第五章 上海の匂い
上海 一九三〇年(昭和五年)秋
上海の匂いは五種類ある。
黄浦江の泥の匂い。石炭と機械油が混ざった工場の匂い。租界の境界線付近に漂う、揚げた油と香辛料の匂い。雨の日の石畳——花崗岩が水を吸って、百年分の靴底と痰と血と精液の記憶を滲ませる匂い。
最後のひとつは、人間の匂いだ。密度、とでも言うしかない。一平方メートルあたりの人間の密度が、ある限界値を超えると、都市はそれ自体の体温を持ち始める。
上海は、その限界値をとっくに超えていた。
黒瀬誠一郎が上海に着いたのは十月の終わりで、黄浦江はすでに冬の色をしていた。
埠頭に降り立った瞬間、黒瀬はその体温を感じた。都市が生きている。それも、ひとつの生き物としてではなく、無数の生き物が互いを食いながら生きている。
黒瀬はそういう場所が好きだった。
均質なものが苦手だった。東京の何が息苦しいかといえば、全員が同じ体温を持とうとしているからだ。
南京路を歩いた。英国資本の百貨店が並び、その隣に露天商が座り、その隣に物乞いがいた。物乞いの隣に、漆塗りの轎が止まっていた。轎から降りてきた女は旗袍を着ていて、その刺繡が黒瀬の三ヶ月分の給料に相当した。女は物乞いを一瞥もせずに百貨店に入った。物乞いは女を見なかった。二人は同じ空間にいて、互いに存在しなかった。
あらゆる格差が並列に存在し、それぞれの論理が互いを侵食せずに共存している。正確には侵食し合っているのだが、その速度が遅すぎて、日々の光景としては共存に見える。矛盾が矛盾として機能している都市。
黒瀬はジュネーブでもロンドンでも感じなかった何かを、上海の南京路で感じていた。
世界はこういうものだ、という確認だった。
*
夜は四馬路に行った。料理屋と賭博場と妓楼と阿片窟が、路地ひとつを挟んで隣接していた。
黒瀬は料理屋で紹興酒を飲み、四川料理を食べた。花椒の痺れが舌に残った。
隣のテーブルで、ロシア人が牌を並べていた。白系移民のロシア人は上海に多かった。革命で故郷を失い、各地を流れて、最終的に上海に辿り着いた人々。旅券のない人間が最後に流れ着く場所。上海だけが、査証なしで人間を呑み込んだ。
黒瀬はロシア人たちを見ながら、ミリアムのことを考えた。
オデッサ出身。兄を失った。帰る場所を持たない。その点ではこのロシア人たちと同型の人間だが、ミリアムは帰る場所を求めていなかった。代わりに、新しい場所を作ろうとしていた。
その違いが、黒瀬には重要に思えた。
*
初めて阿片を使ったのは、六年前の、最初の上海赴任のときだった。
上海に阿片が蔓延したのには理由がある。
一八四二年、南京条約。阿片戦争の講和条約で、清はイギリスに上海を開港した。その後数十年、イギリスはインドで作らせた阿片を中国に輸出し続けた。清の政府が禁輸を試みるたびに、イギリスは戦争で応じた。阿片は銀の代わりになった。そして上海には、阿片を売る合法的な権利が、条約によって守られた空間が生まれた。
租界という名の空間が。
黒瀬はその歴史を外務省の資料で読んでいた。読んだことと、理解したことは別だ、と今の黒瀬は思う。
四馬路の奥まった路地に、見かけは普通の茶館に見える場所がある。入口の両側に青い布が垂れていて、それが符号だった。黒瀬は前の赴任時から場所を知っていた。
入らないつもりだった。
ただ前を通ったとき、扉の隙間から香りが漏れてきた。白檀と、蜂蜜と、燃える草の混ざった匂い。
体が先に動いた。
内部は薄暗かった。長椅子が三列並んでいて、いくつかに人が横になっていた。中国人が二人、インド人らしき男が一人。隅のテーブルに白系ロシア人の女が座って、虚ろな目で天井を見ていた。店主の老人が、黙って黒瀬に場所を示した。
一服目は何も起きなかった。肺に煙が入り、少し咳が出た。
二服目で、部屋の輪郭が柔らかくなった。柔らかくなる、というのは正確ではない。輪郭が消えるのではなく、輪郭への関心が消える。壁と空気の境界がどこにあるか、それを知ることへの必要性が、ゆっくりと剥落していく。
