約束のネバーランドの世界に転生したのでノーマンの出荷を回避する   作:M1tarash1

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10.凡人による完璧なチェックメイト

あの日、ノーマンが笑顔のまま食堂の扉の向こうへ消えてから、ハウスは死んだような静寂に包まれた。

エマはノーマンを失った悲しみで完全に塞ぎ込み、ベッドの上から動かなくなった。

レイは図書室や部屋に引きこもり、生気を失った目でただ天井を見つめ続ける毎日。

ママ──イザベラは、そんな二人を冷徹に見下ろし、完全に「戦意喪失した」と確信して、次第に監視の目を緩めていった。

──だが、その1ヶ月におよぶ長い絶望期間は、すべてママを、そして『レイ』を欺くための「完璧な演技」だった。あの日、レイにすべて伝えたわけではないー

俺がすべてを打ち明けた相手は、エマだった。

『エマ、泣かないで聞いてくれ。ノーマンは死なない。俺が本部の上層部と取引をして、ラムダという別の施設へ移送させた。あいつは生きてる』

その言葉を聞いた瞬間、エマの瞳に宿った猛烈な光を、俺は一生忘れないだろう。エマはノーマンの生存を確信し、俺の『原作知識』を信じてくれた。

そして、本当にママを騙し切るためには、自殺を覚悟してすべてを諦めかけているレイすらも徹底的に欺く必要があるという、冷徹な大人の判断にも、エマは強く頷いてみせたのだ。

俺とエマが動けないフリをしてママの目を釘付けにしている間、裏では信じられないほどの仕込みが進んでいた。

実は、4歳以下の子供たちを除く、5歳以上のすべての兄弟たちにハウスの真実を打ち明け、脱獄の訓練を完璧に終わらせていたのだ。

幼い兄弟たちは全員、世界の残酷さを理解し、それでも涙を堪えて「いつも通りの無邪気な日常」をママの前で演じきってみせた。そして迎えた1月15日。

レイの12歳の誕生日の夜。

食堂にガソリンの匂いが立ち込める中、レイが自らに火を放とうとしたその瞬間、エマがそのマッチを鮮やかに奪い取った。呆然とするレイの前に、エマは大切に隠し持っていた一通の封筒を差し出した。

それは、俺があらかじめエマに預けておいた、ノーマンからの遺品だ。

「これ、ノーマンが残してくれた手紙だよ。……ずっと、ソラが預かってくれてたんだ」

驚いて目を見開くレイ。

エマの手によって開かれた便箋には、あのノーマンの端正な文字で、原作通りのあの言葉が綴られていた。

『親愛なるエマへ。僕の考えた計画をここに記す……』

だが、その緻密な脱獄計画の末尾には、ノーマンの隠された本音と、ソラへの絶対的な信頼が付け足されていた。『──追伸。レイ、君の自殺は、すべて僕とソラ、そしてエマの手の平の上だ。君を死なせはしない。僕はラムダという施設で生きている。ソラが命がけで繋いでくれた僕の命だ。だからレイ、今度は君がソラを信じて、みんなを連れて壁の向こうへ来てくれ。待っているよ』

「あいつら……っ、揃いも揃って…!」

レイは悔しそうに、だけど最高に嬉しそうに、不敵な笑みを浮かべた。

エマもまた、目元に溜まった涙を力強く拭い、太陽のような笑顔を取り戻した。

何も知らずに一人で泥を被り、死のうとしていた天才の心を、俺とエマ、そしてノーマンの手紙が見事に救い出したのだ。

「うん……! 行こう、みんなで!」

だが、その笑顔の裏には、引き欠かれるような苦渋の決断もあった。

今回連れて行くのは、5歳以上の子供たちだけ。

まだ状況を完全に理解できず、外の過酷な環境に耐えられない4歳以下の子供たちは、今回はハウスに残していく。俺たちは、残していく子供たちの中で唯一、すべての真実を打ち明けた4歳の少年のもとへ向かった。

