約束のネバーランドの世界に転生したのでノーマンの出荷を回避する 作:M1tarash1
極秘の取引から、数ヶ月。
俺はクローネの弱みを握り、彼女を「ママの監視の目を逸らすための盾」として裏で操りながら、脱獄の準備を影で支え続けていた。すべては順調に進んでいる──そう思っていた矢先のことだった。
「ノーマン。あなたの出荷が決まったわ」
森林に響いたママの冷徹な宣告に、その場の空気が完全に凍りついた。
エマの顔から一瞬で血の気が引き、レイの本を持つ手が激しく震え出す。
原作通り、脱獄計画が完成するより早く、最悪のタイムリミットが来てしまったのだ。
その夜、エマとレイはノーマンの部屋に集まり、本気で涙を流しながら「ノーマンを逃がすための作戦」を必死に考えていた。
だが、その輪の中に、俺の姿はなかった。
(悪い、エマ、レイ。お前たちの作戦じゃママの裏はかけない。……そしてノーマン、お前にもまだ、この真実は教えられない)
ここでノーマンに「死なせないよ」と伝えてしまえば、
明日、ママの前に立つノーマンの『死を覚悟した人間の目』が作れなくなる。
ママを完璧に騙し切るには、当事者であるノーマンの絶望すら利用しなければならない。
サラリーマン時代、理不尽な取引先を騙すために何度も心を鬼にしてきた。
その時の冷徹さを、今、俺は自分の大好きな推したちに向けている。
胸を引き裂かれるような罪悪感を噛み締めながら、俺は一人、夜の使われていない教室へと忍び込んだ。
手の中にあるのは、昼間のうちにクローネの部屋から命がけで盗み出してきた、本部直通の特殊な通信機器だ。
俺は震える指で、ダイヤルを回した。ノイズの向こうから、冷ややかで厳格な、大人の女性の声が響く。
『……誰ですか。これはシスター・クローネの専用回線のはずですが』
ハウスを統括する最高権力者──グランマだ。
受話器を握る手に、どっと冷や汗がにじむ。
相手は鬼の社会と繋がっている本物の怪物だ。
一般人の俺なんて、声一つで圧殺されそうなプレッシャー。
だが、俺にはこの世界の未来を知っているという、最強の『原作知識』がある。
「はじめまして、グランマ。俺はGF第三プラントの収穫物です」
『……子供? 悪質な悪戯ですか?』
「悪戯じゃありません。単刀直入に言います」
俺は営業マン時代に何度もやった、一切の気弱さを排除した『交渉の声』で受話器の向こうの怪物に言い放った。
「明日出荷予定の特上、ノーマン。あいつを今ここで殺して鬼に食わせるのは、飼育システムにとって大損失だ。あいつの頭脳は、研究サンプルとして別の施設……『ラムダ』へ移送して生かすべきだ」
『…何を言い出すかと思えば。農園の家畜が、何故ラムダの存在を農園のシステムを知っているのです?』
「今は答えられない。その内嫌でも分かるさ」
「取引だ」
俺は机を強く叩いた。
「もし明日、ノーマンが予定通り出荷されたら、俺はイザベラを殺し脱獄します。そうなれば、第三プラントは崩壊し、あなたたちの地位も終わる」
受話器の向こうが、一瞬で静まり返った。
長い沈黙の後、グランマの低く、地を這うような声が響く。
『……面白い子供ですね。いいでしょう、特上ノーマンの身柄は、私が直々に引き取ります。ただし、もしこれがハッタリだったら、あなたを真っ先に引き裂いて鬼の餌にしますよ』
「ええ、望むところです」
ブツリ、と通話が切れた。
通信機を床に置き、その場にへたり込む。全身の震えが止まらない。胃が破裂しそうに痛む。
(やった……。繋いだぞ、ノーマンの命……!)
だが、明日、ノーマンはみんなの前で「出荷」されていく。
エマたちには、本当の絶望が訪れる。
俺は一人、冷たい教室の床で、誰にも言えない秘密という重すぎる十字架を背負って立ち上がった。