第十二章 説得
ジュネーブ 一九三三年(昭和八年)一月〜二月二十五日
一月のジュネーブに、黒瀬はシベリア経由で着いた。
上海から、十二日かかった。
汽車は満洲を北へ抜けた。奉天の駅は兵と貨車で埋まり、ホームに積まれた弾薬箱に、雪が積もり始めていた。兵たちの吐く息が白かった。南へ向かう線路の方が、北へ向かう線路より忙しく見えた。次の作戦の方角は、時刻表よりも正直に、駅の景色に出ていた。
代表部に出頭すると、随員名簿の末尾に自分の名前があった。名簿の上の方には、次席全権として、佐藤尚武の名前があった。
着任の日、廊下で佐藤とすれ違った。佐藤は立ち止まらなかった。
「読んだよ」
すれ違いざまに言い、二歩ほど行ってから、振り向かずに付け足した。
「リットン卿からも、君の名前を聞いたよ」
礼を言う間もなかった。礼は結果で言え、という意味に、黒瀬は取った。
松岡洋右に呼ばれたのは、着任の翌日だった。
ホテルの執務室で、松岡は歩いていた。狭い歩幅で、机の前を往復していた。黒瀬が入っても、止まらなかった。
「お前を呼んだのは、語学に長けていると聞いたからだ」と松岡は言った。歩きながら。黒瀬を見ずに。
「通訳を使わない書記官がいると、ジュネーブ帰りの連中が言っていた。連盟は言葉の戦場だ。私は英語では誰にも負けん。しかし、戦場は英語だけではない」
松岡が止まった。
「噂が本物かどうか、確かめる。偽物なら、次の船で帰す」
机の上の書類を、放って寄越した。連盟事務局に出す覚書の草稿だった。英語だった。
「読め。どう思う」
黒瀬は立ったまま読んだ。
「文法の誤りはありません」と黒瀬は言った。「しかしこの英語は、負けている人間の英語です」
松岡が止まった。
「どこがだ」
「受動態が多すぎます。日本は誤解されている、日本は追い込まれた——書いた人間が、頭の中で先に裁かれています。裁かれた人間の弁明は、読む前から結論が決まっている」
松岡は書類を取り返した。しばらく黙って読んだ。
「書き直せ。明日の朝までに」
「フランス語版も要りますか」
松岡が顔を上げた。
「できるのか」
「発音はロシア語の方が上手いと言われますが」
松岡は笑わなかった。しかし目が変わった。
それまで見ていたのは、随員の一人だった。今見ているのは、黒瀬誠一郎だった。
翌朝、黒瀬は三つの文書を机に置いた。英語の覚書と、フランス語版と、日本語の控え。
松岡は英語版の最初の一枚を読み、それから最後の一枚を読んだ。真ん中は読まなかった。
「今日から、私の答弁資料はお前が書け」
それだけだった。
礼はなかった。直しもなかった。使われた。
使われることが、この男の下では唯一の評価だった。
一月の終わりから、黒瀬は松岡の影になった。
演説の下書きを書いた。各国代表の性格と弱点を一枚ずつにまとめた。質疑の想定問答を、三つの言語で作った。
松岡はその全部を使った。出典は、一度も口にしなかった。
黒瀬は昼は影として働きながら、夜は世界に差し出す紙を書いた。一字一句を、何度も書き直した。仏語で書き、英語に直し、日本語で検算する夜が続くと、頭の中の騒ぎは朝まで止まらなかった。
モルヒネの頻度が、増えた。
その一月の半ば、ワシントンから公電が来た。
アメリカ議会が、フィリピンに独立を約束する法律を可決した。十年後の独立。大統領は拒否権を使い、上下両院は、その拒否権を乗り越えてまで可決した。
黒瀬は公電の写しを、自分の綴りに挟んだ。
使い道は、まだ言葉にしなかった。しかし紙の置き場所だけは、一番上にした。
*
二月二十四日、午後三時。
黒瀬誠一郎は、国際連盟の大会議室の傍聴席にいた。
傍聴席は二階だった。手すり越しに、議場全体が見えた。天井が高く、採光窓から白い冬の光が落ちていた。温度を持たない光だった。
各国の代表席が弧を描いて並んでいた。黒瀬はその席の数を、目で数えた。一度数えて、また数えた。