「──フィル。留守を頼めるか?」

俺が声をかけると、4歳の少年、フィルは、小さな拳をぎゅっと握りしめて真っ直ぐに俺たちを見つめ返した。

「うん。僕、寂しくないよ。今回はお留守番して、ママの時間を稼げばいいんだよね? 任せて、ソラ。4歳以下のみんなは、僕がちゃんと守るから」「ありがとう、フィル。2年以内だ。2年以内に、必ず全員を迎えにくる」

エマがフィルを強く抱きしめる。

フィルとの約束を交わし、俺たちは最後の火蓋を切った。

レイがマッチを擦り、炎が闇夜を赤く染め上げた。

「火事よ! みんな逃げて!」

エマの悲鳴のような演技がハウスに響き渡る。ママが慌てて食堂に駆けつけ、炎に巻かれるレイに気を取られている隙に、俺たちは5歳以上の子供たち全員を率いて、裏口から一斉に外へ飛び出した。

冷たい雪が降る中、暗闇の森を全速力で駆け抜ける。

目指すはハウスの敷地を囲む、巨大な壁だ。事前に訓練を重ねた子供たちは、一言も喋らず、怯えることもなく、一糸乱れぬ動きで壁の上へと張り巡らされたロープを登っていく。

「みんな、急いで! 壁の上へ!」

全員が壁の上に上り詰めたその時、背後から狂気的な足音が近づいてきた。

髪を振り乱し、息を切らせたママ──イザベラが、崖の下に立っていた。

ママの手元で、受信機の時計が狂ったように虚無を指している。

コニーの発信機はなく、ノーマンも消え、そして今、壁の上にいる子供たちの耳の裏からも、すでに発信機はすべてえぐり取られていた。

「そんな……まさか、全員で……!?」

燃え盛るハウスを背に、崖の上に立つ俺たちを見上げるママの顔から、ついに余裕の仮面が完全に剥がれ落ちる。

彼女の視線が、エマやレイを通り越し、列の最後尾で子供たちを支える俺──ソラへと向けられた。

その目はっきりと、驚愕と、そして「コニーの件も、ノーマンの件も、お前がすべての黒幕だったのか」という戦慄が浮かんでいた。

天才たちのチェス盤の上で、エマと共に、あのレイすらも完璧に欺いて泥縄を編み続けた凡人サラリーマンの悪あがきが、ついに本物の怪物を圧倒した瞬間だった。

「バイバイ、ママ」

エマが切なく、だけど最高に力強く微笑む。

ハンガーを使ったロープウェイで、子供たちを次々と暗闇の崖の向こう──外の世界へと滑り降りていく。

最後に残った俺とレイ、エマが固く手を繋ぎ、冷たい夜風の中へと身体を躍らせた。

背後で、ママが静かに髪を解き、俺たちの背中を見つめているのが分かった。

その表情には、追跡の意志ではなく、どこか哀愁に満ちた

「いってらっしゃい」

という祈りが込められているようだった。

──ハウスの壁を越え、鬱蒼とした未知の森へと着地する。まだ夜明け前の冷たい空気の中、コニーが俺の服の裾をぎゅっと握りしめてきた。

「ソラ……お外、寒いね。でも、怖くないよ」

「ああ。もう大丈夫だ。俺たちがいる」

俺はコニーの頭を優しく撫で、前を向いた。

そこには、朝日が昇り始める地平線を見つめるエマとレイ、そして──俺たちが2年以内に必ず救い出すフィルたちと、ラムダで生きているノーマンの未来へと続く世界が広がっていた。

平凡なサラリーマンだった俺の、推したちを全員救うための生存戦略は、ここに最高の、完璧な形で終わりを告げた。

「最初の朝だ!!」




完結。
1週間くらい書き溜めてました。予約投稿という機能にさっき気づきました笑
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