「やめなさい、フラン!」
レミリアの声が、荒れた庭へ響き渡る。
「あっ、お姉様」
フランは空中に浮かんだまま、嬉しそうに振り返った。
その手には、紅い大鎌が握られている。
「今、いいところなんだから邪魔しないで!」
「それは遊びじゃないわ。今すぐ武器を消しなさい」
「どうして?」
フランの笑顔が消える。
「この人とは遊んでいいんでしょう?」
「そんなこと、一度も言っていないわ」
「でも、お姉様が連れてきたんじゃない」
フランの周囲に浮かぶ魔弾が、ゆっくりと明滅する。
「私とは遊んでくれないのに」
一瞬だけ、レミリアの表情が揺れた。
「フラン、それは……」
言葉に詰まったレミリアの横で、咲夜が一歩前へ出る。
「フラン様。これ以上続けるというのであれば、私も――」
「待て」
俺はフランを見たまま、咲夜を制した。
「手助けは要らない」
「何を言っているの、ナガト!」
レミリアの声が鋭くなる。
「相手は吸血鬼なのよ。今のあなたでは――」
「今、フランが見ているのは俺だけだ」
空中のフランは、大鎌を抱えながら興味深そうに俺たちの会話を眺めている。
「ここで人数を増やせば、余計に手がつけられなくなる」
「だからといって、あなた一人で戦わせるわけにはいかないわ!」
「それに、俺はまだ負けていない」
レミリアが言葉を失う。
俺はフランから目を離さず、続けた。
「俺が止める」
しばらく、返事はなかった。
レミリアの深紅の瞳が、俺とフランを交互に見つめる。
その奥で、紅い光が僅かに揺らいだ。
「……分かったわ」
やがて、レミリアが絞り出すように答えた。
「ただし、あなたが戦えなくなったら、私が止める。これは譲らないわ」
「ああ」
「咲夜。パチェを呼んできて」
「ですが、お嬢様――」
「私がここにいるわ。早く」
咲夜は僅かに迷った後、俺を見る。
「……すぐに戻るわ、長門」
「ああ。頼む」
咲夜が頷き、その姿が消えた。
「それから、ナガト」
レミリアが俺を睨みつける。
「死んだら許さないからね」
「善処しよう」
「善処じゃなくて、絶対よ!」
その声を聞いて、フランが待ちきれないように大鎌を振り回す。
「もう、お話は終わった?」
紅い刃が、曇天の下で弧を描いた。
「それじゃあ――続きをしよっか!」
フランが翼を広げる。
枝のような翼に連なる七色の結晶が、強い光を放った。
その姿が消える。
いや――違う。
一瞬で、俺との間合いを詰めたのだ。
紅い大鎌が、横薙ぎに迫る。
身体を沈め、刃の下へ潜り込む。
頭上を通過した刃が空気を裂き、赤い髪を巻き上げた。
そのまま懐へ入り、フランの胸元へ掌底を放つ。
だが、触れる寸前にフランの身体が浮かび上がった。
俺の頭上を飛び越え、背後へ回り込む。
振り返るより早く、首筋に冷たい気配が触れた。
身体を前へ投げ出す。
直後、紅い刃が背中を掠めた。
上着が裂け、浅い痛みが走る。
俺は地面へ片手をつき、身体を回転させた。
後ろ回し蹴りがフランの脇腹へ向かう。
フランは大鎌の柄で蹴りを受け止めた。
鈍い音が響く。
小柄な身体は、僅かに揺れただけだった。
「さっきより速いね!」
フランが嬉しそうに笑い、大鎌を振り下ろす。
半歩退いて刃を避け、その側面へ掌を添えた。
軌道の逸れた刃が、地面へ食い込む。
その隙に拳を放つ。
だが、フランは柄を軸に身体を浮かせ、俺の拳をかわした。
空中で一回転し、踵を振り下ろしてくる。
両腕を交差させて受け止めた。
凄まじい衝撃が腕を抜け、足元の地面へ亀裂が走る。
「ぐっ……!」
踏み留まり、その足首を掴もうとする。
フランは身を捻って逃れ、再び大鎌を振るった。
一撃ごとに、速さと重さが増している。
俺が避け、受け流すほど、フランは加減を捨てていく。
素手では持たない。
俺は両手を開いた。
掌から黒い物質が伸び、二本の棒を形作る。
右手の黒棒で大鎌を受け、左の一本をフランの肩へ振るう。
