少し前まで、帰るために見ていた通りだった。
今は、これから店が開く道になった。
ミカが紙を広げる。
「これがあそこで、こっちは向こう。でも、全部は食べなくていいよね」
「ああ。気になったものを、少しずつにしよう」
セイアが答える。
ナギサも頷いた。
「まずは、座れる場所を確かめておきましょうか」
「それ、いいね」
三人は通りの端へ寄った。
もう、昼食を選ぶ時ほど空腹ではない。
けれど、焼かれ始めた生地の匂いには、揃って顔を上げた。
◇
目当ての店では、丸く伸ばした生地へ葱を散らしていた。
折り畳み、また伸ばす。
熱い鉄板へ置くと、すぐに小さな音がした。
表面に細かな膨らみができる。
店員の生徒がひっくり返すと、焼き色のついた面が現れた。
ミカが、思わず一歩近づく。
ナギサも見ていた。
セイアは二人の間から、鉄板を覗く。
品書きの写真より、ずっと動きが多かった。
焼ける。
膨らむ。
少し沈む。
端が、きつね色になっていく。
「一つ、切ってもらえますか」
ナギサが注文した。
「はい。三つに?」
「お願いします」
焼き上がったものが、紙の皿へ載る。
切り分ける音がした。
受け取ると、皿の底から温かさが伝わってきた。
◇
通りの端の、小さな卓へ座った。
ナギサが皿を中央へ置く。
ミカは飲み物を買ってきた。
セイアは、荷物が邪魔にならないよう椅子の下へ収める。
誰に頼まれたわけでもなく、それぞれ一つずつ仕事をした。
葱餅の端を持ち上げる。
熱いので、少し待つ。
ひと口かじると、外側は薄くぱりっとしていた。
その下に、幾重もの柔らかな生地がある。
葱の香りと、油の旨み。
少しだけ効いた塩気。
セイアは、口に入れたものをゆっくり噛んだ。
隣では、ナギサが同じように食べている。
ミカが二人を見た。
「待ってよかったね」
ナギサは頷いた。
飲み込んでから、答える。
「ええ」
それ以上、理由を重ねなかった。
待った時間にも、遅らせた列車にも、いま食べているものにも、その一言で十分だった。
◇
空が暗くなるにつれて、吊られた灯りが目立ち始めた。
昼間からそこにあったものも、点いてみると場所が分かる。
赤い提灯。
店先の白い光。
調理台を照らす、小さな灯り。
その間に、湯気が上がる。
午前中に通った時には、店の名前ばかり読んでいた。
今は、前に立っている人や、手渡されていく皿の方へ目が向いた。
ミカが足を止める。
「少し待って。撮っていい?」
セイアとナギサが、通りの端で待つ。
ミカはすぐには端末を構えなかった。
人が前を通るのを見送り、少し位置を変える。
シャッターの音がした。
「撮れた?」
セイアが尋ねる。
「うん」
見せられた写真には、灯りのある通りと、その手前で待っている二人が写っていた。
ナギサは少し横を向き、セイアはミカの方を見ている。
「私たちも入っていたんだね」
「入れたかったから」
ミカが答えた。
セイアは、その写真をもう一度見た。
今度も、自分は旅先で何かを待っていた。
けれど、隣にナギサがいる。
写真の外には、ミカがいる。
それが、画面を見ただけでも分かる気がした。
◇
最後に、温かい甘味を一つずつ頼んだ。
小さな椀に、白い団子が入っている。
一つを割ると、黒胡麻の餡が見えた。
中が熱いと教えられ、ミカは珍しく、しっかり待った。
「学習したね」
セイアが言う。
「ナギちゃんのグラタン、忘れてないから」
ナギサが、少し笑った。
湖畔の洋食屋。
三人で皿を分け、熱いと分かっているのにミカが食べてしまった、あの夜。
セイアにも、すぐに思い出せた。
「今日は、誰も水を寄せなくて済みそうですね」
「寄せる準備してた?」
「……少しだけ」
ミカが笑う。
そのあと、冷ました団子を口へ運んだ。
餡の甘さが広がったのか、目が細くなる。
セイアも食べた。
柔らかな皮と、胡麻の濃い香り。
昼の茶菓子とは違う、夜にゆっくり食べたい味だった。
椀を持つ手が、温まっていた。
◇
店を出たところで、セイアは足を止めた。
道の端に、少し座れる場所がある。
ナギサとミカが振り返る。
「少し休んでから、駅へ向かわないかい」
セイアが言った。
「よく歩いたのでね」
「うん。私も、ちょっと足に来た」
