北に、弔う   作:埴輪庭

10 / 20
調査隊は見た

 ◆

 

 調査隊の隊長はエルファルリである。現役の金等級というのはやはり大きい。調査に限れば彼女を凌ぐ下級者も少なくないが、そこはかつて金等級の斥候職であったヌラがサポートに入る事で解決した。多少衰えた金等級と現役の一般的な銀等級であるなら前者が勝る。

 

 それにエルファルリが“まとも”な金等級である事も幸いした。黒金等級を除けば金等級というのは冒険者でも上澄み中の上澄みではあるが、その多くがやや尖りすぎているきらいがある。戦闘でこそ頼りになるが、堅実さを求められる依頼ではポンコツも良い所という事が決して少なくないのだ。

 

 情報収集が第一で、解決に武力を要するならシュバイン・バリシュカ伯率いる帝国軍が出向く流れとなっている。

 

「冷たい湿気です。これは気温の低さとはまた別種の寒さだ。この湿気は水気、あるいは氷気を伴う強大な魔術が近くで使われたという事です」

 

 暫く歩いていると不意にポーがそんな事を言い出した。場数を踏んだ者なら皆が知る事だ。エルファルリ達は黙って先を促す。

 

「強大な魔術と言いましたが、しかし、骨にまでしみこむほどの寒気を広範に撒き散らすほどの術と言うのはあまり聞きません。というより、魔術というのはある程度ガワが完成されているのです。こういう“お漏らし”があるのは術者がよほど魔力の制御が苦手なのか、あるいは……そもそも魔術ではないという事。つまり、魔法です」

 

 エルファルリが同行する術師をちらと見ると、その術師……モロウは頷いて答えた。

 

「俺もそう思う。魔術よりは魔法に近い。大きな魔法はそれこそ数キロメルに渡って痕跡を残すそうだ」

 

 モロウはエルファルリの団に所属する銀等級の術師だ。魔導協会所属、三等級術師モロウは阻害を中心とした術を得意とする。

 

「ラカニシュは魔術師だ。つまり現地にはラカニシュ以外の脅威が存在するという可能性がある。とはいえ現時点ではそれも可能性の一つに過ぎない。このペースなら二刻も進めば現地へたどり着くだろう。だが到着前に何が起こらないとも限らない。警戒を厳にして進もうか」

 

 エルファルリの言葉に冒険者達は応だのああ、だの首肯だの、各々返事をして一行は再び歩を進めていった。ヌラはエルファルリの後姿をじっと眺めていた。一見冷静さを保っているようには見える。

 

 ──擬態だな。グツグツと煮立ってやがる

 

 エルファルリの押し殺した怒気、その爆発の兆候をヌラの勘が嗅ぎ取った。心の底から激した相手に落ち着けという言葉の殆どが無意味である事をヌラは知っている。だから声はかけず、暴走したときにどうするかだけを思案していた。その時エルファルリが歩を止め、ヌラのほうを振り返って言った。

 

「“その時”は私を囮にして退け。いいな? だが一応言っておくが私は自分を抑える自信もなければ、抑える気もない」

 

 そうか、とヌラは頷いた。むざむざ死なせるつもりはなくても、万が一はいつだってある。調査隊の面々八名がそろって全滅ということもありえるのだ。“その時”、納得づくの一人が囮になって他の者達が助かるなら……。

 

 ──良いのか? 本当に?

 

 ポーがそんなヌラを興味深そうに眺めていた。

 

 ◆

 

 不死者に対して氷結術式は相性が悪い。これは言うまでもないが、何も氷結させる事だけが氷術者の能ではない。氷塊で、氷槍で、乱舞する氷の欠片による切断攻撃で、要するに質量攻撃を以って圧殺してしまえばいいのだ。だがまさにこの明確な解答がヒルダリアを窮地に押しやっていた。

 

 (なぜだ! なぜ攻撃した我等が傷つく……いや、まて、先程の奴の言葉……)

 

 ──血肉、通わぬ、法を禁、ず

 

 その瞬間、ヒルダリアの両眼がカッと見開かれた。

 

『お前等! 魔法を使うな! 直接、奴の身体を引き裂いてやれ!』

 

 それが言えればどれだけ楽か。ヒルダリアは歯噛みした。これからこのように殺しますよ、といわれて備えない敵などは居ないからだ。

 

 (しかし手詰まりか、魔法は使えぬ。寄れば骨。いや、だが待て。魔封じの対象に奴自身は含まれてはいないのか?)

