「三つ...だったかな」
百合園セイアが言うと、ミカは手元の紙を見た。
「うん。三つ」
「丸は、五つあるようだが」
「こっちは、通り道にあったら、っていうやつ」
同じ色のペンで、同じ大きさに囲まれていた。
セイアは紙の上へ指を置き、道をたどる。
一つは、確かに途中にある。
もう一つは、少し横へ外れていた。
「こちらは、通り道ではなさそうだね」
「だから、小さく丸したの」
「そうかな」
ミカが紙を持ち上げ、少し遠くから見た。
「……気持ちだけ?」
セイアは笑い、車のドアを開けた。
◇
誘ったのは、ミカだった。
トリニティの郊外に、気になる店を見つけたらしい。
畑の向こうにあるパン屋。
古い街道沿いの、石窯を使う店。
もう少し丘へ上がったところには、牧場の売店もある。
どれも同じ方面だが、歩いて回るには離れていた。
地図を見ながら、ミカが言った。
「セイアちゃんと車で行ったら、全部回れるかな」
セイアも、店の写真を覗いた。
天板の上に、焼き色の付いたパイが並んでいる。
断面の写真まであった。
「この順番なら、無理はなさそうだ」
そう答えた時には、自分も、最初の店へ行く気になっていた。
◇
ミカが助手席へ乗り込むと、いつもは鞄を置く場所が埋まった。
地図の紙を畳み、小さな鞄と一緒に膝へ載せる。
「今日はよろしくね、セイアちゃん」
「うん。道の方は、君に頼もうかな」
「任せて。最初のお店は、ちゃんと調べたから」
「二軒目は?」
「最初のお店で食べてから、もう一回見る」
少なくとも、順番ははっきりしていた。
セイアはベルトを締め、キーを回す。
白いボンネットの下で、低い音が目を覚ました。
隣で、ミカのベルトが留まる音がする。
鏡を確かめ、車を外へ出した。
朝の光が、二人の膝の上を横切っていった。
◇
トリニティの建物がまばらになるにつれ、道の両側が開けてきた。
低い生垣の向こうに、畑が続いている。
遠くには、同じ向きに並ぶ白い屋根。その手前を、荷台に箱を積んだ小さな車が走っていた。
ミカは窓の外を見て、それから紙を開いた。
「この先の橋を渡って、二つ目を左だって」
「二つ目だね」
「うん。大きい道の方。手前にも曲がるところがあるけど、そっちは違うみたい」
セイアは頷いた。
小さな水路を渡り、一つ目の道を通り過ぎる。
次の角には、麦の穂を描いた看板があった。
「あ、あれ!」
「見えたよ」
速度を落とし、曲がる。
道の先に、赤茶色の屋根が現れた。
まだ遠いのに、ミカはもう、地図を畳んでいた。
◇
店の隣の駐車場には、先客の車が二台あった。
セイアがエンジンを止めるより先に、ミカが窓の向こうを覗く。
「外でも食べられるんだね」
軒の下に、木のテーブルが並んでいた。
店先の黒板には、焼き上がる時刻が幾つか書かれている。
車を降りたミカは、その前で足を止めた。
「ねえ、ミートパイのほかにも――」
声の続きより先に、店の扉が開いた。
エプロンを着けた店員が、天板を運んでいる。
表面がつやつやした、小さな長方形のパイだった。
セイアの足が、そちらへ向いた。
「今、焼けたところかな」
「はい。こちら、ミートパイです」
「では、二つお願いするよ」
「セイアちゃん、早くない?」
ミカが隣へ来た。
「君も、これを食べたかったのでは?」
「そうだけど。私、まだ看板見てたんだけど」
セイアは天板を見た。
ミカも見た。
端の一つから、細い湯気が上がっている。
「……うん。二つで」
ミカが、店員へ笑いかけた。
◇
会計までに、皿がもう一枚増えた。
ミカが見つけた、シナモンの渦を巻いたパンだった。
「こっちも、おいしそうじゃない?」
「そうだね」
「一個、半分にしよ」
セイアは、焼き色の濃い縁を見た。
断る理由は、特になかった。
温かい飲み物と一緒に受け取り、外のテーブルへ運ぶ。
ミカが先に椅子へ腰を下ろした。
セイアは向かいに座り、包み紙を広げる。
パイの表面に、薄い層が重なっていた。
端を割ると、乾いた音がした。
中からは、炒めた肉と玉ねぎの匂いが上がる。
