前後編とも改行など多少変えています。
俺はここから去れるのなら、地獄にだって喜んで行く。
この国は退屈だ。生を享受できることを当然だと考えている。安穏としすぎている。
他を喰らうことを当然としながら、自身の危険は許せない。
自己中心的な考えを嫌いながら、自分それは否定しない。
蜘蛛の巣を自然物と捉えながら、家屋を人工物と区別する。
俺にそれを気づかせたのは、その最たるものは、弟月光だ。
人間のおおよそは我でできていて、それを嫌う俺も間違いなく人間だ。
その象徴を壊してしまいたくて、でも大嫌いな人間のしがらみ一つ壊せなくて。
やめたくて仕方ないのに、“人でなし”と呼ばれたくない。
鬱屈した感情を持て余している。生きた心地がしない。
何だっていい。何だっていいから失うきっかけが欲しいんだ。
ーきっと俺は地獄に行きたいんだ。
「おはよう武っ!」
長い金髪をたなびかせながら五十島くるみは挨拶をくれた。
数少ない…どころか他に思いつかないレベルでいない俺が心を許せる人間だ。
「おはよう五十島。夏休みだってのに、俺の朝練に毎日付き合わなくたっていいんだぜ」
「いいの!付き合ってるんだから当然でしょ」
腕を組んで歩き出す。あまりに自然で今さら振り払うのも気が引けるあたり策士だと思う。
「その夏休みももう終わりね」
「ああ、早く学校が始まればいいのにな」
「そんなに家にいたくないの?」
別にあそこが嫌な訳じゃない。あいつの顔を見るのが嫌なだけだ。
「まだ…月光とは仲直りできないの?なんだったらあたしが月光と話してもいいけど」
「やめろよ!」
ついカッとなってしまった。バツが悪くて腕も払う。距離を取りたい。
「武が悪いんじゃないのよ。事故だったんだし」
「そんなこと分かってる」
そう、あれは事故だった。あの時俺は突き飛ばすほどに力を入れていなかった。…でもそうじゃない。そういうことじゃない。
「それに仲直りとか、そういうんじゃない。…問題はあいつがどう思ってるかだ。あいつと喋るなとまでは言わないから余計なことはしないでくれ」
「行こう」とは言えなくてただ歩き出す。五十島は何も悪くない。気を遣ってくれただけ。この微妙に開いた距離は俺の罪だ。
道着に着替えるべく五十島と別れて部室に入ろうとした時。
後から思えばこの時に俺はキッカケと出会ったんだ。
隣の部屋から少女が倒れでてきた。小柄で黒く長い髪の少女だ。
目立った外傷はないが意識がない。呼吸も安定している。熱中症あたりが妥当なところだろう。
かけらも義理はないがここで無視するほど鬼でもない。とりあえず保健室へと運ぶ。
中には誰もいないようだ。こうなると面倒だ。保険医に丸投げできないとなると、本格的に俺が面倒を見なければならない。なるほど、面倒という言葉に世話をするという意味が込められるわけだ。
仕方なしに濡れタオルでも用意してやることにする。五十島に連絡はいいだろう。そこまであれこれする気はない。
「…兄さん」
「ん?」
起きたのかと側による。
「行かないで!行っちゃやだっ!」
「は?」
いきなり跳ね起きて抱きついてきた。
「お、おい」
「兄さん…」と彼女は涙を流して呟いた。
どうやら寝ぼけているようだ。
「…へ?」
気づいたら突き飛ばされた。気づいたら突き飛ばされていた。どっちでもいいっていうか、どっちもなんだけど。
「誰なの〜っ‼」
いや、お前が誰だよなんで介抱してやったのに手前で寝ぼけてなんで俺が突き飛ばされてんだよ頭痛えよとにかく。
「なんで銃突きつけられんだよ。銃刀法違反で警察突き出すぞコラ」
「…ここは?」
顔を背けて問うてきた。
こいつ話逸らしやがっな。まぁいい。ウチの制服じゃないし実際混乱しているのだろう。なにより、いきなり銃を突きつけてくる常識の違いに俺は期待した。してしまっていた。
「保健室だ。さくらや高校の保健室」
「サクラヤ…保健室……どうして?」
「どうしてって、お前がいきなり倒れてきたから介抱してやってたんだよ。ちっとは恩義を感じやがれ」
「そうなの…あなたが…」
「それで、お前名前は?」
「私六。相羽六よ。あなたこそ誰」
「七瀬武。ここの一年。相羽ね覚えた」
ターン!といきなり銃を放ってきた。とっさに耳のすぐ側の跡を見ると金と黒の煙がたっていた。
「…なんのつもりだよ」
「索敵用の虫だわ」
突然の切迫した雰囲気に少しついていけない。
「そんなのいなかったぞ」
「魔法使いにしか見えないの!私と一緒に来て!急いでここから離れなくちゃ!」
「はぁ?!」
手を引いて駆け出すも遅かったようだ。
「見つけたぞ」
一人の男が入ってきた。剣を一振り携えている。ここにきてまで銃刀法を持ち出すのは野暮だろう。なにせ彼女の言を信じるのなら、彼もまた魔法使いとやらなのだから。
「…兄さん」
「こっちへこい」
「兄さん、お願いだから正気に戻って!」
こいつ、兄貴から逃げてんの?状況が分からない。
とにかく拳銃持ってる相手にずいぶん余裕があるのがやばいな。
「俺はお前の兄じゃない」
「兄さん!兄さんはトレイラーに記憶を書き換えられたの!お願い信じて!」
「誰こいつ?」
「十さっさと終わらせて戻ろうよ」
