筋肉こと狼神に続いて幻術使いも殺した。
覚悟は充分にできていた。今でもそう思う。
実際に心は落ち着いていて、表情も変わりないと思う。
だけど、首を切り落とした時、何かを得て、そして何かを失った。そんな気がした。
「なんで…なんで殺してもうたんや」
終わって、隠れる必要のなくなった伊田が寄ってくる。
なんでお前がそんな顔をするんだよ、伊田。
「…行こう。時間を取りすぎた。相羽が危ない」
「待てよ、答えろや七瀬ェ!」
激情して胸ぐらを掴まれる。
「最初に言っただろ。ここは戦場だ。それ以上に理由なんてねぇよ」
突き詰めれば敵の死は味方の生で、味方の生は自身の生だ。
胸ぐらを掴んだ手から力が抜けて行く。
だいたい、俺が狼神を殺したこともお前は知ってるはずだろう。
「せやかて…っ!そんなんして相羽を助けたかて、あいつは喜ぶのかよ!五十島に胸張れるのかよっ!答えろ七瀬武っ!」
「…知るかよ。こうでなければ助けられなかった。
知って悲しむなら、黙っときゃいい。言って胸を張れないなら、言わずに笑っとけよ。
人はみんな、そうやって嘘をつくんだよ」
…伊田にはこんなことを言いたくなかった。バカでアホで、だけど素直で真っ直ぐなこいつを、俺は気に入っていた。
なのになんで吐き気がするほど嫌いな人間の性をこいつに教えているのだろう。
「…違いないな少年。人の本性は醜いものだ。私は幾つもの戦場でそれらを見てきた」
ハリがなく、しゃがれた声で初めて気づいた。
この男はかなり歳のいった、老齢の戦士だったのだ。
「人はあとがなくなるほどにその本性が出るものでね、こんな場所にいるといろんな人間を見る機会があった…
何十何百の命を屠った者、たった一つの命も奪えずに死んだ者…善人も悪人もここではすぐに死んだよ。
だが私が知る限り最も長く生きたのは、臆病な悪人だ。
嫌な話だがね、命を奪えない生き物は死ぬしかないのだよ。それを受け入れられる程度には、悪人でなければここには立てん。
炎の少年。君ほど心根の良い者はそういない。だが人の業は受け入れねばならん。それでもその心根は大事にしなさい。君ならきっとできる」
「ああ。分かった。任せてくれやお爺ちゃん」
そう神妙に答えた伊田にはもうさっきまでの激情はない。
「剣士の少年。君はここに立つに足るだけの非情さも、胆力も、能力もある」
もちろん臆病さもね。と笑った。
「…ロクに魔法も使えないけど?」
「それでも君は勝てるだろうさ。君は知っているだろう?魔法などなくとも人は殺せるのだと」
「………」
沈黙を肯定と捉えたのか老人は話を続けた。
「だが君はどこか壊れている。人にあるべきものが欠如している。それを見つけなさい。
…さもないと、取り返しがつかなくなる」
そう脅し込んだあと、仄かに輝き出した身体で俺たちを近くまで呼びよせた。
「時間がなかったのだろう?すまなかったね。お詫びに君たち二人に【やる気】をかけてあげよう」
「魔力がなくてぶっ倒れたんだろ?んなことできんのかよ?」
老魔術師はフフと微笑んだ。
「命を使った魔法というものもあるのだよ」
「なっ…爺さん、そんなことまでしてくれへんでも…」
確かにこの老戦士なら戦いさえしなければ、そこらで隠れていれば生き残ることができるだろう。
貧血だとか敵に見つかってだとか、この老兵はそんなヘマはしない。
「だがどの道早く去らねばあの男の仲間がやってくる」
言われて気づいた。
当然の話だがこの戦場には多くの敵味方がいる。
最初から一対一ならここまで苦戦はしていなかっただろう。
そんな中で奴を退けてもその仲間が応援に来るのは当たり前だ。
逆に言えば、こちらの応援が来ることはないと暗に言っているこの老魔術師はもう……見捨てられている。
別に悪いことではない。余裕がなければそういうことはザラにあるし、殺し合いの場ではそっちの方が多いくらいだろう。
「言葉に甘えよう」
伊田が信じられないといった顔で俺をみる。
だがそんな俺たちをまた老人が取りなす
「なあに、私は最後まで気づかなかったが、私たちは三人で戦っていたのだろう?ならば仲間として、君たちの目的を完遂させてやりたい。
…それに、私はもっと早くに死ぬべきだったのだ。そうすることでしか、妻を救うことなどできないと分かっていたのに…」
左手の指に収まった指輪を、哀しげに愛で、愛おしげに撫でた。
それが最期だった。
亡骸から形見の指輪だけを引き取ってその場を離れた。