「わ、いい匂い」
ミカが自分のパイを持ち上げた。
ひと息吹き掛け、それから一口食べる。
口元を隠すように紙を上げ、何度か頷いた。
セイアも、割った端から食べた。
外側は軽く崩れるのに、中の生地には、肉の汁が染みている。
玉ねぎの甘さのあとに、胡椒の香りが残った。
もう一口。
さっきより中身の多いところへ入ると、思ったより熱かった。
セイアはパイを下ろし、お茶の方へ手を伸ばしかけた。
そちらも、湯気を立てている。
手を止めると、ミカが笑った。
「そっちも熱いよ」
「……分かっているよ」
「今、分かったでしょ」
セイアは答えず、割れたところへ、もう一度息を吹き掛けた。
◇
シナモンのパンは、真ん中で切ってもらってあった。
ミカが片方を、セイアの方へ寄せる。
「私、こっち。真ん中、いっぱいあるから」
「こちらにも、あるけれど」
「でも、こっちの方がちょっと多そう」
セイアは、自分の半分を持ち上げた。
外側の焼けたところに、砂糖が薄く固まっている。
「私は、こちらがよさそうだ」
「じゃあ、ちょうどいいね」
ミカが嬉しそうに、渦の端をちぎった。
甘い香りが、さっきまでの肉の匂いへ重なる。
セイアは、焼けた縁から食べた。
砂糖が歯に当たり、そのあとで、生地がほどける。
お茶を飲むと、口の中が温かくなった。
軒の向こうでは、畑の上を鳥が一羽飛んでいた。
ミカがそれを目で追う。
「こういうところで食べると、ゆっくりになるね」
「君は、もう半分なくなっているようだが」
「気分の話!」
ミカは残りを見て、それからセイアの皿を見た。
「セイアちゃんだって、同じくらいじゃん」
確かに、そうだった。
◇
片づけを終えると、ミカは店の中をもう一度覗いた。
棚には、袋に入った焼き菓子も並んでいる。
「これ、ナギちゃんにどうかな」
小さな丸いサブレだった。
表面に細い模様があり、袋の口を紐で結んである。
「紅茶には、合いそうだね」
「じゃあ、一袋買ってくる」
「私の分も、お願いできるかな」
「一緒に食べればいいじゃん」
「帰ってからの分とは、別に」
ミカが振り向いた。
「セイアちゃん、今日は私より買ってない?」
「まだ、一軒目だよ」
「それ、私が言うと思ってた」
セイアは笑い、財布を取り出した。
サブレの袋を二つ受け取ってから、車へ戻る。
セイアは荷室を開け、二つの袋を、ほかの荷物に押されないところへ収めた。
食べ終わったあとの地図には、最初の丸の横へ、小さな印が増えた。
ミカが、ペンの蓋を閉める。
「次は、お昼だね」
「その前に、少し走ろうか」
「うん。ちゃんとお腹すかせていこう」
「座っているだけで、そうなるかな」
「お店の写真見てたら、なると思う」
ミカは、そう言いながら助手席へ乗り込んだ。
◇
次の店までは、畑の間を抜ける道が続いていた。
建物が途切れると、空が広い。
ミカは畳んだ地図を膝に置き、窓の外へ顔を向けていた。
「あそこの、何だろ。白いの並んでる」
「畑の覆いかな」
「近くで見ると、大きいね」
道が緩く右へ曲がる。
セイアは手前で速度を整え、ハンドルを送った。
ミカの話は、そのまま続いていた。
遠くに見える小屋のこと。
さっきのパン屋で、もう一つ気になったもののこと。
坂を上りきったところで、一度、言葉が止まった。
「……ねえ、セイアちゃん」
「何だい」
「運転、おとなしくなった?」
セイアは、前の道を見たまま、目を瞬かせた。
「そうかい?」
「うん。前に乗った時、曲がるところとか、もっと忙しかった気がする」
ミカが、膝の上の地図を指で押さえた。
「さっき、ちょっと身構えちゃった。でも、全然がくってならないから」
「身構えるほどだったかな」
「少なくとも、私の記憶ではね」
そこは、はっきりと言われた。
セイアは小さく笑い、次の直線でレバーを動かした。
「最近は、よくドライブに出ているからね。少しは、慣れたのかもしれない」
「車に?」
「車で出かけて、一日過ごす方にかな」
朝に出て、どこかで停める。
歩いて、食べて、また乗る。
