東方輪廻談 ~ナガト幻想郷忍伝~   作:Takuma218

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第十話 遊びの終わり

フランが札を掲げた。

 

札に刻まれた魔方陣が、紅く輝いた。

 

フランの背後へ、幾重もの魔方陣が広がる。

 

そこへ膨大な魔力が流れ込んでいった。

 

空気が震える。

 

放たれた光が、水龍へ直撃した。

 

爆音とともに、水の竜が内側から弾け飛ぶ。

 

大量の水が、雨のように庭へ降り注いだ。

 

その向こうに、無数の光が浮かんでいる。

 

何十、何百。

 

数え切れないほどの魔弾が、空を埋め尽くしていた。

 

「これはどうするの?」

 

フランが再び笑った。

 

「全部なくせるかな?」

 

「やめなさい、フラン!」

 

レミリアが飛び上がる。

 

その直後、魔弾の雨が降り注いだ。

 

「来るな!」

 

俺は両腕を前へ突き出した。

 

一度なら、神羅天征で押し返せる。

 

だが、天道を使えない間にも、後続の弾は降り続ける。

 

俺は餓鬼道の力を開いた。

 

最初の魔弾が掌へ触れ、吸収される。

 

続いて二発、三発。

 

正面から来る光が、次々に魔力へ戻って消えていった。

 

光の向こうで、レミリアが進路を変える。

 

降り注ぐ魔弾の外側を回り、フランへ向かっていた。

 

その姿も、すぐに見えなくなった。

 

数が多すぎる。

 

吸収するたび、腕の内側へ熱が溜まっていく。

 

視界が白く染まり、轟音が耳を塞いだ。

 

「ぐっ……!」

 

吸収しきれなかった魔弾が肩を掠める。

 

上着が裂け、その下の皮膚が焼けた。

 

続いて、脇腹。

 

脚。

 

衝撃を受けるたび、身体が揺れる。

 

両手の向きを変え、迫る光を受け止める。

 

足をずらし、吸収の及ばない弾を避ける。

 

それでも、すべては防げなかった。

 

餓鬼道も万能ではない。

 

このまま受け続ければ、流れ込む魔力に身体が耐えきれなくなる。

 

「どうして?」

 

フランの声が聞こえた。

 

「どうして、まだ立ってるの?」

 

俺は答えない。

 

答える余裕もなかった。

 

腕の内側を走る熱が、鋭い痛みへ変わっていく。

 

やがて、魔弾の数が減り始めた。

 

最後の数発を吸収すると、空を覆っていた光が消える。

 

俺は両腕を下ろした。

 

指先が微かに震えている。

 

肩と脇腹から流れた血が、黒い衣服へ染み込んでいた。

 

「フラン、もう終わりよ!」

 

レミリアが妹へ手を伸ばす。

 

フランはその手をするりとかわし、俺の頭上へ飛んだ。

 

「まだ終わってないよ!」

 

既に、その指には二枚目の札が挟まれていた。

 

新たな術式が空へ広がる。

 

紅い魔方陣の中心から、一匹のコウモリが現れた。

 

それに続き、二匹、四匹、八匹。

 

黒い影が瞬く間に数を増やした。

 

追いかけてきたレミリアの前にも群れが広がり、その姿を覆い隠す。

 

翼が空気を叩く音が、庭を満たしていった。

 

牙。

 

爪。

 

一匹ごとに、確かな重さと実体がある。

 

魔力の塊を撃ち出しているのとは違う。

 

餓鬼道では吸収できない。

 

コウモリの群れが、四方から俺を取り囲んだ。

 

「いっけー!」

 

フランが腕を振り下ろす。

 

無数のコウモリが、一斉に突撃してきた。

 

俺は両手を左右へ突き出した。

 

「――神羅天征!」

 

見えない斥力が、俺を中心に広がる。

 

迫ったコウモリが弾かれ、互いにぶつかりながら吹き飛んだ。

 

だが、押し寄せる群れを押し返しきる前に、目の奥へ激痛が走った。

 

膝が折れかける。

 

斥力が途切れた。

 

弾かれた群れの向こうから、後続の影が迫る。

 

一匹が肩へ激突した。

 

牙が肉へ食い込む。

 

続いて背中。

 

脇腹。

 

腕で振り払い、黒棒を生成して一匹を叩き落とす。

 

だが、数が多すぎた。

 

視界が黒い翼に覆われる。

 

神羅天征は、すぐには使えない。

 

