百合園セイア、旅の途中にて   作:桂木ヤコ

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21.ワイルドハント・アイリス通り #紙の手触り #同じ版から #隣の作業台

 

 頁の下まで読み終えたところで、列車が揺れた。

 

 百合園セイアは、窓の外へ目を向ける。

 

 建物の壁に、大きな絵が見えた。通り過ぎると、その隣にも。こちらはまだ描いている途中らしく、足場の上で生徒が筆を動かしていた。

 

 車内に、駅名の案内が流れる。

 

 セイアは本へ栞を挟んだ。

 

 最近読み終えたばかりの短編集だった。鞄に入れやすく、気に入った話からでも読み返せるので、今日はこれを持ってきた。

 

 端末を出し、予約の画面を確かめる。

 

 印刷体験。

 

 好きな図案を、二種類の紙へ刷る。

 

 案内の写真には、小さな機械と、その前に並べられたカードが写っていた。

 

 同じ青い枝の絵なのに、隣同士の紙で、見た感じが違っている。

 

 初めは、写真の光の加減かと思った。

 

 説明を読むと、紙を替えて刷っているらしい。

 

 それなら、実物で比べてみたい。

 

 列車の時刻を調べ、午前の枠を申し込んだ。ナギサとミカには、ワイルドハントへ日帰りで出かけると伝えてある。

 

 本を鞄へしまったところで、列車は駅へ入った。

 

     ◇

 

 駅前の通りには、丸めた紙を抱える生徒がいた。

 

 長い筒が二本、肩から提げた袋の口を越えている。隣の生徒は、小さな箱を両手で持って歩いていた。

 

 セイアは二人の後ろを少し歩き、角で別の道へ曲がった。

 

 店の窓が近くなる。

 

 額縁、色のついた瓶、紙に包まれた筆。入口を開けた店では、生徒が品物を台へ並べていた。

 

 アイリス通りの標識を確かめ、端末を鞄へ戻す。

 

 工房は、二軒先にあった。

 

 窓の内側へ、幾枚ものカードが留められている。

 

 小さな屋根の絵。花を囲む線。細い枝に、葉が並んだもの。

 

 セイアは、その枝の前で足を止めた。

 

 白い紙の隣に、生成りの紙がある。

 

 青は同じはずなのに、生成りの方では、葉と葉の間まで暖かく見えた。

 

 目を戻して、白い方を見る。

 

 こちらは、枝がすっと浮かんでいる。

 

 入口の向こうで、ローラーの動く音がした。

 

     ◇

 

 工房へ入ると、奥の作業台で生徒が機械を拭いていた。

 

 受付には、名札を下げた別の生徒がいる。

 

 予約の画面を見せると、台の端の籠を示された。

 

「お荷物はこちらへどうぞ。始まるまで、紙の見本をご覧になっていてください」

 

「ありがとう」

 

 セイアが鞄を置くと、中の本の背が見えた。端末だけを取り出し、見本の棚へ向かう。

 

 棚の前には、先に一人いた。

 

 小さな手帳を開き、紙の横へ置かれた札を見ている。

 

 長い髪の向こうから、古関ウイが顔を上げた。

 

「……あ」

 

 手帳を閉じかけて、途中で止める。

 

 セイアは、隣に並んだ刷り見本へ目を向けた。

 

「おはよう。君も、今日は刷るのかい」

 

「は、はい……」

 

 ウイは棚と、奥の機械を順に見た。

 

「紙を替えて、同じものを刷れると聞いたので……」

 

「窓にもあったね。私も、あれが気になって来たんだよ」

 

「……写真では、分かりにくいですから」

 

「そうだね。実物だと、随分違って見える」

 

 ウイが頷く。

 

 手帳には紙の名前らしいものが、幾つか書かれていた。

 

 セイアは、棚に置かれた小さな紙片を手に取った。触れてよい見本と書かれている。

 

 端を指で挟むと、窓に飾られた紙より薄かった。

 

「これは、今日使う紙かな」

 

「そちらは、別の見本です。今日のは……こちらに」

 

 ウイが、隣の札を指す。

 

 同じ大きさの白と生成りが、二枚ずつ重ねられていた。

 

「なるほど。手で持っても、違うものだね」

 

 セイアが紙片を戻すと、ウイはその薄い紙へもう一度目を向けた。

 