次の場所へ急いで着かなくても、その間に見つけるものはあった。
「それに、ゲームも知ったしね」
「……ゲーム?」
ミカの声が、一段上がった。
◇
「前に見せてくれた、車のやつ?」
「ああ」
「あれで、おとなしくなるの?」
セイアは、思わず笑った。
「君は、逆だと思うかい」
「うん。むしろ、もっと走りたくなりそう」
「思い切り走りたい時には、あちらでも走れるのでね」
道路の先に、緩やかな下りが見えた。
セイアはアクセルを戻す。
「ぶつけても、次には元に戻っている。あれは、随分と気が楽だった」
「動画、楽しそうだったもんね」
「うん。また行きたいと思っているよ」
ミカが、声を立てて笑った。
「そっか。あっちで、いっぱい走れるんだ」
「今日は、次の店まで着ければ十分だしね」
「その次もあるよ」
「承知しているよ」
下り坂の途中で、木の影が車内を横切った。
ミカは、押さえていた紙から手を離す。
「でも、今の方が、いっぱい話せるね」
「さっきから、よく話していたじゃないか」
「まだ、話すことあるから」
「では、聞こうかな」
セイアが答えると、ミカは早速、次の店の写真を開いた。
「このピザなんだけど」
やはり、そこへ戻った。
◇
古い街道には、背の高い木が並んでいた。
その切れ目に、小さな店がある。
入口のそばで、薪が乾かしてあった。
駐車場へ車を入れると、店の奥から煙が細く上がっているのが見えた。
ミカが端末をしまう。
「着いた?」
「ここだね」
今度はミカが、先に店の前へ向かった。
扉の脇で立ち止まり、振り返る。
「二人、入れるって!」
セイアは車の鍵を鞄へ収め、そちらへ歩いた。
入口へ近づくほど、薪の匂いに、焼けた生地の匂いが混じってきた。
◇
奥の壁に、丸い窯の口があった。
中が、赤く見える。
長い柄の道具が入り、一枚のピザが向きを変えた。
ミカは席へ着いてからも、そちらを見ていた。
「すぐ焼けるんだね」
「ああ。あの中は、かなり熱そうだ」
「さっき見た時、まだ白かったのに」
店員が水を置くと、ミカはようやく献立へ顔を戻した。
トマトとチーズのピザ。
きのことベーコンの、白いソースのピザ。
その下には、野菜を載せたものや、辛いソーセージを使ったものもあった。
「やっぱり、最初に見てた赤いのかなあ」
ミカが指で写真を示す。
「君がそうするなら、私は、こちらにしよう」
セイアは、きのこの方を指した。
ミカが顔を上げる。
「それ、私も気になってた」
「では、半分ずつにするかい」
「うん!」
返事が早かった。
店員を呼び、二枚頼む。
ミカは注文が終わる前に、献立の端へもう一度目を向けた。
「あと、このサラダもお願いします」
店員が頷く。
去ってから、セイアがミカを見た。
「それも、決めていたのかな」
「今、見た。上に焼いたチーズが載ってるんだって」
「なるほど」
セイアも写真を確かめた。
それなら、食べてみたかった。
◇
サラダは、二人の真ん中へ置かれた。
葉の上に、焼き目の付いたチーズが載っている。
フォークで切ると、表面には薄い抵抗があり、中はやわらかかった。
ミカが、葉と一緒に口へ運ぶ。
「あ、これ好き」
セイアも、自分の皿へ取り分けた。
チーズの塩気に、葉の苦みが合っている。
口に残る酸味は、掛かっていたソースのものだった。
「ピザにもチーズがあるのに、違うものだね」
「じゃあ、頼んでよかった?」
「うん」
ミカが満足そうに頷き、もう一切れ取った。
その向こうで、窯の道具が動く。
皿へ移されたピザが、こちらへ運ばれてきた。
◇
先に来たのは、赤いピザだった。
縁が大きく膨らみ、ところどころに濃い焼き色が付いている。
真ん中のチーズは、まだ小さく泡立っていた。
緑の葉を避けて、一切れを持ち上げる。
先が、下へたわんだ。
「わ、待って」
ミカは小皿を近づけ、伸びたチーズを巻き取るようにした。
セイアは自分の皿へ一切れ移し、先の方を折る。
ひと息冷ましてから、口へ運んだ。
トマトの酸味が、熱いチーズと一緒に広がる。
生地は薄いところでも、噛むと弾力があった。