地上にいれば、このまま囲まれる。

 

俺は地面を蹴った。

 

同時に、周囲へ満ちる外の魔力へ意識を伸ばす。

 

――自分で浮こうとするな。

 

魔理沙の声が、頭の奥に蘇った。

 

――魔力に、自分を預けるんだ。

 

身体の重さを、周囲の流れへ預ける。

 

足が地面から離れた。

 

落下しない。

 

身体が、上へ昇っていく。

 

「ナガトが……飛んだ?」

 

レミリアの声が聞こえた。

 

驚いている暇はない。

 

左右から迫るコウモリを避けようと、身体を傾ける。

 

途端に姿勢が崩れた。

 

思うようには動けない。

 

飛ぶというより、空中で流されているだけだった。

 

それでも、地上で囲まれるよりは動ける方向が多い。

 

俺は黒棒を振るいながら上昇した。

 

肩へ激突され、脚へ食らいつかれる。

 

痛みに意識が乱れるたびに高度が落ち、その都度、外の魔力を捉え直した。

 

コウモリの群れは逃がすまいと、俺を追って空へ昇ってくる。

 

黒い影が、一つの大きな渦となって迫っていた。

 

このまま逃げ続けることはできない。

 

俺は空中で身体を捻り、群れへ向き直る。

 

黒棒を手放し、胸の奥でチャクラを練った。

 

印を結ぶ間にも、コウモリは距離を詰めてくる。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

吐き出した炎が巨大な球となり、迫る群れへ正面から衝突した。

 

黒い影が炎に呑まれる。

 

コウモリたちは焼かれながら黒い霧へ戻り、次々と消えていった。

 

上空で炎が大きく爆ぜる。

 

その衝撃に、不安定な身体が押し流された。

 

外の魔力との繋がりが途切れる。

 

「――っ」

 

身体を支えていた感覚が消えた。

 

俺は炎の残光とともに、地面へ落下する。

 

風遁で衝撃を和らげようとしたが、印を結ぶ指に力が入らない。

 

地面が迫る。

 

身体を捻り、辛うじて頭からの落下だけは避けた。

 

直後、背中へ衝撃が突き抜けた。

 

肺からすべての空気が押し出される。

 

視界が白く染まり、しばらく呼吸すらできなかった。

 

やがて、遠くで翼の音が聞こえた。

 

豪火球を逃れた数匹も、術式の消失とともに黒い霧へ戻っていく。

 

二枚目の魔方陣が消えた。

 

何とか、凌いだ。

 

だが、身体はもう限界だった。

 

魔弾に焼かれた肩と脇腹。

 

コウモリの牙と爪によって裂かれた腕や背中。

 

目の奥には鈍い痛みが残り、左腕は指先まで痺れている。

 

起き上がろうと地面へ手をついたが、肘が折れ、再び崩れた。

 

「長門!」

 

咲夜の声が聞こえた。

 

どうやら戻ってきたらしい。

 

その傍らにはパチュリーもいる。

 

咲夜が息を呑み、パチュリーが手元の本を開いた。

 

「ナガト!」

 

レミリアが俺へ向かってくる。

 

そのとき、フランがゆっくりと地上へ降りてきた。

 

もう、魔弾は浮かんでいない。

 

先ほどまでの無邪気な笑みも消えていた。

 

「……すごいね」

 

フランの靴が、地面へ触れる。

 

「こんなに遊べたの、初めて」

 

先ほどまでの弾むような声ではなかった。

 

フランは倒れた俺を、不思議そうに見つめている。

 

その身体には、大きな傷も見当たらない。

 

俺は右手を地面へつき直した。

 

震える腕を伸ばし、どうにか片膝を立てる。

 

「もういいわ、ナガト」

 

近づいてきたレミリアが言った。

 

「約束でしょう。ここからは私が――」

 

「どうして?」

 

フランの声が、その言葉を遮った。

 

「どうして、まだ立とうとするの?」

 

俺は顔を上げた。

 

「お前を止めるためだ」

 

「でも、もう動けないでしょう?」

 

「まだだ」

 

脚へ力を込める。

 

視界が大きく揺れた。

 

片膝をついたまま、それ以上は立ち上がれない。

 

レミリアの手が、俺の肩へ伸びた。

 

「待ってくれ」

 

俺はフランを見たまま言った。

 

「話をさせてくれ」

 

レミリアが妹へ目を向ける。

 

フランは武器を出すこともなく、俺の返事を待っていた。

 