「……薄いものを見ると、つい、補修に使う紙と比べてしまって」

 

「古書の?」

 

「はい。破れたところをつなぐときなどに……」

 

 そこまで答え、手帳へ目を落とす。

 

 奥の生徒が、二人へ声をかけた。

 

「準備ができました。こちらへどうぞ」

 

     ◇

 

 作業台には、白い紙と、生成りの紙が分けて置かれていた。

 

 その横に、刷り見本と同じ枝の図案。

 

 セイアはエプロンを受け取り、腰の後ろで紐を結んだ。ウイも袖を整え、髪を後ろへまとめている。

 

「こちらの図案でよろしいですか」

 

「うん。窓のものがよかったのでね」

 

「私も……同じもので、お願いします」

 

 案内の生徒が、小さな版を光にかざした。

 

 枝や葉のところだけが、わずかに盛り上がっている。

 

「樹脂でできた版です。今日は、水性のインクで濃い青を一色刷ります」

 

 説明を終えると、生徒は版を機械へ固定した。

 

 生徒がレバーを動かす。

 

 ローラーが版の上を通り、青が乗った。

 

 セイアは身を寄せて、その動きを見た。

 

 紙は、開いている面の目印へ合わせる。

 

 指が離れたのを確かめてから、生徒がレバーを下げた。

 

 機械が閉じ、短く止まる。

 

 戻すと、紙に枝が現れていた。

 

「外すときは、こちらの余白を持ってください。刷ったところは、まだ触らずに」

 

「分かったよ」

 

 生徒が紙を取り出し、脇の台へ置く。

 

 見本の説明より先に、その青い枝を見てしまった。

 

「では、お一人ずつ」

 

 セイアは白い紙を一枚取った。

 

 目印へ端を合わせる。

 

 奥へ少し寄りすぎて、戻した。

 

「これでいいかな」

 

「はい。手を離して、レバーをどうぞ」

 

 握ったレバーには、思っていたより重さがあった。

 

 下げる途中で、手に伝わる抵抗が変わる。

 

 最後まで動かし、戻す。

 

 紙の真ん中に、青い葉が並んでいた。

 

 セイアは余白を持ち、目の高さへ上げた。

 

 さっきまで何もなかった一枚だった。

 

 今は、細い枝が左下から伸びている。

 

 窓で見たものと同じ絵が、自分の指の間にあった。

 

「……ちゃんと、出たね」

 

 案内の生徒が笑った。

 

「出ました。次の紙も、同じように置いてみましょう」

 

     ◇

 

 ウイは、紙を目印へ置いてから、もう一度端を見た。

 

「これで……合っていますか」

 

「はい、大丈夫です」

 

 指を離し、レバーへ手を伸ばす。

 

 機械が閉じるとき、セイアはローラーの方へ目を向けた。

 

 さっきは自分の手元ばかり見ていた。横からだと、紙へ絵が付くまでの動きが、一続きで分かる。

 

 ウイが紙を取り出した。

 

 白い余白を持ち、少し傾ける。

 

 口元が、わずかに緩んだ。

 

「どうかな」

 

「……きれいに、出ています」

 

 ウイは台へ置き、枝の先へ顔を近づけた。

 

 セイアも、その隣から覗く。

 

「ここの葉は、ずいぶん細い線なのだね」

 

「はい。こちらの……葉の中の線も」

 

 ウイが、触れない距離で指を止めた。

 

 セイアは、指の先を追う。

 

 葉の中央を通る一本から、さらに細い線が分かれていた。

 

「見本を見たときには、そこまで気づかなかったよ」

 

「私も……刷る前より、よく見てしまいます」

 

 ウイは紙を置いたまま、手帳を開いた。

 

 紙名を確かめて、短く書き添える。

 

 それを待つ間に、セイアは生成りの紙を手に取った。

 

「こちらも、刷ってみよう」

 

     ◇

 

 二人が刷り終えるころには、それぞれの前へ、白と生成りが二枚ずつ並んでいた。

 

 八枚の紙に、青い枝がある。

 

 セイアは一歩離れて眺め、そのあとで生成りの一枚を選んだ。

 

 余白の角に、小さな番号札を置く。

 

「そちらが、お好きですか」

 

 ウイの方から尋ねられた。

 

「うん。枝の周りまで明るく見えてね」

 

 セイアは隣の白い紙を見る。

 