甲高い音とともに、紅い刃と黒棒がぶつかった。
フランが目を丸くする。
「今度は棒が出た!」
左の黒棒が肩へ届く寸前、フランは後方へ逃れた。
「それも、その目の力?」
「答える必要はない」
「やっぱり面白い!」
フランが再び飛び込んでくる。
大鎌と二本の黒棒が、立て続けに打ち合った。
右からの一撃を受け流し、左で胴を狙う。
避けられる。
踏み込みながら右を突き出す。
フランは大鎌の柄で黒棒を弾き、そのまま刃を返した。
紅い光が目の前を横切る。
俺は黒棒を交差させ、刃を受け止めた。
衝撃で腕が痺れる。
それでも、素手で受けるよりは耐えられた。
大鎌を押し返し、懐へ入る。
黒棒を振り下ろす。
フランが身を捻り、紙一重でかわした。
振り下ろした黒棒が地面へ食い込む。
その横から、大鎌が薙ぎ払われた。
右手の黒棒で受ける。
紅い刃が黒棒へ深く食い込んだ。
「何――」
次の瞬間、黒棒が真ん中から切断された。
勢いを失わない大鎌が、俺の胸元へ迫る。
折れた黒棒を捨て、身体を反らす。
刃が服の表面を切り裂いた。
フランが勝ち誇ったように笑う。
「壊れちゃった!」
「ああ」
開いた右の掌から、新たな黒棒を伸ばす。
フランの笑みが、一瞬だけ止まった。
生成したばかりの黒棒を、下から突き上げる。
「わっ!」
フランが咄嗟に大鎌を戻した。
黒棒が柄を打ち上げ、構えが崩れる。
左の黒棒を横薙ぎに振るう。
フランは空中で身体を反らし、迫る一撃をかわした。
そのまま翼を動かし、俺の頭上へ逃れる。
「また出した!」
「壊されるなら、作り直せばいい」
「それ、ずるくない?」
「お前に言われたくはない」
フランは一瞬きょとんとした後、楽しそうに笑った。
「それもそうだね!」
頭上から、大鎌が振り下ろされる。
俺は黒棒を投げ捨て、素早く印を結んだ。
「土遁・土流壁!」
地面が盛り上がり、せり出した土壁がフランの前に立ちはだかる。
大鎌が土壁を切り裂いた。
だが、その勢いが僅かに落ちる。
俺は崩れた壁の脇へ抜け、両手を打ち合わせた。
「風遁・烈風掌!」
突風が土と砂を巻き上げた。
フランの身体が押し戻され、砂塵の中へ隠れる。
俺はその中へ踏み込み、新たな黒棒を生成した。
魔力の気配を捉え、突き出す。
硬い感触。
捉えたのは身体ではなく、大鎌だった。
「こっちだよ!」
砂塵の向こうで、フランが片手を離す。
小さな拳が迫った。
頬へ衝撃が走る。
身体が横へ流れた。
踏み留まるより早く、フランが大鎌を握り直す。
避けきれない。
俺は黒棒を引き寄せ、その表面へ雷の性質を与えたチャクラを流し込んだ。
青白い雷光が走る。
大鎌と黒棒が衝突した。
乾いた音とともに雷光が弾け、フランの指が僅かに緩む。
刃の軌道が逸れた。
その隙を逃さず、黒棒の先端を腹部へ突き込む。
刺し込めば、黒棒を通じて相手の魔力を乱せる。
動きを封じるには、僅かでも身体へ食い込ませればいい。
「うっ――!」
フランの身体が折れた。
だが、先端は皮膚を貫けなかった。
硬い。
さらに押し込もうとしたが、フランは身を捻って穂先から逃れた。
俺は黒棒を引き戻し、続けて肩へ振り下ろす。
だが、その一撃は翼に阻まれた。
枝のような翼と黒棒がぶつかり、吊り下がった結晶が激しく揺れる。
至近距離で、フランが顔を上げた。
大鎌が戻ってくる。
俺は片手を開いた。
「――神羅天征!」
斥力が、砂塵ごとフランを吹き払った。
紅い刃が遠ざかる。
フランは庭の上を飛ばされ、靴の踵で地面を削りながら踏み留まった。
ようやく、息を継ぐ間ができた。
目の奥が鈍く痛む。
あれだけの勢いで迫るフランを止めるには、出力を抑えてはいられない。
次に天道を使えるまで、また間が空く。
「また、それ!」
フランは大鎌を持ち直した。
「近づくと、飛ばすんだね!」
俺は黒棒を構えた。