さらに三人やってきた。大剣マッチョにアタッシュケースを持ったメガネ、あとパーカー女子。
とりあえずあのマッチョが一般人な訳がない。法律云々以前だ。抜き身の大剣を担いで歩くとか、非常識にもほどがある。他もそれを気にしてないあたりネジが飛んでる。拳銃一丁で返せる距離じゃない。
「逃げるぞ」
奴らが陣取っている出入り口を除けば唯一外に出られる窓を目指した。
「無駄だ」
相羽兄がそう言った。出処まで見てはいなかったがこのこれは彼がやったのだろう。
窓が厚い氷で覆われたのだ。このクソ暑い真夏に。
「兄さん!一歩間違えれば魔力を失うことになるのよ!」
「攻撃したわけじゃない。閉じ込めただけだ」
なんでこの後に及んでこいつは敵の心配をしてんの?兄貴だから?兄弟ってそんなに大事?月光のことがチラつく。ノイズだ。忘れろ。
「おいおい…いまさら疑っちゃいなかったけどさ。マジでファンタジーかよ」
即座に逃げる手はなくなった。
もう一度状況確認を試みる。
相手は四人。内一人が女。内二人が刀剣を所持。
もう一人はアタッシュケースを所持。サイズはそこそこ。最悪ライフルの類でも入っている。おそらく全員が魔法使い。
対してこちら。男女一名ずつの二人。竹刀持った一般人と拳銃持った女。
どう見ても勝ち目薄なんだが。
強いて言うなら虫を撃ったというからには銃の扱いには長けているであろうこと。
落ち着け、ニヤけるな。まだそうと決まったわけじゃない。
そう思いながらも自衛のためには無いよりマシだ。竹刀を抜く。
「十、俺にやらせてくれ」
筋肉野郎が一人前にでた。
「構わんが、魔法は使うなよ」
「使うかよ」
「おいおいそんなの振り回されたら、最悪俺死んじゃうんだけど?」
「お前一般人か。悪いが俺たちは今戦争中なんでな。引くなら命だけは助けてやってもいいぜ」
決まった。決定的だ。戦争中。これ以上はないだろう。
命を張るのに、命が賭かるのに、これ以上の説得力はない。
「…いや構わない。俺もお前を殺すから」
状況はかなりいい。大剣を持った筋肉質の大男を相手に竹刀一本。
まともに打ち合うことも許されないだろう。
だが、もともと相手は魔法使いで4対2こちらに連携がない以上よくて2対1だったのだ。破格すぎる。
「武くん…」
「へ、おもしれぇ」
マッチョが飛びかかってきた。単調だが速い。が、よけれないほどではない。
袈裟逆袈裟横薙ぎ。だんだんと攻撃が速く、避けにくくなっていく。
獲物の違いからまともに合わせたくないのを分かっているのだ。
「おいおいどうしたぁ!俺を殺すんじゃなかったのかよぉ!」
「言ってろゴリラ!武器の差がそんなに嬉しいかよ!」
言い合いながらも内心で俺は余裕ができていた。
どうやら土壇場で俺も魔法が使えるようになったらしい。
敵の攻撃が、先読みよりも遥かな精度で、文字通り見えるのだ。極近未来視とでも呼ぶべきか瞬間瞬間の危機が起きる前に分かる。圧倒的時間の壁の上に俺は立っている。
だが気づいてからはそう頻繁に使いはしない。どういう訳か相手は魔法を使うのを嫌っていたし、何より相手の余裕が消える。
慢心は可能な限り与えるべきだ。
「へぇ結構やるじゃん」
「狼神が攻めきれないなんて珍しいねぇ」
「あぁ、もしかするとあいつ…」
状況は外見とは異なりこちらが優位に膠着させている。
当てる程度だが小手は既にいくつもとっているしこちらはかすり傷こそあれ、ほぼ無傷だ。
武器の差もある。こちらも大剣をブンブン振り回してる相手に負けるほどやわな鍛え方はしていない。
竹刀の方が軽くこちらの方が手数が少ない。息が上がるのは向こうが先だろう。
戦争だというのに律儀に見守る相手には感謝感謝だ。
相羽は銃で氷を割ろうと試みたが失敗に終わり目で次の手を探している。
剣道としてはあり得ないほどにながく斬り合った。
狼神とやらは見てわかるほどには息が上がっている。
「狼神、俺たちも加わるぞ」
「いや最後まで一人でやらせてくれ」
「勝てるのか?」
「…こいつは強えぇ。だからこそサシで倒しておきてぇんだ。頼む」
「…分かった。」
「いいのかよ。俺はまとめて相手でも良かったんだぜ」
そういう武人気取り、都合が良くて大好きだこの野郎!
「…テメェ俺と同じ回避魔法の使い手だろ。ちょっと余裕ができたくらいで調子に乗ってんじゃねぇ!」
ー左からの強く速い横薙ぎ。
おそらく今までで最高速度の剣速。これを待っていた!
躱さず左からの懐へ入りながらの小手!
「相羽!避けろ!」
弱った握力で離れかける手に追い打ちをかけるように首元へ竹刀を叩きつける!
「ガハッ…!」
ついに離れた大剣はブーメランのように氷ごと窓を叩き割った。
「逃げろ!」
相羽の手を引いて窓を飛び越える。
駆け出す俺たちに着いてこれずにいる。
おそらくとっさに出しかけた魔法を止めたのだろう気配と神経的な硬直が見られる。
狼神の大剣を見るが遠すぎる。諦めるしかないだろう。
「負けたねー狼神」
「くっ…」
「明らかに予知してお前の攻撃を利用していた。初めてだとすれば目を見張るほどの魔法のセンスだ」
「また一人で挑む、なんて言わないよねー?」
「…あぁ、俺は負けた。もうわがままは言わねえよ」
「そうか、ならばいい。俺は時間だ。あとはお前達に任せるぞ」