「白い方は、葉がはっきりしている。けれど、今日は、こちらを持って帰りたいかな」

 

 ウイも生成りへ目を移した。

 

 今度は、顔を近づけずに見る。

 

「……同じ青なのに」

 

「違って見えるね」

 

 ウイが頷く。

 

 自分の四枚へ目を戻すと、白い方の枝の根元を見比べていた。

 

「こちらは、細い線が、切れずに出ていますね……」

 

「どの線だい」

 

 セイアは隣へ寄った。

 

 ウイの示すところに、小さな線がある。

 

 生成りの方へ目を移すと、同じところが点のように見えた。

 

「本当だ。ここは、少し違うのだね」

 

 案内の生徒も、二枚を覗いた。

 

「紙の表面が違いますからね。インクの付き方でも変わります。こちらの紙だと、この細さは出にくいことがあります」

 

「なるほど」

 

 セイアは、一度白い方を見直してから、自分で選んだ生成りへ戻った。

 

 葉の間の明るいところは、やはり好きだった。

 

     ◇

 

「古書を直すときも、こういう線を見るのかい」

 

 セイアが尋ねると、ウイは手帳を台の端へ置いた。

 

「はい……。文字だけではなく、挿絵や、飾りもありますから」

 

 枝の絵へ目を落とす。

 

「破れたところが、絵にかかっていることも、ありますし」

 

「つないだところで、見えにくくなったりはしないのかな」

 

「なるべく、隠れないようにします。薄い紙を使ったり、貼るところを考えたり……」

 

 ウイは、さっき見本棚にあった薄い紙の方へ顔を向けた。

 

「あれより、ずっと薄い和紙を使うこともあります。下の文字が、透けて見えるくらいの……」

 

「そんなに薄いものもあるのだね」

 

「はい。破れ方や、元の紙によりますけど」

 

 ウイの指が、台の上で小さな幅を作る。

 

「欠けているところに紙を足すなら、厚さも近いものを選びます。厚いところができると、閉じたときにも……」

 

 言葉が止まった。

 

 ウイは、自分の手を引いた。

 

「……すみません。関係のない話まで」

 

「紙を選ぶ話なのだから、関係はあると思うよ」

 

 セイアは棚へ目を向けた。

 

「私は、本を読んでいても、頁の厚さまでは、あまり考えていなかったのでね」

 

「読めていれば、気にすることは少ないかもしれません」

 

「ただ、何度も戻って読むところはある。そういう頁が破れたら、きっと気になるだろうね」

 

 ウイがセイアを見る。

 

「同じところを……読み返されるんですか」

 

「うん。一度読み終えた本でもね」

 

 セイアは、受付の籠へ目を向けた。

 

「今日も、一冊持ってきているよ。列車で、続きを読もうと思って」

 

     ◇

 

 刷り上がりは、一枚ずつ棚へ置くことになった。

 

 案内の生徒が、二人の名前を書いた札を用意する。

 

「こちらで乾かしておきます。お昼を挟んでからでしたら、受け取れると思います。戻られたときに、状態を確認しますね」

 

「ありがとう。近くで食べてこようと思っていたんだ」

 

 紙を移し、エプロンを外す。流しで手を洗ってから、受付へ戻った。

 

 ウイも手を洗って戻ってきた。

 

 セイアが籠から鞄を取ると、本の背へ視線が向いた。

 

「……先ほどの本、ですか」

 

「そう。短い話が幾つか入っていてね」

 

 鞄から取り出し、表紙を見せる。

 

 ウイは、その絵と文字を見てから、セイアへ目を戻した。

 

「もう、読み終えた本なんですか」

 

「もう、一度は。今日は途中の話を、もう一度読んでいたんだ」

 

「どのお話ですか」

 

 さっきより、問いが早かった。

 

 セイアは本を開いた。

 

 栞のあるところから、二枚戻る。

 

「これだね。二人で歩いているところで、道を間違えてしまう話」

 

「迷ってしまうんですか」

 

「そうなのだけれど、なかなかそれを言い出さない。先に道を選んだ方は、もう気づいているのにね」

 

 ウイの目が、開いた頁へ下りた。

 

「もう一人は?」

 

「そちらも、気づいているんだよ」

 

 ウイが顔を上げる。

 

 セイアは口元を緩めた。

 