僅かな沈黙の後、レミリアの手が止まる。

 

咲夜もその傍らへ来たが、二人とも、それ以上は口を挟まなかった。

 

「普通の人間なら、もっと早く壊れてたのに」

 

「俺も、普通の人間だ」

 

「嘘」

 

フランは小さく首を横へ振った。

 

「普通の人間は、あんな目をしてないもの」

 

その視線が、俺の輪廻眼へ向けられる。

 

「押したり、引っ張ったり。魔弾を消したり、身体から棒や武器を出したり。火も水も風も使えた」

 

フランは指を折りながら、俺が見せた力を数えていった。

 

「それに、何度壊そうとしても立ち上がってくる」

 

「……だから、面白かったのか?」

 

「うん」

 

フランは素直に頷いた。

 

「お姉様も、咲夜も、パチュリーも、あなたのことを気にしてた。どうしてなのか、ずっと知りたかったの」

 

その声には、僅かな寂しさが混じっていた。

 

「だから遊んでみたら、やっぱり面白かった」

 

「これは遊びではない」

 

「どうして?」

 

「これ以上続ければ、俺が死ぬと分かっているはずだ」

 

フランは、不思議そうに首を傾げた。

 

「死んだら、遊べなくなるだけでしょう?」

 

悪びれる様子はない。

 

本当に、それだけだと思っている。

 

「それが分かっていて、なぜ続ける?」

 

俺が尋ねると、フランは目を伏せた。

 

「だって――」

 

僅かな沈黙。

 

「そうやって遊んできたもの」

 

傍らで、レミリアが息を呑んだ。

 

咲夜とパチュリーも、何も言わない。

 

フランはすぐに顔を上げた。

 

「でも、あなたは今までと違った」

 

深紅の瞳が、再び俺を捉える。

 

「だから最後に、とっておきを見せてあげる」

 

差し出された右手。

 

その掌へ、赤い光が現れた。

 

同時に、胸の奥を何かに掴まれたような感覚が走る。

 

「――っ」

 

息が詰まった。

 

フランは俺に触れていない。

 

それでも何かが、肉体の奥深くへ入り込もうとしている。

 

「フラン!」

 

レミリアが動いた。

 

「それだけは駄目!」

 

輪廻眼に、細い魔力の流れが映る。

 

フランの手から伸びたそれは、俺の身体の一点を探るように揺れていた。

 

掌の光も、一つにまとまりかけては崩れている。

 

「あれ? あなたの“目”、変なの」

 

何を見ているのかは分からない。

 

だが、あの手を握らせてはいけない。

 

「きゅっとして――」

 

フランの指が動く。

 

レミリアの手が、その腕へ伸びた。

 

咲夜も踏み込み、パチュリーの前に魔方陣が開く。

 

俺は右手を持ち上げた。

 

あの光が何であれ、俺へ繋がっているのは魔力だ。

 

この経路を断てば――。

 

餓鬼道の力を開く。

 

「ドカーン!」

 

フランが拳を握り締めた。

 

何も起こらなかった。

 

轟音も、爆発もない。

 

俺へ伸びていた魔力は、拳が閉じる直前に掌へ吸い込まれていた。

 

「……あれ?」

 

フランが、自分の拳を見つめる。

 

レミリアの手が、その手首を掴んだ。

 

「何をするつもりだったの!」

 

だが、フランは姉を見ていなかった。

 

空いた手で自分の拳に触れ、恐る恐る開いている。

 

「どうして壊れないの?」

 

驚き。

 

戸惑い。

 

これまで通じていた力が、通じなかったことへの恐れ。

 

フランの視線が、ようやく俺へ戻った。

 

俺は、その目を見返した。

 

「レミリア。手を離してくれ」

 

「ナガト……?」

 

右腕を上げる。

 

腕の内側が焼けるように痛む。

 

それでも、もう一度だけ、輪廻眼へ力を込めた。

 

レミリアの指が緩む。

 

「――万象天引」

 

引力がフランの身体を捉えた。

 

「えっ?」

 

小さな身体が、俺の前へ引き寄せられる。

 

手の届くところで力を緩め、その足を地面へ下ろした。

 

右の拳を振り上げる。

 

フランが反射的に目を閉じた。

 

「――っ!」

 

こつん。

 

拳骨が、金色の頭へ落ちた。

 

「……痛い」

 

フランが頭を押さえ、目を開く。

 

その顔にあるのは、怒りでも恐怖でもない。

 