今までと比べて圧倒的な速さで俺たちは駆ける。
仮に【やる気】を俺たちが覚えたとしても、まず間違いなくこれだけの性能は出せないだろう。
ほどなくしてついた恵比寿駅近くのビルの屋上ではすでに相羽が倒れていた。
「なんだ、また貴様らか」
足元の六を無視して十はこちらをみる。
すぐに起きられないくらいにはやられたのだろう。だが生死がかかっている程には見えない。
「そいつ、連れてくつもりだったのかよ?」
「ほぅ?よく分かったな。後数秒遅ければそれでしまいだったのだがな」
あっさりと言ってのけた。俺たちのことを脅威として捉えてないのだろう。
「そいつは危なかったぜ。でも俺達が来たからにはそう簡単にはいかせねぇぜ?」
相羽十は眉尻をあげた。
「なるほど、【やる気】か。誰にかけてもらったかは知らないが中々のものだな」
「そういうことや。相羽は連れていかせへんで」
「やれやれ、お前たちに用はないのだがな」
相羽六だけが狙いで行動していたということか。
だとすれば相羽六に情報漏洩したところから罠だったというわけだ。
「…伊田、こいつ相手だと殺すわけにはいかない。
だけど、手ェ抜いたら即やられるぞ。気張れよ」
「ここで気張らん理由があるかい。七瀬こそ、勢い余って殺した、なんて言いよったら、今度こそ許さへんで」
そいつは困った。
「肝に銘じておく」
あの日とは違う。
俺はもちろん殺す気で戦ったが奴らは最初そうでもなかった。さらには魔法で攻撃できないという枷、土地勘の差というハンデ、突如魔法使いになるというイレギュラー。
あのトレイラーたちが十全に力を発揮できない理由は多々あった。
だが今回は違う。
今も明確な殺意を感じているし、魔法の差も如実にでる。
こちらに土地勘はないし、俺たちはすでに魔法使いだ。
半人前が二人いる。敵は相羽十ただ一人。
そのたった一人の人数差だけが今回のハンディキャップだ。
その分魔法の練習はしていた。少しは基本魔法も覚えたし、今はやっみたいこともある。
黙って俺は走り寄る。【やる気】のため単調な動きもそれなりに有効だ。
鞘に収まったままのトワイライトで切りかかる。
「どうした?刀を抜かんのか?」
「あん?てめぇは曲がりなりにもあいつの兄貴らしいしな。間違っても殺さないように気い付けてんだよ」
「またそれか。俺にこいつの兄だった記憶など無いのだがな。解除」
切り結んでいた剣を払いながら【浮遊】で距離を取られる。
「ワイヤーブリザード」
掛け声と共に幾筋もの氷柱に襲われる。
…ワイヤーなんてもんじゃねぇだろ!
直感回避と【やる気】の力で余裕を持って躱す。
だがその分さらに距離が開けてしまった。
「やはり空も飛べぬ回避魔法使いでは攻撃することもできんか…哀れだが遠慮はしない。アイシーキャッスル」
吹雪が襲いかかってくるがそれだけでは技名に合わない。
直感的にここに留まるのはマズイと悟り真横に飛び退く。
間一髪間に合い元いた場所を見ると、一瞬で氷山が出来上がっていた。
あの一歩が出なければあの中に閉じ込められていたのだろう。
寒気がするのは下げられた気温のせいだけじゃない。
「七瀬、大丈夫か?!」
伊田が駆け寄ってくるがそれは面白くない。
「見ての通り無傷だよ。んなことより試したい…確認したい事があんだ。ちょっと下がっててくれ」
「アホ言うな!ワイはな、お前に怪我させへんためにここにきたんや!お前は忘れとるやろけどな、双葉助けてくれたこと、ワイは絶対に忘れへんっ!」
双葉?なんだそれ。ぜんぜん覚えてねぇし。そんなことでここまでするとか、バッカじゃなかろうか。
にしても怪我させないか…そりゃ無理な注文だな。どうしたって一、二撃は貰うだろう。もちろん攻撃を選ぶつもりだけど。
「だったら相羽を先に頼む。だけど無茶はするなよ。こいつ倒すにはたぶんお前の力がいる」
あの弾も、その炎も。
「…分かった。せやけどホンマにヤバイ時は絶対助けに行くからな」
「作戦は決まったのか?」
この野郎、余裕ぶっこきやがって…
「…行くぜ」
トワイライトを鞘に収めて、無防備に突き進む。
「人に【やる気】をかけて貰ってる半人前では解除もできないか…
インビジブルディスク!」
うっすらとした何かがあるのが視える。
もともと目視の難しい攻撃なのだろう。直感回避と相性が悪い。
危機感の直感と視たおおまかな攻撃の位置どりを頼りにトワイライトを居合い抜く。
「おらぁ!」
「今のも避けるか。だが解除もできないお前にこれがかわせるかな?