手帳を膝に置いていた。ペンを持っていたが、まだ何も書いていなかった。
議題は、リットン報告書に基づく勧告決議だった。満洲における日本軍の行動は、自衛とは認められない。その認定に対する賛否を問う採決だった。
前日、関東軍は熱河省へ進んでいた。長城の内側へ向かう作戦だった。ジュネーブで最後の弁論が行われている時刻に、地図の線がまた南へ動いた。四十二の代表の中には、その報せを朝刊で読んで議場へ来た者もいた。報告書への賛否を迷っていた国があったとしても、迷いは朝刊が消した。
採決が始まった。
各国代表が次々と賛否を示した。
賛成。賛成。賛成。
それが続いた。
黒瀬は手帳に正の字を書いていた。書きながら、自分の手が機械的に動いていることに気づいた。結果はすでに分かっていた。分かっていても、数えずにはいられなかった。
議長が日本代表を指名した。
松岡が立ち上がった。
小柄な体が、会議室の静寂の中で奇妙な存在感を放っていた。
「反対」と松岡は言った。
英語で、フランス語で、それから日本語で。三つの言語で、同じ言葉を言った。
採決が終わった。
賛成四十二票。反対一票。棄権一票。
松岡は立ち上がった。書類をまとめた。それから会議室に向かって深く礼をした。礼の角度が、妙に正確だった。
しかしその背中が、傍聴席から見えた瞬間——黒瀬には分かった。
練習した礼ではなかった。これが最後になるかもしれない、という覚悟の礼だった。
松岡が退場した。
会議室がざわめいた。各国代表が隣の代表と話し始めた。複数の言語が混ざり合って、言語ではない何かになった。
黒瀬は手帳を閉じた。正の字が八つと、半端が二つあった。
四十二対一。
その夜、黒瀬はミリアムに短い手紙を書いた。
「始まった。明日、松岡に会います」
*
翌朝、黒瀬は松岡の宿舎を訪ねた。
扉を開けたのは若い随員だった。表情がなかった。
「松岡全権は——」と随員は言いかけて、止まった。
廊下の奥から、松岡の声がした。
「黒瀬か。入れ」
執務室に入ると、松岡は窓際に立っていた。振り返らなかった。
「座れ」と松岡は言った。
黒瀬は座った。松岡がようやく振り返ったとき、一瞬だけ黒瀬を見る目が止まった。止まった、というより、何かを確認した。
黒瀬の目の充血。左手の、ほとんど分からない程度の震え。
松岡はそれを見た。口にはしなかった。机の前に来て、椅子に座った。煙草に火をつけた。
「昨日の採決を見たか」と松岡は言った。
「傍聴席にいました」
松岡は煙草を一口吸った。しばらく黙っていた。
「四十二対一だ」と松岡はやがて言った。「私が退場したとき、廊下で拍手が聞こえた。誰かが拍手していた。同情か、皮肉か、分からなかった。どちらにしても、日本は孤立した」
「政府はすでに動いています」と黒瀬は言った。「採決の四日前、二月二十日の閣議で決まっています。勧告が採択された場合は脱退する、と。昨日それが現実になった。三月二十七日の詔書をもって、連盟から正式に脱退を通告する——それが既定路線です」
「知っている」と松岡は言った。「それが現実だ。陸軍は脱退を既定路線として動いている。熱河の作戦は、脱退を前提にした作戦だ。国内世論も脱退を支持している。私が連盟でどれだけ戦っても、四十二対一という数字が出た以上、もう後戻りはできない——そう見ている人間が、外務省の中にも増えている」
「しかし」と黒瀬は言った。
松岡が黒瀬を見た。
「別の選択肢があります。三点、提案があります」
松岡の目が黒瀬を見た。昨日まで連盟の場で戦ってきた男の目だった。疲れていた。しかしその疲れの奥に、まだ何かが燃えていた。
「言え」
「第一点。ハワイの日米共同統治の提案です」
松岡の目が動いた。動いただけだった。