縁へ近づくと、今度は、焼けた香りが強くなる。
「おいしいね」
ミカは、一口目を飲み込んでから言った。
嬉しさは、十分に分かった。
「ああ」
セイアは頷き、もう一口食べた。
熱いうちに、次も食べたい。
そう思う間に、白い方のピザが来た。
◇
二枚目には、薄く切ったきのことベーコンが載っていた。
焼けたきのこの端が、くるりと上を向いている。
セイアが一切れ取ると、白いソースの甘い匂いに、ベーコンの香ばしさが混じった。
口に入れる。
きのこを噛んだところで、汁が出た。
トマトの方より丸い味なのに、噛むたびに香りが変わる。
ミカが、セイアの顔を見ていた。
「どう?」
「君も、早く食べた方がいい」
「その言い方、ずるい」
ミカも手を伸ばした。
しばらく、二人とも話さなかった。
同じテーブルに、赤いものと白いものが並んでいる。
片方を食べ終えると、もう片方が気になった。
ミカが、二枚の皿の位置を少しずつ動かす。
「こっち、セイアちゃんから遠い」
「君の方も、取りにくくないかい」
「うん。これなら大丈夫」
皿が、真ん中で斜めに並んだ。
空いたところへ、サラダの器を寄せる。
セイアは、近くなった赤いピザへ手を伸ばした。
◇
「二枚って、ちょっと多いかなと思ったんだけど」
ミカが言った時には、どちらも残りが少なくなっていた。
「今になって言うのかい」
「でも、半分ずつだと、次が食べたくなるね」
「それは、分かるよ」
セイアは水を飲んだ。
ミカが残った一切れを持ち上げる。
「この、端の焦げたところも好き」
「私は、真ん中の、ソースを吸ったところかな」
「朝も、端っこの話してなかった?」
「朝は、砂糖の付いた方を選んだね」
「食べるものによって、ちゃんと違うんだ」
ミカはそう言って、最後の縁を食べた。
セイアも残っていた一切れを取り、皿の上のきのこを載せ直した。
ナプキンで指を拭いた時には、窯の前に次の生地が運ばれていた。
ミカが、自分の前の皿へ目を落とす。
「……食べちゃったね」
「うん」
「写真、撮ろうと思ってたのに」
セイアも、空になった皿を見た。
赤いソースと、焼けた生地の小さな欠片が残っている。
「おいしかったことは、伝わりそうだが」
「それはそうだけど!」
ミカは笑い、端末を取り出した。
結局、二枚の空いた皿を一枚撮った。
◇
店を出て、すぐには車へ戻らなかった。
建物の脇から、畑を見渡せる場所がある。
ミカがそちらへ歩き、セイアも並んだ。
低い柵の向こうに、真っすぐな畝が続いている。
遠くで作業をしている住民の姿が、小さく動いた。
「おいしかったねえ」
ミカが、もう一度言った。
「うん。二種類にして、よかった」
「サラダも」
「あれも、よかったね」
風が通り、店の入口に掛かった札が揺れた。
ミカは鞄から地図を出す。
紙の角に、薄い染みが付いていた。
「あ。これ、朝のだ」
セイアが覗く。
「パイかな」
「たぶん。ここ、ちょっと透けてる」
ミカは指でその端を持ち、光へかざした。
最初の店の丸の、すぐ隣だった。
「分かりやすくなったね」
「印を付けなくてもよかったかもしれない」
「そういう印じゃないんだけど」
笑いながら、ミカは次の丸へ指を移した。
「牧場のお店、まだ行けるよね」
「時間は、十分にあるよ」
「じゃあ、行こう」
ミカは紙を畳み、今度は、自分から車の方へ歩き出した。
◇
街道を外れると、道は緩やかに上り始めた。
畑の間に、草地が増えてくる。
柵が、道路と並んで長く続いていた。
ミカは窓を少し開けた。
「いい風」
髪が頬へ掛かり、それを指で耳のそばへ寄せる。
セイアは窓の外の草を見てから、道へ目を戻した。
穏やかな坂では、車の音も一定だった。
ミカはしばらく黙って、流れていく柵を見ていた。
先ほどまでの食事の話が途切れても、静かすぎるとは感じなかった。
坂の途中で、遠くに白い牛が見えた。
ミカが身を起こす。
「あ、いた」
「売店も、近そうだね」
「あの牛のミルクかな」
「そこまでは、尋ねてみないと分からないね」