ビッグヘイル!」
さっきから解除解除ってなんだよ、クソが。
大きめの雹が連射される。拳大のそれはすでに氷弾とさえ言える。
今度はトワイライトを覆うように懐に構えて突き進む。
一発二発。ステップで捌く。
【やる気】で強化された今ならある程度は足で躱せる。
三、四、五発。足だけでは避けきれない。
だが無防備な俺に十二分な危険だ。直感回避で真ん中の一発だけを見切り、鞘に納めたトワイライトで切り払う。
六、七、八発。体制は崩れかかるがこの直感視ありきに慣れてきた。相羽十そのものが危険なのだ。奴をみろ。奴の魔法陣、手の動き、視線…【やる気】によって強化された視力と高められた集中力をフル稼働させて見切る。
最小限の動きで氷弾の合間をすり抜ける。
続く二発の氷弾は避けるだけの距離がない。
「【防護】!」
例え【やる気】で強化された集中力をもってしてもあれを受け止めて無傷の強度な【防護】は張れない。
だから受け止めない。斜めに張ったそれを盾のように動かしいなす。
「なにっ!?」
驚きながらも攻撃の手はやめない。
近づいたことで警戒度が上がったのだろう。
一回りやふた回りでは効かないほどに大きい氷を放つ。
…これは受けられないな。デカイし【やる気】があっても避けきれない。
だが…借りるぜっ!
「【防護】っ!!」
氷弾の軌道に水平に出した防護壁を足場に、氷弾を跳び越える。
「も一個【防護】!」
さらに出した防護壁で三角飛びをして距離を詰める。
熟練の老戦士がした技を模倣させて貰った。
単純だが【やる気】込のジャンプの初速は【浮遊】よりよほど早い。
彼我の距離は埋まった。
「ぶっ飛べ!」
全力をもってトワイライトでなぐ。
鞘に納めた状態なら切り殺す心配もないだろう。
「【防護】」
多大な労力を消費して得た一度の攻撃はたった一つの基本魔法に抑えれる。
「なるほど騙された…その剣は化身じゃないのか。
鞘に納めたままで魔法を使えるとは思わなかったぞ」
そう、俺は小細工を仕込んでいた。
具体的にはデイブレークを左手に隠し持っていたのだ。
必要以上に身を危険に晒し直感回避を誘発させ、またデイブレークを隠し持つのに楽な姿勢。それがトワイライトを抱き込むように覆った前傾姿勢だったのだ。
切り払いの時とかバレにくくするのが難しい。スゲー怖かった。さりげに裾に手を埋めたが、注視していればばれていただろう。
「貴様、口調のわりに繊細で小賢しい魔法の使い方をするな。まるでその性格は作り物のようだ」
…これが戦場で見える人間の本性ってことか。
確かに俺のキャラは作っている。
あのクソ野郎月光が『僕』なんてなよったい一人称をしてる割にキレ易く頭の悪い奴だから、ああはなるまいと普段から口が悪いが意外と冷静なキャラをしているのだ。
「それにやはり魔法のセンスもいい。タイミングを心得ているし発想もある。これが魔法使いになって一月あまりというのだから驚きだ。
だがこれが差だ。どれだけ策を弄するとも、貴様の攻撃では俺を傷つけることはできん」
違うとは言えない。結果が物語っている。
時期に【やる気】がきれるだろう。そうなった時、向こうは掛け直すことができ、こちらはできない。
時間は敵だ。
「どうだ、そこの相羽六ともどもこちらに来ないか?
解除ができる頃には相羽六などよりもよほどの好待遇を得られるぞ」
やはり伊田が相羽六を助けたことは黙認していたのか。
気づかないわけもないか。
「記憶操作されてるバカ野郎に言われなきゃ少しは考えたかもな」
「七瀬ェ!火力が足りへんのやろっ?せやったらこれ使いや!」
カートリッジの弾を投げてよこす。
さすが、分かってるじゃないか。
【やる気】で底上げされた集中力が弾に魔法を込めることを成功させたのだろう。
トワイライトを鞘から抜く。
俺も、不思議なことに失敗する気がしない。
「行くぜ、トワイライト」
いつもはあれだけじゃじゃ馬のようだった剣が、今は嘘のように大人しく感じる。
「解除しただと?!
