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流石は僕等の家族、とポーは賞賛する。ポーの眼には薄ぼんやりとした中年の男性と青年男性の姿が視えていた。ラカニシュに纏わり付く二つの影。
「あの様な姿となっても精神は未だに現世に留まり続けますか。さぞ苦しいでしょう。諦めてしまえば楽になれるというのに。余程悔しかったのでしょうね、根源を奪われるというのは」
ヌラは怪
(エルファルリの奇襲は通ったか。一先ずは良かった。あの気色悪い術は相手を知覚していなければ行使できないらしい。あの小鬼は良い線をついていたな。それにしても反則だ。奴は骨の身体を再構築できるにしても限度があるという話だが……)
ヌラは忌々しげに表情を歪めた。エルファルリが道中に語った封印の時の話では、ラカニシュの再生能力には限りがあり、過去はそれを削れるだけ削って身動きを封じてから封印を施したという。
だが、とヌラは思う。果たして当時と今、どちらが戦力としては上なのだろうか。ヌラの勘では当時より今の方が分が悪い。なればこそ戦い方が分かっているエルファルリが単騎で先行し、その戦闘からヌラが攻め手を検討する。彼女の一党に居た頃から何度もやってきた、作戦とも言えない作戦であった。
エルファルリは言った。ラカニシュとの戦闘は種を理解していなければ非常に危険だ。初見殺しのような手ばかりを使ってくる為、衆寡敵せずの理屈を通すには余程の数をそろえなくてはならない、と。彼女が出来る事、ポーが出来る事、自身が出来る事を合わせ、策のようなそうでないような朧気な何かが喉のすぐそこまで出てきている。
(何となく殺り方がわかったような気がする。問題は魔族がどうでるか、だな)
ヌラは後ろを振りむき、その場に控えている調査隊の面々にいくつか指示を飛ばした。もう少し待ったらあの戦場に飛び込むと言われれば顔色を蒼褪めさせるのも無理はない。一人の銀等級の冒険者が声を荒げた。
「なっ……! 俺達に死ねといってるのか! 大体、調査じゃないのかよ!」
当然の怒りである。ヌラは青年に色の無い視線を向けた。ゴミを見る目……ではないが、その寸前だ。こう言うときに命を平然と賭けのテーブルに乗せられないようではガキの使いも同然だが、一応は説明しておこうと口を開く。危急の場で上位者に逆らえばそこで殺されてもおかしくはない中、ヌラは現役の頃から比較的まともな人間性を保っている。青年は命拾いをした。
「調査さ。異変があるかないか、そして異変があるならば危険か危険でないか、そして危険があるならばその場で排除できるか出来ないか……調査ってのは問題をこうやって腑分けしていくんだ。排除できるならばしたほうがいいが、今回は無理だ。お前もそう思ったから怒っているんだろう。だが、排除出来ないなら出来ないで、出来るようにする為の目処を立てておかなきゃあならないんだ。調べてきました、何かヤバそうです、手に負えなさそうです……そんな仕事で報酬は貰えねえよ。奴等の手札の一枚、二枚は見ておかねえとな」
それをきいた青年は、それでもまだ納得がいかない。
「だからってよ……。だったら奴等が潰し合うのを見てればいいじゃねえかよ……」
それは道理だ。ヌラは言って分かるとは思えないが、と一応説明を続けようとしたが、不意に何か戦況が動く予感がして丘下を注視し、あ、と声をあげた。
「随分と決断が早いなあの魔族。エルファルリごと殺る気だ。仕方ない。おい」
ヌラが先ほどの青年に声をかけた。
「お前は下に来なくていい。だが二、三人連れて街に戻って帝国軍をつれて来い。魔族っぽいのがいる事、封印が解けてる事は伝えておけよ」
放置すればラカニシュは魔軍の大半を取り込み、もはや打倒は叶わなくなる。理屈はヌラにも分からない。勘だ。街の帝国軍を足しても戦力が足りない。これも勘だ。北方は壊滅に等しい打撃を受けるだろう。これも勘である。
(全て勘だ。しかも現役から離れた斥候の。だが)
ヌラがそう思うと、それまで黙っていたポーが口を開いた。