 

 ええい、わからんとヒルダリアは剣を構えて突進し、術を使う事なく力任せにラカニシュを叩き斬った。

 

 柄を握る手に伝わってくるのは、小枝を斬ったような感覚であった。ヒルダリアが振るった大剣はさしたる抵抗もなくラカニシュの左腕を切断する。本来ならば袈裟に胴を切断する軌道であったが、ラカニシュが腕を犠牲に後方へ逃れたのだ。

 

 しかし大いに体勢を崩したラカニシュを、ヒルダリアは追撃しなかった。その代わりに、ある種の予感……良性のそれと悪性のそれが複雑に交じり合った予感を抱いた。追撃を仕掛けるべく肉薄する部下を横目で捉えたのを確認し、ヒルダリアはちょっとした風の魔法を放つ。それは相手を傷つけるというより、少し後方へ押し出す程度の風を発する魔法であった。その魔法はラカニシュへ正常に作用し、ラカニシュの体勢の乱れはもはや決定的な隙として晒された。

 

 本来ならば部下と共に止めに掛かるべき場面だが、ヒルダリアはその場を部下に任せ、自身はむしろ切迫さすらも窺わせる様子でその場を離れる。この判断は悪性の予感に従ったものだ。果たして、ヒルダリアが感じていた予感は的中した。肉薄した部下達はいずれも肉体の内から骨が肉、皮膚を突き破って隆起し、果てたからだ。

 

 いや、死んではいない。ヒルダリアの部下達は彼女の価値観では決して“生きている”とは見做しがたいグロテスクな様相でその場に硬直していた。

 

 (さて、いくつか分かった事がある。犠牲に見合ったものであるといいが)

 

 ・

 

 魔法にも魔術にも言える事だが、異なる二種ないしそれ以上の数の神秘を同時に顕現させる事は非常に難しい。例えるならば極々スタンダードな性癖を持つ者が二人以上の対象に同量の恋情を抱く事に等しい。出来る者もいるだろうが多くは虚偽が混じり、なにより維持できない。きっと疲れてしまうはずだ。

 

 ましてやラカニシュが簒奪した二種の術は言ってみれば一つの世界そのものを術に落とし込んだようなものであり、並列して使用するなどということは出来ないのだ。術の概念に自我はないが、あえていうなら連盟員の術というのは非常に我が強いといえる。

 

 獅子は己の爪や牙で獲物を引き裂く事に疑問を抱かない。強者は強者として産まれ出でるからだ。ヒルダリアの強大な魔法もその強者の論理で放たれており、背反する神秘が両立しづらい事を理屈で理解していたとはとても言えない。脳筋気味に選択した行動が結果的に最適解であったのは幸運であった。

 

 ◆

 

「そこまでだ。これ以上近付くと悟られる。魔族、それと大量の死体……死体か? まだ動いているような……そして魔術師……のような格好をした骨……不死者か。化物と化物が喧嘩か、共倒れになってくれればいいんだけどな」

 

 ヌラが一行を制止し、小高い丘のような場所の影で状況を説明した。一行の視線の先には理解しづらい光景が広がっている。それをみたエルファルリの顔からはすっぽりと表情が抜け落ち、その様に気付いた彼女の団に所属するとある前衛剣士は嗚呼ッと顔を手で覆った。

 

「姐さん、キレてるよ……」

 

「だな……おい、エルファルリ。状況は見たし、退かないか? あとは帝国軍に任せよう」

 

 どうせ無駄だと思いながらもヌラは提案するが……。

 

「お前達は戻れ。私はいく」

 

「お断りします、僕は彼に用事があるんです」

 

 エルファルリとポーの言葉が重なり、嗚呼ッとヌラもまた手で顔を覆った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。