今の一撃で、諦めるはずもない。
フランが地面すれすれを飛んでくる。
大鎌を受け流し、横へ抜ける。
追ってきた柄を黒棒で弾く。
その瞬間、フランが大鎌から片手を離した。
「捕まえた」
小さな手が、俺の腕を掴む。
振りほどこうとしたときには、両足が地面から離れていた。
フランは俺を掴んだまま急上昇する。
庭が遠ざかる。
まだ、天道は使えない。
フランが腕を振り抜いた。
身体が地面へ向けて投げ出される。
俺は落下しながら身を捻り、眼下へ顔を向けた。
黒棒を手放し、印を結ぶ。
肺へ息を吸い込んだ。
「風遁・大突破!」
口から吐き出した暴風が、地面へ叩きつけられる。
土砂が吹き飛び、その反動で落下の勢いが鈍った。
だが、止まりきらない。
俺は最後に背を地面へ向け、身を丸めた。
衝撃が全身を突き抜ける。
肺に残っていた息が押し出された。
「まだまだ!」
舞い上がる土煙の向こうから、フランが迫る。
大鎌の刃は、真っすぐ俺の胸へ向けられていた。
左腕へ修羅道の力を集中させる。
皮膚が硬質な装甲へ変わり、掌の内側から黒い筒口が現れた。
狙いを定める。
小型の弾が、連続して放たれた。
フランが目を見開き、大鎌を振るう。
一発目が刃に弾かれた。
二発目が脇を抜け、背後で爆発する。
三発目は足元で炸裂した。
爆風を受け、フランの身体が大きく傾く。
俺は地面を転がって距離を取り、立ち上がった。
左腕に鋭い痛みが走る。
装甲の隙間から、火花が散った。
これ以上の連射はできない。
修羅道を解くと、左腕が元へ戻る。
フランは空中で体勢を整えながら、俺の腕を見つめていた。
「今度は何!? 腕が変わったよ!」
「……まだ続けるのか?」
「もちろん!」
大鎌を両手で握り直し、再び突進してくる。
俺も黒棒を生成した。
紅い刃と黒棒が激突し、火花が散る。
そこから先は、息を継ぐ暇もなかった。
庭を縦横に駆けながら、幾度となく打ち合う。
黒棒を折られるたびに作り直し、迫る刃を迎え撃った。散った破片が地面へ落ちる頃には、俺たちは既に別の場所で火花を散らしていた。
フランは笑っている。
こちらの打撃を受けても怯まず、さらに速く、重く、大鎌を振るってくる。
対して、俺の呼吸は次第に荒くなっていた。
受け流したはずの一撃に腕を持っていかれる。
踏み込もうとした脚が、僅かに遅れる。
その遅れを、紅い刃が拾っていく。
「さっきより遅くなったね!」
「お前が速くなっただけだ」
「どっちでも同じだよ!」
ひときわ激しい火花が散った。
黒棒で受けた大鎌を押し返せず、身体が地面から浮く。
俺は庭へ叩きつけられ、土を削りながら転がった。
「もう十分よ、ナガト!」
レミリアがこちらへ踏み出した。
俺は黒棒を地面へ突き立て、身体を起こす。
「まだだ」
「あなた――」
返事を待つ余裕はなかった。
フランが大鎌を振りかぶり、追ってくる。
斥力で離しても、また戻ってくるだけだ。
今度は、こちらから間合いを詰める。
その背後に館がないことを確かめ、俺は息を吸い込んだ。
「火遁・豪火球の術!」
巨大な炎が、正面からフランへ迫る。
「わあっ!」
フランは大鎌を振り、炎を切り裂いた。
二つに分かれた火球が両脇を通過し、背後で爆ぜる。
炎と煙が視界を覆った。
俺はその隙に地面を蹴った。
煙の中へ黒棒を突き出す。
だが、手応えはない。
「もう、それには慣れたよ!」
真上から声がした。
見上げる。
フランは既に煙の外へ逃れていた。
その手を離れた大鎌が、回転しながら飛んでくる。
俺は身体を横へ投げ出した。
紅い刃が地面へ突き刺さり、深い亀裂を刻む。
大鎌は光の粒となって消えていった。
フランが両腕を広げる。
「棒で叩き合うのも楽しいけど、次はこれ!」
周囲に無数の魔弾が現れた。
紅、青、黄。
色とりどりの光が、フランの周囲を埋め尽くす。
腕が振り下ろされた。
魔弾が一斉に放たれる。