「一八八一年、カラカウア王が明治天皇と結んだ日布親善協定があります。連邦でも正式同盟でもない。移民の往来、漁業の協定、教育の交流——それだけです。しかし五十年間、それが続いた」
「知っている」と松岡は言った。
「あの協定には、別の効果がありました。一八九三年、ハワイでアメリカ人農園主のクーデターが起きた。リリウオカラニ女王を廃位しようとした。しかし日本は女王支持を表明した。日本人移民十数万人の存在が、アメリカの完全な併合を阻んだ。その結果、ハワイはまだ宙ぶらりんの状態にあります。アメリカは準州化を進めようとしている。真珠湾の軍港建設も計画の段階にある。しかしまだ完成していない。今が、その隙間です」
「隙間に何を入れる」
「日米共同統治の提案です。ハワイを日米どちらかの領土ではなく、両国が共同で管理する太平洋の安定点として位置づける」
黒瀬は綴りの一番上から、一枚の紙を出した。
「アメリカにとっても、これは悪い話ではありません。先月、ワシントンで何が起きたかをご覧ください。議会がフィリピンの独立法を可決した。大統領の拒否権を、両院が乗り越えてまで。恐慌の議会は、太平洋の領土の維持費を嫌い始めています。単独で抱えるには高く、手放すには惜しい島々を、どうするか——共同統治は、名誉を保ったまま負担を割る仕組みとして、売れます」
「それだけで売れるか」
「七年前の一九二六年、ホノルル近郊のサトウキビ農園で事件が起きました。日本人移民とハワイ先住民が連携して、アメリカ人農場主の土地管理権を実力で止めた。三週間の対立の末、アメリカ側が折れた。十数万人の日本人移民が先住民と手を結んだとき、アメリカは手が出せない——その現実を、ワシントンは報告書で知っています。共同統治は、アメリカにとってその問題に法的な決着をつける機会でもある」
松岡はしばらく沈黙した。
「一八八一年か」と松岡は言った。独り言のような声だった。「伊藤が種を蒔いた」
「そうです。私たちは収穫しようとしているだけです」
松岡が黒瀬を見た。何かが変わった目だった。反論を探していた目が、別のものを探し始めた目に変わった。
「続けろ」
「第二点。樺太のユダヤ民族への移譲です」
執務室が静かになった。煙草の煙だけが動いていた。
「もう一度言え」と松岡は言った。
声のトーンが変わっていなかった。それが黒瀬には意外だった。怒鳴ると思っていた。
「樺太全島を、将来的にユダヤ民族の自治領として移譲することを、国際連盟の場で提案します」
「馬鹿を言うな」と松岡は言った。しかし声は静かだった。「樺太には日本人が三十万人いる。豊原に製紙工場がある。鉄道が走っている。漁業基地がある。それをユダヤ人に渡すと言うのか」
「渡すのではありません。活用してもらうのです。三十万人の日本人移民はそのまま残る。インフラもそのまま使う。ユダヤ人が加わることで、むしろ人口と資本と技術が増える。世界シオニスト機構の背後にあるユダヤ系の資本と知識——化学・金融・医療・メディア——が日本経済圏に流入します。これだけのインフラが整った土地を、一から作るのは大変な労力と資金がかかる。ユダヤ人にとって、これ以上の条件はない」
松岡は煙草を灰皿に押しつけた。新しい一本に火をつけた。
「ソ連はどうする。北樺太はソ連の管理下にある」
「だからこそです」と黒瀬は言った。「樺太はいずれソ連との火種になります。しかしその島に第三者——ユダヤ人の自治国——が存在すれば、日ソの直接対立を避ける緩衝地帯になります。この十二月、日本はソ連の不可侵条約の申し入れを断りました。条約はもう選べない。しかし条約より厚いものなら、まだ置ける。ソ連が北樺太の移譲を飲もうが飲むまいが、樺太全体が緩衝地帯として機能する。日本にとって、これは損ではありません」
「ユダヤ人がなぜ樺太を選ぶ。彼らはエルサレムを目指しているはずだ」