ミカがすぐに座る。
ナギサは時刻を見た。
「まだ余裕があります」
そう言って、隣へ腰を下ろした。
三人分の荷物を、足元へまとめる。
セイアも座った。
眠ってしまうほどではない。
ただ、歩くのをやめると、身体が少しずつ落ち着いていく。
ミカは紙袋の中を確かめた。
鳥は、無事だった。
ナギサは茶葉の袋を鞄の内側へ移す。
セイアは、二人が片づけ終わるまで、黙って通りを眺めた。
帰る前に、もう一つ何かを見つける必要はなかった。
今日の分は、十分にあった。
◇
「今日、長かったね」
ミカが言った。
セイアは頷いた。
「朝の会議が、ずいぶん前に感じる」
「同じ日なのが、ちょっと変」
ナギサが、自分の鞄へ目を落とした。
中には、午前中の資料がある。
その隣に、茶葉と菓子。
丁寧に分けて入れてあるのに、帰り道は一緒だった。
「私は、あのあとすぐに帰らなくてよかったと思います」
ナギサが言った。
ミカは黙って聞いていた。
「仕事が終わると、それで一日の用事が済んだように思ってしまうことがあるので」
セイアは、隣の顔を見た。
ナギサは通りへ目を向けたまま、少し笑う。
「今日は、そのあとにも、いろいろありましたね」
「うん」
ミカが答える。
「ナギちゃんが帰るの遅らせてくれたし」
「お二人とも、付き合ってくださいましたから」
「付き合ったっていうか、私も食べたかったもん」
ミカの返事に、セイアも頷いた。
「私も、自分の分を食べたよ」
ナギサは二人を見た。
それから、声を立てずに笑った。
「そうでしたね」
◇
駅へ向かう時、道はミカが確かめた。
ナギサは切符を出す準備をし、セイアは途中の曲がり角で地図を見た。
誰か一人が、全部を持って歩くことはなかった。
途中でナギサの荷物が持ちにくそうになり、ミカが菓子の箱を受け取った。
セイアも、自分の鞄の空いたところへ、小さな茶葉の袋を預かった。
荷物が分かれると、三人の歩く速さが揃った。
駅前で振り返る。
通りの奥には、まだ灯りが続いていた。
今から街へ入っていく生徒もいる。
三人は、その流れとすれ違って改札を抜けた。
◇
帰りの列車では、ナギサが先に窓際へ座った。
ミカは向かい。
セイアはナギサの隣だった。
荷物を棚と足元へ収める。
菓子の箱だけは、つぶれない場所へ置いた。
列車が動き出す。
窓の外の灯りが、一本ずつ後ろへ流れた。
ミカが、鞄から紙の鳥を出す。
膝の上へそっと置き、紐を少し引いた。
羽が動く。
ナギサが顔を寄せた。
「その部分が、繋がっているのですね」
「うん。ここ、折り方が大事なんだって」
もう一度、動かす。
セイアも見た。
大きな仕掛けではない。
けれど、紙の端が少し動くだけで、本当に羽ばたいているように見えた。
ミカは二人が見終えるまで待ち、それから大切そうに袋へ戻した。
◇
しばらくして、ナギサの返事が少し遅くなった。
ミカが今日の写真を見せる。
ナギサは頷く。
次の写真へ進むまでに、瞬きが長くなる。
「……少し、目を閉じてもよろしいでしょうか」
本人が言った。
セイアは頷いた。
「着く前に起こすよ」
「ありがとうございます」
ナギサは鞄を膝から下ろし、背もたれへ身体を預けた。
ミカが、まだ見せていなかった写真の画面を消す。
「あとで、送るね」
「ええ。楽しみにしています」
それが、その時の最後の返事になった。
数分すると、呼吸が少し落ち着いた。
セイアは窓に映るナギサの横顔を見た。
眠ることを隠さなかった。
無理に話を聞こうとも、降りる駅を自分だけで見張ろうともしなかった。
ミカも、声を小さくしただけだった。
◇
「セイアちゃん」
ミカが囁く。
「何だい」
「今日、来てよかったね」
「ああ」
「三人で」
セイアは向かいを見た。
ミカは、写真の入った端末を両手で持っていた。
紙の鳥の袋は、横へ倒れないよう鞄の間に置いてある。
少し眠そうでもあった。
「そうだね」
セイアは答えた。
窓の外を、知らない駅の灯りが流れていく。
一人で来ていたら、道具屋でもう少し長く話したかもしれない。
夜の店が開くまで待たず、帰ったかもしれない。
逆に、全く別の道へ入っていたかもしれない。
けれど今日は、魚を選んだナギサがいた。