俺は黒棒を投げ捨て、右手を前へ出した。
餓鬼道の力を開く。
正面から迫った魔弾が形を崩し、掌へ吸い込まれていった。
だが、左右へ広がった光は、そのままこちらの側面へ回り込んでくる。
俺は吸収を続けながら地面を蹴った。
右から迫る光を屈んでかわす。
背後から来た一発を、振り返りざまに吸収する。
足元へ降り注ぐ魔弾を土流壁で受け止め、その陰から走り出した。
「逃がさないよ!」
フランが次々と魔弾を放つ。
進路を塞ぐように、新たな光が並んだ。
俺は走りながら印を結ぶ。
「風遁・真空大玉!」
圧縮された風の塊が、口から撃ち出された。
正面の魔弾へ激突し、幾つもの光が弾ける。
爆ぜた魔力が周囲の弾を巻き込み、目の前を塞いでいた一角が崩れた。
俺はそこへ飛び込んだ。
すぐに、左右から新たな魔弾が迫る。
掌へ雷のチャクラを集めた。
青白い雷光を一条に伸ばし、横薙ぎに払う。
触れた魔弾が、連鎖するように弾けていった。
それでも、空の光は減らない。
フランは途切れることなく、新たな魔弾を生み出していた。
俺は再び修羅道を開く。
左腕が装甲に覆われ、掌の砲口から小型弾が放たれた。
魔弾の群れへ突き刺さり、爆発する。
開いた穴を走り抜ける。
左腕に、先ほどより強い痛みが走った。
装甲が維持できず、途中から崩れていく。
視界が僅かに揺れた。
チャクラはまだ残っている。
しかし、肉体が追いつかない。
「ナガト!」
庭の端から、レミリアの声が飛んだ。
「フランに流水を当てなさい! 流れる水は、吸血鬼の魔力を乱すわ!」
「お姉様!」
フランが振り返り、頬を膨らませる。
「教えちゃ駄目でしょう!」
「これ以上続ける方が悪いのよ!」
「私だけずるい!」
「どちらがよ!」
姉妹が言い争っている。
今は好都合だった。
俺は素早く印を結ぶ。
「水遁・水乱波!」
口から吐き出した水流が、フランへ襲いかかる。
フランは驚き、上空へ逃れた。
水流が足先を掠める。
触れた瞬間、その飛行が僅かに揺らいだ。
一滴でも致命傷になるわけではない。
だが、確かに効果はある。
「もう! 水は嫌いなのに!」
フランが魔弾を撃ち返してきた。
俺は水を吐きながら横へ走り、光をかわす。
水流が庭を横切り、地面の窪みへ溜まっていった。
フランはさらに高く飛び、魔弾で水を弾き飛ばす。
その動きが止まった瞬間、次の印を結んだ。
庭へ広がった水へ、チャクラを流し込む。
「水遁・水龍弾の術!」
地面を流れていた水が持ち上がった。
幾筋もの水流が絡み合い、長い胴と巨大な顎を形作る。
水の竜が大きく口を開き、空中のフランへ迫った。
「わあ……!」
フランが一瞬、戦っていることも忘れたように目を輝かせる。
直後、水龍の顎が眼前へ迫った。
「わっ、待って!」
慌てて身を翻す。
顎はかわした。
だが、うねる水流が片脚を捉えた。
フランの身体が傾き、高度が落ちる。
翼の結晶が強く輝いた。
水を振り切り、辛うじて持ち直す。
水龍は大きく身をくねらせ、その後を追った。
フランが逃げ、水龍が追う。
庭の上空を旋回するたび、水飛沫が霧の中へ散っていく。
フランは進路を変えながら魔弾を放った。
一発。
二発。
水龍の頭部が削られる。
俺は地面の水を吸い上げ、形を繋ぎ直した。
その間に、ようやく呼吸を整える。
肩が重い。
左腕の痛みも引かない。
それでも、初めてフランを退かせることができた。
「もう、しつこい!」
フランの表情から、笑みが消えた。
ドレスの中へ手を入れ、一枚の札を取り出す。
その札を見たレミリアの顔色が変わった。
「フラン、それをどこで手に入れたの?」
「パチュリーのところ」
「やっぱり貴方だったのね!」
レミリアが声を荒らげる。
「それは弾幕勝負のためのものよ! こんなところで勝手に使うものじゃないわ!」
「だって、こっちの方が面白そうなんだもの」
フランが札を掲げた。