…何をするつもりか知らないが、話に乗らないのならば待つ理由もない。
スタップロビン!」
氷でできた駒鳥の群れが襲いかかってくる。
…ここにきて生き物系かよ。
だがもう弾は込めた。
「ユニオン!『爆炎』!!」
炎に変化した刀身が鳥の群れを焼き尽くす。
「【防護】!」
さらに伸びた炎剣は【防護】に阻まれたが、それごと地面に引きずり落とすだけの威力はあった。
「ガハッ!」
ダウンしている間に距離を詰め切る。
「燃えろ!」
「くっ!【防護】!」
第二撃は剣、ランスロットも用いられて受け切られた。
「行けっ!伊田ァッ!」
横合いから伊田が飛び出した。
「うおぉぉっ!『
爆炎に覆われた拳が相羽十めがけて迫る。
「グッ?!」
相羽十はあえて【防護】に任せて一瞬を稼ぎつつランスロットで伊田の拳を受けに行く。
だがそのランスロットが大きく上にブレる。
伊田に当たることもなく大きく空振る。
「ガハッ!!」
練熟の老魔術師のそれとは似ても似つかない、伊田らしい爆発力を持った拳が相羽十の肩に入り、吹き飛ばす。
「…【弾く】!」
やはりいい味を出す技だ。
にしても『
今回限りの伊田らしからぬネーミングだ。
「やったか…?」
「やめろ、それフラグだから……何かヤバいやつがいる!」
もくもくとした煙の中から一人の男が現れた。
「さすがは回避能力者だ。直感で俺に気づいたか」
軽薄な言葉に実力を感じる。奴は強い。雲の上だが、まず間違いなくあの老魔術師よりも。
「…鷲津吉平…」
いつの間にか目覚めていた相羽六はどうやらあの男を知っているらしい。
「はじめまして、相羽六さんいつも十くんにはお世話になっています。よろしかったら、君もこちらにきたらどうですか?歓迎しますよ?もちろんそこのお二人さんも」
歓迎する、か。少なくとも幹部クラスの実力者。
このメンツでどうこうなるとは思えないんだけど。
「そいつは興味深い話だな。だけど今日は相羽六を連れて帰るって決めてんだよ」
「へぇ?じゃあまた今度伺いに行こうかな?トワイライトくん。…残念。邪魔が入りそうだ」
俺が漏らした情報をもとにコンシェルジュが人員を回したのだろう。なかなかいい仕事をするではないか。
「じゃあね、また今度」
鷲津は相羽十の腕を首にかけ立たせる。
「兄さん、兄さーんっ!」
相羽の絶叫虚しく十も鷲津も光となって消えて行った。
「報告によると、君たち二人が相羽六くんを追い、学院を抜け出して、コンシェルジュの静止を振り切って、作戦展開中の崩壊世界へ飛び出したということですが、本当なのかな?」
学院長こと四条桃花は右腕を包帯でグルグルに巻き三角巾で固定した格好でいる。典型的な骨折スタイルだ。
一体誰がどうしてこうなったのか。
「間違いないな。トレイラーの魔法使いを一人殺したし、その時に味方の魔法使いを見殺しにもした」
「それはっ!」
弁護しようとする伊田を手で制する。
反対隣の相羽は驚いた顔でこちらを見ている。
「全く堂々と言ってくれますね。いいですか。この学院での君たちは初心者中の初心者。最悪の事態になっていてもおかしくなかった。私の言うことが分かったら、約束して欲しい。学院に在籍している間は無茶はしないと」
無茶はするな。命を大事に。ねぇ…
「ん、それ無理」
「七瀬くん!何を言ってるのか分かってるのかい?!」
「モモたんこそ、なんで俺がここに通うことにしたか分かってる?」
「…魔法を学ぶため。それと君は家を出たがっていたようだから、それもあるだろうね」
よく調べているじゃないか。
「間違ってない。けど決定的なのが欠けてるな。俺はここに、命を賭けにきたんだ。…伊田にゃ悪いがな、死ぬかもしれないから行かないんじゃねぇ。死ぬかもしれないから行くんだ」
相羽と伊田はなんともいえない顔をしている。
学院長は怒りを通り越して呆れている。
「誰に心配されようとここは譲らねぇ。
俺は戦い続ける。そうでなくちゃ、俺は生きていけない」
自身の命を賭けて、他者の命を喰らう。
これが生きるということだ。
ならば俺は、命を賭けて、人殺しをすることでしか、生きていることを認められない。
「戦わないと生きていけない…か。解除もまともにできないくせに、ずいぶんと大きく出ましたね。思っていた以上にがの強い子のようです。
いいでしょう。そこまでいうのならチャンスをあげます」
確認として、狼神やメガネは学院長が言ったとおり生きていますし、主人公はそれに気付かず殺したと勘違いしています。
弔いの炎は原作でもフレイムナックルっていって出てたそうです。シンプルだし当然か。
なのでそう呼んで使うのは今回限りになります。