紙の鳥を見せてくれるミカがいた。
二人がいたから、という理由だけではない。
自分もその中で選び、食べ、休みたいと言った。
それらを、誰も大げさなことにしなかった。
セイアは、足元の鞄へ少し手を伸ばし、預かっている茶葉の袋が潰れていないことを確かめた。
◇
トリニティへ戻る前に、ナギサを起こした。
彼女は一度目を開け、窓の外を見てから、姿勢を戻した。
「……眠ってしまいましたね」
「少しだけだよ」
セイアが言う。
ミカが、端末の時刻を見せた。
「ちゃんと間に合ってるから、大丈夫」
ナギサは二人を見て、頷いた。
「助かりました」
以前なら、そのあとに、申し訳ありません、が続いたかもしれない。
今日は、それで終わった。
荷物を下ろす。
切符を確かめる。
ミカが先に立ち、セイアが菓子の箱を持つ。
ナギサは、席に忘れ物がないかを三人分見た。
扉が開く。
夜の空気が、車内へ入ってきた。
◇
帰り着くと、三人は談話室で荷物を分けた。
ミカの紙の鳥。
ナギサの茶葉と菓子。
セイアの調味料。
それから、午前中の資料。
ナギサが書類を机へ置くと、ミカがその隣へ、小さな鳥を並べた。
羽を一度、動かす。
書類の端が、かすかに揺れた。
「そこへ置いておくのですか?」
ナギサが尋ねる。
「今日は、ちょっとだけ」
ミカが答える。
ナギサは、片づけるようには言わなかった。
セイアは上着を脱ぎ、椅子へ座った。
靴の中で、足がよく歩いたことを伝えている。
温泉のあととは違う疲れ方だった。
けれど、今夜はすぐに一人の部屋へ戻るのが、少し惜しかった。
◇
「お茶、どうしましょうか」
ナギサが言った。
買ってきた茶葉を見ている。
「今から?」
ミカが尋ねる。
「味を覚えているうちに、少しだけ淹れてみたくて」
言ってから、二人を見る。
「ただ、お疲れでしたら、明日に」
「私は飲みたいよ」
セイアが答えた。
「私も。お菓子は、明日でもいいけど」
「ええ。お茶だけにしましょう」
湯を用意する。
カップは、いつものものを出した。
湖畔の工房から届いた、少し不揃いな三つ。
ナギサは茶葉の袋を開き、まず香りを確かめた。
ミカが椅子を寄せる。
セイアも、少し顔を近づけた。
知らない街で選んできた香りが、見慣れた部屋へ広がる。
紙の鳥は、卓の端に座っていた。
◇
お茶を飲みながら、午前中の話を少しだけした。
確認しておきたいことは、明日、あらためてまとめる。
その約束をしたところで、ナギサは資料を閉じた。
ミカが、今日の写真を送った。
夜の通り。
昼食の蒸籠。
茶楼の窓。
最後に、紙の鳥を覗き込むナギサとセイアの写真がある。
「いつ撮ったんだい」
「さっき。電車で」
セイアは画面を見た。
二人とも、少しだけ身を屈めている。
ナギサの顔は、午前中の会談の時よりずっと近い。
セイア自身も、何かを考え込んでいるというより、小さな仕掛けをただ面白がっている顔だった。
「これも、よい記録だね」
セイアが言うと、ミカは嬉しそうに笑った。
◇
ナギサがカップを置いた。
「ミカさん。午後、その鳥を作っているところを見たとおっしゃいましたね」
「うん」
「どのように作るのですか?」
ミカは鳥を手に取った。
「えっとね。最初は、ここが別々なんだって。それを、こう……」
説明しようとして、少し手が止まる。
「……紙、ある?」
ナギサが机の引き出しから、書き損じの紙を一枚出した。
白い裏面を上にして、卓へ置く。
ミカが、その端を折った。
もう一度、折る。
途中で首を傾げた。
「違う。これだと羽が逆になるかも」
「一度、広げてみようか」
セイアが言う。
ナギサが紙の反対側を押さえた。
三人の手が、卓の真ん中へ集まる。
すぐに同じものが作れるわけではなかった。
折り目を一つ戻し、向きを変え、また確かめる。
湯気は少しずつ薄くなっていった。
午前中、同じ三人が向かい合っていた卓には、別の図が広がっていた。
今、紙の上に引かれているのは、小さな鳥の羽を動かすための線だった。
「ねえ、これ、もう一枚使っていい?」
ミカが言った。
「もちろん」
ナギサが答えた。
セイアは、自分のカップを少し端へ寄せた。
それから、まっさらな紙を二人の方へ押し出した。