巻末解説 史実と、選ばれなかった歴史——年表による註
この物語の分岐点は、ふたつしかない。
一八八一年の「日布親善協定」と、一九三三年三月二十七日の「四点提案」である。前者は史実では結ばれず、後者は史実では読まれなかった。そのふたつを除けば、本書の五十二年間は、日付も、事件も、実在の人物の言動も、可能な限り史実のとおりに進む。満洲事変は起き、犬養毅は撃たれ、リットン報告書は拒否される。主人公がどれだけ足掻いても、時代の流れは曲がらない——その重さこそ、本書が最初に書きたかったものだからだ。
黒瀬誠一郎、ミリアム・カッツ、ソフィア、田中大佐、記者の立花、ワイパフの荒木一家は架空の人物である。実在の人物(松岡洋右、幣原喜重郎、ヴァイツマン、リットン、昭和天皇ほか)は、役職・経歴・思想を史実に沿って描いた。以下の年表で、史実と本作の縫い目を示す。
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【一八八一年(明治十四)三月】ハワイ国王カラカウアが来日。史上初めて日本を訪れた外国元首である(史実)。王は明治天皇に皇族との縁組を、政府にアジアの連携を提案した(史実)。日本はいずれも丁重に断った(史実)。——本作では、伊藤博文が「条約未満」の日布親善協定を結ぶ。第一の分岐である。
【一八八五〜九一年】史実では「官約移民」により日本人のハワイ移民が本格化する。本作では親善協定に基づく協定移民がこれに相当する。以後五十年で日系人口が十数万に達する点は、史実とほぼ同じである。
【一八九三年】ホノルルでアメリカ系住民のクーデター。リリウオカラニ女王が廃位される(史実)。史実ではハワイは共和国を経て一八九八年にアメリカに併合された。——本作では日本の女王支持と移民の存在が併合を阻み、ハワイは「宙ぶらりん」のまま残る。第一の分岐の、最初の果実である。
【一九〇四〜〇五年】日露戦争。対馬沖の海戦(史実)。ポーツマス講和の内容に怒った群衆が日比谷で暴動を起こし、市中の交番を焼いた(史実)。新聞の多くが講和反対を煽った(史実)。同じ年、オデッサでポグロムが起き、多数のユダヤ人が殺された(史実)。七歳の黒瀬と十歳のミリアムがそれぞれの群衆を見た、という設定は架空である。
【一九一七〜二二年】ロシア革命と内戦(史実)。百万を超えるロシア人が国籍を失い、国際連盟は難民のためのナンセン旅券を作った(史実)。上海が査証なしで人間を受け入れる稀有な都市だったことも史実である。
【一九二四年】アメリカが移民法を改正し、東欧・南欧からの移民を国別割当で厳しく制限(史実)。ユダヤ難民の「行き場のなさ」は、この扉の閉鎖から始まる。
【一九二五年】ユダヤ領域主義機構(ITO)解散(史実)。パレスチナ以外の土地を探したこの運動の系譜に、ミリアムを置いた。同年、日ソ基本条約により日本は北樺太の石油利権を得る(史実)。
【一九二六年】ワイパフの水利争議は架空である。ただし、ハワイの日系農園労働者による大規模争議(一九〇九年、一九二〇年)と、日系・他民族の連帯は史実に基づく。
【一九二九年】八月、ヘブロンでユダヤ人六十七人が殺害される(史実)。十月、ウォール街で株価が大暴落(史実)。ジュネーブの廊下の出会いは、架空である。
【一九三〇年】金解禁(史実)。ロンドン海軍軍縮条約と統帥権干犯問題(史実)。政友会と一部の新聞が「干犯」で政府を攻めた(史実)。十一月、浜口雄幸首相が東京駅で撃たれる(史実)。
【一九三一年】三月、軍部クーデター未遂(三月事件・史実。関係者は処分されず、報道もされなかった)。六月、上海でコミンテルン極東機関の資金責任者が摘発される(ヌーラン事件・史実)。夏、万宝山事件と中村大尉事件(史実)。九月十八日、柳条湖で満鉄線路が爆破され、関東軍が軍事行動を開始(史実。爆破が関東軍の自作自演だったことも、今日では史実である)。政府の不拡大方針は無視された(史実)。十月、朝日新聞が在郷軍人会の不買運動などの圧力の中で軍支持へ論調を転換(史実)。同じ週、イギリスが金本位制を離脱(史実)。
【一九三二年】一月、上海事変(史実)。二月、廟行鎮の三工兵の死が「爆弾三勇士」として新聞により神話化され、歌と映画と銅像になった(史実)。血盟団が井上準之助と団琢磨を暗殺(史実)。三月、満洲国建国宣言(史実)。五月十五日、犬養毅首相が海軍将校に射殺される。「話せば分かる」(史実)。八月、内田外相の「焦土」答弁(史実)。十月、リットン報告書公表(史実。報告書が日本の権益を認める妥協案を含んでいたことは、当時の紙面ではほとんど伝えられなかった)。十二月、松岡全権の「十字架上の日本」演説(史実)。新聞・通信百三十二社が連盟反対の共同宣言(史実)。日本はソ連の不可侵条約提案を正式に拒否(史実)。
【一九三三年一〜三月】一月三十日、ヒトラーがドイツ首相に就任(史実)。同月、アメリカ議会が大統領の拒否権を乗り越えてフィリピン独立法を可決(史実)。二月二十三日、関東軍が熱河作戦を発動(史実)。二月二十四日、国際連盟総会はリットン報告に基づく勧告を四十二対一で採択し、松岡全権は退場した(史実)。
【一九三三年三月二十七日】史実——この日、「国際聯盟脱退ニ関スル詔書」が渙発され、連盟への正式な通告文が発送された。脱退は総会での宣言ではなく、詔書と通告という東京の手続きで成立している。松岡は英雄として帰国し、八年後に真珠湾があり、十二年後に広島と長崎があった。
本作——渙発の二日前、休会中の特別総会が日本の求めで再開され、松岡の鞄からもう一枚の原稿が出た。詔書は、机の上で止まった。
第二の分岐である。物語は、ここから始まる。
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なお、休会中の特別総会が一国の要請で再開される手続きは、本作の創作である。また、四点提案の内容にも史実の根がある。ハワイ共同統治の背景にある米議会の「太平洋の維持費」への嫌気はフィリピン独立法に、樺太案はユダヤ領域主義運動の系譜に、第四点が否定する北海道旧土人保護法(一八九九年)は条文のとおりに、それぞれ実在する。選ばれなかった歴史は、選ばれた歴史と同じ材料でできている。違うのは、組み合わせだけである。