「貴方の判断は正しい。彼は、ラカニシュは生者を全て彼の考える幸福の世界へと導こうと考えていますからねぇ。導けば導くほどに、ラカニシュは根源を満たされ、その力を強めていく。……なんだ、まだまだ全然現役でやれそうではないですか」
ポーが爽やかな笑みを浮かべてそういうと、ヌラは首をふった。
「いや、俺は門番でいいよ。冒険者は向いてないんだ」
そう言って、まるで散歩でも行くような調子で丘上から飛び降りた。
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エルファルリは天頂から降り立ち、ラカニシュを一刀に両断すると片足をあげて地面を強く踏みつけた。するとまるで小型の爆弾を起爆させたかのように大地が爆ぜ、雪煙が起こる。両断されたラカニシュはエルファルリを見失い、骨の術で彼女を対象に取る事が出来ない。ならばとラカニシュは骨の指を組み合わせて何事かを呟いた。
──肉、伴う害意……其れを振るう、法を禁ず
エルファルリの意気は灼熱し、頭は凍える程に冷め切っている。ラカニシュの呪言を耳ざとく捉えた彼女は再び足を振り上げ、今度は大地を蹴り上げた。爆発的に膨れ上がったエルファルリの大腿筋から送り出されるエネルギーは正しく彼女の足甲に伝導し、
彼女の“強み”は脚にある。オルド騎士はそれぞれに“強み”を有し、これだけは誰にも負けないという絶対的な自負が世界の法則に干渉するのだ。王国がまだあったなら、オルド式魔術とでも名付けられたのかもしれない。
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ヒルダは一瞬困惑し、しかしこれを忌々しい眼前の存在……ラカニシュにとっての奇禍だと捉えた。
「敵の敵は味方……とはいわぬ。果てた後ならば幾らでも私を卑怯と罵るがいい」
ヒルダは魔将の中で、というより魔族全体の中でも比較的理性的な方だが、それでも魔族と人間が共闘するなど考えられなかった。彼女にとっては敵の敵は別の敵でしかないのだ。ヒルダは氷の大剣を横薙ぎに構える。とても剣が届く距離ではないが、届かせる手があるからこそ構えを取ったのだ。
横薙ぎに構えられた大剣は瞬く間にその剣に氷を纏い、その氷は剣の先へ、その先へと伸び……その長さはもはや剣というには長すぎ、槍というにも長すぎた。既にヒルダの大剣は二十メトルを優に超える大長剣と変じている。それを一息に横薙いだ。伸長した氷刃は鋭く、大気を引き裂き、一陣の絶死の凍風となってエルファルリ達へと襲い掛かる。
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後背で膨れ上がる殺気を感得したエルファルリはしかし、そのままラカニシュと交戦を続けていた。岩弾を腕で受けたラカニシュが骨片を散らしながら後ずさる。畳み掛けるべき場面だが、エルファルリは見に徹した。ラカニシュが受けに長けた術師だと知っていたからだ。
そして、後背からの殺気を放置する事に抵抗はない。なぜなら。
(ヌラが居る)
エルファルリとヌラは一時期同じ徒党にいた。故に彼女はヌラの実力を知っている。
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果たしてヒルダの横薙ぎの一撃は、氷刃の刀身の半ばをすっぱりと断ち切られた。ヒルダは当惑も困惑も表情に出す事はなく、音も無く目の前に現れたヌラを睨み付ける。
(どこから現れた。いや、そもそも奴はここにいるのか。目の前にいるのに、気配がない)
その時ヒルダは背後に殺気を感じた。雄々しさもない、激しさの欠片もない、整った殺気。ヒルダは無言で振り返り、大剣で背後を斬り付ける。眼前の姿は幻影かなにかだと判断したからだ。防がれるにせよかわされるにせよ、何らかのアクションがある事を確信していたヒルダは今度こそ当惑を隠しきれずに居た。
「なに?」
なぜならそこには誰も居なかったのだ。そして、ヒルダの直ぐ背後……つまり彼女が幻影だと見做した姿が投影されていた方向から密やかな声が聞こえる。
──ここさ
声はヒルダの耳元から聞こえてくるようであった。