約束のネバーランドの世界に転生したのでノーマンの出荷を回避する 作:M1tarash1
「……ッ、う、うあぁ……!」
コニーが痛みに声を上げそうになるのを、俺は自分の袖を噛ませて必死に抑え込ませた。
雨の冷たさで感覚が麻痺しているのが、不幸中の幸いだった。
震える手で、ハサミの先を使ってコニーの耳の裏から小さな発信機をどうにかえぐり取る。
血に染まったその機械を、俺は近くを走っていた野良ネズミの背中へと、泥を接着剤代わりにして素早く貼り付けた。ネズミは驚いて、門とは全く違う方向の森の奥へと走り去っていく。
(これで数分はママの目を逸らせる……!)
俺はコニーを抱き上げ、息を切らしながらハウスの勝手口へと滑り込んだ。
皆が寝ている今の時間なら、人影はない。
俺が選んだコニーの隠し場所は、ハウスの最上階にある使われていない物置奥の二重壁の隙間だ。
前世のサラリーマン時代、狭いオフィスで培った「デッドスペースを見つける嗅覚」がここで役に立った。
「コニー、ここに隠れていてくれ。今、傷の手当てと食べ物を持ってくるから」
「うん……ソラ、痛かったけど、泣かなかったよ……」
青白い顔で健気に微笑むコニーに胸が締め付けられながらも、俺はすぐに部屋を飛び出した。
医務室へ忍び込み、包帯と消毒液を盗み出す。
さらに厨房の裏から、数日分のパンと水筒に入れた水を確保し、全力で物置へと戻った。
「よし、これで大丈夫だ。傷を縛るぞ」
手早くコニーの耳の傷を消毒し、包帯できつく止める。食料と水を渡し、物置の隠し扉を完全に閉めた。
これでひとまずは、ママの「発信機(時計)」の追跡からは外れたはずだ。息を整え、何事もなかったかのように自分のベッドへ戻った頃。
廊下から、バタバタと激しい足音が聞こえてきた。
(──帰ってきたか)
恐る恐る部屋のドアを開けると、そこには、雨に濡れそぼり、まるで魂が抜けたかのようにガタガタと震えているエマとノーマンの姿があった。
その手には、あのうさぎの人形「リトルバーニー」はなかった。二人の目は完全に光を失っていた。
原作通り、彼らは門で『世界の真実』を見てしまったのだ。
コニーの死体はなかったはずだが、そこに残された鬼の痕跡を見た恐怖は変わらない。
「エマ……ノーマン……?」
俺が声をかけるより早く、二人は何かに怯えるように自分たちの部屋へと駆け込んでいった。
それを見送った直後。
背後の暗闇から、ガシッ、と俺の胸ぐらを乱暴に掴み上げる手が伸びた。
「──お前、さっきまでどこにいた」
低く、地を這うような怒声。振り返るまでもない。
レイだ。その黒い瞳は、普段の冷静さが嘘のように、激しい怒りと困惑で燃え盛っていた。
「何のことだよ、レイ」
「惚けるな!!」
レイが俺を壁に強く押し付ける。
ゴン、と鈍い音が頭に響いた。
「おれはエマとノーマンしか門に送り出していない!なのに何でお前がずぶ濡れになっている!?さっきコニーの声が聞こえた、お前何したんだ!」
レイの呼吸は荒い。
あいつが何年もかけて、自分の命すら削って組み立ててきた完璧な脱獄計画。
それが、俺というイレギュラーのせいで完全に狂わされようとしているのだ。キレるのも当然だった。
「言えよソラ! お前、ハウスの秘密を知ってるな!? 何のために邪魔をした!? あいつは、エマたちに真実を知らせるために必要な──」
「必要な犠牲、って言うつもりかよ」
俺はレイの手を冷徹に振り払った。
前世を含めれば、俺の精神年齢はこいつより遥か上だ。
天才の威圧感に、いつまでも怯えているサラリーマンじゃない。
「必要な犠牲なんてない。俺はコニーを救った。それだけだ」
「ふざけるな! 生半可な同情で計画を狂わせやがって! コニーが生きているとママにバレたら、その時点で全員終わりなんだぞ!?」
「バレなきゃいいんだろ」
俺はレイの胸元を指差し、真っ直ぐにその目を睨みつけた。
「お前の計画は潰さない。エマたちも今、真実を知って絶望してる。お前の望み通り、脱獄の歯車は回ったよ。……だけどな、レイ」
一歩も引かずに、俺は告げた。
「エマやノーマンも、コニーも、他の兄弟たちも全員だ。お前が諦めた全員を、俺の悪あがきで全部救ってみせる。邪魔だっていうなら、お前ごと騙してやるよ」
レイは絶句したように目を見開いた。天才と凡人。
ハウスの真実を巡る、もう一つの裏の頭脳戦が、ここに幕を開けた。