約束のネバーランドの世界に転生したのでノーマンの出荷を回避する 作:M1tarash1
「コニーがいないの。誰か見なかったかしら?」
翌朝。
食堂に響いたママの優しい声は、いつもと変わらないはずなのに、どこか蛇が這い回るような冷たさを孕んでいた。
エマとノーマンの身体がビクッと強張る。
昨夜、門で世界の真実を知ってしまった二人の顔は一晩明けても青白いままだ。
だが、ママの視線は二人の絶望ではなく、別の場所に向けられていた。
俺が仕掛けた偽装──中庭の地面にわざと残した「不自然に巨大な足跡」と、引きちぎられたコニーの衣服の切れ端。そして、森の奥へと消えた発信機の奇妙な動き。それらの情報が、ママの脳内で一つの結論を導き出していた。
(……外部からの侵入者。野良の鬼か、あるいは密猟者がハウスを襲い、コニーを連れ去った)
ママの手元で、受信機の時計が狂ったように虚無を指している。
コニーの発信機はすでに森のネズミと共に遠くへ消え、今ここにいるコニーの耳の傷は完璧に塞がって、最上階の物置の奥に隠れている。
「……困ったわね」
ママはそう呟くと、それ以上は何も言わずに朝食を始めさせた。
ひとまずは、俺の『凡人ゆえの泥縄工作』が成功したのだ。
ハウスの内側に裏切り者がいるという最悪の疑いは、ひとまず外側へと逸らすことができた。
だが、安堵したのも束の間。その日の午後、ハウスに新たな絶望が舞い降りた。
「本部の指示で、今日から私の補佐をしてくれることになった、シスター・クローネよ」
ママの紹介と共に現れたのは、原作通りの大柄な黒人女性──クローネだった。
コニーの消失というイレギュラー事態を受けて、本部がハウスの監視を最悪レベルにまで強めるために送り込んできたのだ。
クローネの剥き出しの眼球が、値踏みするように俺たち子供をギロリと睨む。
エマたちが息を呑む中、俺は冷や汗を流しながらも、脳内で急速に次の作戦を組み立てていた。
(クローネ……! こいつはママの座を奪おうと虎視眈々と狙っている。そして、本部と直接繋がれる特別な通信機器を持っているはずだ)
これからの数ヶ月、ノーマンの出荷通告という最悪の未来が待っている。
それをひっくり返すためには、ママの目を盗むだけじゃ足りない。
このクローネを、そして彼女の持つ通信機器を、俺の『原作知識』で騙し、利用するしかない。
その夜、俺はエマやレイの目を盗み、一人でクローネの部屋へと向かった。
コンコン、とドアをノックする。
「あら、あなた、確かナンバーは……ソラ、だったかしら? 私に何か用?」
クローネが不気味な笑顔でドアを開ける。俺はサラリーマン時代に何度もやった、大人の『交渉の顔』を作った。
今ここで、エマたちに自分の計画を話すわけにはいかない。
ノーマンを、そして全員を本当に救い出すためには、エマの優しさも、レイの鋭さも邪魔になる。
本当にママを、そしてシステムを騙し通すためには──。
(エマ、レイ。ごめん。ここからは、俺が一人で泥を被る)
「シスター。あなた、ママの座を奪いたいんですよね?」
俺のその一言に、クローネの笑顔がピキリと凍りついた。
一般人転生者ソラの、孤独な『大人同士の取引』が、いま始まった