ミカが笑う。
「じゃあ、聞いてみようかな」
道の先で、屋根に牛の絵を載せた看板が見えた。
駐車場の入口は、そのすぐ横だった。
◇
売店の外には、日よけを掛けたベンチとテーブルがあった。
木陰を選んで座る客もいる。
紙のカップを持った生徒が、匙の先を舐めてから、隣の生徒へ何か言っていた。
ミカの足が、入口へ向かう。
中へ入ると、冷たい空気が頬に触れた。
正面に、アイスの入ったケースが並んでいる。
「ミルクと、いちごと……あ、蜂蜜のもある」
ミカが、一つずつ札を読む。
セイアも覗いた。
白いアイスの隣に、淡い桃色。その向こうには、細かな欠片の混じった茶色いものがある。
ミカは、いちごの前へ顔を寄せた。
「二種類にできるんだって」
「うん」
「ミルクは食べたいよね。でも、もう一個が――」
ミカの目が、ケースの端まで動いていく。
その間に、セイアは横の冷蔵棚を見つけた。
ガラスの器が、二段に並んでいる。
黄色い表面の上に、うっすらと焼き色が付いていた。
札には、焼きプリン、とある。
「こちらも、外でいただけるのかな」
店員へ尋ねる。
「はい。器は、食べ終わりましたら返却口へお願いします」
「では、一つ」
ミカが振り向いた。
「……セイアちゃん?」
「何だい」
「もう決まったの?」
「こちらが、おいしそうだったのでね」
ミカも冷蔵棚を見た。
しばらく、動かなかった。
「それもあるの、今言う?」
◇
結局、ミカはミルクといちごを選んだ。
プリンも味を見たいと言うので、セイアは頷いた。
「私も、アイスを少しいただいていいかな」
「もちろん。じゃあ、両方食べられるね」
会計を済ませる時、ミカが思い出したように窓の方を指した。
「あの、ここで使ってるミルクって、外にいる牛のですか?」
店員は、ミカの指した方を見た。
「ここの牧場のものですよ。あそこに出ている子だけではありませんけど」
「そうなんだ。ありがとう」
ミカが、受け取ったカップを見た。
白い山と、桃色の山が、隣り合っている。
「先にこっちから食べよう」
もう、匙はミルクの方を向いていた。
◇
日よけの下のテーブルへ、二人で座った。
ミカが早速、白いアイスをすくう。
口へ入れてから、目を細めた。
「冷たい」
「アイスだからね」
「うん。さっきまで、熱いものばっかりだったから」
ミカは笑い、もう一口すくった。
セイアはプリンへ匙を入れる。
表面に、わずかな手応えがあった。
中はなめらかで、持ち上げてもすぐには崩れない。
一口食べると、卵の味が先にした。
あとから、ミルクの甘い香りが残る。
底へ匙を入れ、今度はカラメルも一緒に持ち上げた。
薄い茶色が、黄色いところへ流れる。
「そっち、どう?」
ミカが尋ねた。
「気に入ったよ。底のところも、一緒に食べてみるといい」
器を真ん中へ寄せる。
ミカもカップを寄せた。
セイアは、自分の匙で白い方を少しすくった。
舌に触れると、すぐにやわらかくなる。
冷たさがほどけたあとに、プリンとは違う、まっすぐなミルクの味が残った。
ミカはプリンを食べ、匙を見た。
「ああ、これもいいね」
「君の方も、おいしい」
「いちごも食べてみて。こっちは、ちょっと酸っぱいの」
もう一口ずつ交換してから、器を戻す。
ミカのいちごのアイスは、縁のところから溶け始めていた。
ミカは、それを内側へすくい直す。
セイアは、カラメルを少しずつ付けながら、プリンの残りを食べた。
◇
「セイアちゃんさ」
ミカが、匙を持ったまま言った。
「車はゆっくりになったのに、お店だと早いよね」
セイアは顔を上げた。
「パイと、これのことかな」
「うん。私が選んでるうちに、もう注文してる」
「食べたいものが、先に見つかったのでね」
「なんか、私ばっかり食べようって言ってる気がしてたんだけど」
「私も、食べるつもりで来ているよ」
ミカは一度黙った。
それから、口元へ手を当てて笑った。
「そうだよね。そうだった」
セイアも笑い、器の底へ匙を入れる。
カラメルが、まだ少し残っていた。