ただ、何が起きたのか分からないという困惑だった。

 

「力は、そんなことに使うものではない」

 

「……どうして怒るの?」

 

「今のは遊びではない。俺でなければ、とうに死んでいた」

 

「でも、壊れたら終わりでしょう?」

 

「そうだ」

 

一度、言葉を止める。

 

脳裏に、遠い日の光景が浮かんだ。

 

瓦礫に埋もれた里。

 

炎。

 

叫び声。

 

倒れた人々。

 

あの日、俺も力を振るった。

 

痛みを知らぬ者へ、痛みを教えるために。

 

平和を求めながら、自らの手で多くのものを壊した。

 

家を。

 

家族を。

 

人々が積み重ねてきた日々を。

 

輪廻天生によって命を戻すことはできた。

 

それでも、すべてが元通りになったわけではない。

 

与えた恐怖も、失われた時間も、消えることはなかった。

 

「壊したものは、元には戻らない」

 

それはフランへ向けた言葉だった。

 

同時に、かつての自分へ向けた言葉でもある。

 

力を持つ者が、それを振るう意味を知らなければどうなるのか。

 

俺は、知っている。

 

「遊びたいのなら、相手を壊さずに遊ぶ方法を覚えろ」

 

フランは頭を押さえたまま、俺を見つめていた。

 

深紅の瞳が、僅かに揺れる。

 

「壊さずに、遊ぶ……?」

 

「ああ」

 

「そんなこと、できるの?」

 

「できる」

 

「どうやって?」

 

「それを考えるところから始めろ」

 

フランは黙り込んだ。

 

今まで、誰にも教えられなかったのだろう。

 

遊びとは何か。

 

なぜ、壊してはいけないのか。

 

知らないのなら、教える者が必要だった。

 

やがて、フランが恐る恐る尋ねる。

 

「……あなたも、一緒に考えてくれる?」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「お前が、今のような真似をしないのならな」

 

フランは、しばらく俺を見つめた。

 

そして、頭へ手を置いたまま、小さく頷く。

 

「分かった」

 

その返事を聞き、全身から力が抜けた。

 

戦いは終わった。

 

咲夜が俺の傍らへ膝をつき、傷の様子を確かめる。

 

パチュリーも本を手に近づいてきた。

 

レミリアはフランの顔を見つめていたが、やがて俺へ向き直った。

 

何か言おうとして、唇が僅かに動く。

 

「ナガト、貴方……」

 

「レミリア」

 

俺は、その言葉を遮った。

 

「な、何よ」

 

「妹を大切にするのはいいが、しつけはしっかりとした方がいいぞ」

 

「……え?」

 

「今回は俺だったからよかった。相手が違えば、取り返しのつかないことになっていた」

 

レミリアが目を瞬かせる。

 

隣では、フランがまだ拳骨を落とされた頭を押さえていた。

 

吸血鬼の姉妹が、揃って俺を見ている。

 

「力の使い方を知らないのなら、教えるのはお前の役目だ」

 

「私は……」

 

レミリアの表情が強張った。

 

「フランを守りたかったのよ」

 

「ああ」

 

それが間違いだったとは思わない。

 

フランを守るため、レミリアにも多くの事情があったのだろう。

 

それでも、フランは人を壊すことと遊びの区別を知らないままだった。

 

「守ることと、何も教えないことは違う」

 

レミリアは何も言い返さなかった。

 

フランへ目を向ける。

 

フランもまた、姉の顔を見上げていた。

 

やがてレミリアは、肩を落とした。

 

「……ええ。分かったわ」

 

随分と素直な返事だった。

 

俺は小さく息を吐き、立ち上がろうと膝へ力を入れる。

 

「動かないで、長門」

 

咲夜の声が聞こえた。

 

その瞬間、視界が揺れた。

 

地面が、大きく傾く。

 

力の入らなくなった身体が、前へ倒れた。

 

誰かの腕が、俺を受け止める。

 

漆黒の布。

 

微かな紅茶の香り。

 

「ナガト、しっかりしなさい!」

 

レミリアの声だった。

 

視界の端に、こちらを覗き込む深紅の瞳が見える。

 

その奥の光が、今までに見たことがないほど大きく揺れていた。

 

「死んだら許さないって言ったでしょう!」

 

声が、僅かに震えている。

 

「……善処はした」

 

「馬鹿!」

 

その言葉を最後に、俺の意識は暗闇へ沈んでいった。

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