三服目で、言語が分離した。
普段、黒瀬の頭の中では四つか五つの言語が常に同時走行している。英語で考え、その思考をロシア語で検証し、フランス語で修辞を整え、日本語で結論を出す。この多重走行は情報処理の速度を上げるが、同時に頭の中を恒常的な騒音で満たす。思考が言語に追いかけられている感覚。どの言語も自分のものでありながら、完全には自分のものではない感覚。
阿片は、その騒音を止めた。
言語が分離して、それぞれが静止した。英語は英語のまま、日本語は日本語のまま、互いに干渉せずに存在した。その静止した言語の間の、空白の部分。
そこに、何かがあった。
言語になる前の何か。黒瀬が本当に考えていること——その輪郭が、空白の中に浮かんだ。
樺太、と黒瀬は思った。
思ったのではなく、感じた。樺太という言葉ではなく、樺太という場所の感触——雪の重さ、針葉樹の密度、人間がいないことの広大さ——が、そのまま体の内側に現れた。
あの島に人が住んだら。あの雪の下に都市が生まれたら。それはどんな形をしているだろう。
答えは来なかった。しかし問いが、初めて輪郭を持った。
四服目を、黒瀬は吸った。
吸うつもりはなかった。しかし手が動いていた。パイプが唇に当たっていた。煙が来た。
それからのことは、断片しか覚えていない。白系ロシア人の女が笑っていた。天井が遠かった。誰かが黒瀬の腕を引いた。外の空気が冷たかった。石畳の感触があった。それだけだった。
目が覚めたのは、翌々日だった。
領事館の自室のベッドにいた。誰かが連れ戻したらしかった。机の上に水と、布に包んだ何かが置いてあった。布を開くと、饅頭が二つあった。まだ温かかった。
黒瀬は起き上がった。頭が重かった。口の中が渇いていた。時計を見た。
二日と十四時間、記憶がなかった。
誰が連れ戻したのか、黒瀬には分からなかった。
翌日、領事館の廊下で料理番の老人と目が合った。老人は何も言わなかった。黒瀬も何も言わなかった。
それで分かった。
阿片はもうやめる、と黒瀬は思った。今度は本当に。
阿片とモルヒネの選択肢から、阿片を消した。
モルヒネは阿片より制御しやすい、と黒瀬は思っていた。量を測れる。時間を管理できる。そういう薬物だと思っていた。
その判断が正しかったかどうかは、この時点では分からなかった。
*
十二月の初め、黒瀬はフランス租界の霞飛路にいた。
白系ロシア人の街だった。キリル文字の看板が並び、パン屋が黒パンを焼き、質屋の飾り窓には帝政時代の勲章が値札をつけて並んでいた。売る側も買う側も、あの国が二度と戻らないことを知っている。知っていて、値段をつけている。
キャバレーの扉の隙間から、ピアノが聞こえた。
ダンスの曲ではなかった。客の薄い時間に、ピアノ弾きが勝手に弾いている類の音だった。スクリャービン。革命の前に死んだ作曲家だ。和音が行き場を探して宙に浮いたまま、なかなか降りてこない。
黒瀬は扉を押した。
弾いていたのは女だった。三十前後。明るい色の髪を短く切っていた。譜面台に、譜面はなかった。
曲が終わるのを待って、黒瀬はロシア語で言った。
「スクリャービンは、注文で弾いたのですか」
「注文のない時間だけ、自分の曲を弾くの」と女は言った。「注文はワルツばかり。死んだ国のワルツ」
女がこちらを見た。値踏みでも警戒でもなかった。久しぶりに聞いた種類のロシア語を、確かめる目だった。
「ソフィア」と女は言った。姓は言わなかった。
どこの生まれか、聞く前に分かっていた。母音の置き方が、レマン湖の廊下で聞いたものと同じだった。
オデッサ。
同じ港から出て、一人はジュネーブで土地の話をし、一人は上海で死んだ国のワルツを弾いている。
黒瀬は一杯だけ飲んで、店を出た。名前のほかには何も聞かなかった。聞かないことが、この街の礼儀だった。
宿舎に戻ると、窓の外に黄浦江があった。
川は夜も、流れていた。