「けれど、通りかかった店の話をしている。違う道へ入ったおかげで、面白い店があったのでね」

 

「それで、まだ言わないんですね」

 

「うん。そのまま、しばらく歩いてしまう」

 

 ウイの肩が、小さく動いた。

 

「帰り道の話をする方が、難しくなりそうです」

 

「そうなのだよ。私は、そのあとの会話が好きでね」

 

 セイアは栞を戻し、本を閉じた。

 

 今朝列車で読んだ言葉を、自分で話している。

 

 ウイも、閉じた表紙をまだ見ていた。

 

「短い話だと、途中で止めたくなくなります」

 

「君も、そうかい」

 

「はい。あと少しだから、と。もう一つ読んでしまったり」

 

「私は、それで駅を降りる準備が遅くなりそうになることがあるよ」

 

 ウイの口元が緩んだ。

 

「分かります」

 

     ◇

 

 作業台から離れたところに、小さな机があった。

 

 紙の見本帳や、工房で刷った案内の冊子が置かれている。

 

 次の体験までは、まだ時間があるらしい。

 

 二人はその机へ移った。

 

 セイアが本を鞄へ収める間、ウイは見本帳の白い頁を開いた。

 

「古書を直していると、途中で読んでしまうことはあるのかい」

 

「……あります」

 

 返事のあとに、間ができた。

 

 ウイは見本帳の端を持ったまま、目を落とす。

 

「読める部分だけ、先に。その子によりますけど」

 

「続きが気になるね」

 

「はい。まだ開きにくいところがあったりすると、先に、そこを直さないといけないので」

 

「頁をめくるところから、待つことになるのだね」

 

 ウイが頷く。

 

「作業が終わっても、乾くまで待つこともあります。すぐに続きを読めるわけではなくて……」

 

 セイアは、奥の棚を見た。

 

 さっき刷った枝が並んでいる。

 

「今、あの紙を持って帰りたいのと、少し似ているかな」

 

「……はい」

 

 ウイも同じ棚を見る。

 

「触ってしまうと、せっかくのものが……」

 

「そうだね。今日は、先に昼食にしておこう」

 

 セイアは机の冊子を手に取った。

 

 表紙には工房の建物が描かれ、角のところに、小さな枝の飾りがあった。

 

 頁を開くと、機械の写真と、使う紙の説明が並んでいる。

 

「この表紙にも、枝があるね」

 

 ウイが、表紙の小さな飾りへ目を向けた。

 

「古い本でも、小さな飾りが入っていると、つい見てしまいます。話が終わったところに、一つだけあったり……」

 

「最後まで読んで、そこで見つけるのかい」

 

「はい。初めは文字を追っているので、二度目に気づくことも」

 

「それなら、読み返すときの楽しみが増えるね」

 

 セイアは、自分の鞄を見る。

 

「あの本にも、話の終わりに、小さな絵がある。あとで、もう一度見てみようかな」

 

「どんな絵ですか」

 

「窓と、椅子だったと思う。けれど、今聞かれると、向きまでは思い出せないね」

 

 セイアは本を出し直した。

 

 さっきの話の終わりへ、頁をめくる。

 

 下の余白に、窓と、横へ向けた椅子が描かれていた。

 

「……椅子は、窓の方を向いているのだね」

 

 ウイが、隣から覗いた。

 

「小さいですけど、背もたれの線までありますね」

 

「今度は、こちらの線かい」

 

「……つい」

 

 セイアが笑うと、ウイも、今度は顔を伏せずに笑った。

 

     ◇

 

 入口の鐘が鳴った。

 

 紙を包んだ荷物を持つ生徒が入ってきて、受付で言葉を交わしている。

 

 時計を見ると、昼食にちょうどよいころだった。

 

 セイアは本を鞄へ戻した。

 

「私は、そろそろ食べてくるよ」

 

「はい……。私は、もう少し、こちらを見てから」

 

 ウイの前には、まだ開いていない見本帳があった。

 

「今日は、色々聞けてよかった。ありがとう」

 

「こちらこそ……」

 

 ウイは手帳を取ってから、閉じた鞄を見た。

 

「そのお話……今度、探してみます」

 

「うん。もう一人が、いつから気づいていたのかも、面白いよ」

 

「……そこも、読み返してしまいそうですね」

 

