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エルファルリが妨害せずとも、極光はそのままラカニシュへ返っていただろう。その場にはいまだルードヴィヒが“法”を敷いていたのだ。それを失念するほどの怒りをポーへ抱いたという事の証左である。
これは仮の話になるが、もしラカニシュが連盟術師のままで居たとしても、遅かれ早かれポーと殺し合いになっただろう。連盟術師が群れないのは、理念に酷く頑なで妥協を知らないからである。相反する理念同士が遭遇すれば“家族喧嘩”という名の殺し合いが始まってしまう。
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──私は生きているのか、それとも死んでいるのか
──だが、もう一度チャンスを与えられたのは確かだ
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それは不思議な感覚だった。エルファルリは自身の肉体に全盛期の活力が満ちているのを感じた。魂が煌々と、魂そのものを薪として燃えているのだ。彼女の魂が炎のごとく燃え盛り、復讐への道を照らしだしている。亡き夫の遺剣を構えるエルファルリ。その傍らにルードヴィヒが立ち、前を見たままボソリと呟く。
「助力、感謝」
短く答えたエルファルリは力強く脚を踏み出した。老境にあっても彼女の蹴足は大人の腰の太さの樹木をへし折る。ポーの最期の術はそれを全盛期へ引き上げた。肉の
エルファルリの脚から大出力の魔力が地面を伝導し、振動波となってラカニシュの左脚を破砕し、右脚にも
──地龍
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エルファルリの遠隔攻撃が正常に発動した以上、“法”は働いていない。“法”は対象を絞り込めない事をラカニシュ自身も良く知っている。遠隔も近接も繰り出されているのなら、現在敷かれている法は“無法”だ、とラカニシュは判断した。
膨大な魔力に裏打ちされたラカニシュの
──迎撃は魔術を以て
ラカニシュの
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片脚で立つラカニシュは既に満身創痍に見える。しかしその全身を巡る魔力は力強く脈打ち、それは彼が些かも弱っていない事を意味していた。天より祈り、地からは嘆きを受けとめた彼の魔力は、もはや最上級の魔将のそれを凌ぐだろう。
──金気を纏う小さき踊り子よ、狭き檻にて啼き叫べ
──檻は汝が住まい、汝が墓標
──断罪の
それは意識内で詠唱される高速詠唱だ。口に出していてはエルファルリの攻撃に間に合わない。凝縮された意識内で、詠唱が完了し、同時に地面から煌めく火花が舞い踊り始めた。瞬く間に、金属と酸素が激しく結びつき、熱と光が強烈な破壊的エネルギーに変換されていく。
それは悪魔の火を喚び出す禁呪だった。真っ白な光のような炎は人の骨すらも融解させる。人骨の融点は鉄よりも高い為、これは驚くべき事だ。更にただただ高温なだけという訳でも無い。極高温の炎は喚び出されてから十五分近くその場に留まり、周辺環境に致命的な損傷を与える。水では消えないし、風で吹き飛ばす事も出来ない。
──金殲華
もし発動してしまえば、エルファルリは瞬時に焼き尽くされてしまうだろう。勿論彼女の肉体は仮初のものであり、ラカニシュが滅するまで現世に在り続けることが出来る。肉体が焼失すればすみやかに再構築される。しかしそれは苦痛を感じないという事ではない。仮初の肉体であっても、苦痛は苦痛として感じてしまうのだ。本来はそれを肩代わりするのがポーであったのだが、彼はもうここではないどこかへと旅立ってしまっている。極度の苦痛はあるいはエルファルリに復讐を諦めさせ、彼女の仮初の意識と肉体を再び虚空へと回帰させる事になるかもしれない。
しかしそうはならなかった。真っ白く輝く閃光がエルファルリを飲み込もうとしたその時、閃光が逆流するようにラカニシュへ降り注いだからだ。咄嗟に結界を張り巡らせ防御しながら、ラカニシュはルードヴィヒの方を見る。ルードヴィヒは陰湿な笑みを浮かべてラカニシュを眺めていた。その姿は薄っすらと透けている。
◆
法が法たりうるには、遵守されなければならないという当たり前の理屈がある。守られない法などは法である意味がない。そして公平でなければならない。Aには適用され、Bには適用されない。そんな不公平な法は法足り得ない。ルードヴィヒの魔術としての“法”も同じだ。彼の根源でもある法の魔術は、破れば罰が与えられる。敵だろうと味方だろうとお構いなしだ。
しかし、ただ一度だけ。法を恣意的に捻じ曲げる事も出来る。ただしそれは……。
◆
──ルゥゥゥド……ヴィ……ヒ……!!