「君が店を見つけてくれたおかげで、今日は迷う時間が少なかった」
「私は、来てからも迷ったけど」
「それはそれで、楽しそうだったよ」
「楽しかった」
ミカは、すぐに認めた。
最後のいちごをすくい、口へ運ぶ。
食べ終えたカップを、テーブルへ置いた。
「いっぱい食べたね」
「うん」
「あとは……さすがに、また今度かな」
地図の、まだ行っていない二つの店を見ていた。
セイアはその横へ目を向け、頷いた。
「そうしよう。今日は、よく食べた」
◇
器を返してから、売店の脇の道を少し歩いた。
柵の向こうでは、牛が草を食べている。
近くに来ると思っていたミカは、しばらく待ち、それから笑った。
「ずっと食べてるね」
「私たちが見ていることは、気にならないらしい」
「おいしいのかな」
「そうだといいね」
ミカは柵へ寄り掛からず、その手前で立ち止まった。
風が草を揺らす。
遠くの木の下にも、何頭か、白い背中が見えた。
セイアは、売店の屋根の向こうへ目を向けた。
空はまだ明るい。
もう少しここにいてから帰っても、急ぐ必要はなさそうだった。
◇
帰る前に、セイアは端末を取り出した。
ナギサへ、これから戻ることと、土産があることを送る。
隣でミカが、鞄の中を覗いた。
「サブレ、大丈夫かな」
「車へ置いた袋の方だよ」
「あ、そっか。私、今探しちゃった」
セイアは笑い、鍵を取り出した。
車へ戻り、セイアが荷室を開けると、ミカも隣から覗いた。
二つの袋は、朝に置いたまま、並んでいた。
「あった。ちゃんと二つ」
ミカは袋の外からそっと確かめ、それから元の場所へ戻した。
助手席へ座り、地図を開く。
「帰りは、最初の大きい道まで戻ればいいんだよね」
「うん。そこからは、分かるよ」
ミカが、三つ目の丸の横へ印を付けた。
紙を畳む音がする。
そのあとに、ベルトの留まる音が続いた。
◇
帰り道では、ミカが、今日食べたものを順番に挙げていた。
ミートパイ。
シナモンのパン。
赤いピザと、白いピザ。
「サラダもあったね」
セイアが付け加える。
「うん。あのチーズもおいしかった」
ミカは指を折りかけ、途中でやめた。
「あと、アイスとプリン」
「三軒で、随分食べたものだ」
「次、どれをもう一回食べたい?」
セイアは、すぐには答えられなかった。
熱いパイの中身も、きのこの香りも、まだ思い出せる。
「……今、決めるのは難しいね」
「だよね。私も」
ミカは満足そうに頷いた。
道が緩やかに下り、畑と同じ高さへ戻っていく。
セイアは速度を整えた。
ミカは膝へ地図を置いたまま、話を続けていた。
◇
トリニティの見慣れた建物が現れるころ、窓から入る光が横へ傾いていた。
交差点で止まる。
ミカは、朝に写真を見せた店の名前を、地図の余白へ書き足していた。
紙の端には、まだ小さな染みが残っている。
信号が変わると、ペンの蓋を閉めた。
「今日、乗ってる時間も楽しかったよ」
ミカが言った。
「食べている時間は?」
「それは、言わなくても分かるでしょ」
セイアは笑い、前の車に続いて発進した。
ミカの地図は、もう畳まれていた。
◇
いつもの場所へ車を収め、エンジンを止める。
ミカがベルトを外し、外へ出た。
セイアも降り、荷物を取り出す。
サブレの袋は、それぞれの手へ渡った。
ミカが持つのが、三人で食べる方。
セイアが持つのは、自分で選んだもう一袋だった。
「ナギちゃんには、何から話そうかな」
ミカが、袋の口を確かめながら言った。
「運転の話から始めてもらえると、ありがたいね」
ミカがこちらを見る。
すぐに、笑った。
「あ、それは私が話す。ちゃんと、前より乗りやすかったって」
「うん。頼むよ」
「でも、パイを買うのが早かった話もするからね」
「あれは、焼きたてだったのでね」
「分かってる。私も、二つでって言ったもん」
車の鍵をしまい、セイアはミカの隣へ並んだ。
建物へ入ると、外より空気が静かだった。
それでも、話は途切れない。
廊下の角を曲がるまでに、ミカはもう、ピザの縁の話をしていた。
セイアも、きのこの方を忘れずに付け加えた。