 セイアは頷き、工房の生徒にも声をかけてから外へ出た。

 

 窓の前を通る。

 

 白と生成りの刷り見本が、まだ並んでいた。

 

 その前で足を止め、今度は葉の中の線を見る。

 

 生成りの方に、小さく切れているところがあった。

 

 セイアは顔を離し、枝全体を見直した。

 

 やはり、こちらもよかった。

 

     ◇

 

 食堂は、工房から角を一つ曲がったところにあった。

 

 入口の黒板に、豆と挽き肉のスパイスご飯と書かれている。

 

 窓際では、生徒が大きな紙袋を椅子の横へ置き、先に運ばれた皿へスプーンを入れていた。

 

 セイアも一人分を頼んだ。

 

 奥で、鍋をかき混ぜる音がする。

 

 ほどなく、浅い皿が運ばれてきた。

 

 ご飯の上に、挽き肉と豆を煮たものがかかっている。脇には刻んだ野菜が少しと、白いヨーグルト。

 

 湯気から、香ばしい匂いがした。

 

 セイアは、ご飯と一緒にすくう。

 

 豆は柔らかく、挽き肉の細かな粒の間で、皮の感触が残った。

 

 初めに香りが広がり、そのあとで舌の奥が温かくなる。

 

 もう一口食べてから、白いところを混ぜた。

 

 酸味が加わり、さっきとは違う味になる。

 

「……こちらも、いいね」

 

 端末が、鞄の中で短く震えた。

 

 ナギサから、帰る時刻についての連絡だった。

 

 セイアは予定していた列車を確かめ、夕方には戻ると返した。

 

 その下へ、印刷体験が終わったことも書き添える。

 

 ウイと本の話をした。

 

 そこまで打ち、少し考えて、そのまま送った。

 

 皿へ目を戻す。

 

 温かいうちに、もう一口。

 

 隣の席では、さっきの生徒が紙袋を持ち上げ、椅子を戻していた。

 

     ◇

 

 食堂を出てから、通りを少し歩いた。

 

 窓へ貼られた催しの案内が、風で下の端だけ揺れている。

 

 大きな文字の周りに、細い飾りがあった。

 

 セイアは足を緩めて見たが、字も一緒に読んでしまった。

 

 展示は、今日の目的地とは別の建物らしい。

 

 案内を見終え、来た道へ戻る。

 

 工房では、受付の生徒が平たい袋を用意していた。

 

 棚の前にウイの姿はなかった。机の見本帳も閉じている。

 

「お帰りなさい。こちら、持ち帰れる状態になっています」

 

 生徒がセイアの四枚を、台へ並べた。

 

 白い二枚と、生成りの二枚。

 

「一番気に入ったものは、上にしますか」

 

「うん。こちらを」

 

 番号札の付いた生成りを示す。

 

 生徒は札を外し、紙の間に薄い紙を挟んでまとめた。厚紙と一緒に袋へ入れ、口を折る。

 

「強く曲げないように、お持ちください」

 

「ありがとう。今日は、楽しかったよ」

 

 セイアは両手で受け取った。

 

 鞄を開き、本の横へ入れる。

 

 紙の端が荷物に押されない位置を確かめ、持ち手を握った。

 

     ◇

 

 帰りの列車では、窓際の席が空いていた。

 

 セイアは鞄を膝へ置き、平たい袋が曲がっていないことを確かめる。

 

 工房の窓で見た枝を、今日は四枚持っている。

 

 そのうち一枚は、葉の周りが明るく見える生成りだった。

 

 鞄の中へ目を戻すと、本の背が見えた。

 

 取り出し、栞のところを開く。

 

 朝は、二人が間違えた道を歩いているところまで読んだ。

 

 その先を読み、話の終わりで指が止まる。

 

 窓と、椅子。

 

 今度は、すぐに見つかった。

 

 セイアは絵を眺め、頁を戻した。

 

 前の話の終わりにも、同じ椅子があった。

 

 窓は、なかった。

 

「……こちらは、椅子だけなのだね」

 

 列車が動き出す。

 

 工房のある通りは、駅からは見えなかった。

 

 セイアは本を片手に持ち直し、鞄を窓と反対側へ寄せた。

 

 平たい袋は、その中でまっすぐ収まっている。

 

 栞を挟んでいた話の、その次へ進んだ。

 

 最初の一行から、また読み始める。

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