ラカニシュの思考が何かに染まる。それは
宿願、それはこの世界の全ての生物を“幸せに”する事。だが、それはあくまでもラカニシュの願いだ。ルードヴィヒのものではない。彼はただひたすら、ラカニシュを恨んでいた。それは勿論、キャスリアンも。それ程に強い恨みはやはり、自身の根源を弄ばれたからだろう。だがそれだけが理由ではない。ラカニシュ、ルードヴィヒ、キャスリアン。かつて彼等の間に存在したものが、友情に似た何かであった事も大きく影響しているのだろう。
◆
言葉にならぬラカニシュの念に、当のルードヴィヒは応じない。いや、すでに彼は如何なる余力も持ってはいなかった。なぜなら彼は自身の根源に深い傷が入ることを厭わず、ラカニシュ“だけに”近接攻撃と遠隔攻撃を禁じたからだ。それは彼の根源の否定である。生前なら力を失う程度で済んだかもしれないが、魔術的存在である今の彼がそれをすれば、その身は消え去る他はない。
「かつての友、ラカニシュ。薄汚い裏切り者よ。君の全ての攻撃を禁ずる。……私は還るよ、家族の元へ。君は墜ちろ。暗くて寂しい……」
──地の底へ
そう言い遺し、ルードヴィヒは消滅した。ラカニシュの胸中に僅かに寂寞の風が吹く。風にはかつて確かに存在した友情の残滓が混じっている。こんな関係になってしまったのは全てラカニシュのせいだ。しかし合理や情理とは無関係に、残念なものは残念だし、寂しいものは寂しいのだ。
しかしラカニシュには“浸る”だけの時間は残されていない。大剣が振り下ろされつつあったからだ。空気を切り裂き、地面ごと叩き斬る勢いで自身の頭蓋骨へ振り下ろされる大剣に、ラカニシュはもはや何の抵抗もしなかった。逆流への抵抗に大きな魔力を使ってしまったのだ。残存魔力に余裕はあるが、“使える状態”にするには一呼吸か二呼吸が要る。蛇口からはいくらでも水が出せるが、一度に沢山使うには汲み置きが要るという理屈だ。
◆
自身の頭部に食い込み、魔力の護りを貫いて、そのまま胴体を引き裂いていく大剣をどこか他人事のように見つめ、ラカニシュは考えていた。
・
(結局の所幸せとは何なのか。何が幸せなのか、私にはもはや分からない。人々が日々追い求める幸せの姿が、私にはどこにも見えない。夜毎、孤独が私を取り囲み、悲しみが心を侵食する。光が差すことのない闇に包まれた独りぼっちの世界で、絶望に暮れてか細い想いをするのだ)
(人々は幸せを探し求めて、何かを手に入れることが幸せだと信じ、何かを失うことが悲しみだと思い込んでいる。しかし私にはその全てが空虚に映る。愛する人と共に過ごすこと、富や名声を得ること、友人や家族に囲まれること。それらは、まるで泡沫の夢だ。なぜなら、人は死ぬ。最期には死んでしまうのだ。生きている間に何を得たとしても、最期に死んでしまうのでは意味がないのではないか)
(嗚呼、一体何が、何が幸せなのだろう。人は見せ掛けだけの幸福に身を浸し、最期は現実に引き戻されなければならないのか。それを地獄と呼ばずして、何を地獄と呼ぶのか。私はそれをどうにかしようとしてきたというのに。しかし。見せ掛けだけの幸福とは……私が与えるそれもそうなのかもしれない。私はそれに気づいていながら、見ないふりをしていたのかもしれない)
(でも。誰も私に幸せとは何かを教えてくれなかった。だから私はやり方を間違えてしまったのかもしれない。結局、私には人々を導くことが出来なかった。それだけは分かった。いつか。いつか誰かが人々を救ってくださいますように。そして。次に生まれて来る時は……幸せになりますように)
・
エルファルリが大剣を振り切った。ラカニシュを頭部から真っ二つにして。その骨体は端から細かく砕けていき、そして……風に乗って宙に散っていく。キャスリアンはそれをどこか皮肉気な笑みを浮かべながら見つめていた。ポーを見送り、ルードヴィヒを見送り、ラカニシュを見送り。そして自身も去り。連盟も随分寂しくなったな、とキャスリアンはポケットに手を突っ込み、その場に背を向けて歩き去っていった。行き先は本来逝くべき場所だ。エルファルリは徐々に薄れていくキャスリアンの後姿を見ながら軽く頭を下げた。
頭をあげたエルファルリは天を仰ぎ、ぽつりと呟く。
「ケジメはつけた。ヌラ、そちらは任せたぞ」
そう口に出した瞬間、エルファルリは自身の体から活力が抜けていくのを感じた。冷えていく体と心。それは死だ。宿願を果たしたエルファルリに、本当の意味での死が追いついてきたのだ。しかしエルファルリは寂しくはなかった。娘を遺して逝く事に、ほんの僅かの後悔はある。
──まあ、あの子ももう子供じゃない
そんな事を思いながら、彼女はその場に崩れ落ちた。足の先からさらさらと光の粒子となって消えていくのが見えた。急速に暗転していく視界、その暗闇の先に一人の騎士が立っていた。笑顔を浮かべているその騎士は、まさしく彼女の……。
──あなた
エルファルリが完全に消えてしまう直前。彼女の口の端には僅かな笑みが浮かんでいた。