「シオニスト運動の中でも、パレスチナ以外を主張する勢力があります。一九〇三年、ザングウィルがアフリカ東部を候補に挙げた。しかしアフリカの土地には何もなかった。樺太は違います。そして、ドイツの状況が変わりました」
「ヒトラーか」と松岡は歩きながら言った。
「一月三十日に政権を取りました。ナチスが四年で議席を二十倍にした。そしてヒトラーは演説のたびに繰り返してきた——ドイツの不幸の原因はユダヤ人だ、と。政権を取った今、その言葉が政策になろうとしています。まだ組織的な迫害は始まっていない。しかしドイツのユダヤ人はもう感じています。空気が変わったと」
松岡が立ち止まった。
「それが樺太とどう繋がる」
「逃げ場が必要です。今すぐ。パレスチナはアラブ人との対立が激化していて、イギリスが移住を制限しようとしている。アメリカは移民法で門を閉めた。行き場のない人々に、整ったインフラを持つ土地を提供する——それが日本にできることです。そして、ドイツがユダヤ人を追い出そうとしているとき、日本がユダヤ人の国家建設を支援する。その対比が、日本の立場を世界に示します」
「日本はドイツの側ではなく、国際秩序の側にいる、ということか」と松岡は言った。
「そうです」
松岡はしばらく黒瀬を見た。
「第三点は」
「南洋委任統治の国際監視受け入れです。第一次大戦後、旧ドイツ領のミクロネシア諸島——マーシャル、カロリン、マリアナ——を、国際連盟の委任統治領として日本が管理しています。連盟はその実態を懸念している。ここに監視機構を受け入れることで、日本が国際秩序の枠内にとどまる意志を持つことを示します。透明性が、今の日本には最も欠けているものです」
三点を言い終えた。
松岡はまた窓際に行った。二月のジュネーブの空が白かった。
「昨日、四十二対一という結果が出た」と松岡はやがて言った。「私は退場した。日本は孤立した。それが現実だ。その現実の中で、お前はまだ別の道があると言う」
「あります」と黒瀬は言った。「三点すべてが通るとは思っていません。しかし三点を提案するという行為が、満州問題から一瞬だけ目を逸らさせ、日本の孤立を先へ延ばすことができます。時間を買えます。その時間で、別の手が打てます」
「いいか、もうひとつ現実がある」と松岡は言った。
窓の外を見たままだった。
「東京の紙面だ。私はいま、十字架の殉教者ということになっている。百三十二社が、脱退支持の宣言に判を押した。私が脱退を宣言して帰れば、英雄だ。埠頭に万歳が並ぶ。提案を読めば——売国の見出しは、もう組んであるだろう。私を殺しに来るのは、ジュネーブの四十二カ国ではない。東京の輪転機だ」
黒瀬は一拍置いた。
「英雄で帰る道は、脱退と一緒に燃えます」と黒瀬は言った。「新聞は英雄を三月で使い捨てます。次の英雄が要るからです。閣下が輪転機より長く残る方法は、ひとつしかありません。歴史に残ることです」
松岡は答えなかった。
窓の外の白い空を、長いこと見ていた。
「時間はないぞ。遅くとも一ヶ月後には政府は脱退を通告する」と松岡は言った。
「はい。その間にヴァイツマンに会います。提案の文言を固めます」
松岡がわずかに笑った。声のない笑いだった。肩が一度だけ揺れた。
「お前は本当に外務省向きの人間ではないな」
「よく言われます」
「進め」と松岡は言った。「ただし——これは私が命じたことではない。お前が独自に動いた。うまくいけば私の手柄になる。失敗すれば、お前が暴走した書記官になる。それで構わないか」
「最初からそのつもりでした」と黒瀬は言った。
松岡はまた窓の外を見た。
「陸軍が動く。閣議決定という壁もある。それは分かっているな」
「分かっています」
「急げ」と松岡は言った。「時間は一ヶ月もない」
黒瀬は部屋を出た。廊下を歩いた。
外に出ると、二月のジュネーブの空気が肌に触れた。冷たかった。
レマン湖が見えた。灰色だった。いつも灰色だった。